2024年 12月 15日
逢坂隧道/熊井隧道/樫迫隧道
高知の旧隧道

高知市と四万十市中村を結んだ旧中村街道は、明治期に県道に指定され、県南西部を結ぶ重要な交通路として整備されます。
土佐湾の縁からやや内陸寄りを巡るこの道筋の途中には、段丘や山稜を越える難所が幾つもありましたが、県道整備事業の中で開削された隧道によって道を繋いでいきました。
今回はこれら旧中村街道に残る明治期の隧道を紹介します。
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四万十市の中心地中村の市街地を抜けて北東方向、現在の国道トンネルの真上に残る旧逢坂隧道は明治29年の竣工。長さ約76メートルのこの隧道はポータル、内壁すべて煉瓦で組まれています。
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イギリス積みの煉瓦内壁。剥がれも無く当時の状態で保たれています。
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東側の坑口を抜けて反対側のポータルを眺めます。
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こちらはクラックが数か所あって危うい状態。この隧道は数年前までは使われていましたが、現在は廃道となっているようです。
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黒潮町の熊井地区に残る旧熊井隧道は明治38年竣工。この隧道は下部が石積み、ポータルや内壁の上部に煉瓦が用いられています。
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入口の振り返り
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下半分に花崗岩の切石、上半分に長手積みの煉瓦が積まれています。
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長さはおよそ90メートル。北側の坑口へ抜けます。
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現在も生活道路として使われている様子で保存状態は良好。扁額も確認出来ます。


須崎市と土佐市の境近くに掘られた旧樫迫隧道は明治27年竣工。県内に残る煉瓦隧道としては最初期のものと思われます。
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この隧道はポータル部分が石積み、内壁は下半分が石積み、上半分に長手積み煉瓦が組まれています。
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下半分に積まれた石は前述の熊井隧道とは異なって表面を加工していない荒々しいままの石材が使われています。
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新トンネルが開通した後も生活道路として現役で使われており、出口の先には小さな集落が開けています。
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この時代の隧道に良くある峠道の頂部近くに掘られた隧道。トンネル上部に殆ど山体がありません。


北側のポータルの眺め。内外共に竣工から130年を経ているとは思えない程状態良く保たれています。



by sunshine-works | 2024-12-15 11:41 | 近代建築 高知県 | Trackback | Comments(0)


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