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2018年 09月 30日
湊川隧道
神戸市兵庫区の近代建築その16

神戸電鉄湊川駅の北西、市街地を見下ろす小高い丘に緑豊かな公園が開かれています。
この会下山公園の地下には明治期に築かれた煉瓦造のトンネルが保存されています。日本初の近代河川トンネルとして掘られたこの湊川隧道は明治34年に竣工しました。
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旧湊川はたびたび氾濫を起す暴れ川で、洪水対策は長年の課題となっていました。また、流れ込む土砂による神戸港の埋没問題と流路による市街地の分断は近代化が進む神戸の発展の妨げにもなっていました。
これらの対策として計画されたのは、それまで南流して神戸港に注いでいた川の流れを会下山の手前で西へ曲げ、山の下に通した隧道を経由して別の川へ繋げる工事で、付け替えられた川の流れは神戸港外の和田岬の西に注ぐというものでした。
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標高80メートル程の会下山の地下を東西に貫く隧道の長さは後年の増築部を含めて680メートル。直径は7メートル強の円形断面。
明治30年から4年の工期を掛けて完成します。
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側壁と天井に積み上げられた煉瓦の総数は450万個以上。流路となる底面には切石を敷き詰めています。
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この湊川隧道は平成12年に新しいトンネルの完成で100年に及ぶ役目を終えますが、修復の後に保存されました。
現在は定期的な見学会やイベント会場として公開されています。
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こちらは水路の出口側の坑門。どちらの抗門も阪神淡路大震災で崩れた後に再建されたものですが、元の姿が忠実に保たれています。
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傍らに設置されたベンチには竣工当時に使用されていた煉瓦が使われています。
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こちらは再建前の抗門に掲げられていた扁額の写し。
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by sunshine-works | 2018-09-30 10:52 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 23日
愛媛県東予の近代建築補遺2
愛媛県東予の近代建築補遺2

前回に続いて愛媛県東予地区の近代建築補遺。今回は学校建築その他です。
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県立西条農業高校で今尚使われている木造の旧講堂。西条農業高校時代の大正9年に建てられました。
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竣工当時の姿で残る木製の窓枠。基礎に積まれた煉瓦も当時のままです。
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こちらは今治南高校で柔道場として使われている建物。旧越智中学校時代の大正15年に建てられました。
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今治南高校の前身越智中学校は大正15年に愛媛県初の鉄筋コンクリート造の校舎が建てられました。当時の校舎は近年に建替えられましたが、この建物のみ残りました。
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西条市小松の国道沿いに残る旧石根郵便局。昭和7年築。
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伊予小松駅前に建つレストラン。同社のHPを見ると大正期に開業した丸文食堂が前身との事。意匠から察すると当時の築と思われます。
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by sunshine-works | 2018-09-23 11:53 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 16日
愛媛県東予の近代建築補遺1
愛媛県東予の近代建築補遺1

ここまで愛媛県東予地区の近代建築を巡ってきましたが、未掲載の物件が幾つか残りました。今回と次回でこれらを紹介します。
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別子銅山の端出場鉱区から東平鉱区へ通じる道の脇に架けられた明治期のアーチ橋。明治38年築の遠登志橋(おとしばし)は鋼アーチ橋として現存最古のものと言われています。
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アーチ橋として架けられたこの遠登志橋ですが、老朽化に伴って近年に吊橋への改修が行われました。アーチ部分はそのまま残されていますが、桁の加重を支える役割は担っていません。
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旧別子鉱山鉄道星越駅の傍に架かるコンクリートアーチ橋。この下に敷かれていた鉱山鉄道の線路を跨ぎ、向こう側の選鉱所へ渡る橋として架けられました。
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西条市から松山市へ向かう県道脇に残る古いコンクリート橋。志川橋は昭和6年に架けられた充腹コンクリート橋です。
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今治と松山を結ぶ山道の途中に架かる昭和12年築の落合橋。こちらは開腹コンクリートアーチ橋。
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伊予小松駅南の溜池大谷池に残る旧樋門。大正9年に竣工した煉瓦造の樋門です。池の改修工事によって役目を終えましたが、保存施設として公開されています。
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by sunshine-works | 2018-09-16 11:42 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 09日
予讃線 金生川橋梁/加茂川橋梁/中山川橋梁
愛媛の鉄道遺産

