2022年 05月 15日
旧日本銀行広島支店
広島県広島市の近代建築その10

広島市中心部を南北に貫く鯉城通りの中程、多くの金融機関が集まる袋町電停の東面に、昭和初期に建てられた銀行店舗が残されています。この建物は日本銀行広島支店として昭和11年に建てられました。設計は大正期から昭和戦前に掛けて数多くの日銀店舗を手掛けた長野宇平治です。
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鉄骨鉄筋コンクリート地上3階地下1階建て、正面にイオニア式オーダーを並べたネオルネッサンス様式。
明治期から続く日本銀行本支店の店舗新築や増改築が戦時体制によって休止される直前の作品で、古典様式で建てられた日本銀行支店の最終期の建物となります。
建てられた時代背景を反映して全体に装飾は控えめで、オーダー柱も壁面に半ば埋もれた付柱となっており、従前の重厚で威圧的な雰囲気は相応に和らいだものとなっています。
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前面に並ぶイオニア式のオーダー柱。中国地方に残る戦前に建てられた日銀支店では大正11年築の岡山支店がコリント式、昭和11年築のこの広島支店がイオニア式、翌昭和12年築の松江支店がドーリア式で、築年が新しいもの程用いられるオーダーの様式が逆に古い年代のものとなっています。
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日本銀行広島支店は明治38年に開設された広島出張所がその始まりで、明治44年に支店に昇格、中国地方最初の日銀支店となります。現存するこの建物は2代目店舗として建てられたもので、平成4年までの約半世紀に渡って使われました。
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鯉城通りに直行する通りから眺めた南面。
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東側の面に設けられた通用口。
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日本銀行広島支店は平成4年に新店舗に移転、建物は広島市に無償で譲渡されます。広島市はこの旧日本銀行広島支店を「芸術・文化活動の発表の場」として保存活用する計画を策定し、現時点では暫定措置としてギャラリー等に利用されています。
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内壁の腰周りや吹き抜けの天井を支える支柱の基部等に大理石が使われています。
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カウンターテーブルも大理石が使われています。

天井の明り採り窓。
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ホール以外にも館内の多くの区画が公開されています。
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地下には当時のままの大金庫が残されています。
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# by sunshine-works | 2022-05-15 11:18 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(2)
2022年 05月 08日
袋町小学校平和資料館
広島県広島市の近代建築その9

広島市の中心街の裏手、商業地区とオフィス街に挟まれた一角に建つ小学校の敷地に、昭和初期に建てられた校舎の一部が保存されています。
この建物は昭和12年に袋町尋常高等小学校の校舎として建てられました。
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広島市立袋町小学校は、広島市で最初期に設置された小学校の一つとして明治6年に開設され、創設150年の長い歴史を刻みます。現存するこの建物は昭和12年に建てられ平成12年まで使われた校舎の一部で、現在は原爆被災の痕跡を伝える平和資料館として公開されています。
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元々の校舎は鉄筋コンクリート3階建て地下1階、都心部の小学校ならではのモダンな外観と最新の設備を備えた近代的な校舎でした。保存されている箇所は1階部分の入口周りと教室他1区画、階段室、地下の2区画のみですが、残された部分からも竣工当時の先進的な意匠が良く伺えます。
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このあたりは爆心地から程近い場所でしたが、丈夫な鉄筋コンクリート造の建物は倒壊を免れ、修復されて再び小学校校舎に復します。
その後平成12年までの長期に渡って使用され、老朽化の為に解体となりますが、建物の一部が平和資料館として残される事となりました。
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2階以上は撤去されていますが、上階へ登る階段が途中まで保存されています。この階段の壁面には、原爆投下直後に被災者が残した多数の伝言が再現されています。
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同じ階段で地下へ下ります。この校舎は地下室が備わった珍しい小学校で、下駄箱や倉庫室として使われていたようです。
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校庭に面した東側からの外観。スパンの幅いっぱいに大きな窓を並べます。
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# by sunshine-works | 2022-05-08 11:07 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(2)
2022年 05月 01日
旧広島文理科大学本館
広島県広島市の近代建築その8

