カテゴリ:近代建築 京都府( 63 )

2018年 11月 11日
旧住友家衣笠別邸門衛所(聖ヨゼフ修道院門の家)
京都市北区の近代建築その2

嵐山電鉄北野線の始発、北野白梅町駅から北へ程なく、西大路通りの裏手に修道院の入口として使われている木造洋館があります。この建物はかつてこの場所にあった住友家別邸の門衛所として、大正9年に建てられました。
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住友家衣笠別邸は関西の数箇所に建てられた別邸の一つで、西大路に面した広大な敷地に和風建築の本館と別館の洋館、門衛所として使われたこの建物が建てられました。この住友家衣笠別邸は戦後の財閥解体の後も残されますが昭和46年に本館と別館が取り壊され、跡地に聖ヨゼフ修道院が建てられます。この際門衛所と煉瓦造の門はそのまま残され、修道院の施設として引き継がれる事となります。
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門衛所と言うにはあまりに大きな造り。小さな住宅ほどの大きさがあります。
意匠はハーフティンバーが特徴の英国チェダー様式木造2階建て。腰周りは門や塀と同じ煉瓦積みで一体感を持たしています。
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敷地奥にも歴史を感じさせる建物や煉瓦塀が残っています。
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英国の田舎家風の小さな小屋。詳細は不明ですが、住友家別邸当時のものと思えます。
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この煉瓦壁も当時のものでしょう。
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by sunshine-works | 2018-11-11 10:42 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 11月 04日
本野精吾邸
京都市北区の近代建築その1

京都市北区の西部、立命館大学衣笠キャンパスの傍に90年前に建てられたコンクリート造の洋風建築が残されています。この建物は日本のモダニズム建築の創成期に活躍した本野精吾の自邸として大正13年に建てられました。
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静かな住宅地の一角に建つ陸屋根造の2階建て。
煉瓦貼りの門柱から玄関へ進みます。
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小さな玄関扉と小ぶりなポーチ。ここも煉瓦がアクセントとして使われています。
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建物はコンクリートブロックを積んだ陸屋根造2階建て。使われているブロックは建築家中村鎮氏が考案したL字形状のもので、組み合わせた隙間を鉄筋コンクリートで固めています。この工法は強固、低コストで工期も短縮される利点がありました。
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曲面を用いず、凹凸のないフラットな造り。壁面はコンクリートの地のまま、陸屋根にはパラペットも無く、徹底した簡素簡略が貫かれています。
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バルコニーの庇や屋根庇が長く突き出ているのは日差しを遮る工夫。通風と採光へ配慮して各面に大きな窓が開けられています。
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近年まで子息に引き継がれ、住居として使われましたが、その後補修を加えて公開施設となりました。各種イベントや定期的な見学会が開催されています。
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by sunshine-works | 2018-11-04 12:04 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 28日
東海道本線桂川橋梁
京都の鉄道遺産

東海道本線の下り列車は京都駅を出て程なく、右京区と西京区の境で最初の大きな川を渡ります。ここに架けられた桂川橋梁には同区間の開通当時に設置された煉瓦造の橋台や明治後期と昭和初期に掛けられた古いトラス桁が今尚現役で使われています。
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明治7年に神戸~大阪間で開通した現在の東海道本線の西側区間は3年後の明治10年に京都まで通じます。桂川橋梁はこの区間の開通に合わせて設置されたもので、レンガ構造物の下部構の上に英国製のピン結合ポニーワーレントラス桁が渡されました。
この初代桂川橋梁はその後の列車の重量化と運行本数の増加に応じる為、明治45年にアメリカ規格のポニーワーレントラス桁に架け替えられます。現在上り線となっている上流側の橋梁がこの時のものです。
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橋長360メートル、桁高が低いワーレントラスを複線合計24基連ねます。桁は輸入桁のアメリカンブリッジ製と国産の汽車製造製のものが混在しています。
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基礎部分に残る開業時の煉瓦構造物。
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下流側に並行する下り線橋梁。この区間が複々線化された昭和3年に架けられました。川崎造船製の12連の曲弦トラスが渡ります。
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コンクリート造の橋脚も桁と同じ昭和3年のものと思われます。
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並行する二つの橋桁の眺め。右が明治45年、左が昭和3年の桁です。
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この位置からは左が明治45年、右が昭和3年の桁。


