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2019年 08月 25日
今福線の遺構2
島根の鉄道遺産

前回に引き続いて広浜鉄道今福線の遺構を紹介します。
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5連アーチから程なく、軌道跡は今福第三トンネルを抜けて南へ進みます。この今福第三トンネルは建設当時の姿をほぼ保った状態で残されています。
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トンネルを抜け、県道を渡った場所に同様のトンネルが掘られています。この今福第四トンネルの先には小さな川を渡る4連のアーチ橋が架けられています。
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川を渡る4連アーチ橋。蛇行する江の川沿いに敷かれた三江線と異なり、今福線はトンネルや橋梁が多用されています。完成していればトンネルを抜けて高架で川や谷を渡る雄大な眺めが楽しめたと思います。
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更に南へ進んだ先にも小さなトンネル跡が残されています。今福第五トンネルとその付近の橋脚跡です。
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市道として転用されている4連アーチ橋。地元では「おろち泣き橋」と呼ばれています。
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昭和15年に中断した今福線の工事は昭和45年に再開されますが、この路線は石見今福と浜田を結ぶ新線として引き直されたもので、戦前にほぼ完成していた旧線区間は未成線として放置される事となります。その新線も着工から10年後に再び工事中止となり、広浜鉄道の計画は幻に終わります。そもそもモータリゼーションが進行していたこの時期にわざわざ収益性の低いローカル線の工事に着手する必要があったのか甚だ疑問で、この昭和45年にその後に広島と浜田を結ぶ動脈となる浜田自動車道の計画が決定する中での工事再開は最初から大きな矛盾を抱えていたと思われます。
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旧線との分岐点近くに残る新線のトンネル跡。


by sunshine-works | 2019-08-25 11:32 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 18日
今福線の遺構1
島根の鉄道遺産

浜田駅から一駅手前、下府駅付近から県道を南東へ進んで行くと、道中の傍らに古びたコンクリート構造物やトンネル跡が点々と残されています。
これらはかつて浜田と広島県を結ぶ路線として計画、起工された広浜鉄道今福線の施設跡で、工事途中で中止となった遺構が現在もその姿を留めています
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明治41年の山陰本線米子~安来間の開業に始まる島根県の鉄道は昭和3年に飯浦~須佐の開通で山陰本線の県内区間が全通し、海岸線に沿った東西の導線が整います。
これに対し沿岸部と山間部を結ぶ南北方向の鉄道路線の整備はやや遅れますが、大正期から昭和初期にかけて県西部の山口線、東部の木次線、中央部の三江線の3路線が開通し、県内の鉄道網が完成します。
今回紹介する今福線は山口線と三江線の間で南北を繋ぐ4本目の路線として計画されたもので、広島と浜田を結ぶ広浜鉄道の島根川区間として昭和8年に起工、戦況の悪化で昭和15年に工事中断、戦後にルートを変更して工事再開、昭和55年に国鉄の経営状況悪化に伴い再び工事中断、その後は再開される事なく廃線に至ると言う経緯を辿りました。
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下府駅から南東へ進んだ山裾に残るトンネル跡。この下府第一トンネルは昭和8年に起工された今福線の最初の工区に残る遺構です。
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山の中腹に開けられた有福第三トンネル。手前に設置されたコンクリート橋脚で高架を渡す予定でした。
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川縁や斜面にも同様の橋脚が残されています。
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今福第一トンネルに接続する高架を支える目的で建てられた橋脚。この道中で最も規模の大きな橋脚群です。
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トンネルの坑口付近から見下ろす橋脚群。
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先ほどの橋脚と繋がる今福第一トンネル跡。
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鉄道施設の幾つかは道路として再利用されています。この五連アーチ橋も軌道跡が県道として使われています。
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戦時体制に移行する中で進められた今福線では鉄材節約の為にコンクリート橋が多用されています。

広浜鉄道は下府~石見今福を結ぶ今福線と広島市内から三段峡まで延伸予定の可部線を接続し、山陰山陽を結ぶ陰陽連絡線となる予定でした。戦前の段階では今福線がほぼ完成状態で工事中断、可部線は安芸飯室駅までの延伸に留まり、計画は戦後に持ち越されますが、結局はこの長い中断が仇となって未成のまま終わる事となってしまいます。
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※次回はここから石見今福までの区間に残る遺構を紹介します。


by sunshine-works | 2019-08-18 11:55 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 11日
旧美又信用購買販売組合
島根県浜田市の近代建築その2

有福温泉から県道を南へ、山あいの集落の中心に目を惹く洋風建築が残されています。
現在は民間企業の施設として使われているこの建物は昭和12年に信用購買販売組合の事務所として建てられました。
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木造2階建て下見板貼り、折れ屋根風の切妻造り、中央に三角破風を立上げます。玄関両脇の飾り壁の上端はアーチを描き、軒周りはドイツ壁、両脇の妻面はハーフティンバー風に仕上げる凝った造りです。
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信用購買販売組合とは明治33年に施行された産業組合法によって各地に設立された共同組合で、農村に於いては現在の農業共同組合に近い役割を担っていました。多くの組合は戦後に改組されて農業共同組合となりますが、この建物も近年までJAいわみの施設として使われていました。
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ハーフティンバーに仕上げた両脇の妻面。
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軒下の破風中央には産業組合の紋章、玄関庇の破風には三又(美又)の紋を掲げます。
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by sunshine-works | 2019-08-11 11:25 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 04日
旧有福小学校
島根県浜田市の近代建築その1

国道9号線から有福温泉へ向かう県道の途中に古い学校建築が残されています。平成27年に廃校となったこの有福小学校には大正期から昭和初期にかけて建てられた建物が現存しています。
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校門を入って左手に建つ昭和11年築の鉄筋コンクリート造の講堂。ギリシア神殿風の石柱を構える玄関周りが特徴的な重厚な建物です。
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柱上部には柱頭飾りを乗せます。
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木造とRC造の違いはありますが、大きな切妻屋根、妻面の換気窓の意匠、入母屋風の庇、入口に据えた円柱等、前回紹介した跡市小学校の講堂と共通する雰囲気があります。
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こちらは反対側の面。表と裏はほぼ同じ造りです。
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講堂の先、一段高い場所に木造2階建ての木造校舎が建てられています。建物西側の増築部分が昭和9年築、東側は大正11年の築です。
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講堂から校舎へ棟が繋げられています。
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右手側の一段低い棟が大正11年に建てられた部分です。
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by sunshine-works | 2019-08-04 11:46 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)