カテゴリ:近代建築 広島県( 38 )

2017年 12月 09日
久山田水源地堰堤
広島県尾道市の近代建築その2

尾道市の中心部から北西方向へ。
険しい勾配を上った先に尾道の近代水道創設時に築かれた水道ダムが置かれています。
石貼りの堰堤が美しい円弧を描くこの久山田水源施設は大正14年に竣工しました。
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コンクリートに切石を貼った堰堤は重力式とアーチ式の複合形式。堤長75メートル、堤高22メートル、最大貯水量は74万立米。開設時の給水人口は約4万人に及びました。
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海岸線近くまで山が迫り、大きな河川が無い尾道は古くから用水に恵まれず、近代水道の開設に際しては貯水ダムを設置して給水する方法を採用します。
水道事業の計画段階に於いては同じような地理的背景を持ち、全国に先駆けて水道ダムを運用していた神戸市に範を求め、技師長には元神戸市の水道課長を招聘。水道事業全体の設計も神戸の水道に深く係わった佐野藤次郎の原案が基となっています。
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麓から見上げた堰堤部。中央に越流口を設けます。
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湖面からの眺め。堰堤上部は通路となっていて対岸に渡ることが出来ます。
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by sunshine-works | 2017-12-09 23:57 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 02日
旧河内村役場
広島県尾道市の近代建築その1

尾道市北部、御調地区の街道沿いに古い木造庁舎が残されています。
現在郷土資料館として使われているこの建物は、旧御調町の基となった町村の一つ、旧河内村の役場として建てられました。
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木造2階建て寄棟造、下見板貼りの和洋折衷様式。逐年は不明ですが、明治後期の築と推測されています。
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周囲に田圃が広がる長閑な風景の中に建つ大きな木造2階建。1階を役場事務所、2階は議場に充てられていました。
この建物は昭和30年に村が御調町と合併した後は町役場支所として使われ、その後公民館を経て歴史民族資料館に転用され現在に至ります。
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鉄板を貼った扉が備わる玄関。車寄せに瓦葺きの庇を張り出します。
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by sunshine-works | 2017-12-02 15:02 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 26日
芸備線の駅舎①
広島の鉄道遺産

広島市から岡山県新見市を結ぶ芸備線は旧芸備鉄道時代に開通した広島~備後庄原間の路線をその前身とし、国有化後の昭和11年に現在の区間が全通します。中国山地の麓から急峻な山間部を抜けて東西160kmを結ぶこの路線にも古い木造駅舎が数多く残されています。
今回は備後に残る芸備線の古い駅舎を紹介します。

庄原市の中心駅備後庄原駅。芸備鉄道が塩町から延伸された大正12年に時に終着駅として設置されました。昭和8年に建てられた駅舎本屋が今も使われています。
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2面3線のホームを備え、芸備線の途中駅では最大規模の駅です。各ホームに掛けられた大きな木造上屋は昭和17年築。
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備後庄原から1駅先の高駅。昭和9年開業当時の駅舎が残ります。
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現在のホームは1面1線。かつて使われていた対向ホームが残っています。
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比婆山駅の開業は国鉄庄原線時代の昭和10年。備後熊野駅として建てられました。
開設時の駅舎が使われています。
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芸備線に現存する開業当時の駅舎の中でこの比婆山駅は独特の意匠をしています。
駅舎屋根と入口庇は朱色の反り屋根、庇の破風には懸魚が飾られ、寺社建築風の造りとなっています。
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現在の芸備線の基となった芸備鉄道の岡山側からの延伸は国鉄三神線時代の昭和5年に備中神代~矢神間が開通、同年中に東城まで延伸され、5年後の昭和10年に小奴可まで開通します。
備後八幡駅はこの昭和10年の延伸時に設置された駅。ここにも当時の駅舎が現存しています。
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元々は駅務室を備えた駅舎でしたが、半分を取り壊して待合室部分のみ残されています。
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昭和10年の延伸時に終着駅として設置された小奴可駅。この駅舎も開業当時の姿を留めています。
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使われなくなった対向ホーム。石積みも当時のままです。
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山深い里に設置された道後山駅。現在の芸備線区間が全通した昭和11年に開設されました。
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広島、新見両方向から延伸を重ねた芸備線は昭和11年に全通。合流点となった備後落合駅は機関庫や転車台を備えた拠点として整備されました。この備後落合駅のホームには古レールを使用した上屋が当時のまま残されています。
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芸備線は昭和12年にこの備後落合駅に木次線が接続され、陰陽連絡路線の一つとなります。
同駅は多くの乗換客が行きかうターミナル駅として、また周辺の山々で伐採された木材の積出し駅として賑わいますが、戦後の交通導線の変化と林業の衰退でその役目を失い、現在では秘境駅とも呼ばれる程に寂れてしまいました。
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木次線ホームからの遠景。線路は県境を越えて出雲方面へ向かいます。
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by sunshine-works | 2016-11-26 18:30 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 19日
福塩線の駅舎
広島の鉄道遺産

