2020年 06月 21日
洛東アパート(光華寮)
京都市左京区の近代建築その29

京都大学北部構内の東、住宅街の坂道を登った先に、朽ち掛けたコンクリート造の大きな建物が残されています。
この建物は民間アパートとして建てられ、その後は学生寮として使われました。昭和6年築。設計:土浦稲城。
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小高い岡の上に建つ地上5階地下1階、部屋数約100室の大規模アパートメント。遠藤新に師事し、その後も多くのモダニズム建築に携わった土浦稲城の設計です。
保存状況が最悪で立ち入りも出来ない為、建築遺産として扱わられ辛いのですが、日本の初期モダニズム建築の数少ない現存例です。
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民間アパートだったこの建物は、戦時中に中国人留学生の寮として京都大学に借り上げられますが、学生の自治寮となった戦後に中華民国と中華人民共和国の間で所有権を巡る「光華寮訴訟」が起ります。提訴から50年以上経た今日も結審しない中、建物は荒れるにまかせた状況で放置され、今や立入る事すら出来ない現状となっています。
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階段状にセットバックする上層階、縁を丸めたベランダ庇、南面には小さなバルコニーと階層に合わせてセットバックする外階段を設けます。
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都市部に建てられた鉄筋コンクリート造の集合住宅としては、同潤会に代表される震災復興住宅がありましたが、これらは平成年間に姿を消し、ここと似た経緯を辿った東京茗荷谷の学生寮も消失した今日、これだけの規模の都市アパートメントが残されているのは極めて稀な事例と思えます。
国家間の争いとなった訴訟で手を付けられない状況が、貴重な建物を残す皮肉な結果となりました。


by sunshine-works | 2020-06-21 11:53 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)


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