2019年 01月 20日
叡山ケーブルの駅舎
京都の鉄道遺産

前回は旧叡山鉄道が大正14年に開設した八瀬比叡山口駅を紹介しましたが、叡山鉄道はこの八瀬駅から乗り継ぐ鋼索線(ケーブルカー)を同年に開業させます。
現在叡山ケーブルとして引き継がれたこの鋼索線では開業当時の姿を残す二つの駅舎が今も使われています。
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麓駅のケーブル八瀬駅。開業時は西塔橋駅の名称でした。鉄骨モルタル造平屋建て、正面に大きな庇を張り出します。
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側面からの眺め。
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鉄骨トラスが覆う乗降ホーム。ここから山上のケーブル比叡駅までケーブルカーとして日本一長い標高差561メートルを登ります。
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約9分で山上のケーブル比叡駅に到着。開業時は四明ヶ嶽の名称でした。
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鉄骨造のケーブル八瀬駅とは異なり、山上のケーブル比叡駅は鉄筋コンクリート造、柱に化粧タイルを貼ったモダンな意匠です。
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外壁のサイディングは後年に張替えられたもの。当初は彩色を施したコンクリート壁でした。

駅舎南側に設けられた広い待合室。佇まいは殆ど当時の姿のままです。
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# by sunshine-works | 2019-01-20 10:41 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2019年 01月 13日
叡山電鉄八瀬比叡山口駅
京都の鉄道遺産


出町柳から京都市北部を結ぶ叡山電鉄は大正期に京都電燈によって開設された路線をその前身とします。この叡山電鉄本線の終着駅となる八瀬比叡山口駅では大正14年の開業時の姿を留めた駅舎が今も使われています。
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京都電燈を母体とする叡山鉄道は出町柳からこの八瀬比叡山口駅(開業時は八瀬駅)までの平坦線と八瀬駅に接続する西塔橋から比叡山山上の四明ヶ嶽を結ぶ鋼索線を大正14年に開業させ、4年後の昭和3年には鋼索線の山上駅から延暦寺までのケーブルカーを設置、これにより京都市内からの延暦寺への日帰り参詣を実現させます。
この八瀬駅は比叡山参詣の拠点駅に相応しい風格を備えた駅舎として大正14年の開業と同時に建てられました。
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北に正面を向ける駅舎入口。切妻屋根の庇正面には昔の木造建築によく見られるパージボードが用いられています。
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ホームは3面2線。全体を覆う鉄骨アーチの大屋根はヨーロッパの駅舎の眺めを思わせます。
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大屋根を支える鉄骨の柱。リベット接合の重厚感は当時のままです。
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# by sunshine-works | 2019-01-13 11:12 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2019年 01月 06日
柊野堰堤
京都市北区の近代建築その9

京都市街地から鴨川沿いを北へ進んで程なく、郊外の開けた景色の中に昭和初期に築かれた砂防堰堤が置かれています。
堤長96メートル、堤高7メートルの重力式堰堤からなるこの柊野砂防堰堤は昭和15年に完成しました。
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京都市の中心部を南北に貫く鴨川は古くから氾濫を繰り返していましたが、昭和10年には160名の死者、5万戸を超える家屋浸水、鴨川に架かる大半の橋梁を押し流す大規模な水害を引起こします。この対策として進められた河川改修事業の一つとして起工されたのがこの砂防堰堤で、土砂の流出を防ぎ川流を安定させる役割を担います。昭和11年から4年の工期をかけて竣工した堤長96メートルの柊野堰堤は都市近郊に設置された砂防ダムとしては大規模なものとなりました。
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前後二重に堰堤を並べた構造。後ろの主堰堤が土砂を受け止める役割、前方の副堤は流量を安定させるためのものです。
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増水時用の水門が設けられた堤両脇の袖部分。堰堤の表面は荒い石が積まれています。
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# by sunshine-works | 2019-01-06 11:12 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 23日
顕真学苑(旧親鸞聖人研究館)
京都市北区の近代建築その8

北大路堀川交差点を北へ進んで北山通りを東へ。塀で囲まれた敷地に昭和初期に建てられたモダンなコンクリート建物が残っています。
この建物は親鸞聖人研究館として昭和10年に建てられました。
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顕真学苑は仏教学者で龍谷大学教授だった梅原真隆が創設した研究機関で、学苑の活動拠点として建てられたのがこの建物です。
仏教関係の施設ですが和の要素は殆ど無く、当時の先進的な洋風建築の意匠が用いられています。
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北面に設けた入口。突き出した庇の下に丸窓を配した入口扉を構えます。格子を嵌めたこの丸窓は寺院建築でよく見かける丸窓を思わせ、洋風な建物の中で唯一仏教色を感じさせる意匠表現です。
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建物から一段前面に張り出した玄関上部。階段室となっている壁面には縦長窓と窓間の柱で垂直なラインを刻みます。
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玄関の左右にシンメトリーに配置された両脇部分。こちらは水平方向のラインが強調されています。
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南面の眺め。日のあたるこの面が正面になると思われますが、全体に装飾は控えめで地味な印象です。
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# by sunshine-works | 2018-12-23 10:50 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)