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2019年 05月 26日
西条蔵元の煉瓦煙突
広島県東広島市の近代建築その5

清酒蔵元が集まる山陽本線西条駅南の一角は白壁土蔵造りの蔵が並ぶ風情ある町並みを形成していますが、この通りの景色を特徴付ける要素のもう一つが各蔵元毎に聳え立つ煉瓦煙突です。
明治期から大正期に相次いで建てられたこれらの煙突は西条清酒の発展を支えたモニュメントとして大切に残されています。
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西条の酒蔵通りには現在12本の煉瓦製の煙突が残されています。
四角断面に組んだイギリス積み煉瓦煙突の高さは凡そ15メートル~20メートル超、煉瓦の殆どが近隣の安芸津で焼かれたものと言われています。
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賀茂鶴酒造の煙突。広大な敷地には蔵毎に煙突が建てられています。
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煙突の形は上部がやや窄まった四角柱で頂部に蛇腹を設けます。多くの煙突はこの賀茂鶴酒造の煙突に見られるように四隅を鉄枠で補強しています。
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亀齢酒造には西条の煙突群の中で唯一の丸煙突が残っています。
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西条に現存する煉瓦煙突で最も高い福美人三号蔵煙突の高さは27メートル。
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西条の煉瓦煙突は精米を蒸す蒸気を得るための石炭ボイラーの排煙用に立てられたものです。
これらは石炭から他の燃料に移行する昭和後期になるとその役目を終えますが取り壊される事なく残され、自社の銘柄を掲げた看板塔として利用されています。
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西条の煉瓦煙突の中で唯一現用で使われている西條鶴酒造の煙突。
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by sunshine-works | 2019-05-26 11:31 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 19日
西条酒蔵通りの近代建築
広島県東広島市の近代建築その4

前回は昭和初期に建てられた旧醸造支場の建物を紹介しましたが、西条の酒蔵通りにはこれ以外にも明治~昭和初期に建てられた近代建築が数多く残されています。今回は各蔵元に現存するこれら建物、施設を紹介します。
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西条清酒の最大手となる賀茂鶴酒造。土蔵造り漆喰壁、腰周りに海鼠壁を廻らした大きな酒蔵が複数並びます。これらは明治期から大正期に建てられました。
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西条の酒蔵はこの賀茂鶴酒造以外の蔵元の多くに白漆喰、海鼠壁の仕様が使われており、町全体の景観が統一されています。
こちらは白牡丹酒造の酒蔵。明治期の建物と思われます。
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こちらは福美人酒造の蔵。大正期の築。
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亀齢酒造の蔵。
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漆喰海鼠壁以外にも板張りが施された蔵もあります。手前の木造建物は亀齢酒造の従業員寮として建てられたものです。
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幾つかの酒造会社には当時事務所として建てられた木造洋館が現存します。
こちらは賀茂鶴酒造の旧事務所建物。
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 木造2階建て下見板貼り。中央に三角破風の短い庇を張り出します。築年は昭和初期と思われます。
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隣に建つ小さな建物は研究室として建てられたものです。
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福美人酒造の入口脇に建つこの建物もかつての事務所です。築年:大正期。
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亀齢酒造の入口脇にも木造洋館が残されています。大正期に建てられたこの建物は応接室として使われていました。
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by sunshine-works | 2019-05-19 10:57 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 03日
旧鐘淵紡績京都工場ボイラー室(東大路高野第三住宅管理棟)
京都市左京区の近代建築その2

下鴨神社の東、北大路と東大路が交わる四つ角の南側に1980年代に開発された住宅団地が広がります。
この敷地の一角に古い煉瓦構造物が残されています。現在集会所として使われているこの建物はかつてこの地で操業していた鐘淵紡績京都工場のボイラー室として建てられました。
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現在東大路高野住宅として多くの中高層棟が建ち並ぶこの一帯は、明治40年に創業し昭和50年に閉鎖された鐘淵紡績京都工場の跡地を開発したものです。
当時生産量東洋一を誇ったこの紡績工場の5万坪を超える敷地には煉瓦造の工場施設が幾つも建てられていましたが、殆どの建物は住宅団地造成時に取り壊されました。
唯一ボイラー室として使われていたこの建物のみがこの地の由来を伝えるモニュメントとして残され、管理棟・集会所として使われています。
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煉瓦造2階建て。アーチ窓が配されたモダンな意匠。
妻面側には白色の切石でアクセントを入れ、地味な用途のボイラー室とは思えない凝った造りです。
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旧ボイラー室に繋げられた煉瓦壁。上部を三角形に尖らせた形状は工場建物特有の鋸屋根の名残りです。
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長く延びる煉瓦壁の北端には裏側に抜けるアーチ門が設置されています。
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裏に周って北側からの眺め。
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by sunshine-works | 2019-02-03 11:54 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 07月 01日
クラレ西条工場の建物
愛媛県西条市の近代建築その1

