2007年 10月 08日
神戸灘区の近代建築その13 交通アクセスが整いリゾート開発が進んでいく中で、それまで本格的なホテルが無かった六甲山にもホテルが建てられるようになります。六甲山の開発に鎬(しのぎ)を削っていた2つの鉄道会社の一つ阪神電鉄によって昭和9年に六甲オリエンタルホテルが、それに先立つ昭和4年に阪急資本の手によりこの六甲山ホテルがオープンします。六甲山ホテルはその後に新館が建てられましたが開設時の建物が旧館として現存しています。設計:古塚正治 設計者の古塚正治は阪神間を中心に多くの建築を手がけています。この六甲山ホテルは同じ阪急系列の宝塚ホテルの分館として建てられたのですが宝塚ホテルも古塚の作品です。 高原リゾートらしく山小屋風の建物。アルプスの保養地にありそうなデザインです。 木造の骨組を表面に見せるハーフティンバーと呼ばれる技法が使われています。 鬱蒼とした樹木が周囲を取り囲んでいて良いアングルで写真が撮れません。 玄関部分です。現在は閉ざされていますが当時のまま残されています。 色硝子が鮮やかな玄関扉 建物裏側。左側の駐車場への出入り口は後年の物です。 ホテル内部。大きく張り出した木製の梁と連続するアーチが特徴的です。 山上への交通機関が整備されホテルも開設された事で六甲山はますます便利な避暑地となっていきます。夏場はホテルを住まいとし大阪・神戸へ通う人もいたそうです。 ケーブルカーやバス・電車を乗り継いで1時間以内で神戸や大阪から行ける便利な高原リゾート地になった六甲山ですが、その近さ故に東の代表的な避暑地軽井沢に見られる夏場に都市機能がそっくり引っ越して来る様な町並みは形成されませんでした。商業施設も文化施設も、僅か数十分で降りられる麓へ行けば幾らでも在ったのですから、さほど不自由を感じなかったのでしょう。他の理由として山上に建てられた2つのホテルがそれらの代替として機能していた事も見落とせません。
by sunshine-works
| 2007-10-08 14:43
| 近代建築 兵庫県
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