2024年 02月 25日
旧淳風小学校
京都市下京区の近代建築その10

西本願寺と通りを挟んだ北側、大宮通りに面した一角に昭和初期に建てられた旧小学校校舎が残されています。
この建物は京都市内に64校設置された番組小学校の一つ、淳風小学校の校舎として昭和5年に建てられました。
旧淳風小学校_f0116479_14121685.jpg

東西方向と南北方向に延びる2棟がL字型に繋がる鉄筋コンクリート3階建て。頂部にアーチを描く三連の縦長窓が並びます。
旧淳風小学校_f0116479_14154328.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14155293.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14160517.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14165422.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14173332.jpg


L字型に交わる基部に設けた入口。短い庇を張り出します。
旧淳風小学校_f0116479_14181649.jpg

京都市の小学校では、大正時代の後期に最初の鉄筋コンクリート校舎が建てられ、昭和10年代までの十数年の間に木造校舎から近代的な鉄筋コンクリート校舎への更新が行われて行きました。これらの設計は京都市営繕課によって手掛けられましたが、戦後の学校建築の様な一律の基本形とはせず、どの校舎もそれぞれに特有の意匠表現が加えられていました。この淳風小学校ではリズム良く並ぶ縦長アーチ窓の配列がその特徴で、長い壁面を美しく彩っています。
旧淳風小学校_f0116479_14194302.jpg


大宮通りに面した西面に設けられた玄関。この面にも同様の縦長窓が並びます。
旧淳風小学校_f0116479_14210514.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14212542.jpg

アーチが囲む玄関ポーチ。
旧淳風小学校_f0116479_14215239.jpg

北側の面の眺め。
旧淳風小学校_f0116479_14225554.jpg

淳風小学校は平成29年に近隣の小学校と統合して147年の歴史を終えます。その後は京都市創業・イノベーション拠点「淳風bizQ」の施設として、かつての教室が民間事業者の区画に利用されています。
旧淳風小学校_f0116479_14323467.jpg

小学校当時のまま残る床や壁。
旧淳風小学校_f0116479_14345970.jpg
旧淳風小学校_f0116479_14355784.jpg


# by sunshine-works | 2024-02-25 11:33 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2024年 02月 18日
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)
京都市下京区の近代建築その9

西本願寺の東向かい、仏具店が並ぶ門前町の一角に、一際目を惹く煉瓦造の建物が残されています。
この建物は本願寺により設立された生命保険会社の本社として明治45年に建てられました。設計は宗教建築を得意とした伊東忠太が担当しています。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_13063492.jpg

仏具店が並ぶ通りの角地に建つ煉瓦造2階建て(一部3階建て)。上部に乗せた円形ドームや小塔、各面を飾る破風や屋上のパラペット、軒下や窓周りに施された装飾、辰野式の白石帯等、洋風建築の中に様々な意匠を盛り込んだ独特の外観が周囲の京町家の中に異彩を放ちます。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_13242610.jpg

コーナーに構える入口。扉上部のアーチは寺院建築に使われる割束を模したもの。側面二階部分の窓上や建物脇の入口にも同様の形状が使われています。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_14364582.jpg

門徒の福利と宗派の営利を目的に明治中期に相次いで創業された仏教系の生命保険会社でしたが、いずれも経営は順当とはいかず、事業は早々に破綻してしまいます。
明治末年までに仏教系生命保険会社が相次いで一般生命保険会社との合併や吸収によって事業を終える中、唯一この真宗信徒生命保険会社のみが大正から昭和初期を乗り切り、野村財閥に吸収される昭和9年まで存続しました。
その後建物は西本願寺の施設として幾つかの用途に使われ、現在は僧侶の研修施設として使われています。

円形のドームを乗せた塔屋。和風でも洋風でも無いこの造形は中東や南アジアの建物を思わせ、周囲の欄干部や破風上の小塔は中国建築風な表現です。設計者の伊東忠太はインドやトルコ、中国への渡航経験があり、生涯手掛けた建築の多くにこのようなエスニック風の意匠が用いられています。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_14490268.jpg
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_14512844.jpg

西面の眺め。建物脇には裏へ抜ける入口を構えます。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_14525776.jpg

こちらは北側の壁面。道路に面した東西の面には入口が無く、コーナー部の玄関以外には裏側の通用口のみとなっています。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_14554291.jpg

東面の眺め。裏側にあたるこの面の角には六角形の塔屋が据えられています。

敷地境界に並ぶ柱に乗せられた18体の神獣。こちらも和風ではない異国風の意匠です。
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)_f0116479_15050181.jpg


# by sunshine-works | 2024-02-18 11:27 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2024年 02月 11日
龍谷大学大宮学舎 2
京都市下京区の近代建築その8

龍谷大学大宮学舎に残る近代建築巡り、今回はキャンパスの中央に建つ本館を紹介します。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12295765.jpg