西条市の臨海部にクラレ西条工場の広大な敷地が広がります。
昭和11年に前身の倉敷絹織西条工場として操業を開始したこのクラレ西条工場には竣工当時から残る建物施設が数多く現存しています。
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敷地内に残る竣工当時の建物で最も規模が大きい講堂。木造2階建て、1階外壁は下見板貼り、2階部分はモルタル仕上げ。側面には避難用の滑り台が付けられています。
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芝生が植えられた敷地内には木造平屋の建物や渡り廊下が幾つも残されています。合間に建つ煉瓦壁は解体した工場建物の煉瓦を再利用したものです。
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講堂の向かいに建つ社員食堂。
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食堂内部。白いパネルの折上げ天井と軒高く採られた採光窓がモダンで開放的な雰囲気を醸します。
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by sunshine-works | 2018-07-01 12:30 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 26日
グンゼ綾部の建物3
京都府綾部市の近代建築その4

前回前々回で郡是製糸の新旧本社建物を紹介しましたが、その周辺にも郡是製糸時代に建てられた工場施設や付属建物が現存しています。グンゼ綾部の建物廻りの最後はこれらの建物を紹介します。
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旧郡是製糸本館の隣に並ぶ木造2階建ての建物。郡是製糸本社工場正門として建てられました。郡是製紙本館と同年の大正6年築です。
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隣に並ぶ建物も良く似た意匠の2階建て。この建物も郡是製糸時代のものと思われます。
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道路を挟んで建つ鉄筋コンクリート造の建物。大正後期に蚕事務所本館として建てられました。
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蚕事務所の南には当時使われていた繭蔵が移築され、グンゼ博物苑として公開されています。
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by sunshine-works | 2017-08-26 21:43 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 08日
ヤマモトロックマシン東城工場建物
広島県庄原市の近代建築その3

地場の小さな鋳物工場だった山本鉄工所は、大正期に着工された帝釈川ダムの工事を契機に削岩機メーカーとして大きく発展します。
全国で大規模な土木工事が展開された昭和初期、これらの需要に応じる為に同社は近代的な工場施設を創業の地東城に整えていきます。
後身となるヤマモトロックマシン東城工場の敷地内には当時建てられた工場建物が数多く残され、現役施設として今も使われています。
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前回まで2回に亘って紹介した同社の自治寮と道を挟んだ北側に位置する東城工場。
多くの建物が昭和10年前後に相次いで建てられました。
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正門から真直ぐ奥に見える第一工場(昭和9年築)。木造平屋建。この第一工場を始め、当時建てられた一連の工場建物の設計は自治寮と同じ曽田敏郎が手掛けました。
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第一工場の右手に並ぶ仕上工場は昭和12年築。
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第一工場前から入口方向の眺め。右手の建物は焼入れ工場、左手は工場従業員の教育施設として使われた青年学校(昭和13年)。1階は倉庫、2階に教室が設けられていました。
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右手に第一工場、左に仕上工場。奥に青年学校の建物。
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各工場内部。木造トラスが支える天井には中央と側面に明り取窓が備わります。
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多くの窓が並ぶ壁面。
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敷地南奥の第二工場。
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幾つかの付属建物が並びます。この小さな建物は便所。
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by sunshine-works | 2016-10-08 13:03 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 28日
兵庫県丹波・但馬の近代建築 補遺3
兵庫県丹波・但馬の近代建築補遺

