2019年 04月 07日
芸予要塞大久野島砲台1
広島県竹原市の近代建築その2

竹原市の沖合いに浮かぶ周囲4キロ程の小さな島に明治期に築かれた砲台跡が残されています。
この島には当時全国の要所に設置された沿岸砲台の一つ芸予要塞大久野島砲台の遺構が良好な状態で保たれており、石積みや煉瓦造の砲座や兵営跡を百年以上を経た今日に伝えています。
今回と次回の2回に分けてこの大久野島に残る砲台跡を紹介します。
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この大久野島は以前紹介した芸予要塞来島砲台と対を成す砲台で、来島砲台は愛媛県今治から大三島南岸までを射程とし、この大久野島砲台が大三島北岸から広島県沿岸までを射程に治めます。
この二つの砲台で四国今治から広島県竹原の間に防衛ラインを敷き、瀬戸内海深部への外敵の侵入を阻む為に設置されたのが芸予要塞で、北部を担うこの大久野島砲台は明治30年から明治34年にかけて設置されました。
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この大久野島には北部、中部、南部の3箇所に砲台が設置されました。
この北部砲台は大久野最多8基を備えた砲台で、12CM加濃砲と24CM加濃砲が据えられていました
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一段上がった位置に据えられた砲座。石積みの擁壁、中央には砲を支えた鉄筋が環状に並んでいます。
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砲座と砲座の間に石積みと煉瓦の構造物が連なります。
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砲台跡に並ぶコンクリートの台座。これらは第二次世界大戦中にこの島が再び重用された際の遺構です。この事項については後掲する記事を参照願います。
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通路に沿って石積みの砲側庫が並びます。
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隣の砲台。擁壁には煉瓦が用いられています。
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北部砲台から坂道を進んで程なく、中部砲台に至ります。この中部砲台には主力となる六門の28センチ榴弾砲が設置されました。
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煉瓦積みの兵舎跡。
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円形の砲座跡。ここにも砲を固定した鉄筋が残されています。
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この砲台にも後年にタンクを据えた台座が残されています。
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道沿いに砲座や砲側庫が連なります。
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by sunshine-works | 2019-04-07 12:31 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
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