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2010年 07月 07日
旧諏訪邸(高崎記念館)
宝塚の近代建築その9

前回に引き続き、雲雀丘に残る大正期の洋館をもう一つ紹介します。
大正12年に建てられたこの建物は、雲雀丘に数棟建てられていたW.M.ヴォーリズ設計の洋館のうち現存する唯一の物です。
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雲雀丘地区の邸宅は規模が大きな物ばかりですが、この旧諏訪邸も非常に大きな建物です。坂道に面した大きな妻面が遠方からもよく目に付きます。
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ヴォーリズが開いた近江療養院の医師、諏訪蛍一氏の邸宅としてヴォーリズ自ら設計を手がけたこの建物は、木造3階・地下1階建、大きな腰折れ屋根や開放的なテラスが特徴的なコロニアルスタイルの洋館です。
設計に際しては、「洋風住宅」と「郊外生活」が日本人の健康向上に不可欠との考えを持っていた諏訪医師の理念が各所に取り入れられているそうです。
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この建物も南に大阪平野の素晴らしい眺望が広がります。前庭に面して設けられたテラスの大きな窓からは、たっぷりと日差しが差し込みます。
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テラスから室内を窺います
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前庭から小さな階段が南側の入口に通じています。
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諏訪医師の邸宅として使われたのは大正12年から昭和4年までの僅かな期間でした。その後この建物は東洋製罐創設者の高崎達之助の邸宅として使用され、現在は同社の関連機関である東洋食品研究所によって管理されています。
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西側に設けられた正面玄関。昭和13年に増築されたものです。
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ヴォーリズ作品にお馴染みの煉瓦煙突
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日本の高級住宅街の先駆けとなったこの雲雀丘には、この他にも築80年を超える建物が10数棟現存していますが、これらはどれも比較的狭い範囲の中に集まっており、緑豊かな町並みの中で素晴らしい景観を織り成しています。阪神間モダニズムと呼ばれた山手文化華やかなりし時代、駅から続く丘陵一面に当時最新の洋館が建ち並んでいた様は、さぞかし壮麗な眺めであった事と思います。
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by sunshine-works | 2010-07-07 00:34 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 07月 26日
旧ナショナルシティ銀行神戸支店社宅
神戸中央区の近代建築その64

北野の異人館街の東隣り、観光ルートの外側のこのあたりからは落ち着いた街の雰囲気となります。マンションの敷地に取り込まれたように建つこのスパニッシュスタイルの洋館はニューヨークナショナルシティ銀行の社宅として昭和6年に建てられました。設計W.M.ヴォーリズ
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戦前の代表的な外資銀行だったナショナルシティ銀行は関西では神戸と大阪に支店を設けていました。W.M.ヴォーリズは同銀行の神戸支店を設計していますが、他に神戸支店、大阪支店の社宅も手がけました。神戸支店長宅として建てられたこの建物と西宮市にある元大阪支店の社宅が現存しています。
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ナショナルシティ銀行の社宅として建てられたこの建物ですが、昭和16年に銀行自体が閉鎖されてしまい、その後は個人邸として使われて来ました。現在は日比谷花壇のフラワーアレンジメントスクールになっています。
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久々目にするスパニッシュスタイルの建物です。北野の異人館街は大正初期にほぼ造成が終わっていたためでしょうか、大正から昭和に流行ったこの様式の建物を見かけません。大きなベランダと張り出し窓を特徴とするコロニアルスタイルの仰々しさに比べると装飾を抑えて実用本位に造られたこの様式はやはり1世代進んだ印象を受けます。
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スタッコ仕上げの壁面や独特の煙突形状、窓の意匠等ヴォーリズらしさが各部に表現された建物です。
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北野の異人館の多くは和風の浅瓦が多く使われていました。その中でこのスパニッシュ瓦は新鮮な印象です。
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室谷邸が失われた今では、阪神間に建てられたヴォーリズ設計の現存する個人邸としては最も西に位置する建物となってしまいました。異人館とはまた違った歴史的価値を持つこの建物も、貴重な文化遺産として高く評価されるべきものと思います。
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by sunshine-works | 2008-07-26 23:57 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 02月 16日
旧ニューヨークナショナルシティ銀行神戸支店(旧居留地38番館)
神戸中央区の近代建築その25

