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2018年 10月 28日
東海道本線桂川橋梁
京都の鉄道遺産

東海道本線の下り列車は京都駅を出て程なく、右京区と西京区の境で最初の大きな川を渡ります。ここに架けられた桂川橋梁には同区間の開通当時に設置された煉瓦造の橋台や明治後期と昭和初期に掛けられた古いトラス桁が今尚現役で使われています。
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明治7年に神戸~大阪間で開通した現在の東海道本線の西側区間は3年後の明治10年に京都まで通じます。桂川橋梁はこの区間の開通に合わせて設置されたもので、レンガ構造物の下部構の上に英国製のピン結合ポニーワーレントラス桁が渡されました。
この初代桂川橋梁はその後の列車の重量化と運行本数の増加に応じる為、明治45年にアメリカ規格のポニーワーレントラス桁に架け替えられます。現在上り線となっている上流側の橋梁がこの時のものです。
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橋長360メートル、桁高が低いワーレントラスを複線合計24基連ねます。桁は輸入桁のアメリカンブリッジ製と国産の汽車製造製のものが混在しています。
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基礎部分に残る開業時の煉瓦構造物。
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下流側に並行する下り線橋梁。この区間が複々線化された昭和3年に架けられました。川崎造船製の12連の曲弦トラスが渡ります。
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コンクリート造の橋脚も桁と同じ昭和3年のものと思われます。
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並行する二つの橋桁の眺め。右が明治45年、左が昭和3年の桁です。
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この位置からは左が明治45年、右が昭和3年の桁。


河原からの眺め。大きなコンクリート製橋脚が並びます。
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京阪神地区で戦前に架けられた東海道本線橋梁の中で連続アーチ橋梁は実例が少なく、この桂川橋梁が貴重な現存例となっています。




by sunshine-works | 2018-10-28 10:53 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(2)
2018年 10月 21日
旧愛宕山鋼索鉄道2
京都の鉄道遺産

愛宕山鋼索鉄道の山上駅として設置された愛宕駅の築年は昭和4年。
この愛宕山鋼索鉄道は僅か15年の運行の後、戦時体制下で不要不急路線に指定され昭和19年に歴史を終えます。
今回は、廃止後74年を経て今尚現存する旧愛宕山鋼索鉄道の山上駅、愛宕駅を紹介します。
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廃線後70年以上を経て今尚残る旧駅舎。
藪を掻き分けた先の開けた空間に、上部を半ば蔦に覆われた状態で立っています。。
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鉄筋コンクリート2階建て、直線を基調としたシンメトリーな構成で、壁面に縦長窓を並べます。
失われた部分が多く、元の姿がわかりづらいのですが、当時の鋼索鉄道の駅舎はアールデコ風の意匠が主流となっており、この愛宕駅もその影響を受けていたと思われます。
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表面が剥落して鉄筋が剥き出しの柱。いつ崩れてもおかしくない状態です。
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荒れ果てた入口から内部へ進みます。乗降客で賑わった1階ホームは壁が剥がれ落ち、床天井も剥き出しの状態。
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階段を登って2階へ。2階には待合室や貴賓室が設けられていたと思われます。
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半地下になっている1階の奥に乗降ホームが繋がります。



by sunshine-works | 2018-10-21 12:04 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 14日
旧愛宕山鋼索鉄道1
京都の鉄道遺産

京都市右京区の北西、亀岡市に跨る愛宕山は古くから山岳信仰の地として知られ、山頂に祭られる愛宕神社の起源は700年代に遡ると言われています。
標高900メートル程の山頂へは登山道が通じ、多くのハイカーや参拝者が行きかっていますが、この愛宕山には麓から山上を結ぶ登山鉄道が運営されていた時期がありました。
僅か15年で営業を終えてしまったこの愛宕山鉄道ですが、山の東斜面には当時の軌道跡が残り、山上には朽ちかけた旧駅舎が廃止後70年以上を経た今も立ち続けています。
今回と次回に分けてこれら愛宕山鋼索鉄道の遺構について紹介していきます。
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愛宕神社参拝者の送客を目的に京阪電鉄と京都電燈によって設立された愛宕山鉄道は嵐山から清滝川までの平坦線と清滝川から山頂までを繋ぐ鋼索鉄道の2路線の免許を取得、双方共に昭和4年に開業します。
この愛宕山鉄道は参詣鉄道としてだけではなく、山麓、山上に開発した遊園地やホテル、スキー場等の施設で構成される高原リゾートを支える根幹として運用されますが、僅か15年後の昭和19年、戦局の悪化の煽りを受けて廃止となってしまいます。
今回紹介する鋼索線は愛宕山の東斜面の標高差639メートルを登る路線長2.1キロメートルのケーブル鉄道で、麓の清滝川駅と山上の愛宕駅の間を11分で結んでいました。


