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2012年 03月 01日
旧柏原尋常中学校本館
丹波の近代建築その3

丹波市の中心を為す柏原の町の起源は中世に遡り、江戸期には藩屋敷を中心とした武家町として繁栄します。明治期に入っても柏原は地域の行政や文化の中心を担い、多くの各種機関や施設が建てられていきます。
市街の東部、柏原川の畔には、明治30年に柏原尋常中学校が丹波地域で最古の高等教育機関として開校します。同校はその後県立柏原高校に引き継がれますが、この敷地の一角には開校時に建てられた旧本館の一部が記念館として残されています。
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敷地の奥手に建つこの旧本館は、昭和16年の校舎建替時に現在の場所に移築されています。移築に際しては中央入口とその両側部分のみ残され、左右に続いていた部分は省かれていますが、明治期の木造校舎の概要が良く保たれています。
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破風に校章を飾る切妻屋根の庇を4本の円柱で支えます。木製の円柱には手の込んだ彫刻が施され、正面玄関を美しく引き立てています。
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円柱を支える基壇や建物基礎には花崗岩が使われています。
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入口両脇には鳥(鳩?)の彫物が飾られています。
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側面から裏手の様子です。
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古い校舎建築が各地に残る兵庫県ですが、明治期の木造校舎の現存例となるとその数は少なく、更に尋常中学校の建物としては旧豊岡中学校校舎とこの柏原中学校のみとなります。これらの現存校舎はそれぞれに装飾豊かな意匠が施され、上級学校に相応しい風格を伝えています。
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by sunshine-works | 2012-03-01 23:42 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(2)
2011年 12月 17日
旧粟島航海学校校舎
香川県三豊市の近代建築その2

三豊市詫間から連絡船で15分程の沖合いにスクリューの形をした小さな島があります。
この粟島は江戸期より海運の島として栄え、明治に入るとその伝統を受け継ぐ形で海員学校が置かれました。
海員学校は幾度か変遷を経た末に昭和62年に廃校となりますが、敷地はリゾート施設に転用され、大正9 年に建てられた本館と教室棟の一部が残されています。
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この校舎は県立粟島航海学校時代の大正9年に建てられました。
煉瓦の基礎に下見板張の外壁が組まれ、壁面に大きなガラス窓が並びます。1階と2階は明確に軒蛇腹で区切られ、屋根は和風の桟瓦が葺かれます。
様式美と機能美を備えたこの時代の学校建築らしい重厚な意匠です。
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正面玄関の詳細。
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本館の裏面です。
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館内は見学自由。この入口から館内へ入ります。
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時間が止まったような校内廊下。懐かしい木造校舎の雰囲気を今に伝えます。
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廊下は更に奥へと続いてその先の教室へ繋がります。
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教室内部です。大きな窓ごしに美しい海の景色を望みます。
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北側の窓から中庭越しに本館を見据えます。
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この階段から2階へ。
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本館2階の講堂。
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庭園として整えられた中庭。当時の生徒達が設えたものです。
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教室棟の側面。
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こちらは裏庭からの眺め。
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各地に設置された船員学校ですが、その後はコンテナ船への移行や外国人船員の増大によってその役割は次第に薄れて行き、半数以上が廃校となってしまいました。
往時の姿を留めるこの校舎は、日本の海運業の根底を支えた海員学校の現存例として貴重な存在となっています。
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by sunshine-works | 2011-12-17 00:59 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 15日
智頭町立山形小学校
鳥取県智頭町の近代建築その3

智頭宿から街道を南へ進んで程なく、古い家並みが残る郷原集落の傍らに古い木造校舎が建っています。昭和17年に山形第一国民学校の校舎として建てられたこの建物は平成24年春に予定される閉校までの70年に亘って小学校校舎として使用されています。
同校のホームページ
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智頭町立山形小学校は明治8年に開校した長い歴史を持つ小学校です。昭和17年に新築移転した際に建てられた現在の校舎は木造2階建て・鉄板屋根葺で、山村の小学校としては非常に規模が大きく桁行が80メートルに及ぶ長大な建物となっています。
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山裾に建つ校舎の遠景。遠くからも大きな校舎がよく目立ちます。
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道路に沿った西側の正面。玄関はほぼ中央に置かれ、長い庇が突き出しています。
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玄関部分のクローズアップ。両脇にはタイルが貼られています。
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連続して延々と並ぶ窓。横幅に沿って切れ目無く続く窓は水平方向のラインを強調し、モダンな印象を与えています。
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南側の側面。屋根は切妻ではなく折屋根とした凝った造りです。
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戦中に建てられた小学校ですが、簡素な中にも意匠が凝らされた美しい校舎です。
町立小学校の統合によって廃校となってしまうのは何とも残念ですが、有効な再活用を図って校舎の存続を願いたいものです。
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by sunshine-works | 2011-09-15 13:55 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(2)
2011年 05月 19日
勝間田高校校友会館(旧勝間田農林学校本館)
岡山県勝央町の近代建築その1