旧居留地の元町駅寄りに大丸百貨店神戸店が建っています。本館は近年に建て替えられましたが、隣接するこの別館は元々は昭和4年にニューヨークナショナルシティ銀行神戸支店として建てられたものです。
設計:W.Mヴォーリズ
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戦前に日本に進出していた海外銀行の中で唯一のアメリカ系銀行がこのニューヨークナショナルシティ銀行です。(他にも数行ありましたが統合や撤退により消滅しています)
積極的に海外進出を果たした同行は日本国内に東京、大阪、横浜、神戸の4支店を有し、外国系銀行中最大の規模を誇っていました。
昭和4年に建てられたこの神戸支店は旧インターナショナル銀行の日本国内店舗を承継した同行が竣工させたものです。
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大正期から昭和初期に流行したアメリカンルネッサンス様式のデザインです。前面に並ぶ4本のイオニア式オーダーや目地の大きな壁面の貼石、入口上部のペディメント飾り等、ニューヨークやシカゴに建てられたオフィスビルを彷彿させます。同時期に建てられた同じく外資銀行であるチャータード銀行神戸支店も同じ様式に分類されますが、石材の素材感が違う事で印象も随分変わって見えます。
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昭和4年に新築された神戸支店ですが、米国資本の同行は日米関係の険悪化に伴って徐々に業務が制限されていきます。日米開戦の年である昭和16年には閉鎖となってしまい、銀行として使われたのは築後僅か10年足らずの短い期間に終わりました。
戦後も同行の店舗に復される事は無く、しばらく倉庫として使われていましたが、やがて隣の大丸百貨店の別館として再生される事となり現在に至っています。
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エントランスは南面と東面にそれぞれ設けられています。メイン入口の南側エントランス。
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重厚な玄関扉
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東面の入口
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東面に並ぶ窓。窓枠は当時のままのようです。
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こちらは西面の窓
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大丸の別館としてはこの建物の西に二つの大正時代の建物が存在していました。この二つの建物は取り壊されてしまいましたが、外壁のみ残されています。*かっての独逸染料合名会社と帝国酸素株式会社の社屋だったとの記録があります。
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内側の景色。
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このような建物が商業施設として再利用される例は数多く見受けられます。天井が高く開放感がある事や豪華な石を使った内装は商業空間として申し分の無い環境と言えます。神戸大丸は他にも大阪商船ビルの1階をインテリア売場として使用していたり、この建物の隣にあった別館を壁面保存し景観を守ったりと、古い建物の再利用に積極的な姿勢を示しています。街全体で演出効果を高めて行く同社の手法はさすが一流企業だけのことはあります。
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by sunshine-works | 2008-02-16 19:11 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 11月 19日
旧神戸ユニオン教会
神戸中央区の近代建築その5

