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2019年 09月 29日
旧濱田医院
愛媛県松山市の近代建築その4

三津浜港から三津駅へ戻る途中、古い家並みが連なる一角に大正期に建てられた医院建築が残されています。この建物は大正12年に産科医院として建てられました。
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狭い全面道路から前庭を挟んで一段奥手に建つ木造2階建て下見板貼りの洋風建築。建物両翼を僅かに前面に迫り出したコの字型の配置、中央に切妻庇の玄関入口を配し、その上部に三角破風を立ち上げます。大正期から昭和初期に建てられた木造医院建築の典型的な意匠を留めた建物です。
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入口庇、その上部の破風、左右張り出し部の妻面、角度大きさの異なるそれぞれの三角形が建物を引き締めます。
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医院として昭和47年まで使用されましたが、その後放置され、荒れた状態が長く続きました。現在は内外装の補修を終え、商業施設として再利用されています、
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by sunshine-works | 2019-09-29 12:31 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 22日
石崎汽船旧本社
愛媛県松山市の近代建築その3

前回は三津浜の港湾地区に残る山谷運送部の建物を紹介しましたが、通りを挟んだ向い側には同時期に建てられた鉄筋コンクリート造の事務所ビルが残されています。この建物は石崎汽船の本社ビルとして大正13年に建てられました。
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鉄筋コンクリート2階建て(一部3階建て)、シンメトリーな建物前面に化粧タイルを貼り、三つのアーチ枠が縦長窓を囲みます。入口周りを切石で飾り、上部には小さなバルコニーを張り出すモダンな意匠。設計は関西を中心に多くの作品を残した木子七郎です。
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石崎汽船は松山藩の御用廻船問屋を前身とする長い歴史を持つ旅客海運会社で、拠点となる三津浜港に本社を置いていました。この建物は三津浜港の改修工事と同時期に建てられたもので、愛媛県では最初期となる鉄筋コンクリート造の近代オフィスビルは、海運会社として発展を遂げる同社の威信を掛けた風格のあるものとなりました。
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平成25年までの90年間に亘って本社ビルとして使われましたが、現在は空家となっています。築95年となる建物ですが、大きな改修もなく各部は当時の状態が良好に保たれています。
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壁面に貼られた二種類の化粧タイル。玄関を挟んだ中央の3列の窓周りには茶系のタイル、両脇と側面には白色のタイルが使われています。
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by sunshine-works | 2019-09-22 11:07 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 15日
山谷運送部
愛媛県松山市の近代建築その2

伊予鉄道高浜駅から松山市中心部へ戻る途中、古くから港町として栄えた三津浜に至ります。
この町には明治から昭和初期に建てられた洋風建築が数多く残され、古い町並みに溶け込んでいます。
この三津浜港から程近い一角に大正期に建てられた事務所建物が残されています。この建物は大正13年に海運会社の社屋として建てられました。
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角地に建つ木造2階建て寄棟造。モルタルの壁面に付け柱やコーニス、パラペットを表現してRC風の外観に仕立てています。
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コーナーに設けた小さな入口。短い庇の上に掲げた社名のレリーフや軒飾り、腰周りの切石風のモールド等すべてモルタルで仕上げたものです。
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もともと回漕店として明治中期に創業したこの会社は、大正後期に手掛けた三津浜港改修工事を契機にセメントや関連品の卸へ業容を拡大します。
新港の完成時期とほぼ同じ頃に建てられたこの建物をあえて鏝仕事を駆使した儀洋風建築にした拘りの背景には、この辺の事情も絡んでいるのでしょうか。
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by sunshine-works | 2019-09-15 10:46 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 08日
伊予鉄道高浜駅
愛媛の鉄道遺産

釣島からのフェリーが着く高浜港には、松山市中心部とを結ぶ伊予鉄道高浜線の終点駅が置かれています。
この高浜駅には昭和初期に建てられた木造駅舎が現存し、今も使われています。
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伊予鉄道は四国最初の鉄道として明治21年に松山~三津間で開業します。高浜駅はその4年後に三津から路線が延伸された時に終点駅として設置されました。現存するこの駅舎は昭和初期に電化・副線化された際に建替えられたものと思われます。
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高浜港方向から駅舎へ向かうアプローチ。長い庇が架けられています。
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左右の廻廊部分。
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落ち着いた雰囲気の構内。高い天井と大きな窓を持つ広い待合室は島嶼部を結ぶターミナル駅としての風格を備えます。

ホームへ繋がる側面の眺め。



かつては2面2線のホームでしたが、現在の構成は側線を持つ1面1線式。ホーム支柱には古レールが使われています。
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by sunshine-works | 2019-09-08 11:12 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 01日
釣島灯台
愛媛県松山市の近代建築その1

松山市の沖合い約4キロに小さな有人島が浮かんでいます。この島には明治初期に建てられた灯台が今も現役で使われています。
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日本の近代灯台の歴史は明治2年の観音崎灯台に始まり、その後各地の主要航路に設置されていきます。瀬戸内海に於いては明治4年初灯の淡路島の江崎灯台が最初で、その2年後にこの釣島灯台が灯されています。設計は日本の近代灯台の父と呼ばれるイギリス人のR.ブラントンで四国では前年に竣工した鍋島灯台に次ぐ2番目の作となります。
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灯塔部分は石造2階建、上部に鉄製のドームを被せます。灯塔の前方に半円形の平屋が組み合う構造はブラントンが手掛けた他の灯台に共通のもので、この釣島灯台は規模も意匠も江崎灯台鍋島灯台に良く似た造りとなっています。
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この釣島灯台は昭和38年に無人化されますが、灯台の横手にはそれまで使われていた退息所や倉庫等の一連の付属建物が現在も残されています。
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この建物は吏員退息所と呼ばれる灯台職員の宿舎で、灯台と同年に建てられました。御影石を積んだ寄棟造平屋建て。風雨に晒される環境に耐えるために頑丈な造りとなっていますが、窓が少なく通気の悪い構造は高温多湿の夏場は厳しいものがあったと思われます。
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退息所の隣には倉庫が並びます。

これら建物は室内を含めて洋風の意匠ですが、屋根瓦には和瓦が葺かれています。
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by sunshine-works | 2019-09-01 12:04 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)