2009年 10月 01日
三木の近代建築その1 近代建築Watch 播磨編の最後は三木市に残る近代建築を巡ります。 平成20年に惜しまれながら廃止されてしまった三木鉄道は、大正期に播磨の内陸部と臨海部を結ぶ路線として開設されました。民営の播州鉄道として発足したこの鉄道は、国鉄三木線として長く地域に親しまれた後、第3セクターの三木鉄道に引き継がれました。 今日(平成21年10月)現在、路線や駅舎の大半は撤去されてしまいましたが、いくつかの駅舎は今後の活用に向けて保存される事となりました。三木の近代建築巡りの初回は、播州鉄道開業当時の姿を留めたまま残される旧三木鉄道の駅舎を紹介します。 保存される駅舎は石野駅、別所駅、終点駅の三木駅の3駅です。石野駅は大正12年、別所駅は大正5年、三木駅は大正6年に建てられています。 この3駅で一番西に位置する石野駅。畑の中にぽつんと建つ、小さな駅舎です。 駅と言うより停車場と言った方が的確かもしれません。当然キオスクも公衆電話も販売機もありません。 石野駅から東に2駅目が別所駅。石野駅とほぼ同一の造りです。 終着の三木駅。さすがに終着駅だけあって本格的な駅施設を備えた大きな駅です。 撮影時には線路の撤去が始まっていました。やがて撤去した線路跡には駅舎が曳屋で移築される事になります。 移築される前の最後のホームの景色となります。 はたして、このレトロな構内風景は移築された後も保たれるのでしょうか。 かつて沿線住民の生活を支えた地方鉄道は、財政難により今日その多くが廃線の危機を迎えています。 廃止されてしまった路線や駅舎が保存される例は少なく、ほとんどは取り壊されて道路に変わってしまいます。そのような中で、今回三木鉄道が試みるプランは、近代化遺産としての鉄道施設の活用事例として大いに期待できるものと思います。 #
by sunshine-works
| 2009-10-01 21:54
| 近代建築 兵庫県
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2009年 09月 27日
岡山県瀬戸内市の近代建築その4 牛窓の旧市街から岡山方面へ向かう県道脇に目を惹く建物が建っています。 現在、民族資料館に使われているこの建物は大正4年に牛窓簡易裁判所として建てられました。 木造モルタル造、玄関のある中央部のみ2階建て、両翼に平屋部分が繋がります。 垂直ラインを強調したモダニズムの影響を感じさせるデザインです。 この建物が建てられた当時、県東部の主要都市だった牛窓には幾つかの公共機関が置かれました。司法機関としては県内14箇所に設置された簡易裁判所の一つとしてこの牛窓簡易裁判所が開かれています。 規模は小ぶりですが、庁舎らしい風格が伺える建物です。平面と直線を基本としたモダンなデザインに和風の屋根瓦の組み合わせが独特の雰囲気を醸しています。 側面から海に面した建物東面に廻ります。玄関側とはだいぶ異なった雰囲気です。 この牛窓簡易裁判所は昭和63年に廃止されてしまいます。その後は民族資料館として利用されますが、現在は閉ざされたまま(事前に連絡すれば見学できるようです)となっています。 訪れる人もほとんどいなくなったこの建物は各部にひび割れや破損が目立ち、状態は芳しくありません。 内部には展示資料も飾られていますので早々には廃館の予定は無いと思いますが、すぐにも修繕が必要な状態です。 戦前に建てられた司法機関の建物としては、旧控訴院や地方裁判所の幾つかが当時の姿のまま残されていますが、家裁、簡易裁判所の施設で現存しているものは多くはありません。 地方に残る裁判庁舎として貴重な存在であるこの建物を何とか残す手立てはないものでしょうか。 #
by sunshine-works
| 2009-09-27 11:53
| 近代建築 岡山県
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2009年 09月 23日