明治34年に設立された旧勝間田農林学校を起源とする県立勝間田高校の広い敷地の一角に、木造2階建ての旧校舎が移築保存されています。
大正12年、現在地に移転した際に本館として建てられ、昭和38年、新校舎の建設に伴って移築保存されました。現在は校友会館として使用されています。
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保存されているのは旧本館の中央部分。元々は左右に教室棟が繋がっていました。
木造2階建て、下見板張、車寄せを設けた中央玄関の上部に三角破風を飾り、背後にパラペットが配されています。
資料によれば屋根上にはドーマー窓が乗せられていたとの事ですが、移築時に取り外されたと思われます。
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設計者は不明ですが、おそらくは県の技師が手掛けた物でしょう。岡山県内に現存する木造校舎の特徴が随所に見られ、県の設計基準に基づいて建てられたと推測されます。
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庇の奥の玄関扉。建物に比べると簡素で小さな造りです。
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現在は板で仕切られていますが、元々はこの部分に教室棟が繋げられていました。
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ガラス窓から内部を伺います。校友会館とされていますが、殆ど使われていないようです。
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美作の学校建築としては津山高校本館旧遷喬尋常小学校校舎が有名ですが、この旧勝間田農林学校本館もそれらに比類する意匠表現を数多く備えています。
役目を終えた後も同校のシンボルとして残されているこの校舎は、当時の岡山の学校建築の好例として貴重な建物です。
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by sunshine-works | 2011-05-19 23:34 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 13日
津山高等学校本館(旧津山中学校本館)
岡山県津山市の近代建築その16

美作で最も長い歴史を持つ岡山県立津山高等学校は明治28年に旧制中学校として開設されました。同校には明治33年に建てられた校舎が現用施設として使われています。
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津山尋常中学校時代の明治33年、現在地に移転した際に新校舎として建てられたのが現存する旧本館です。その後に新校舎が敷地内に増築されていきますが、この旧本館は現在も同校の中心建物として使われています。
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下見板貼の木造2階建て、寄棟造。和風の桟瓦を葺いたこの時代に典型的な学校建築です。地方都市の中等学校校舎としては規模が大きく、風格を備えた建物となっています。
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正門から真っ直ぐ進んだ所に車寄せを備えた玄関を構えます。手の込んだ細工が施された庇を4本の角柱で支え、床には切石が敷かれています。
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玄関の左右に上げ下げ式の縦長窓が並びます。
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中央の屋根頂部に小さな時計塔、その後ろに鉄板葺の塔屋が乗せられています。
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側面から裏側の景色。背後に延ばされた増築部は昭和10年の築です。
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岡山県内に数多く残る木造校舎の中でも明治期に起源を持つ旧制県立中等学校で最古の校舎です。
城下町として学問が栄えた津山の伝統を受け継ぐ校舎であり、岡山の学校建築史の上でも極めて貴重な存在となっています。
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by sunshine-works | 2011-04-13 23:54 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 04日
旧武庫川高等女学校本館(武庫川女子大記念館)
西宮の近代建築その31