河原からの眺め。大きなコンクリート製橋脚が並びます。
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京阪神地区で戦前に架けられた東海道本線橋梁の中で連続アーチ橋梁は実例が少なく、この桂川橋梁が貴重な現存例となっています。




by sunshine-works | 2018-10-28 10:53 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(2)
2018年 10月 21日
旧愛宕山鋼索鉄道2
京都の鉄道遺産

愛宕山鋼索鉄道の山上駅として設置された愛宕駅の築年は昭和4年。
この愛宕山鋼索鉄道は僅か15年の運行の後、戦時体制下で不要不急路線に指定され昭和19年に歴史を終えます。
今回は、廃止後74年を経て今尚現存する旧愛宕山鋼索鉄道の山上駅、愛宕駅を紹介します。
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廃線後70年以上を経て今尚残る旧駅舎。
藪を掻き分けた先の開けた空間に、上部を半ば蔦に覆われた状態で立っています。。
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鉄筋コンクリート2階建て、直線を基調としたシンメトリーな構成で、壁面に縦長窓を並べます。
失われた部分が多く、元の姿がわかりづらいのですが、当時の鋼索鉄道の駅舎はアールデコ風の意匠が主流となっており、この愛宕駅もその影響を受けていたと思われます。
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表面が剥落して鉄筋が剥き出しの柱。いつ崩れてもおかしくない状態です。
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荒れ果てた入口から内部へ進みます。乗降客で賑わった1階ホームは壁が剥がれ落ち、床天井も剥き出しの状態。
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階段を登って2階へ。2階には待合室や貴賓室が設けられていたと思われます。
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半地下になっている1階の奥に乗降ホームが繋がります。



by sunshine-works | 2018-10-21 12:04 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 14日
旧愛宕山鋼索鉄道1
京都の鉄道遺産

京都市右京区の北西、亀岡市に跨る愛宕山は古くから山岳信仰の地として知られ、山頂に祭られる愛宕神社の起源は700年代に遡ると言われています。
標高900メートル程の山頂へは登山道が通じ、多くのハイカーや参拝者が行きかっていますが、この愛宕山には麓から山上を結ぶ登山鉄道が運営されていた時期がありました。
僅か15年で営業を終えてしまったこの愛宕山鉄道ですが、山の東斜面には当時の軌道跡が残り、山上には朽ちかけた旧駅舎が廃止後70年以上を経た今も立ち続けています。
今回と次回に分けてこれら愛宕山鋼索鉄道の遺構について紹介していきます。
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愛宕神社参拝者の送客を目的に京阪電鉄と京都電燈によって設立された愛宕山鉄道は嵐山から清滝川までの平坦線と清滝川から山頂までを繋ぐ鋼索鉄道の2路線の免許を取得、双方共に昭和4年に開業します。
この愛宕山鉄道は参詣鉄道としてだけではなく、山麓、山上に開発した遊園地やホテル、スキー場等の施設で構成される高原リゾートを支える根幹として運用されますが、僅か15年後の昭和19年、戦局の悪化の煽りを受けて廃止となってしまいます。
今回紹介する鋼索線は愛宕山の東斜面の標高差639メートルを登る路線長2.1キロメートルのケーブル鉄道で、麓の清滝川駅と山上の愛宕駅の間を11分で結んでいました。


麓に設置されていた清滝川駅の跡地。嵐山からの鉄道線の終点に接続し、愛宕山リゾートの起点となっていました。現在清滝川周辺の一連の施設はすべて取り壊され、足元に残された敷石のみが当時の痕跡を留めています。
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清滝川駅跡地から登っていく登山道に並行して鋼索線の路盤が敷かれています。レールやケーブルは昭和19年に不要不急路線とされて休止した際に供出されてしまい、コンクリートや切石の基礎だけが残されています。
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軌道跡の険しい斜面を登って行くと最初のトンネルが見えてきます。トンネルは頂上までに合計6個が設置されています。
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トンネルは抗口、内壁共にコンクリート製。馬蹄形断面の小さなもの。
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どのトンネルも内部に土砂や石が転がり、一部は埋没や水に漬かった箇所もあります。
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山上へ向けて更に勾配を進んで行きます。
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小さな谷間を渡る橋梁の跡。
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山頂に近づくにつれて登山道と鋼索線の路線跡は間隔が隔たり、上部の遺構の多くは視認できませんでした。
登山道を登る事約2時間強。目指す愛宕駅に到着。次回はこの愛宕駅舎跡について紹介します。
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by sunshine-works | 2018-10-14 12:15 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 07日
嵯峨野観光鉄道保津川橋梁(旧山陰本線保津川橋梁)
京都の鉄道遺産

