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2013年 04月 25日
山陰本線御来屋駅
鳥取の鉄道遺産

京都から山口県下関を結ぶ山陰本線の全通は昭和8年。在来線としては日本最長の規模となる同線ですが、他の幹線と比べると長い期間を経て一本のレールで結ばれています。
この山陰本線は当初から現在の区間で計画されたものではなく、単独の路線として開設された複数の線区が母体となり、それぞれが延伸を重ねた末に繋がれたものでした。
これら母体となった幾つかの区間の中で、京都府内区間に次いで古い歴史を持つのが境港から御来屋を結んだ鳥取県西部の路線となりますが、この区間が開通した際の終点駅となった御来屋駅には開業時に建てられた駅舎本屋が現存しています。
明治35年竣工のこの駅舎は山陰最古の駅舎とされています。
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木造平屋、下見板張り。壁面上部は漆喰仕上げ。中央やや右手に入口を設け、三角破風を持つ庇を突き出します。明治期の地方駅舎の典型的な造りですが、この後に建てられた山陰本線の駅舎にも同様な意匠が受け継がれます。
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入口を抜けた先の小さな待合室。ベンチが置かれている以外には殆ど何もありません。
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開設時から使い続けた窓口周り。委託駅となった今も当時の姿を留めます。
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現在は使われていない小荷物の運賃表が飾られています。
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待合室からホームへ進みます。
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ホームは2面3線。駅の規模に比べると余裕を持たせた配置です。
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跨線橋を渡った反対側ホームからの眺め。ホームの待合室には古い貨車が使われています。
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開業時の面影を留める駅舎上屋。
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山陰地方で最初の鉄道路線となったこの区間はその後東西に延伸され、約10年を経て鳥取県内の全区間が開通します。
開業後110年を越えて今尚現役の御来屋駅舎は、黎明期の山陰の鉄道駅の姿を伝える貴重な遺構となります。
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by sunshine-works | 2013-04-25 22:59 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 03月 27日
旧山陰電気米子変電所
鳥取県米子市の近代建築その3

米子駅の北東、住宅や個人商店が並ぶ一角にかつての変電所が残されています。
現在は改装されて共同住宅として使われているこの建物は、旧山陰電気の変電施設として建てられました。
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米子とその周辺を配電地域とする山陰電気の設立は明治40年。明治42年に日野川水系の旭水力発電所が送電を開始し、米子に最初の電灯を灯します。
県西部の拠点都市として発展を続ける米子市の電力需要はその後も拡大の一途を辿り、山陰電気は日野川水系に発電所を増設、米子市内にも鳥取最初の火力発電所を開設するなどしてこれに対応し、大正期には市街地の殆どが電化されていきます。
大正7年に建てられたこの旧米子変電所は、米子が近代都市として変貌していく過程を支える重要な役割を果たしました。
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東の妻面に設けられた入口。
玄関扉は取り替えられていますが、入口周りは当時の姿で残ります。
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居住施設では無いこの種の建物の窓の大きさや数は必要最低限とされるのが通例ですが、この建物は一般の住居と同等な窓を設けています。
変電所時代の古い写真を見ても今と変わらぬ窓配置となっており、後年の改築では無いようです。
市街地に建てられる事を踏まえて設計上の配慮が為されたとも思えます。
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街中に残された古い電力施設が店舗や飲食店に転用される事例は数多くありますが、このように住居として使われている例は現在では珍しいものです。
用途を変えて伝わるこの旧変電所は、鳥取県では数少ない煉瓦建物の現存例としても貴重な歴史遺産となっています。
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by sunshine-works | 2013-03-27 23:58 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(2)
2013年 03月 23日
米子市水道記念館
鳥取県米子市の近代建築その2