麓に設置されていた清滝川駅の跡地。嵐山からの鉄道線の終点に接続し、愛宕山リゾートの起点となっていました。現在清滝川周辺の一連の施設はすべて取り壊され、足元に残された敷石のみが当時の痕跡を留めています。
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清滝川駅跡地から登っていく登山道に並行して鋼索線の路盤が敷かれています。レールやケーブルは昭和19年に不要不急路線とされて休止した際に供出されてしまい、コンクリートや切石の基礎だけが残されています。
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軌道跡の険しい斜面を登って行くと最初のトンネルが見えてきます。トンネルは頂上までに合計6個が設置されています。
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トンネルは抗口、内壁共にコンクリート製。馬蹄形断面の小さなもの。
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どのトンネルも内部に土砂や石が転がり、一部は埋没や水に漬かった箇所もあります。
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山上へ向けて更に勾配を進んで行きます。
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小さな谷間を渡る橋梁の跡。
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山頂に近づくにつれて登山道と鋼索線の路線跡は間隔が隔たり、上部の遺構の多くは視認できませんでした。
登山道を登る事約2時間強。目指す愛宕駅に到着。次回はこの愛宕駅舎跡について紹介します。
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by sunshine-works | 2018-10-14 12:15 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 07日
嵯峨野観光鉄道保津川橋梁(旧山陰本線保津川橋梁)
京都の鉄道遺産

亀岡市東部から京都市右京区の嵐山を結ぶ嵯峨野観光鉄道(嵯峨野トロッコ列車)は、JR山陰本線の複線化工事により廃線となった嵯峨~馬堀間の路線を観光鉄道に転用して平成2年に開業しました。
渓谷に沿って進むこのトロッコ列車の路線の中程、保津川を跨ぐ地点には昭和3年に架けられたトラス橋が現役で使われています。
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この区間は明治32年に京都~園部間で開業した民営の京都鉄道が開設した路線で、同社は明治40年に国有化され現在の山陰本線へと引き継がれます。
明治32年に竣工した保津川橋梁は同区間最大の橋梁で、保津川の急流を避ける為に川中に橋脚を設けず、80メートルを越える川幅を一跨ぎするトラス桁が用いられました。
現存するこの保津川橋梁は昭和3年に架け替えられた二代目のもので、旧橋の煉瓦橋台の上に支間長85メートルの下路式ワーレントラスが渡されました。
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桁を支える煉瓦造の橋台。
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対岸にも同様の煉瓦造の橋台が据えられています。
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80メートルを超える桁長は当時の鉄道橋梁としては長大なもの。戦前に架橋された山陰本線のトラス橋としては最長スパンのものとなります。
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保津川に沿って整備されたハイキングコースから見下ろす橋の眺め。
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一段下がって橋の間際から細部を伺います。


橋の背後には煉瓦造のトンネルの抗口が迫ります。この清滝隧道は初代の保津川橋梁と同年の明治32年に竣工しました。
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by sunshine-works | 2018-10-07 11:51 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 09日
予讃線 金生川橋梁/加茂川橋梁/中山川橋梁
愛媛の鉄道遺産