福山市と三次市を結ぶ福塩線は大正期に開設された両備軽便鉄道をその前身とし、国有化後の昭和13年に現在の区間が全通します。
総長78kmの路線は全線単線で優等列車も無く、過半は非電化のローカル線ですが、県北部と南部を結ぶ路線として長くその務めを果たしています。
今回はこの福塩線に残る開業時の姿を留める木造駅舎の幾つかを紹介します。


福山市西部の駅家駅。軽便鉄道時代の大正3年に建てられた駅舎が使われています。
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ホームに設置された旅客上屋。柱には昭和13年の建物資産標が貼られています。
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府中市との堺に位置する新市駅。この駅も両備軽便鉄道開設時の大正3年に建てられた駅舎が現存しています。
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この駅にも駅家駅と同様のホーム上屋が設置されています。こちらは昭和11年設置。
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府中駅から北は非電化のローカル区間。長閑な景色の中を走ります。府中市北部の山間いに設置された備後矢野駅。
福塩線の最終工区が開通した昭和13年築の駅舎が残ります。
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三次市の古い宿場町に残る吉舎駅。昭和8年に塩町側から延伸された際の終着駅でした。
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福塩線は終点の塩町駅で芸備線と接続します。この駅舎は芸備鉄道時代の昭和5年に田幸駅として建てられました。
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by sunshine-works | 2016-11-19 12:36 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 12日
祝橋
広島県三次市の近代建築その4

三次市の中心街の西方、旧道が江の川を渡ります。
この祝橋の中央トラスには広島市内に架けられていた旧大田川橋梁が移設再利用されています。
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旧大田川橋は大正12年に現在の広島市北区可部に設置された大田川を渡る橋梁でした。
昭和30年に河川改修に伴って撤去・解体され、2連のトラス桁は同時期に架け替えとなった祝橋に転用されます。
トラスは当時の一般的な形式の下路式曲弦プラットトラス。支間長50m、トラス長101m。川幅に合わせて両側にコンクリートガーダーが繋がれています。
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この祝橋は江の川と馬渡川が交わる地点に架けらています。中流域ですが川幅は200mを越え、木造吊橋だった先代の祝橋も当時の吊橋として規模の大きなものだったと想像できます。
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側面からトラスの詳細。
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西詰からトラスの内側を眺めます。
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親柱は移設設置された時のものと思われます。
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by sunshine-works | 2016-11-12 12:54 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 05日
旧広島農工銀行三次支店
広島県三次市の近代建築その3

前回紹介した旧三次銀行本店からほど近く、ここにも古い銀行店舗が残されています。
現在菓子店として使われているこの建物は広島農工銀行三次支店として大正12年に建てられました。
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農工銀行は農家や中小工業者への融資を目的に設立された政府系特殊銀行の一つで、各府県に設けられました。各地の農工銀行はその後段階的に勧業銀行に合併統合され、現在のみずほ銀行の母体の一つとなりました。
広島農工銀行は昭和12年に勧業銀行と合併、この三次支店も日本勧業銀行の支店として継承されますが戦後間もなく廃止となり、昭和25年から平成17年までは広島銀行三次支店として使われました。その後は地元の建設会社に所有が移り、正面区画に和菓子店が入居しています。
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石畳の街路に建つ復興ルネサンス様式のコンクリート造2階建。大正期から昭和初期の商業建物に多く用いられた建築意匠です。
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腰周りは荒削りの花崗岩を貼ったルスティカ積み。壁面は旧三次銀行本店と同様にコンクリートに目地を刻んで石積み風に仕上げています。
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化粧タイルが貼られた玄関の床面。
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側面から背面の景色。
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by sunshine-works | 2016-11-05 11:57 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 29日
旧三次銀行本店
広島県三次市の近代建築その2