西宮市の東南部にある武庫川女子大学は日本最大規模の女子大として知られています。このキャンパスの一角に前身の武庫川高等女学校の旧校舎が残されています。昭和14年、この地に建学された時に本館として建てられました。
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木造2階建て、正面入口に大きな切妻屋根のファサードを構え、三角ペディメントに校章を象ったオーナメントを飾ります。時局が切迫していた時期の建物ですが、風格を備えた堂々たる意匠です。
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記念館として保存されているのは旧校舎の中央部分です。この地域は近くに軍需工場があった事で戦時に激しい空襲を受けました。武庫川高等女学校の校舎も空襲により多くの被害を受けた様ですが、奇跡的に焼け残った中央部が残されたと思われます。
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正面玄関。両脇に石柱が添えられ、床にも石が張られています。この時期の建物としては相当に贅を尽くした意匠と思えます。
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側面は途中で切られているようで、断面は違和感の無い様に下見板で仕切られています。
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この校舎は表と裏が殆ど同じ造りになっています。南側が裏面と思われますが、玄関上部にバルコニーがあるのとペディメントのオーナメントが異なる以外はほぼ同じでしょうか。
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南面からの眺め。玄関はやや小さめとなっていますが、基本的な造りはほぼ共通の仕様に見えます。
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広いキャンパスの中に残る小さな建物ですが、周囲に並び建つ現代建築の校舎に引けを取らない存在感を示しています。この武庫川女子大記念館は兵庫県内に残る数少ない旧制女学校の校舎として極めて貴重な現存例と言えるでしょう。
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by sunshine-works | 2011-03-04 23:42 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 20日
旧湯本小学校校舎
岡山県真庭市の近代建築その7

真庭市を更に北へ、湯原温泉郷へ向かう旧道の途中に大きな木造建物が見えてきます。現在は真庭市湯原支局として使われているこの建物は、元々は旧湯原町立湯本小学校の校舎でした。
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小学校の敷地のほぼそのままを現在の用途に充てています。校庭は舗装され駐車場に変わっていますが、南北に長く続く2階建て校舎と数棟の付属棟が現存しています。
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昭和初期頃の築と推測されるこの建物は、当時の地方木造校舎の標準的な造りと思えます。明治期の校舎に顕著な偽洋風表現は薄れ、実用を旨として細部の装飾も控えられていますが、瓦を葺いた寄棟の玄関庇や上部に配した折屋根が独特の趣を添えています。
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ほぼ小学校時代の姿が保たれていますが、玄関周りには若干の改修の跡も見られます。
正面には近代的なガラス扉が新たに取り付けられ、庇を支える柱と壁面の間には壁が張られています。
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この湯本小学校は昭和43年に廃校となっています。その後40年以上の年月を経た事になるのですが、極めて良好な状態が保たれています。
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校舎裏側に並ぶ付属棟
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旧校舎が自治体の施設として使われる例は数多くありますが、これだけ大きな木造校舎がそっくり使われているのは珍しい例かも知れません。元々小学校は地区の中心部に建てられているだけに、地域の拠点施設としての用途は最も相応しい利用法だと思います。
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by sunshine-works | 2010-08-20 23:13 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 08日
旧黒川小学校校舎
川西の近代建築その2

能勢電鉄を更に北へ進み、終点妙見口駅で下車します。大阪から高々1時間足らずの場所ですが、周囲はすっかり山里の風景に変わっています。駅から歩く事数十分、田畑が広がる長閑な一角に古びた木造校舎が残されています。現在は公民館として使われているこの建物は、黒川尋常小学校の校舎として明治37年に建てられました。
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日蓮宗の古刹・能勢妙見山にも近いこの一帯は、現在も豊かな自然の中で農業中心の暮らしが営まれています。周囲を田畑に囲まれた小高い台地に建てられたこの黒川小学校は、かつて全国どこにでも見られた地方の小学校校舎の姿を今に留めています。
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緩やかな斜面に南北2棟の校舎が並んでいます。明治37年に建てられた北側の建物が元々の校舎でしたが、戦後の生徒数増加に対応する為、昭和22年に南側校舎が増築されています。
*詳細はこちらをご覧ください。
こちらが北側校舎。寺院を思わせる和風意匠の建物です。
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極めて和風の玄関周り
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こちらは裏側。
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一段低い南側に建てられた増築棟。明治築の北側校舎ほどの貫禄はありませんが、戦後の木造校舎の典型的なスタイルです。
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現在公民館として使われているこの校舎は校内見学が可能です。(南側校舎のみ)
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過疎化と少子化が同時に進む農村部には、学校の統廃合によって使われなくなった校舎が数多く残っています。都市部のように跡地が再開発される事もなく、放置され荒れるに任せたままの所も少なくありません。
地域の公民館に再生されたこの黒川小学校のように、もっと積極的な活用が図られても良いのではないでしょうか。
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by sunshine-works | 2010-08-08 12:41 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 19日
旧遷喬尋常小学校校舎
岡山県真庭市の近代建築その4

