2018年 10月 14日
旧愛宕山鋼索鉄道1
京都の鉄道遺産

京都市右京区の北西、亀岡市に跨る愛宕山は古くから山岳信仰の地として知られ、山頂に祭られる愛宕神社の起源は700年代に遡ると言われています。
標高900メートル程の山頂へは登山道が通じ、多くのハイカーや参拝者が行きかっていますが、この愛宕山には麓から山上を結ぶ登山鉄道が運営されていた時期がありました。
僅か15年で営業を終えてしまったこの愛宕山鉄道ですが、山の東斜面には当時の軌道跡が残り、山上には朽ちかけた旧駅舎が廃止後70年以上を経た今も立ち続けています。
今回と次回に分けてこれら愛宕山鋼索鉄道の遺構について紹介していきます。
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愛宕神社参拝者の送客を目的に京阪電鉄と京都電燈によって設立された愛宕山鉄道は嵐山から清滝川までの平坦線と清滝川から山頂までを繋ぐ鋼索鉄道の2路線の免許を取得、双方共に昭和4年に開業します。
この愛宕山鉄道は参詣鉄道としてだけではなく、山麓、山上に開発した遊園地やホテル、スキー場等の施設で構成される高原リゾートを支える根幹として運用されますが、僅か15年後の昭和19年、戦局の悪化の煽りを受けて廃止となってしまいます。
今回紹介する鋼索線は愛宕山の東斜面の標高差639メートルを登る路線長2.1キロメートルのケーブル鉄道で、麓の清滝川駅と山上の愛宕駅の間を11分で結んでいました。


麓に設置されていた清滝川駅の跡地。嵐山からの鉄道線の終点に接続し、愛宕山リゾートの起点となっていました。現在清滝川周辺の一連の施設はすべて取り壊され、足元に残された敷石のみが当時の痕跡を留めています。
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清滝川駅跡地から登っていく登山道に並行して鋼索線の路盤が敷かれています。レールやケーブルは昭和19年に不要不急路線とされて休止した際に供出されてしまい、コンクリートや切石の基礎だけが残されています。
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軌道跡の険しい斜面を登って行くと最初のトンネルが見えてきます。トンネルは頂上までに合計6個が設置されています。
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トンネルは抗口、内壁共にコンクリート製。馬蹄形断面の小さなもの。
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どのトンネルも内部に土砂や石が転がり、一部は埋没や水に漬かった箇所もあります。
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山上へ向けて更に勾配を進んで行きます。
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小さな谷間を渡る橋梁の跡。
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山頂に近づくにつれて登山道と鋼索線の路線跡は間隔が隔たり、上部の遺構の多くは視認できませんでした。
登山道を登る事約2時間強。目指す愛宕駅に到着。次回はこの愛宕駅舎跡について紹介します。
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by sunshine-works | 2018-10-14 12:15 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
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