2021年 11月 14日
蹴上インクライン
京都市左京区の近代建築その40

前回紹介した南禅寺水路閣を南へ辿った先、左京区蹴上の傾斜地に古びたレールと枕木が残されています。
この場所は琵琶湖疏水によって結ばれた舟運の便が斜面を上下するために設けられたインクラインと呼ばれる鋼索鉄道の遺構で、琵琶湖疏水の開通翌年の明治24年に設置されました。
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琵琶湖西岸から三つのトンネルを経て蹴上の船溜まりまで到達した疎水は、麓まで36メートルの高低差を残します。この斜面を川舟で行き来する事は到底不可能で、勾配を上下させる装置として設けられたのがこのインクラインです。敷設したレール上を専用の台車に舟を載せて引き上げる一種のケーブルカーで、設置当時は世界最長の長さを誇りました。
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全長582メートル、最大15度の勾配に敷設されたレール上を台車が上下します。動力は同じく琵琶湖疏水事業により開設された蹴上水力発電所から引かれた電力を用い、所要10分から15分で上下の船溜まりを繋ぎました。
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斜面の中程に、当時使われた舟が台車に載った状態で展示されています。台車に載せられた舟は物資や人を乗せたままゆっくりと運ばれていきました。
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琵琶湖疏水とインクラインによって開かれた舟運の便は、琵琶湖周辺や北陸方面から京都大阪への新たな物流路となりましたが、その後開通した鉄道にその座を明け渡す事となり、盛期は開通から20年程と短いものでした。その後細々と運行されていた舟便は昭和23年のインクライン停止によって途絶え、57年の歴史を終えます。
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麓の南禅寺船溜まり。船はここから疎水運河を経て鴨川、淀川を下り大阪湾まで結ばれました。
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船溜まり対岸の一角に建つこの建造物は鋼索を上下させる為の動力室で、内部には当時使われた機器の一部が残されています。
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船溜まりの東に建てられた疎水記念館の傍らに、煉瓦造の洞門が残されています。これは疎水分線が南禅寺水路閣の先で分岐した放水路の放流口として設置されたものです。 
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by sunshine-works | 2021-11-14 11:20 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)


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