亀岡市東部から京都市右京区の嵐山を結ぶ嵯峨野観光鉄道(嵯峨野トロッコ列車)は、JR山陰本線の複線化工事により廃線となった嵯峨~馬堀間の路線を観光鉄道に転用して平成2年に開業しました。
渓谷に沿って進むこのトロッコ列車の路線の中程、保津川を跨ぐ地点には昭和3年に架けられたトラス橋が現役で使われています。
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この区間は明治32年に京都~園部間で開業した民営の京都鉄道が開設した路線で、同社は明治40年に国有化され現在の山陰本線へと引き継がれます。
明治32年に竣工した保津川橋梁は同区間最大の橋梁で、保津川の急流を避ける為に川中に橋脚を設けず、80メートルを越える川幅を一跨ぎするトラス桁が用いられました。
現存するこの保津川橋梁は昭和3年に架け替えられた二代目のもので、旧橋の煉瓦橋台の上に支間長85メートルの下路式ワーレントラスが渡されました。
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桁を支える煉瓦造の橋台。
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対岸にも同様の煉瓦造の橋台が据えられています。
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80メートルを超える桁長は当時の鉄道橋梁としては長大なもの。戦前に架橋された山陰本線のトラス橋としては最長スパンのものとなります。
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保津川に沿って整備されたハイキングコースから見下ろす橋の眺め。
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一段下がって橋の間際から細部を伺います。


橋の背後には煉瓦造のトンネルの抗口が迫ります。この清滝隧道は初代の保津川橋梁と同年の明治32年に竣工しました。
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by sunshine-works | 2018-10-07 11:51 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 25日
京都府丹波の近代建築 補遺2
京都府丹波の近代建築 補遺2

前回に続いて京都府丹波地区の未掲載物件の幾つかを紹介します。
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山陰本線八木駅は同区間の基となった京都鉄道時代の明治32年の開業。昭和9年に建てられた駅舎が現役で使われています。
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ホームの様子。上屋を支える柱に古レールが使われています。
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山陰本線が亀岡駅の先で桂川支流を渡る地点に架けられた河原町川橋梁。
明治期に導入された英国製のポーナル桁が使われています。
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英国製ポーナル桁は明治期に導入されましたが、多くはその後更新され、一部は地方線区に転用されます。この橋梁が当初からのものか移設されたものかは不明ですが、本線で今尚使われているのは珍しい事例と思われます。
*以前紹介した津山線の橋梁にこれと同じクリーブランド・ブリッジ社製のポーナル桁が使われています。
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福知山市にはかつて北部の大江町との間を結ぶ地方鉄道が運行されていました。
大正12年に開業したこの北丹鉄道は昭和49年に廃業となりますが、その後生活道路として使われた一部の路線跡に当時のトンネルが現存しています。
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近接して並ぶ日藤第一隧道と日藤第二隧道。煉瓦積みのポータルがそのまま残されています。内壁のコンクリートは道路転用時に塗られたものと思われます。
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国道9号線が京都市から亀岡市中心部へ向かう途中に見える美しい石造アーチ橋。
この王子橋は明治17年に架けられ、昭和44年に2代目の王子橋完成後に保存施設として残されています。
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親柱も移設保存されています。
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by sunshine-works | 2017-11-25 13:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 18日
京都府丹波の近代建築 補遺1
京都建てられた府丹波の近代建築補遺1

