2019年 09月 15日
山谷運送部
愛媛県松山市の近代建築その2

伊予鉄道高浜駅から松山市中心部へ戻る途中、古くから港町として栄えた三津浜に至ります。
この町には明治から昭和初期に建てられた洋風建築が数多く残され、古い町並みに溶け込んでいます。
この三津浜港から程近い一角に大正期に建てられた事務所建物が残されています。この建物は大正13年に海運会社の社屋として建てられました。
f0116479_10594953.jpg

角地に建つ木造2階建て寄棟造。モルタルの壁面に付け柱やコーニス、パラペットを表現してRC風の外観に仕立てています。
f0116479_11095015.jpg
f0116479_11071639.jpg
f0116479_11122756.jpg
f0116479_11114242.jpg
f0116479_11132292.jpg
f0116479_11140967.jpg
コーナーに設けた小さな入口。短い庇の上に掲げた社名のレリーフや軒飾り、腰周りの切石風のモールド等すべてモルタルで仕上げたものです。
f0116479_11203059.jpg

もともと回漕店として明治中期に創業したこの会社は、大正後期に手掛けた三津浜港改修工事を契機にセメントや関連品の卸へ業容を拡大します。
新港の完成時期とほぼ同じ頃に建てられたこの建物をあえて鏝仕事を駆使した儀洋風建築にした拘りの背景には、この辺の事情も絡んでいるのでしょうか。
f0116479_11245947.jpg


# by sunshine-works | 2019-09-15 10:46 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 08日
伊予鉄道高浜駅
愛媛の鉄道遺産

釣島からのフェリーが着く高浜港には、松山市中心部とを結ぶ伊予鉄道高浜線の終点駅が置かれています。
この高浜駅には昭和初期に建てられた木造駅舎が現存し、今も使われています。
f0116479_13141780.jpg

伊予鉄道は四国最初の鉄道として明治21年に松山~三津間で開業します。高浜駅はその4年後に三津から路線が延伸された時に終点駅として設置されました。現存するこの駅舎は昭和初期に電化・副線化された際に建替えられたものと思われます。
f0116479_13285582.jpg

高浜港方向から駅舎へ向かうアプローチ。長い庇が架けられています。
f0116479_13304419.jpg

左右の廻廊部分。
f0116479_13401258.jpg

落ち着いた雰囲気の構内。高い天井と大きな窓を持つ広い待合室は島嶼部を結ぶターミナル駅としての風格を備えます。

ホームへ繋がる側面の眺め。



かつては2面2線のホームでしたが、現在の構成は側線を持つ1面1線式。ホーム支柱には古レールが使われています。
f0116479_13435713.jpg


# by sunshine-works | 2019-09-08 11:12 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 09月 01日
釣島灯台
愛媛県松山市の近代建築その1

松山市の沖合い約4キロに小さな有人島が浮かんでいます。この島には明治初期に建てられた灯台が今も現役で使われています。
f0116479_16400892.jpg

日本の近代灯台の歴史は明治2年の観音崎灯台に始まり、その後各地の主要航路に設置されていきます。瀬戸内海に於いては明治4年初灯の淡路島の江崎灯台が最初で、その2年後にこの釣島灯台が灯されています。設計は日本の近代灯台の父と呼ばれるイギリス人のR.ブラントンで四国では前年に竣工した鍋島灯台に次ぐ2番目の作となります。
f0116479_16474650.jpg

灯塔部分は石造2階建、上部に鉄製のドームを被せます。灯塔の前方に半円形の平屋が組み合う構造はブラントンが手掛けた他の灯台に共通のもので、この釣島灯台は規模も意匠も江崎灯台鍋島灯台に良く似た造りとなっています。
f0116479_16420941.jpg
f0116479_16435034.jpg
f0116479_16442463.jpg
f0116479_16465712.jpg
f0116479_16462873.jpg
f0116479_20321453.jpg
f0116479_16453462.jpg
f0116479_16455850.jpg
f0116479_16492461.jpg
f0116479_16494262.jpg
f0116479_16515407.jpg
f0116479_16511831.jpg

この釣島灯台は昭和38年に無人化されますが、灯台の横手にはそれまで使われていた退息所や倉庫等の一連の付属建物が現在も残されています。
f0116479_17000175.jpg

この建物は吏員退息所と呼ばれる灯台職員の宿舎で、灯台と同年に建てられました。御影石を積んだ寄棟造平屋建て。風雨に晒される環境に耐えるために頑丈な造りとなっていますが、窓が少なく通気の悪い構造は高温多湿の夏場は厳しいものがあったと思われます。
f0116479_20364940.jpg
f0116479_17023514.jpg
f0116479_17101469.jpg

退息所の隣には倉庫が並びます。

これら建物は室内を含めて洋風の意匠ですが、屋根瓦には和瓦が葺かれています。
f0116479_17125487.jpg




# by sunshine-works | 2019-09-01 12:04 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2019年 08月 25日
今福線の遺構2
島根の鉄道遺産

前回に引き続いて広浜鉄道今福線の遺構を紹介します。
f0116479_18571894.jpg

5連アーチから程なく、軌道跡は今福第三トンネルを抜けて南へ進みます。この今福第三トンネルは建設当時の姿をほぼ保った状態で残されています。
f0116479_19183295.jpg
f0116479_19330600.jpg
f0116479_19340681.jpg
f0116479_19352226.jpg
f0116479_19365781.jpg
f0116479_19544816.jpg
f0116479_19384376.jpg
f0116479_23214812.jpg
f0116479_19360465.jpg
f0116479_19372931.jpg
f0116479_19375858.jpg
f0116479_19404201.jpg


トンネルを抜け、県道を渡った場所に同様のトンネルが掘られています。この今福第四トンネルの先には小さな川を渡る4連のアーチ橋が架けられています。
f0116479_19522267.jpg
f0116479_19514161.jpg

川を渡る4連アーチ橋。蛇行する江の川沿いに敷かれた三江線と異なり、今福線はトンネルや橋梁が多用されています。完成していればトンネルを抜けて高架で川や谷を渡る雄大な眺めが楽しめたと思います。
f0116479_19575987.jpg
f0116479_19584746.jpg
f0116479_19594630.jpg
f0116479_20001590.jpg
f0116479_20011121.jpg
f0116479_20013515.jpg
f0116479_22584786.jpg
f0116479_22594696.jpg
f0116479_23194707.jpg
f0116479_23001903.jpg
f0116479_23005213.jpg


更に南へ進んだ先にも小さなトンネル跡が残されています。今福第五トンネルとその付近の橋脚跡です。
f0116479_23292111.jpg
f0116479_23301801.jpg
f0116479_23313371.jpg


市道として転用されている4連アーチ橋。地元では「おろち泣き橋」と呼ばれています。
f0116479_23433067.jpg

昭和15年に中断した今福線の工事は昭和45年に再開されますが、この路線は石見今福と浜田を結ぶ新線として引き直されたもので、戦前にほぼ完成していた旧線区間は未成線として放置される事となります。その新線も着工から10年後に再び工事中止となり、広浜鉄道の計画は幻に終わります。そもそもモータリゼーションが進行していたこの時期にわざわざ収益性の低いローカル線の工事に着手する必要があったのか甚だ疑問で、この昭和45年にその後に広島と浜田を結ぶ動脈となる浜田自動車道の計画が決定する中での工事再開は最初から大きな矛盾を抱えていたと思われます。
f0116479_00514353.jpg

旧線との分岐点近くに残る新線のトンネル跡。


# by sunshine-works | 2019-08-25 11:32 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)