古い町並みが残る三次市本通の中程に旧銀行店舗が残されています。この建物は三次銀行本店として昭和2年に建てられました。
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鉄筋コンクリート造2階建。建物意匠については案内板に次の記述があります。
「洋風の石積み建築を模したシンプルで力強い建物である。正面の柱の上部には、楕円形を中心に曲線模様のレリーフ装飾が施されており、直線が強調され建物のアクセントになっている」
この店舗が建てられた昭和初期の銀行建築の流れを汲んだ建物で、明治大正期の重厚な建築意匠が薄らいで古典様式を留めつつ直線と平面を基調にした簡潔な表現となっています。
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三次銀行は県北部を営業拠点とした地域銀行として発足し、昭和20年に後の広島銀行となる芸備銀行と合併します。
三次銀行の本店だったこの建物は中町支店として継承されますが5年後に廃止され、翌年から昭和52年までを三次郵便局、その後は市に移管されて民俗資料館として使われています。
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玄関周り詳細。
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外壁はコンクリート仕様、腰周りは切石積み。壁面は目地を切って石積風の表現としています。
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石畳の通りの北側から眺めます。
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駐車場からの南面の眺め。深い奥行きの壁面に縦長窓が連なります。
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by sunshine-works | 2016-10-29 08:37 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 22日
旧田中写真館
広島県三次市の近代建築その1

三次市東部、宿場町として栄えた吉舎町の町並みに、一際目を惹く洋風建築が残されています。
この建物は写真館として昭和3年に建てられました。
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街道沿いの橋詰めに建つ木造モルタル3階建、陸屋根造り。地元の大工吉川惣一朗が大阪の洋風建築を参考に設計施工しました。
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掻き落としの外壁や切石風の柱形や窓枠、陸屋根の屋上に配したパラペット等、コンクリート造を思わせる意匠。斬新な玄関庇の装飾と相まって強い存在感を示します。
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一風変わった庇妻面の意匠。当時流行のカイゼル髭をモチーフとしています。
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玄関庇を支える柱頭飾り付きのオーダー風円柱。石積の基礎が支えます。
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縦長窓が並ぶ南側の側壁。
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北側から裏側の景色。瓦屋根の建屋部分は増設されたものでしょうか。
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by sunshine-works | 2016-10-22 12:11 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 15日
旧国立種牛牧場本館(七塚原記念館)
広島県庄原市の近代建築その4

庄原市西部、三次市との市堺の丘陵地に広がる広島県立畜産技術センターの敷地内に木造2階建ての洋風建築が残されています。この建物は前身の国立種牛牧場が開設された明治33年に本館事務所として建てられたものです。
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木造2階一部平屋建、寄棟造。下見板の外壁に縦長の上げ下げ窓が並ぶ本格的な洋館建築です。
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北側からの眺め。玄関を構える切妻平屋建物が繋がっています。
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明治33年、当時の農商務省によって七塚原の地に開設された全国初の国立種牛牧場は、日本の畜産技術の試験、改良、研究機関として主導的な役割を果たします。
その後大正初期に千葉市に新設された国立畜産試験場に機能を移管していきますが、施設は大正12年に国から広島県に引き継がれ、以降は県の畜産振興の拠点として今日に至ります。
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外壁、窓枠、おそらくは屋根も当時の状態が保たれ、大きな改修や補修はされていないと思われます。
その為か、以前は資料館として公開されていたこの建物も、安全性の問題で現在は立入禁止となっています。
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広大な敷地に点在するサイロや牧舎。年代を経た施設が数多く残されています。
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by sunshine-works | 2016-10-15 15:19 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 08日
ヤマモトロックマシン東城工場建物
広島県庄原市の近代建築その3

地場の小さな鋳物工場だった山本鉄工所は、大正期に着工された帝釈川ダムの工事を契機に削岩機メーカーとして大きく発展します。
全国で大規模な土木工事が展開された昭和初期、これらの需要に応じる為に同社は近代的な工場施設を創業の地東城に整えていきます。
後身となるヤマモトロックマシン東城工場の敷地内には当時建てられた工場建物が数多く残され、現役施設として今も使われています。
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前回まで2回に亘って紹介した同社の自治寮と道を挟んだ北側に位置する東城工場。
多くの建物が昭和10年前後に相次いで建てられました。
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正門から真直ぐ奥に見える第一工場(昭和9年築)。木造平屋建。この第一工場を始め、当時建てられた一連の工場建物の設計は自治寮と同じ曽田敏郎が手掛けました。
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第一工場の右手に並ぶ仕上工場は昭和12年築。
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第一工場前から入口方向の眺め。右手の建物は焼入れ工場、左手は工場従業員の教育施設として使われた青年学校(昭和13年)。1階は倉庫、2階に教室が設けられていました。
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右手に第一工場、左に仕上工場。奥に青年学校の建物。
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各工場内部。木造トラスが支える天井には中央と側面に明り取窓が備わります。
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多くの窓が並ぶ壁面。
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敷地南奥の第二工場。
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幾つかの付属建物が並びます。この小さな建物は便所。
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by sunshine-works | 2016-10-08 13:03 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)