2024年 03月 31日
旧商工無尽本社(壽ビルディング)
京都市下京区の近代建築その15

河原町通りに沿って北へ進みます。仏光寺交差点の先、通りが四条通りと交わる手前に昭和初期に建てられたオフィスビルが残されています。
現在はテナントビルとして使われているこの建物は商工無尽社の本社社屋として昭和2年に建てられました。
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鉄筋コンクリート5階建て、河原町通りに面した正面中央にファンライト付きの入口を設け、左右シンメトリーに建物を配置します。
切石貼りの1階部分は玄関のアーチ以外は控えめな意匠で、胴蛇腹で仕切った2階から上を縦長窓と付柱で垂直ラインを強調、窓下に四角いモールディング、軒下に扁額を飾り、頂部を軒蛇腹で押さえます。
アクセントに古典様式を取り入れていますが、全体的にはシンプルで軽快な表現とし、近代的な鉄筋コンクリートビルとしての意匠に纏めています。
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竣工時の建物所有者の名にある「無尽」とは古くから民間で行われていた融資制度で、明治期に制度化されると会社組織として各地に発足します。
商工業の発展に伴って資金需要が高まる中、手軽な無尽は庶民の間で広まり、やがて銀行に迫る存在となって行きます。
この建物が建てられた昭和初期は無尽会社が隆盛を極めた時期で、繁華街の至近の場所に最新の鉄筋コンクリート造で建てられた当時としては高層の社屋を構えるこの本社を見ても、その勢いが伺えます。
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日本に於ける鉄筋コンクリート建物の始まりは明治中期とされていますが、本格的に広まるのは大正後期で、特に煉瓦石積建物の脆弱性が顕わになった関東大震災を契機としてその流れが加速します
京都市内に本格的な鉄筋コンクリートビルが建てられ始めたのもこの頃で、現存する主なものだけでも大丸京都店や八百政(東華菜館)、レストラン菊水、京都市役所、島津製作所本社等が大正末期から昭和初年に相次いで建てられます。
この商工無尽本社もこれらとほぼ同時期に建てられたもので、京都市内に残る鉄筋コンクリート造の事務所ビルとして最初期の現存例となります。

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中央に構える入口。繰形を重ねたアーチや突き出した庇屋根、両脇の灯具等、石積建物に使われる要素を残します。
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現在は商業ビルとして使われており、自由に館内に出入り出来ます。
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上下階への移動は中央奥の階段のみでエレベータは有りません(現在は奥側に並ぶ別棟に設置されているエレベータが利用できます)。この時代には既にエレベータは実用化されていましたが、小ぶりな建物で設置場所が確保できなかったのか、五階建てなら不要とされたのか、何らかの理由で省かれています。
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館内は大きな改修はされておらず、当時の区割りのまま使われています。
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古い建物の多くは窓枠がアルミサッシに変えられているものが多いのですが、この建物の窓周りは当時の状態で保たれています。
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by sunshine-works | 2024-03-31 11:34 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)


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