木造2階建て寄棟造。漆喰壁にアーチ窓を廻らす意匠は前回紹介した南黌・北黌と共通のもの。正面と背面にバルコニーを乗せた車寄せ玄関を張り出し、上部に三角破風を掲げます。方形の大きな構えで、学舎の中核施設にふさわしい風格を備えます。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12424613.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12431666.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12432932.jpg


バルコニーを乗せた玄関ポーチ。扉周りは何層にもアーチが重なる重厚な造りです。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12452285.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12443353.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12455936.jpg

玄関奥には100畳敷の講堂へ繋がる階段が設けられています。
明治12年に一連の施設が建てられた当初はこの本館のみが教学の場として使われ、本館には講堂の他に幾つかの小数室や教員室、貴賓室が設けられていました。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_12594524.jpg

バルコニーを覆う三角破風。天井部は和風の折り上げ格天井となっています。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13053092.jpg

玄関部を側面から眺めます。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13045153.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13070849.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13082024.jpg


建物南面からの眺め。南黌との間を渡り廊下が結びます。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13112065.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13125003.jpg


南西角を曲がって西面の眺め。建物裏側にあたるこの面は窓がありません。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13193950.jpg


西面の三角破風です。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13221759.jpg

建物南面へ出ます。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13240218.jpg
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_13255546.jpg

南黌と本館の間には屋根が渡されていますが、反対側のこの面には屋根がありません。当初は北面にも屋根がありましたが、その後に失われています。

現存する木造校舎としては明治9年築の長野県旧開智学校が最古のものとされていますが、明治12年築のこの龍谷大学大宮学舎に残る三棟の建物と門衛所、正門および渡り廊下は、おそらく大学施設として日本最古級のものと思われます。
京都市内の近代建築の中でも明治10年代のものは殆ど無く、極めて貴重な存在となっています。
龍谷大学大宮学舎 2_f0116479_11102793.jpg


# by sunshine-works | 2024-02-11 11:26 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2024年 02月 04日
龍谷大学大宮学舎1
京都市下京区の近代建築その7

前回紹介した旧村井銀行七条支店から七条通りを西へ。堀川通りの交差点を渡ると、北側に西本願寺の広い敷地が広がります。
この西本願寺の境内に接する七条通りに沿った一角には龍谷大学のキャンパスが置かれており、中央に建つ本館を始め重要文化財を含む歴史ある建物や構造物が現存しています。今回と次回は明治12年に建てられたこれらの建物を紹介します。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18005201.jpg

龍谷大学は江戸時代初期に開かれた西本願寺の学寮を起源とする古い歴史を持ち、明治初期には仏教以外の科目を開いて後の大学令発布によって大学となる基礎を築きます。
大宮学舎と呼ばれるこのキャンパスは明治4年に開設された同校最古の校地で、8年後の明治12年に現存する4棟の建物が建てられます。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18033071.jpg

入口に構える石造の門柱。現在の龍谷大学の前身となる大教校の一連の建物が竣工した明治12年に設置されたものです。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18035296.jpg
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18040277.jpg

正門の裏手に建てられた煉瓦造の門衛所。こちらも明治12年の築。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18123479.jpg
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18125166.jpg
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18115648.jpg
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18131203.jpg

門衛所の斜め西、木造2階建ての校舎が細長く伸びます。南黌と呼ばれているこの建物は北側に向き合って建つ北黌とほぼ同じ造りで、当初は寮として建てられました。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18174389.jpg

庇の上にバルコニーを設けた中央の入口。他の窓も合わせて開口部はファンライトを備えたアーチ型で統一されています。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18243147.jpg

建物西端には本館と結ぶ渡り廊下を覆う木造の屋根が設置されています。パージボードが軒を飾るこの屋根も明治12年のものです。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18281399.jpg

東端に戻って東面と裏側を廻ります。
妻面に設けられた車寄せにはアーチが支える切妻庇を張り出します。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18341060.jpg
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18352370.jpg

建物裏側にあたる南面の眺め。表面とほぼ同一の造りとなっています。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_18370232.jpg


中庭を挟んで向き合って建つ北黌。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_10402998.jpg

南黌と北黌は規模も外観も殆ど同じですが、南黌との違いはアーチ区画の奥手に玄関が設けられているこの部分で、向き合う南黌ではバルコニーを乗せた車寄せ玄関が置かれた位置に該当します。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_10474871.jpg

南黌と北黌は当初は寮として建てられましたが、その後に教室や研究室に改装されています。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_10531107.jpg


北黌の東側の眺め。南黌と同様の車寄せを構えます。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_10594153.jpg

裏側にあたる北面に廻ります。
龍谷大学大宮学舎1_f0116479_11005898.jpg

奥に見えるのが講堂として建てられた現在の本館。次回はこの建物を紹介します。


# by sunshine-works | 2024-02-04 11:10 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)