JR四国(四国旅客鉄道)の始まりは民営の山陽鉄道が国有化された明治39年に遡ります。この時高松から琴平まで通じていた旧山陽鉄道の路線は国有化後に西への延伸を図り、大正5年の観音寺~川之江間の開通で愛媛県へ到達、その後順次路線は延ばされ、11年後の昭和2年に県都松山までが結ばれます。昭和20年に終着宇和島まで全通するこの予讃線は総延長で四国最長、輸送量に於いても最大の重要幹線として四国の物流を支えてきました。
今回は愛媛県東予地区に現存する予讃線開通時の姿を留める鉄道橋梁を紹介します。
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川之江駅の南西に架かる金生川橋梁。川之江~伊予三島間が開業した大正6年の築。石積み橋脚が古いプレートガーダーを支えます。
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大正10年に伊予西条まで延ばされた路線は次の工区、伊予西条~伊予壬生川区間で大きな川を二つ渡ります。250メートルを超える川幅を渡る二つの橋には予讃線では珍しいトラス桁が用いられました。
伊予西条~石鎚山間の途中に設置された加茂川橋梁の竣工は大正11年。コンクリート橋脚の上を5連のプラットトラスが渡ります。
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その後の時代では一般的なものとなる長楕円形断面のコンクリート橋脚。この橋が架けられた大正後期にそれまでの煉瓦石積橋脚に代わって普及していきます。
この背景にあるのは関東大震災で露見した煉瓦構造物の脆弱性で、相前後して技術が確立しだした鉄筋コンクリート構造物へ転換していく契機となりました。
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加茂川橋梁から5キロメートル程西へ進んだ先で予讃線は再び大きな川を渡ります。この中山川橋梁は大正12年の架橋。加茂川橋梁と同じプラットトラス桁を4連繋ぎ、260メートルの川幅を越えていきます。
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川を越えた土手の両側に広がる田園地帯。この区間には洪水や大水の際に水を逃がす避溢橋が繋げられています。
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by sunshine-works | 2018-09-09 11:16 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 27日
江津駅跨線橋
島根の鉄道遺産

前回は大田市駅に現存する日本最古の鋳鉄製跨線橋支柱を紹介しましたが、大田市の西隣の江津市の中心駅にも同様の跨線橋支柱が設置されています。この跨線橋支柱には明治45年製の刻印が記されています。
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江津駅の開業は大正9年。明治45年製造のこの跨線橋がいつ、どこから移されたのかは不明ですが、嵩上げによって基部が埋没した状態を察すると設置されてから相応の時間が経過していると思われます。
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裏側の様子。よく見ると張線の付け根もコンクリートで埋められています。
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跨線橋内部の構造は大田市駅と殆ど同じ。移築時に組まれたものと思われます
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対向ホームからの眺め。
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三江線が乗り入れていた3番線ホーム。撮影時には廃線直前の三江線列車が停車していました。
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by sunshine-works | 2018-05-27 11:30 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 20日
大田市駅跨線橋
島根の鉄道遺産

大田市の中心駅、大田市駅は大正4年の開業。現在の駅舎は戦後に建てられた鉄筋コンクリート造の近代的なものですが、二つのホームを結ぶ跨線橋には明治23年に製造された鋳鉄製の支柱が使われています。この跨線橋支柱は現役で使われているものとして最も古いものとなります。
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全国各地に明治期に製造された鋳鉄製の跨線橋支柱の現存例は多数ありますが、この大田市駅跨線橋に記されている1890年製造を上回る例は無く、鉄道院設立以前のものとして貴重な現存例となります。
大田市駅の開業は大正4年となるので他所から移築されたのは間違いありませんが、どこから移されたかは不明です。
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跨線橋本体は板張りの古い造り。跨線橋の移築時に組まれたものと思われます。
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その後の鉄道院、鉄道省時代の鋳鉄製支柱と異なり、正面には何の刻印も在りません。側面には「makers kobe」「1890」と刻まれています。
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支柱の構造や配置はその後の鉄道院規格と同じ物。角柱に笠を重ねたこの意匠にはどこか和風のイメージを感じます。
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1番線ホームからの眺め。
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by sunshine-works | 2018-05-20 12:21 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 13日
山陰本線島根県内区間の木造駅舎2
島根の鉄道遺産

