2025年 02月 09日
旧生祥小学校/旧銅駝小学校
京都市中京区の近代建築その5

ここまで中京区に現存する三つの戦前築小学校校舎を紹介しましたが、中京区にはこのほかにも昭和初期に建てられた番組小学校を祖とする小学校校舎が残されています。今回はこれらの建物を紹介します。
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生祥小学校は下京第五番組小学校として設立され、周辺学区との統合で平成5年に閉校となるまでの長い歴史を刻みました。
現存するこの校舎は昭和13年に建てられたもので、京都市内に建てられた鉄筋コンクリート造の小学校校舎としては後期のものとなります。
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京都市の小学校校舎が木造から鉄筋コンクリート造への建て替えが進められた契機の一つが昭和9年の室戸台風で、京都市内でも多くの家屋に倒壊や損壊が発生し、学校施設にも被害が及びます。
古い木造校舎の脆弱性が顕わになったこの事態を受けて、京都市では小学校校舎の鉄筋コンクリート化を促進し、多くの校舎が建替えられて行きます。
今回紹介するこの生祥小学校と銅駝小学校や以前に紹介した開智小学校等はこの時期に建てられたもので、それ以前に京都市内に建てられた鉄筋コンクリートの小学校校舎がそれぞれに地域のシンボルとして意匠を凝らした建築表現を競っていたのに対し、装飾を抑え実用性を重視したものへと変わっています。
これは災害復興と防災を優先し短い工期で建て替える必要性からの理由と、徐々に戦時色が深まりつつあった時局の変化を踏まえたものと推測されます。
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全体に華美な表現は抑えられていますが、壁面全体にタイルを貼り、玄関周りを切石や円柱で飾って個性を引き出します。
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河原町通りの東側、土手町通りと鴨川に挟まれた一角に上京第三十一番組小学校として設立された旧銅駝小学校の校地が残されています。
銅駝小学校はその後銅駝中学校を経て京都市立銅駝美術工芸高校に引き継がれ令和5年まで使われました。
現在は学区の中学校の校外施設となっているこの敷地の西側と北側に銅駝尋常小学校時代の昭和14年に建てられた校舎が現存します。
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土手町通りに面した校舎東面の眺めです。
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中央に生祥小学校と同様に切石で飾られた玄関を構えます。
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校舎一階の壁面にアーチ窓が並びます。
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アーチ窓と共にこの建物を特徴付けている校舎二か所に設けられた階段室の正方形窓。
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by sunshine-works | 2025-02-09 12:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)


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