岡山県瀬戸内市の近代建築その3 狭い道に沿って牛窓の古い町並みを進んで行くと、赤煉瓦の銀行建物が見えてきます。この建物はこの地に設立された旧牛窓銀行の本館として大正4年に建てられました。 古くから瀬戸内の海運の拠点として栄えた牛窓の町は明治になった後もその勢いは失われず、県都岡山以東で最も賑やかな町となっていました。海運や造船業を中心とする牛窓の商工業は、明治中期には地場の銀行を起ち上げるまでの隆盛を極めます。 中心産業だった木造船の造船所が集中する旧東町の一角に建てられたのが、この牛窓銀行本店の建物でした。木造の日本家屋が並ぶ一角に建てられた赤煉瓦のモダンな銀行は発展を続ける牛窓を象徴する建物となりました。 大きな吹き抜け天井を持つ1階建てコンクリート造の建物です。一見煉瓦建築に見える外壁は煉瓦タイルを貼ったものです。 ぐるっと巡らせた軒蛇腹とパラペットで頂部を飾る当時の銀行建築の典型的なデザインです。小振りな玄関周りに小さな庇とレリーフが添えられているものの、全体に装飾は抑えめです。 建物裏側です 内部もこの規模の銀行に共通する、真ん中に構造物がないガランとした空間となっています。内壁の2階部分には窓を操作するキャットウオークが設けられています。 この銀行が建てられた当時に隆盛の極みだった牛窓の港ですが、その後は衰退へと向かっていきます。風待ち、汐待ち港に適した立地上の利点も機械船の時代になるとその意味合いは薄れ、木造船中心の造船業も大資本による大型造船所に淘汰されてしまいます。各地を結んでいた定期航路の多くもその後に開発された他の港湾に取って代わられ、瀬戸内海の海運拠点だった牛窓の地位は殆ど失われてしまいます。 その後の牛窓の町は、温暖な気候と風光明媚な海岸風景を活かした観光開発に活路を求めます。観光港・レジャー基地に転換を図った牛窓港もリゾート地に欠かせない施設として再び重要な役割を担う事となります。 かつて多くの造船所が並んだ古い町並みに残るこの建物も閉鎖後しばらくは放置された状態だったのですが今日ではアートスペースやイベント会場に充てられ,重要な観光資源として活用されています。 #
by sunshine-works
| 2009-09-23 02:57
| 近代建築 岡山県
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2009年 09月 15日
岡山県瀬戸内市の近代建築その2 瀬戸内市牛窓町は古くから開かれた港を中心に発展した町で、その名は万葉集にも詠われています。この牛窓の港近くに明治期の警察署を利用した資料館(海遊文化館)が建っています。この建物は明治22年に牛窓警察署庁舎として建てられました。 木造平屋建て、和小屋組に桟瓦を乗せたいわゆる儀洋風の建物です。 偽洋風とは言え、本格的な洋式技法が随所に施されています。地元の職人達にとって初めて手掛けた西洋建築だったと思われますが、見事な仕上がり具合となっています。 この建物の白く塗られた外壁や玄関柱の装飾、大きなファンライトを備えた玄関扉などからは、ギリシアや地中海のイメージを彷彿とさせられます。後年に牛窓の風景を「日本のエーゲ海」と称するようになりますが、この旧警察庁舎はそれを象徴するような建物です。 大きな三角ペディメントが特徴的な玄関庇。当時の庁舎によく見られるデザインです。 鮮やかなステンドグラスや手の込んだ細工を施した玄関周り等、今日の感覚からすればおよそ警察庁舎とは思えない装飾豊かな建物です。大都市ではなく地方の小さな港町に、このような洗練された庁舎が建てられた事も驚きです。 役場や学校や郵便局と同様に、市民生活を支える象徴的な存在として警察署や交番が明治政府によって全国の町や村に建てられていきました。さすがに、この時期の警察庁舎で残っている建物は僅かな数しかありませんが、明治22年築のこの建物はよくその原型を留めており、建築資料としても優れた文化遺産となっています。 #
by sunshine-works
| 2009-09-15 21:43
| 近代建築 岡山県
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