2021年 03月 21日
山口線津和野川橋梁
島根の鉄道遺産

津和野町の中心街の南、殿町通りが津和野川を渡る橋の西側に、石積橋脚が連なる鉄道橋梁が架けられています。
この第一津和野川橋梁は山口線が津和野まで延伸された大正11年に設置されました。
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津和野町郷土館の向い側、城下町の美しい町並みに溶け込む石積橋脚。川面から高い位置を渡るプレートガーダー桁を楕円断面の橋脚が支えます。
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良く見ると、橋脚に積まれている石は、上段と下段で違いが見られ、下半分には粗石に近いごつごつした石、上半分は滑らかに整えられた石が使われています。
その境目が堤の高さと同じ位置にあることから、当初は堤の高さで架けられていた橋が後年に嵩上げされ、仕様の異なる切石が使われたものと思われます。
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山口線は瀬戸内海沿いを通る山陽本線と内陸部に位置する山口県の県都山口市を結び、島根県津和野を経て日本海側の益田へ抜ける、いわゆる陰陽連絡線として建設されました。
他の陰陽連絡線(播但線、津山線経由因美線、伯備線、芸備線経由木次線三江線等)が関西や東京方面から日本海側へのアクセスを図る目的で設置されたのに対し、山口線は山陽本線の西側から北東に向けて日本海側を結ぶ路線となります。同線が全通した大正12年当時、芸備線や三江線はまだ通じておらず、九州や広島方面から日本海へ抜ける通商路としての重要な役割を担いました。
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津和野町中心部から国道9号線を北へ。併走する山口線は青野山駅~日原駅間で津和野川を跨ぎます。この場所に架けられた第三津和野川橋梁にも同様な石積橋脚が現存します。
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第一津和野川橋梁と良く似た石積橋脚ですが、橋脚断面は正円に近い形状になっています。
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by sunshine-works | 2021-03-21 11:35 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)


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