JR四国(四国旅客鉄道)の始まりは民営の山陽鉄道が国有化された明治39年に遡ります。この時高松から琴平まで通じていた旧山陽鉄道の路線は国有化後に西への延伸を図り、大正5年の観音寺~川之江間の開通で愛媛県へ到達、その後順次路線は延ばされ、11年後の昭和2年に県都松山までが結ばれます。昭和20年に終着宇和島まで全通するこの予讃線は総延長で四国最長、輸送量に於いても最大の重要幹線として四国の物流を支えてきました。
今回は愛媛県東予地区に現存する予讃線開通時の姿を留める鉄道橋梁を紹介します。
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川之江駅の南西に架かる金生川橋梁。川之江~伊予三島間が開業した大正6年の築。石積み橋脚が古いプレートガーダーを支えます。
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大正10年に伊予西条まで延ばされた路線は次の工区、伊予西条~伊予壬生川区間で大きな川を二つ渡ります。250メートルを超える川幅を渡る二つの橋には予讃線では珍しいトラス桁が用いられました。
伊予西条~石鎚山間の途中に設置された加茂川橋梁の竣工は大正11年。コンクリート橋脚の上を5連のプラットトラスが渡ります。
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その後の時代では一般的なものとなる長楕円形断面のコンクリート橋脚。この橋が架けられた大正後期にそれまでの煉瓦石積橋脚に代わって普及していきます。
この背景にあるのは関東大震災で露見した煉瓦構造物の脆弱性で、相前後して技術が確立しだした鉄筋コンクリート構造物へ転換していく契機となりました。
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加茂川橋梁から5キロメートル程西へ進んだ先で予讃線は再び大きな川を渡ります。この中山川橋梁は大正12年の架橋。加茂川橋梁と同じプラットトラス桁を4連繋ぎ、260メートルの川幅を越えていきます。
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川を越えた土手の両側に広がる田園地帯。この区間には洪水や大水の際に水を逃がす避溢橋が繋げられています。
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by sunshine-works | 2018-09-09 11:16 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 02日
高井神島灯台/大下島灯台/馬島ウズ鼻灯台
愛媛県東予の近代灯台

広島県と愛媛県に跨って連なる芸予諸島周辺は古くから瀬戸内海の海運の要として多くの船が行きかっていました。
明治期に入るとこの海域を航行する船舶はさらに増大し、船の大型化、高速化も進んだ事で灯台の設置は急務となりました。この海域に近代灯台が設置されたのは明治20年代、三原瀬戸航路に9つの灯台が置かれたのが始まりで、その後多くの島々に整備されていきました。
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愛媛県と広島県に跨る芸予諸島の東端、上島町に属する高井神島には大正10年に建てられた灯台が現役施設として使われています。

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鉄筋コンクリート造、塔高12メートル。明治期の灯台とは異なって角ばった形状のモダンな意匠です。
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芸予諸島の中央、今治市の大下島には明治期に三原瀬戸航路に建てられた9灯台の一つ大下島灯台が現役で使われています。
明治27年築。
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切石を積み上げた明治期の灯台に良く見られる造りですが、灯塔が円形ではなく八角形に積まれているのが特徴です。
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塔高9.2メートル、八角形の塔の上に2層の鉄製塔室を載せます。
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来島海峡を渡る橋の途中、橋の橋脚が据えられた馬島には昭和13年に建てられたウズ鼻灯台が現存します。
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丘の頂上付近に建てられたこのウズ鼻灯台の塔高は14.4メートル。急潮流として知られる来島海峡を照らします
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by sunshine-works | 2018-09-02 11:03 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)