久世駅から町の中心部へ向かう道の左手、グランドの奥に優美な木造建物が見えてきます。遷喬尋常小学校として明治40年に建てられたこの校舎は、この地で平成2年まで現役小学校として使われていました。設計:江川三郎八
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岡山県内各地で数多くの木造校舎を手掛けた県の技官、江川三郎八を代表する作品です。
ルネッサンス様式を基本に独特の表現を加えた江川式と呼ばれる一連の作品の中でも、とりわけ装飾性に富むこの建物は、とても小学校校舎とは思えない風格を備えています。
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二つの三角破風をマンサード屋根で繋ぎ、中央に校章を記した丸いドーマー窓を飾ります。
大きな屋根の内部、2階部分には講堂が設けられています。
(建物の特徴については、この建物を管理する財団のホームページに詳しい紹介記事があります。)
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煉瓦の基礎の上に御影石を積み、縦方向の羽目板の上部に下見板が張られます。
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胴蛇腹を挟んで2階部分も縦羽目板と下見板の順に張られます。窓の上部の壁面はハーフティンバー式に筋交いを露出させています。
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中央の玄関から校舎内部へ。公開されている館内を自由に見て回ることが出来ます。
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2階に設けられた講堂。昔の木造校舎にはこの様に2階を講堂とした物が多くありました。
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中央部が一段高くなっている折上げ天井。地元産の高級木材が用いられています。
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一部の窓には、板硝子が一般的となる前の古い手吹き硝子が残っています。厚さが不均一で景色が歪んで映っています。
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古くから商業が栄えた久世の町ではありましたが、これだけの校舎を建てるに際しては大変な財政負担が伴ったそうです。100年を超えて伝わるこの素晴らしい校舎からは、小さな地方の町にして県都岡山にもない豪華な小学校を建てた地域の人々の教育にかけた熱意を偲ぶことが出来ます。
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by sunshine-works | 2010-07-19 22:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 05月 05日
宝塚音楽学校旧校舎
宝塚の近代建築その4

大正3年に始まる宝塚歌劇団の長い歴史の中で、多くの生徒が学んだ音楽学校の旧校舎。昭和12年から平成10年まで使われていた建物が宝塚市の文化施設として再利用されています。昭和10年築。
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箕面有馬電気軌道が温泉リゾートとして開発した宝塚には多くの娯楽施設が設けられていきます。同社によって建てられた宝塚新温泉で公演されるレビューショーの養成機関がその後の宝塚音楽学校の前身となりました。
このモダンな建物は、宝塚音楽歌劇学校時代の昭和10年に建てられています。
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鉄筋3階建て、玄関ホールの両脇に階段室を配し、その奥に教室やレッスンルーム、職員室が繋がる構造となっています。モダニズム様式による内外装は、華やかな近代娯楽の養成所にふさわしい洗練された意匠で統一されています。
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南側に設けられた玄関。丸柱には正方形の飾りタイルが貼られています。
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側面から裏面の様子。いかにもモダニズム建築らしく整然と窓が並びます。
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館内の景色。階段室に設けられた丸窓の内側です。
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新校舎の完成により平成10年に役目を終えたこの建物は、当初取り壊されて宅地となる予定でしたが、中心市街地の再生拠点として活用される事となります。改修に際しては、極力本来の姿に復す事とされ、修復されずに当時そのままの状態で残された箇所もあります。
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階段の壁面寄りが磨り減っていますが、これは予科生(下級生)が先輩の本科生の妨げにならないように壁際を駆け足で通行した為と説明板に書かれています。
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当初は温泉リゾート地で興を添える程度の出し物だった少女レビューは、やがて大きく発展し、「宝塚」の名は一躍全国に知られる事となります。その後の宝塚の繁栄は、温泉地としてよりも歌劇団の本拠地として多くの人を惹き付ける文化都市に比重を移していきます。
「宝塚歌劇文化を礎とした新たな宝塚文化の創造」の場として文化イベントや教室が開かれているこの旧校舎は、町の発展に歌劇団が果たした役割を伝える貴重な歴史遺産でもあります。
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by sunshine-works | 2010-05-05 15:28 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)