2019年 09月 01日 ( 1 )

2019年 09月 01日
釣島灯台
愛媛県松山市の近代建築その1

松山市の沖合い約4キロに小さな有人島が浮かんでいます。この島には明治初期に建てられた灯台が今も現役で使われています。
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日本の近代灯台の歴史は明治2年の観音崎灯台に始まり、その後各地の主要航路に設置されていきます。瀬戸内海に於いては明治4年初灯の淡路島の江崎灯台が最初で、その2年後にこの釣島灯台が灯されています。設計は日本の近代灯台の父と呼ばれるイギリス人のR.ブラントンで四国では前年に竣工した鍋島灯台に次ぐ2番目の作となります。
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灯塔部分は石造2階建、上部に鉄製のドームを被せます。灯塔の前方に半円形の平屋が組み合う構造はブラントンが手掛けた他の灯台に共通のもので、この釣島灯台は規模も意匠も江崎灯台鍋島灯台に良く似た造りとなっています。
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この釣島灯台は昭和38年に無人化されますが、灯台の横手にはそれまで使われていた退息所や倉庫等の一連の付属建物が現在も残されています。
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この建物は吏員退息所と呼ばれる灯台職員の宿舎で、灯台と同年に建てられました。御影石を積んだ寄棟造平屋建て。風雨に晒される環境に耐えるために頑丈な造りとなっていますが、窓が少なく通気の悪い構造は高温多湿の夏場は厳しいものがあったと思われます。
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退息所の隣には倉庫が並びます。

これら建物は室内を含めて洋風の意匠ですが、屋根瓦には和瓦が葺かれています。
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by sunshine-works | 2019-09-01 12:04 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)