山陰本線は明治41年4月に鳥取~安来区間が開業、同年11月に県都松江まで繋がれ、2年後に出雲今市まで路線が通じます。
出雲以西の区間は大正年間に順次延伸され、昭和3年の飯浦~須佐間の開通によって島根県内の全区間が完工します。
以前に出雲地区に現存する山陰本線の木造駅舎を紹介しましたが、今回は出雲以西の区間に残る木造駅舎の3駅を紹介します。
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大田市東部の羽根駅。大正4年に小田~大田間の延伸によって設置されました。
開業時に建てられた駅舎本屋が今も使われています。
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駅舎正面側。右に寄せた入口、切妻の庇、羽目板張りの壁面、外壁上部を漆喰で仕上げます。大正から昭和初期に建てられた地方木造駅舎の典型例の一つです。
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一駅西の久手駅も大正4年の築。羽根駅と殆ど同じ意匠の駅舎が現存します。
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ホーム側からの眺め。こちら側も羽根駅とそっくりです。
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大田から仁万までの区間は大正6年に延伸されました。この区間に後年設置された静間駅は大正15年の開業。この駅にも開業当時の駅舎本屋が現存します。
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ひっそりとした待合室を抜けてホーム側へ。
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by sunshine-works | 2018-05-13 13:08 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 08日
三江線の木造駅舎2
島根の鉄道遺産

前回に続き2018年3月をもって営業を終えた三江線の木造駅舎廻り。今回は江津市内の3駅を紹介します。
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江津市東部の石見川越駅。昭和6年に延伸された区間の終着駅です。開業時に建てられた小さな駅舎が最後まで使われていました。
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駅入口が直接道路に面する小さな駅舎。外壁は更新されていますが概ね創建時の姿を留めています。
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昭和5年に建てられた川戸駅。三江線の最初の区間が部分開業した際の終点でした。
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ホームの先には使われていない対向ホームが残っていました。
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川戸駅から西へ一駅、川平駅も最初の開業区間に設置された途中駅。この駅も開業時からの駅舎が使われていました。
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人けの無いひっそりとした待合室。
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開業から45年後にようやく全通した三江線でしたが、多くの乗客で賑わう時代は長く続かず、沿線人口の減少と自動車の普及によって利用率は年々低下、終盤には多くの駅が一日平均乗降客が10名を下回る状況となっていました。
元々が地域の中核都市間を結ぶ通商路とするには双方の都市の経済規模が小さく、陰陽連絡線としても京阪神からの距離の遠さと江の川に沿って屈曲する長い路長(直線距離の1.8倍)故にその意味合いは薄く、専ら沿線町村の生活路線として用いられる事となりました。惜しむらくは戦争を挟んだ長い工事中断期間で、順調に全線が開通していればまた違った運命を辿っていたのかも知れません。
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by sunshine-works | 2018-04-08 11:25 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 01日
三江線の木造駅舎1
島根の鉄道遺産

昨日(平成30年3月31日)、広島県三次市から中国山地を越えて島根県江津市を結んだJR三江線が営業を終了しました。
この三江線の島根県方には戦前の開業時に建てられた駅舎の幾つかが最後まで使われていました。今回と次回でこれらの木造駅舎を紹介します。
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昭和12年に建てられた浜原駅。木造モルタル建て、入り口に大きな庇を構えるモダンな意匠です。
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広島県三次市と島根県江津市を結ぶ三江線は大正15年に起工され、昭和5年に最初の工区、江津~川戸間が開通します。同線はその後も延伸を重ね、江津方工区の戦前最後の設置駅となったのがこの浜原駅です。昭和50年に三次方向からの路線が繋がるまで、長らく終着駅となっていました。
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2面2線のホーム。現在は無人駅ですが、列車交換や夜間停泊を行う主要駅の機能を持っていました。
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昭和10年に建てられた石見簗瀬駅。2年後に浜原駅が開業するまで、この駅が三江線の終点でした。
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川本町の西部に位置する因原駅。昭和9年の延伸時に設置されました。
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平成11年まで使われていた対向ホームが残されています。不釣合いに長いホームや広い構内敷地はかつて鉄道貨物の集積拠点となっていた名残りです。
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ホームから一段下った駅舎本屋。
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駅舎正面。元の駅務室は運送会社の施設として使われています。
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*次回は残り3駅を紹介します。



by sunshine-works | 2018-04-01 09:55 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)