2018年 08月 19日
芸予要塞 来島砲台1
愛媛県今治市の近代建築その4

栗島海峡の沖合いに浮かぶ周囲4kmほどの小さな島に明治期に築かれた軍事施設が残されています。
この小島(おしま)は明治中期に旧陸軍によって三つの砲台が設置された要塞島で、廃止から90年以上を経た現在も石と煉瓦の重厚な構造物が良好な姿で保たれています。
今回と次回は小島に残るこれらの遺構を紹介します。
f0116479_15212069.jpg

日露の軍事的緊張が高まりつつあった明治中期、軍港周辺や要地を守る目的で各地に沿岸要塞が設置されました。
この島に設置された砲台もその一つで、広島県の大久野島砲台と合わせて芸予要塞として運用され、瀬戸内海中西部の防衛線を担いました。
小島の砲台は明治32年に起工、4年後にすべての砲台が完成、最大時で16門の備砲が配置されました。
f0116479_15221659.jpg

島に設置された三つの砲台の一つ北部砲台。海峡の北部を射程とするこの砲台には加濃砲4門と軽砲4門が据えられました。
f0116479_15233256.jpg
f0116479_15241861.jpg
f0116479_15260621.jpg
f0116479_15252094.jpg
f0116479_15271685.jpg
f0116479_15371654.jpg


一段高い位置に設置された砲座跡。
f0116479_15315428.jpg
f0116479_15330568.jpg
f0116479_15294359.jpg
f0116479_15360089.jpg

煉瓦造の発電所跡。
f0116479_15394510.jpg
f0116479_15403148.jpg

向い側には煉瓦の半地下式兵舎が並びます。
f0116479_15425439.jpg
f0116479_15434418.jpg
f0116479_15443600.jpg

兵舎の脇に設けられた階段で斜面を登ります。
f0116479_15452586.jpg
f0116479_15461007.jpg
f0116479_15465525.jpg
f0116479_15480276.jpg
f0116479_15484853.jpg
f0116479_15553996.jpg

頂上には司令塔(観測所)の跡が残されています。
f0116479_15505457.jpg
f0116479_15522078.jpg

最も規模の大きな中部砲台。28cm榴弾砲6門を備えました。
芸予要塞の主力として据えられたこの28cm榴弾砲は当時としては大口径砲で、敵艦に命中すれば大きなダメージを与える事が出来ましたが、幸い日本国内の沿岸要塞が砲火を交える事は無く、この要塞も大正13年に廃止されます。但し、この島に設置されていた28cm榴弾砲の幾つかは日露戦争時に大陸に送られ、旅順攻囲戦やその後の旅順港砲撃に使われました。
f0116479_18101977.jpg
f0116479_18150638.jpg
f0116479_18181085.jpg
f0116479_18172046.jpg

3箇所に2門ずつ円形の基礎が残る砲座跡。他の砲台と比べて大きな造りとなっています。
f0116479_18153611.jpg
f0116479_18163142.jpg
f0116479_18192428.jpg

この砲台にも煉瓦造の兵舎が設置されています。
f0116479_18210715.jpg
f0116479_18213214.jpg
f0116479_18222153.jpg
f0116479_18224615.jpg

石段を登って高台の司令塔へ。
f0116479_18240311.jpg
f0116479_18243180.jpg
f0116479_18250402.jpg
f0116479_18245306.jpg

来島海峡を一望する眺め。
f0116479_18255209.jpg
f0116479_18260652.jpg


by sunshine-works | 2018-08-19 13:13 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://hardcandy.exblog.jp/tb/29999970
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 芸予要塞 来島砲台2      旧今治ラジウム温泉 >>