2022年 07月 03日
広島市の被爆橋梁3
広島県広島市の近代建築その17

広島市の被爆橋梁の3回目、今回は残りの2橋と部分として残る橋梁の幾つかを紹介します。

広島駅の西で京橋川を渡る栄橋は昭和5年の架橋。橋長87メートルの鉄筋コンクリート製の桁が渡ります。
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明治期までこの場所には橋は架けられていませんでしたが、明治39年に木橋が渡され、昭和5年に現在の橋が永久橋として架け替えられます。
この橋を渡る道路は広島城に置かれた陸軍第五師団と広島駅を繋ぐ最短経路として使われ、戦後に駅前に2つの橋が掛けられるまでは、猿候橋を渡る国道2号線を補完する役割を担っていました。
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親柱や高欄は戦後の改修の際に更新されており、橋脚自体も柱式の簡素な造りで、他の被爆橋梁に比べると古い橋には見えませんが、橋脚、橋桁(中央の3基)共に昭和5年当時のものが現存しています。
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この地点には、同時期に架けられた水管橋が隣接して架けられています。鋼製の水道管は取り替えられていると思われますが、両岸の煉瓦橋台や橋脚、トラス桁は当時のものが使われています。
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両岸に残る煉瓦積みの橋台。現在の水管橋は昭和初期に架け替えられたものですが、この煉瓦構造物は明治に架けられた初代の水管橋時代のものの可能性があります。
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広島市西部、己斐本町の中心部で小さな橋が八幡川を渡ります。ここに架けられた観光橋も被爆橋梁の一つで、昭和12年に竣工しました。
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広島市内から宮島を繋ぐ新しい街道(観光道路)の橋として架けられたもので、橋長9.8メートルの鉄筋コンクリート製の単純桁橋が橋脚を介さずに渡されます。被爆橋梁の中では唯一三角州の外に位置し、爆心地から距離が離れていた事で被害を免れました。
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ここまで紹介した6つの橋は上部工、下部工共に当時のものが現存する橋ですが、この他に、現在の橋の一部分に被爆時の親柱や橋脚等が使われているものが幾つか存在します。以下、これらの橋梁を紹介します。
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市中心部で大田川を渡る本川橋は古くから架けられた橋で、明治30年にそれまでの木橋から広島初の鋼橋へ架け替えられました。爆心地から至近にあったこの橋は桁に大きな被害を受け、その直後の台風によって落橋してしまいます。現在の桁は戦後に架け直されたものですが、石積みのアーチ型橋脚は明治30年の竣工当時のものがそのまま使われています。
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昭和24年に架け換えられたトラス桁ですが、戦後間もなくで資材が乏しい中、山口県光市にあった旧海軍工廠の鋼材が使用されたそうです。☆こちらのサイトが参考になります。
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同じく爆心地近くに位置する元安橋。この橋は高欄の喪失と笠石のズレ以外に大きな被害は無く、その後修復されて平成4年まで使われました。架け替えに際して橋の親柱や中柱は修復して再利用され、当時の姿が復元されています。
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市街地の南部、京橋川の下流を渡る御幸橋。昭和6年に電鉄との供用橋として木橋から架け替えられました。この橋も修復されて戦後も長く使われましたが、老朽化によって架け直されます。現在の橋は橋脚、橋桁ともに新しいものですが、旧橋の親柱3基が引き継がれています。
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橋の西詰め南側には、原爆投下直後にこの場所まで避難して来た市民を写した写真のレリーフが設置されています。
この写真は原爆投下時刻から最も近い時間に撮られたものとして知られ、当時の惨状を今に伝えています。
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西詰め北側の親柱の隣には橋の架け換え時に設置された鎮魂碑が並びます
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親柱から繋がる高欄の一部も保存されています。
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by sunshine-works | 2022-07-03 11:29 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)


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