綾部から亀岡までの京都府丹波地区の近代建築を紹介してきましたが、未掲載の近代建築が幾つかありました。今回と次回に分けてこれらを紹介します。
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福知山市中心部の旧郡是製糸福知山工場本館。昭和4年頃に建てられました。
綾部で創業した郡是製糸はその後西日本各地に工場を増設するとともに地方の同業他社を吸収合併して拡大していきます。
現在グンゼの配送センターとして使われているこの場所には大正期に地場の製糸会社を合併し郡是福知山工場となった後に建てられた施設建物が複数現存しています。
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昭和3年に建てられた門衛所と正門も現存します。
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福知山駅前の商店街の一角にかつて銀行支店として建てられた建物が現存します。現在眼科医院として使われているこの建物は京都銀行の前身の一つとなった両丹銀行の支店として建てられました。築年は昭和10年とされています。
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福知山城跡の裏手に建つ古い木造建物。福知山医師会館の看板がありますが、現在は空家となっています。この周辺はかつて旧陸軍病院(衛戍病院)が建っていた場所で、この建物はそれらの何らかの遺構と推測されます。
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この建物の裏手には下見板張りの別棟、更に後方にはモルタル壁の棟が接続されています。これらも当時建てられた施設と思われます。
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旧佐賀村役場が移築されている高台の麓に建つ建物。詳細は不明ですが、旧佐賀村役場庁舎とほぼ同じ意匠で建てられており、何らかの関連があると思われます。
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舞鶴線第四伊佐津川橋梁の傍の真倉集落に残る公会堂。こちらも詳細不明ですが、敷地内に皇紀二千六百年記念の碑が建てられており、これに因んだものであれば昭和15年頃の建物となります。
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京丹波町須知の笠次医院旧館。現在は使われていないと思われ、相当に劣化が進んでいます。
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by sunshine-works | 2017-11-18 22:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 11日
旧田中源太郎邸洋館(楽々荘)
京都府亀岡市の近代建築

山陰本線亀岡駅から市街地を西へ進んで程なく、屋根塀で囲まれた大きな邸宅が見えてきます。この屋敷は明治31年に亀岡出身の実業家田中源太郎の自邸として建てられたもので、その後は旅館やレストランとして使われています。
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広大な日本庭園に面して書院造り木造平屋の和館と煉瓦造2階建ての洋館が並びます。
洋館は外周にベランダを廻らせたコロニアル様式で、このスタイルは明治初期の洋館に多く用いられました。
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庭に面した2面にバルコニーを廻らせます。
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開口部が少なく、分厚い鉄扉が備わる一階部分。土蔵のような印象です。
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地元亀岡の商家を継いだ田中源太郎は京都を中心に数々の事業を手掛け、後には政界にも進出します。京都銀行の前身亀岡銀行や山陰本線の基となる京都鉄道、後の関西電力の母体の一つとなる京都電燈、立命館大学等、氏の関与した事業は現在に繋がる様々な分野に及んでいます。
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当時のまま残された室内の様子。調度品も状態良く保たれています。
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こちらは2階室内の様子。
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2階の外周にはガラス窓で囲まれた明るい空間が広がります。
本来亜熱帯地域の住居として考案されたコロニアル様式ですが、冬場寒冷な日本の風土に合わせてこのようなガラス張りとした事例が他にも数多く見られます。
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by sunshine-works | 2017-11-11 22:56 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 04日
大堰橋(八木大橋)
京都府南丹市の近代建築

山陰本線八木駅から続く古い町並みを抜けて大堰川の岸へ。旧道はこの場所で古い鉄橋を渡ります。80年を超えた今も現役で使われているこの美しい橋は昭和10年に架けられました。
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桂川水系大堰川の200mを超える広い川幅を3連のトラスと3連のプレートガーダー桁が渡ります。トラス桁は当時の先進技法カンチレバートラスが用いられ、最長部で40メートルの経間長を得ています。
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細密にリベットが打たれた鋼材が並ぶ橋上の様子。
橋銘板には横川橋梁製作所、昭和拾年の文字が読み取れます。
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この橋には竣工当時の親柱が東西共に現存しています。こちらは西詰側に残る親柱。
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こちらは東詰の親柱。東詰側に連なるプレートガーダー桁は河川改修に伴って架け直されていますので、この親柱はこれに合わせて移設されたものと思われます。
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左右の川岸からの遠景。側面から眺めると橋脚上部のアーチが三角形に盛り上がったカンチレバートラスの特徴が良く判ります。
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同じ岸の上流側から
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右岸下流側です。
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西詰に繋がる町並みからの眺め。
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by sunshine-works | 2017-11-04 22:28 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)