前回紹介した広島電鉄旧千田発電所から北へ進んで程なく、木立や芝生広場が広がる大きな公園の一角に、昭和初期に建てられた旧校舎が残されています。
この建物は昭和6年に広島文理科大学の本館として建てられ、その後は後身の広島大学理学部一号館として使われました。
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広島文理科大学は、戦前に全国で2校設置された文理科大学の一つで、中国地方では岡山医科大学に次ぐ2番目の官立大学として昭和4年に現在地で開校しました。
高等師範学校を母体としていたこの大学は、地方の国立大学では数少ない文系学部を持ち、卒業生の多くは教員の道を進みました。
開校2年目に本館として建てられたこの建物は、鉄筋コンクリート3階建て陸屋根造、スクラッチタイル貼りの壁面に縦長窓を均等に配した大きな造りで、当時最新の大学校舎に相応しい風格と威容を備えたものとなりました。
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80メートルに及ぶ長大な西面の中央に構える玄関。建物の規模に比べると小さな造りですが、曲面に造作した花崗岩で飾られます。
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昭和6年に建てられたこの校舎が広島文理科大学の本館として使われた期間は終戦を挟んで昭和24年までの約18年と短いものでした。その後広島文理科大学は学制改革によって国立広島大学に継承され、校地は広島大学東千田キャンパスへと改称、被爆によって消失した内部を修復したこの校舎は広島大学理学部一号館として再利用される事となります。
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広島大学は昭和末期から平成前期に掛けて、医薬系以外の学部を東広島市の新キャンパスへ移転させる計画に着手し、東千田キャンパスの文理学部も平成3年をもって移転を完了、これにより広島文理科大学時代から数えて約60年に渡って使われた校舎もその役目を終える事となります。
以来、この建物は解体される事無く30年以上も据置かれ、被爆建物としてその姿を留めていますが、各部に経年劣化による損傷が進んでおり、状態は芳しくありません。
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タイルが剥げ落ち、幾つかのガラス窓は破れたままの状態です。
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南面、北面の状態は更に悪く、安全の為にネットが張られています。
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戦災を乗り越え、広島大学の礎を築いたこの建物の行く末については現在幾つかのプランが上げられています。建物の保存範囲や利用方法については最終決定に至っていないようですが、何らかの形で保存活用される方針との事です。


# by sunshine-works | 2022-05-01 11:21 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(2)
2022年 04月 24日
広島電鉄旧千田発電所
広島県広島市の近代建築その7

広島市街地の縦横に路線を廻らす広島電鉄は、営業キロ数や利用客数で日本最大の規模を誇る路面電車を運行する鉄道事業者として知られます。
この広島電鉄が本社を構える京橋川河口近くの中区東千田には、市電開通時に建てられた2棟の煉瓦建物が現存しています。
これらは前身の広島電気軌道時代が大正元年に完成させた火力発電所の遺構で、1棟は本社事務所、他の1棟は変電施設として今尚現役で使われています。
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隣り合って建てられた煉瓦造半地下式平屋建て。アーチ窓を廻らせた煉瓦壁に鉄骨小屋組の切妻屋根を乗せた当時の煉瓦造の工場や発電施設の典型的な造り。平屋建てですが、ボイラーや発電機を収める為に階高が高く取られています。
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北側に建つ棟は発電機室として建てられ、昭和9年に変電施設に用途変更されました。白く塗られているのは戦後に改修された際に白漆喰を盛った為で、下地に煉瓦壁が透けて見えます。
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旧発電機棟の側面。上層部は戦後に改築された為に仕様が異なっています。
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ボイラー室として建てられた南側の棟。かつては煉瓦煙突を備えていました。こちらも昭和9年の発電所から変電所への変更に際して事務所に転用されました。
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車両基地となっている裏側からの眺めです。
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この2棟の建物は広島市内に現存する煉瓦建物として最古、洋風建築物としても旧広島水上警察署についで古いもので、広島電鉄の歴史を伝える貴重な遺産として残ります。
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# by sunshine-works | 2022-04-24 11:37 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(4)