2019年 02月 24日
阪神国道の橋梁遺構
阪神国道の橋梁遺構

大阪と神戸を結ぶ道路は明治の近代化以降も旧中国道や旧西国街道等の前時代の道筋に頼る状態で、物流や人々の移動の大方は鉄道が担っていました。
しかし自動車が普及しだした大正期になると都市間輸送路として本格的な道路の必要性に迫られ、大正9年に兵庫県は国庫の援助を得て大阪神戸間の道路建設を起工、6年後の昭和元年に完成させます。
阪神国道と呼ばれたこの新道は中央車線に路面電車を併設する道路幅約30メートルの直線道路で、発展を続ける阪神間の大動脈に相応しい高規格のものでした。
現在の国道2号線の一部となったこの道路の現在は沿道の景色が大きく変わって路面電車も撤去され、当時の面影は殆ど残っていませんが、唯一竣工当時の姿を留めるものとして大小数多くの河川に架けられた橋梁の遺構が点在しています。
今回はこれらの橋梁に残された古い親柱や高欄、その他構造物を紹介します。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13361603.jpg

大阪と兵庫の府県境に架かる左門橋。橋上部は大きく改築されていますが、兵庫県側には親柱が残されています。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13384289.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13385899.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13395035.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13392686.jpg


下流側からの遠景。桁自体は架け換えられていますが、橋脚には竣工時の石積み構造物が確認出来ます。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13415764.jpg

尼崎の中心部へ向かう途中に渡る小さな橋。4基の親柱がありますがおそらく後年に複製されたものと思われます。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13451131.jpg

阪神尼崎駅近くの庄下川を渡る玉江橋。親柱の土台と高欄の一部が当時のものと思われます。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13483820.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13514515.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_13523232.jpg

西へ進んで蓬川を渡ります。この入江橋も4基の親柱が現存します。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14011370.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14004852.jpg

この橋に限らず親柱の上に金属製の灯具を据えた橋が幾つもありますが、これらや高欄の鉄格子は戦時中の金属供出で一旦失われた筈です。現在残されているものの殆どはデザインを変えずに復元されたものと思われます。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14002097.jpg

尼崎市と西宮市の境に架かる武庫大橋。阪神国道で最長の橋です。この橋についてはこちらを御覧ください。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_23191492.jpg

西宮市の阪神国道駅近くの今津橋。川は無くなっていますが親柱と高欄の片側が残されています。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14244586.jpg

夙川を渡るこの橋にも当時の親柱が残されています。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14314427.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14345993.jpg

芦屋市の打出川に架かる橋。ここも4基の親柱が健在です。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14381239.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14373290.jpg

芦屋川に架かる業平橋。竣工当時の石積みの橋脚基礎が残ります。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14455795.jpg

橋上の様子。遠くには以前紹介した芦屋仏教会館が見えます。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14500165.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14491226.jpg

神戸市東灘区の御影公会堂近くに架かる石屋川橋。
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14524334.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14553781.jpg
阪神国道の橋梁遺構_f0116479_14545424.jpg

戦前に架けられた橋にはシンボリックな装飾を施した親柱を持つものが数多くありました。これらは戦後に架け替えられた際に橋と共に撤去されてしまう事が殆どで、保存や再建される事例は極めて僅かです。
今回紹介した阪神国道の一連の橋脚遺構はこれだけの数が連続して残る全国的にも希少なものと思われます。



by sunshine-works | 2019-02-24 11:57 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)


<< 小佐木島灯台/中ノ鼻灯台      駒井家住宅2 >>