丹波・但馬の未紹介物件、最後は鉄道、橋梁、工場その他です。
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出石城近くの旧ちりめん工場建物。飲食・物販施設「出石城山ガーデン」として再生されています。
昭和初期築。
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レストランとして使われている元工場内部。木製のトラスや三角屋根が当時のまま残されています。
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隣接する別棟。特徴的なタイルが貼られています。
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山陰本線梁瀬駅は明治44年の開業。一部改装されていますが、駅舎本屋は開業当時のものです。
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同駅近くにある煉瓦拱渠。線路の下を潜る小さな人道トンネルです。
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同じく山陰本線の城崎温泉駅。大正15年築のモダンな駅舎が現存します。
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新温泉町にある和田口めがねトンネル。山陰本線開通時に設置されました。
道路と水路のトンネル2本が並びます。
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丹波市山南町井原の消防団屯所。昭和初期。
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by sunshine-works | 2016-05-28 01:30 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 07日
京都府丹後の近代建築 補遺4
京都府丹後の近代建築補遺4回目は近代土木、工場、その他です。

加悦町にある西山工場建物。明治中期に建てられた丹後ちりめんの工場です。
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ちりめん街道に面した主屋。隣に並ぶのは以前紹介した伊藤医院
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舞鶴鎮守府の軍用水道開設時に設置された与保呂川の取水施設。ここから北吸浄水場に送水されました。
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石積みの堰堤
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石積の水門。海軍を示すMの文字が刻まれています。
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近くにある岸谷貯水池。給水量拡大の為、大正期に設置されました。
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神埼ホフマン窯近くの神社に残る手洗い場。当然隣の窯で焼かれた煉瓦が用いられています。

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宮津市内の旧銭湯。大正2年築。
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西舞鶴の商店街に残る君の湯。こちらは現役です。
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by sunshine-works | 2016-05-07 10:01 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 22日
旧京都竹村丹後製窯所煉瓦窯(神崎煉瓦ホフマン式輪窯)
京都府舞鶴市の近代建築その4

由良川の河口近く、由良川橋梁を越えた先に全国で4箇所のみ現存するホフマン式輪窯の一つが残されています。明治30年に操業を開始した京都竹村丹後製窯所の煉瓦製造施設として設置され、大正末期にホフマン窯に改築されました。
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工場敷地の中ほどに建つ煉瓦を積んだ露天の窯跡。保存を図る為に鉄骨の屋根で覆われています。
各所の煉瓦が崩れ、失われた部位も多くありますがホフマン式輪窯の概要を伝える産業遺産として保存されています。
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トンネル窯を長楕円の環形に繋ぎ、内部は11の区画に仕切られます。熱源は区分けされた各窯の他に主燃焼室からも供給され、区画毎に火入れ・焼成・取出しを繰り返す事で施設全体での連続操業を可能とします。
元々は登窯式の煉瓦製造施設として明治30年に造られたものですが、大正末期に連続焼成可能なこの形式に改築されました。
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元々は舞鶴軍港の造営に使われる煉瓦の製造施設として設置され、多くの軍関連建物や構造物に用いられました。戦後もホフマン窯の操業は続けられましたが、需要の減少に伴い昭和30年代初頭に役目を終えます。
その後施設は取り壊されること無く残されましたが、御覧のとおりに劣化風化が進んでしまいました。
現在は舞鶴文化教育財団に管理が移り、保存修復に取り組んでいます。
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外構から内部を伺います。
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崩れかけた主煙突の基部。
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修復され整えられた区画の内部。奥へ進んで窯を眺めます。
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by sunshine-works | 2015-12-22 15:02 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(4)
2015年 09月 30日
オーエム製作所宍道工場建物(旧出雲製織工場)
島根県松江市の近代建築その12

前回紹介した旧宍道尋常小学校から南へ程なく、塀で囲まれた工場敷地の中に古い木造建物が残されています。現在オーエム製作所の施設として使われているこの建物は、前身の出雲製織宍道工場時代に建てられました。昭和9年築。
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正門から真直ぐ進んだ敷地のほぼ中央、木造2階建寄棟屋根の建物。
正面に立派な玄関を備えた和瓦葺きの儀洋風建築で事務所棟として使われたと思われます。
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玄関廻り。現在は事務所としては使われていないそうで、正門傍の新しい社屋が本館となっていました。
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ちなみに、オーエム製作所はダイワボウグループの工作機器会社で、出雲製織が昭和16年の合併によって大和紡績となった後に紡績機器の製造所に転じた宍道工場を受け継いでいます。
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建物右側に平屋の棟が繋がっています。
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側面からの眺めは和風の趣です。
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奥手に見える工場施設。
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by sunshine-works | 2015-09-30 09:51 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)