昭和55年に2つの区が合併して現在の中央区となる前は新神戸の駅から三宮を経て税関前まで南北に続く、通称フラワーロードが旧生田区と旧葺合区の境界となっていました。このフラワーロードを南に下ってもう少々旧葺合区の探訪を続けます。
新神戸駅と三宮の中ほど辺りに現在はジャーマンベーカリーの店舗となっている建物があります。この建物は旧居留地で外国人達によって設立されたプロテスタント系の教会、神戸ユニオンチャーチとして平成4年まで使われていた建物です。昭和4年築 設計は W.M.ヴォーリズです。
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名前の「ユニオン」は文字通り統合、統一の事で、プロテスタント系の各宗派が共同して建立した教会を意味します。
日米修好通商条約による開港を発展の起源とする神戸はやがて多くの外国人が居住する事となります。当然ながら居留地にはそれぞれの宗教・宗派の施設が作られていくのですがプロテスタント系欧米諸国の人々も自身の信仰の場として教会を設立します。明治5年、外国人居留地内にプロテスタント諸派が派を超えて作ったのが神戸ユニオン教会の始まりでした。
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この建物は昭和4年にそれまでの居留地からこの地に教会が移転した時に建てられた礼拝堂と牧師館です。設立時の教会は旧居留地の現在の大丸百貨店の傍に建っていました。その後周辺の都市化に伴いこの生田町に移転したそうです。
確かに大丸百貨店の近辺は昭和初期にはすでに商業地やオフィス街と変わっていましたので厳粛な祈りの場には向かなくなっていたのかも知れません。
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建物は前面道路に面した正面側と中央の尖塔を挟んで中庭に面する裏側の異なる二つの表情を持っています。
正面側は教会建築に特徴的な大きな明かり窓や入口エントランス周囲の装飾によって厳かな雰囲気です。
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正面各部のアップです
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入口のアーチをくぐって中庭へ
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中庭側から眺めると空に向かって聳え建つ尖塔が際立ちます。
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礼拝堂の側面
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こちらは牧師館の裏面
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礼拝堂の裏面は途中で断ち切ったような仕上げです。元は建物が伸びていたのかも知れません。
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中庭から入口方向の眺め
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平成4年に教会が灘区に移転した後しばらくは空家となっていましたが信徒であるフロインドリーブ氏が所有者となって自身の経営するベーカリーの店舗に改装されました。1階が店舗と製造所、2階はカフェとして使用されています。
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日本を代表する国際都市となった神戸は禁制が解けた日本のキリスト教普及の玄関となっていきます。特に日本に初めてもたらされたプロテスタント系宗派は神戸や横浜の居留外国人が主導的役割を果たす事となります。
この神戸ユニオン教会は現存するプロテスタント教会としては日本で最も古いものです。神戸が誇れるこのような歴史・文化の足跡を伝えていく事は重要な事だと思います。
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by sunshine-works | 2007-11-19 14:46 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 10月 04日
旧小寺家山荘
神戸灘区の近代建築その12

六甲山は明治年間に外国人によって避暑地として開発されましたが次第に日本人もこの地に別荘を建てる様になって行きました。本格的な高原リゾートでありながら大阪・神戸から短時間で行くことが出来るので阪神間の格好の別荘地となりました。阪神電鉄や阪急電鉄による積極的なリゾート開発もあって昭和初期には山上の各所に別荘が建てられていきます。
神戸ゴルフ倶楽部の程近くに建てられたこの建物は関西学院大学教授小寺敬一氏の山荘として昭和9年に建てられたものです。灘区住吉に現存している小寺氏の本宅と同様、W.M.ヴォーリズが設計しています。
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木造平屋・寄席棟・下目板張りの小ぶりな建物です。避暑を目的とするため北側に向けて建てられています。
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70年以上経過している木造建築ですがかなりの部分が建築当初の状態で残されています。窓や敷居も当時そのままの木製の物が使われています。
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北側に面して造られた庭。石を敷いたテラスになっています。
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室内からの庭の景色
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山荘らしい天井のつくり
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家主が代わり用途も変われば改装されてしまうことが多いのですがこの様にオリジナルの状態が保たれている事は稀な事例です。古い建物は用途に合わせ手を加えながら延命させていくのが通例となっていますが当初のまま使い続ける事が最良であるのは言うまでも無いでしょう。
(施工時にしっかり造られているので長年の使用に耐えられている事も理由の一つです)
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小さな入口は南側に配置されています。
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こちらは西側の面
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こちらは東側
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その後山荘の所有者は移り変わり甲南女子大学のセミナーハウスとして長く使われていましたが2002年から閉鎖されておりその行く末が気になるところです。現在NPO法人であるアメニティ2000協会がこの建物を存続させるべく活動を行っています。(将来的には買取って保存する予定との事です)
資料的価値の高いこの山荘を保護する地道な活動が成功する事を期待したいと思います。
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by sunshine-works | 2007-10-04 13:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 30日
神戸ゴルフ倶楽部 クラブハウス
神戸灘区の近代建築その11

