2021年 01月 17日
御便殿
島根県浜田市の近代建築その4

浜田市中心街の北西、浜田城の城山の麓に、明治期に建てられた木造の近代和風建物が移築保存されています。
現在は浜田城資料館として公開されているこの建物は、明治40年の嘉仁親王(後の大正天皇)の山陰行啓時の宿泊施設として建てられました。
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明治40年に行われた皇太子の山陰行啓は、5月15日の鳥取県境港から始まり、6月2日迄の約半月をかけて鳥取・島根両県を巡りました。
行啓の最終立寄先となったのが島根県浜田で、今回紹介するこの建物は一行の御泊場として建てられました。
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御泊場の建設地として選ばれたのは、旧藩主松平家別邸の敷地で、明治39年の10月に起工、行啓直前の明治40年5月に竣工します。
近代和風建築として建てられたこの建物の概要は、木造平屋建て入母屋造、前後二棟が雁行型に組み合う複雑な形状で、2面に玄関を設けます。
手前の棟が主に侍従や随員の部屋、奥側の棟には皇太子の御座所が置かれました
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手前の棟の西側と南側に玄関を構えます。こちらは西側の玄関。
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南側の玄関。御座所に繋がる南側は大きな唐破風の庇を構え、神社風の趣となっています。
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右手奥に御座所が置かれた主棟が繋がります。
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by sunshine-works | 2021-01-17 11:04 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)


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