2022年 10月 30日
佐田岬灯台
愛媛県伊方町の近代建築その2

佐田岬の突端、切り立った岩山の上に鉄筋コンクリート造の灯台が建てられています。四国最西端を照らすこの佐田岬灯台は大正7年に設置されました。
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高さ18メートル、海面からの高さは約49メートル、灯光距離は沖合い約35キロメートルに達します。
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明治初期、イギリス人技師ブラントンを中心として始まった日本の近代灯台の設置は、まず太平洋岸と瀬戸内海主要部から着手し、その後日本海側を加えながら沿岸航路沿いに整備を進めます。瀬戸内海西部の海域となる伊予灘では釣島灯台が明治6年と早い時期に設置されますが、南側の豊後水道には長らく灯台は置かれていませんでした。
近代産業の発展に伴って海外との交易が拡大する明治中期になると、外洋へ抜ける豊予海峡を行き来する船舶の数は飛躍的に増えていき、幅約14キロメートルと狭い海峡を管制する灯台の設置が求められる様になります。こうした中で最初に設置されたのが大分県側の関埼灯台で明治34年に完成しました。これに対する愛媛県側の灯台はやや遅れ、大正7年に漸くこの佐田岬灯台が設置されます。  
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岩山の頂上に頭を出す灯籠。大正7年の開設時には対岸の関埼灯台で使用していたレンズや照具が移設されました。この際に関埼灯台は今までよりも小型でやや古いレンズに換装され、佐田岬灯台を主、関埼灯台を補として運用される事となります。
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階段を上って灯台の入口へ。鉄筋コンクリート造の八角形の灯塔、1階に方形の附室が繋がります。この1階部分はその後に改築されたもので、当初は切妻屋根葺きで入口両脇にはそれぞれ2面の上げ下げ窓を構えていました。
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大正7年に建てられたこの灯台にはそれまでの石やレンガに代わって鉄筋コンクリートが構造材として使われています。これは瀬戸内海の灯台の中では最も早い時期のものとなります。
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by sunshine-works | 2022-10-30 11:09 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)


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