六甲ケーブルの駅を出て山上を巡る周遊道路を進みます。美しい高原の景色を眺めながら小路を入っていくとゴルフ場の鮮やかな芝生が見えてきます。
六甲山は明治半ばから主に外国人向けの避暑地として開発されて行きましたが、その外国人たちによって日本で最初のゴルフ場としてオープンしたのがこの神戸ゴルフ倶楽部です。ゴルフ場の開設は明治期ですが昭和7年に建てられたクラブハウスが現在も使われています。設計:W.M.ヴォーリズ
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交通アクセスが整備されるまで、外国人達は六甲の山上へ行くのに馬や籠を利用していました。急峻な山道を数人の人足が担ぐ籠で上っていくのは相当な労力を要しますが料金もかなりの高額でした。当時この場所でゴルフを楽しむ事が出来たのは貿易商を営む外国人や一部の富裕層だけだったようです。それでも開設時は4ホールの簡素なコースだった六甲ゴルフ倶楽部もその後拡張を繰り返し本格的なゴルフ場へ発展していきます。このクラブハウスが建てられた昭和7年は六甲ケーブル開通の年であり、ロープウェイや自動車道も完成間もない頃でした。ちょうど特権階級の為の施設からより広い層へ向けた施設への節目となった時期に建てられた事になります。(とは言えゴルフはまだまだ高価な道楽であり、庶民が楽しむレベルまでは一般化していませんでした。)
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いわゆる高原ロッジ風の建物です。ワインレッドに塗られた下目板が目に鮮やかです。
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18番ホールのホールアウトを前庭のテラスから眺めます。客船のサンデッキの様でリゾート気分も高まります。
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こざっぱりした玄関周り。余分な装飾はほとんどありません。
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かなり年季の入った石標。
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日本で最初のゴルフ場としてスタートした神戸ゴルフ倶楽部は名門コースとしてのステータスを築きあげました。現在の標準的なクラブハウスに比べれば規模は小さく豪華さや施設の充実度も劣るのかもしれませんが、使い込まれたこのクラブハウスの風格は名門コースに相応しい物となっています。
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by sunshine-works | 2007-09-30 00:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 08日
旧小寺源吾別邸

神戸東灘区の近代建築その9

東灘区の山の手、旧住吉村や御影町の高級住宅街についてはこれまで紹介してきましたが、阪神電鉄沿いの深江も戦前に開発された住宅地として知られています。この地区は別名を深江文化村と呼ばれ、多くの文化人が居住していました。残念ながら当時建てられた文化村の建物は今では4棟を残すのみとなってしまいました。
この深江地区に隣接した海辺の一角にW.M.ヴォーリズ設計の住宅が現存しています。大日本紡績(旧尼崎紡績、現在のユニチカ)の社長を務めた小寺源吾の別邸だった建物です。
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小寺源吾は住吉村に自邸がありました。この深江の家は海辺の別荘・別邸として使用されていたようです。
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この地にヴォーリズの設計した建物があることは知りませんでした。こちらのブログでこの建物の事を知り訪ねてみました。(ノン様ありがとうございました)
深江文化村の設計にはヴォーリズの弟子、吉村清太郎が係わっていますのでヴォーリズ自身の建築があっても不思議のない場所柄なのですが以外にも文献やWeb上でこの建物の存在は触れられていませんでした。
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細部のディティールです。ヴォーリズらしさが随所に見られます。
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1階正面のテラス。いかにも別荘らしい造りです。
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この建物に特徴的なのが1階の各窓に取り付けられた美しい飾り格子です。
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裏側の窓の格子。
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裏側および勝手口
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戦後当地に酒造工場が造られた際に敷地ごとこの建物が移管されたようです。現在はこの酒造会社の貴賓館として使われています。
歴史的価値のある建物を会社の迎賓館、来客施設として利用している例は他にもよく見られます。時代に裏付けられた風格と気品を備えた建物はもてなしの場として相応しい使われ方だと思います。
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by sunshine-works | 2007-08-08 23:41 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(2)
2007年 08月 04日
旧小寺敬三邸

神戸東灘区の近代建築その8

東灘区住吉本町、旧住吉村時代には観音林と呼ばれていた地区は当時の著名な関西財界人が居を構えた高級住宅街でした。大会社の社長、会長宅が並ぶこの地の一角にW.M.ボーリズが手がけた小寺敬一邸が建っています。
残念ながら小寺敬一邸は現住している私邸で非公開建物なのですが、この小寺敬一邸の南側、斜面に沿って一段下の敷地に建っているのが今回紹介する旧小寺敬三邸です。
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小寺敬一氏は岐阜県出身の実業家小寺成蔵氏の息子で関西学院大学の商学部教授を務めた人です。小寺敬三はこの小寺敬一の息子にあたります。
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奥に偶然写っているのが小寺敬一邸です。
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二つの小寺邸をヴォーリズが設計したのは関西学院大学との縁なのでしょうか。ちなみに六甲山に建てた小寺敬一の山荘と東灘区深江にある小寺源吾(小寺成蔵の娘婿)の別邸もヴォーリズの設計です。
*これらについては別途紹介したいと思います
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小寺敬一邸に比べると小さな建物ですが(小寺敬一邸は非常に大きな建物です)、ヴォーリズ建築の特徴をよく表した建物です。
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現在は輸入家具のショールームとして使われています。内部を拝見させていただきました。
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2階の窓から屋根瓦を写しました。
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全国に1600棟も建てられたといわれるヴォーリズ建築ですが、この建物のように商業施設として再利用されている例も幾つかあります。特徴的なスパニッシュデザインの建物とスペイン家具の取り合わせはまさにベストマッチング、良い活用方法だと思います。
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by sunshine-works | 2007-08-04 16:31 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 05月 21日
神戸女学院6(ケンウッド館、エッジウッド館、他)

西宮の近代建築その22

神戸女学院の最後はキャンパスの北東にある元宣教師住宅2棟を紹介します。

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ケンウッド館

北面の入口付近。裏口にあたります。
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これも北面。画面中央は裏口の張出部分の側面。
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西側からの景色。右手下側のアーチ部分の中に玄関があります。
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西側の玄関周り。
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ベランダのある南側が正面です。玄関も相応しい造りとなっています。
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こちらは東面。4面其々に異なった印象です。
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エッジウッド館

ケンウッド館の東隣にある建物です。研究室として使われている様です。

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南面。ケンウッド館に比べるとシンプルなデザインです。
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玄関脇にある八角窓
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東側の窓
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北面
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ケンウッド館の西側にあるボイラー室の煙突。
体育館横の煙突とはだいぶ異なったデザインです。
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正門へ戻ってキャンパスを後にします。美しいキャンパスも見納めです。
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*ヴォーリズの手がけた3つの大学シリーズは今回で終了です。西宮の近代建築巡り、次回は南へ下がって鳴尾周辺を紹介します。

by sunshine-works | 2007-05-21 02:08 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 05月 16日
神戸女学院5(体育館、購買部、中高部校舎)
西宮の近代建築その21

神戸女学院5回目はキャンパスの北側の建物を紹介します。

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体育館

講堂の北側、グランドに面して体育館が建っています。
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この建物はグランドに接する斜面に建てられています。正面入口側から見ると1階建てのようですがこのように下階と重なっています。
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裏側の景色。表側とはだいぶ印象が異なります。ボイラー室の大きな煙突が目を引きます。
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煙突頂部をクローズアップ。こんなところにまで細かな装飾を施し、スクラッチタイルを貼っています。
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グランドに面した正面入口。
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エントランスホールは広く取られていますが飾り気が無くガランとした印象です。
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入口上部
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入口横にはこのような縦長の明かり取り窓が並びます。
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北側壁面はスクラッチタイルで大きな模様が描かれています。
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購買部

中高部へ繋がる回廊の一部を構成する小さな建物です。
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中高部

文学館や理学館に似た長大な2階建て構造の校舎です。
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他の校舎にも見られた大きな壁面レリーフ
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エントランス部分。アーチ窓、タイルのデザイン貼り、レリーフ、上部には飾り壷と多様な装飾で彩られています。
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玄関詳細
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玄関灯
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東の側面。びっしりと貼られた窓枠のタイルが重厚な印象です。
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こちらは西側面の窓
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*次回へ続く

by sunshine-works | 2007-05-16 23:07 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)