旧日野橋西詰の程近く、米子市水道局の敷地内に同市の水道開設時に建てられた施設が残されています。
この建物は大正15年から昭和45年までポンプ室及び管理棟として使われました。設計:伊藤正文
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鳥取県2番目の近代水道として大正15年に米子市の水道事業が始まります。
大山山系の良質な地下水を得られる米子市ではその水源に日野川の伏流水を汲み上げて用いる事とし、川の西岸の当地に取水井戸と配水設備を設置します。
当時の施設の殆どは建て替えられましたが、唯一この旧ポンプ室が残され、水道記念館として利用されています。
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ロマネスク様式を取り入れた外観意匠。正面側の1階部分には半円アーチが並びます。
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玄関開口部の上部には「天助人」の扁額が掲げらています。
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敷地内に置かれた小さな祠。水道開設15周年を記念して建立された水神社との事です。
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こちらは裏側。淡白な造りは建物用途故でしょうか。
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池の畔に残された当時の名残り。吐水口にはライオン(猫?)の顔があしらわれています。
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建物の隣に建てられた石碑。米子市の水道開設について記しています。
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各地に残る古い水道施設は、この米子市水道記念館のように豊かな意匠表現を凝らしたものが殆どです。
当時の人々が地域近代化の象徴として水道施設に寄せた思いが偲ばれます。
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by sunshine-works | 2013-03-23 23:00 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(2)
2013年 03月 11日
旧日野橋
鳥取県米子市の近代建築その1

鳥取県西部を流れる日野川が美保湾に注ぐ河口の近く、国道9号と山陰本線の二つの橋梁に挟まれるように白塗りの連続トラス橋が架かります。
旧国道9号線の橋として昭和4年に架けられ、現在は人道橋として使われています。
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河口の広い川幅に6連の曲弦トラスが連なります。橋長365メートルは戦前にかけられた道路橋としては県内最長、現存する鋼橋としても県内最古のものとなります。
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明治21年に架けられた木橋の老朽化に伴って昭和2年6月に起工、昭和4年5月に竣工します。*参照記事
土手の傍らにはこの時に取り外された初代日野橋の親柱が残されています。
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設計者は不明、施工は大阪の松尾鉄骨橋梁です。
同時期に竣工した岡山の霞橋とは同形式、径間長は若干長く幅員は同一。
霞橋に比べると上横構や垂直材がややすっきりした印象ですが、それ以外は極めて良く似ています。
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橋の両側には親柱の基礎部分が残されています。
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東詰からの眺め。
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対岸へ道を渡す事が橋の主たる目的ですが、橋に課せられた重要な使命として景観に資する役割があります。
雄大な自然環境の中に人工物である橋梁を据えるに際し、景観と調和させる事は橋梁設計上の優先項目でした。
彼方に大山を望む美しい風景を渡るこの日野橋は、80年を経た今も優美なその姿を映しています。
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by sunshine-works | 2013-03-11 18:11 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 23日
山陰本線鳥取県内区間の橋梁
鳥取の鉄道遺産


前回は山陰本線鳥取県内区間の木造駅舎を紹介しましたが、開業100年を超えるこの区間には他にも貴重な鉄道遺産が残ります。
鳥取以西の区間は本線とは言うものの運行本数も少なく、また未だに非電化・単線のままで置かれており、この為現在も多くの橋梁が古い規格のまま使われています。
今回は鳥取から下市までの区間に残るこれら古い鉄道橋梁を紹介します。
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鳥取市の西部、青谷駅西に位置する勝部川橋梁。
橋梁と名がありますが、実際には畑の中に半ば埋もれた状態で置かれています。この東側に新勝部川橋梁が架けられている事から、河川の付け替えで流路が変わって橋だけが残されたものと思われます。
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土に埋もれていますが、よく見ると橋脚は切石が詰まれています。コンクリートの傘石が乗せられている形状から、大正期から昭和初期に設置されたもののようです。
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橋台にも同様の切石が確認出来ます。
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線路は日本海沿いの狭い平地と丘陵の境を幾つものトンネルで抜け、平坦部では築堤上を進みます。
このような箇所には道路や水路を通す拱渠と呼ばれるトンネルを設けますが、泊駅西に残るこの煉瓦拱渠は相当に古く、明治の開業時のもののようです。
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草に覆われていますが、近寄って見ると入口周りには4重の煉瓦アーチが巻かれています。
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煉瓦を用いた入口周りと対照的な内部。岩肌にセメントらしきものを塗布しただけの簡単な仕上げです。
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由良~浦安間で加勢蛇川を渡りますが、現在の加勢蛇川橋梁の傍には旧橋で使われていた煉瓦橋台が残されています。開業時の橋脚にはこのような煉瓦構造物が多く使われていたと思われます。
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浦安~八橋間の洗川橋梁。昭和10年架橋。
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下市~中山口間の甲川橋梁。開業時に設置された石積橋脚が残ります。
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by sunshine-works | 2013-02-23 21:32 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 19日
山陰本線鳥取県内区間の木造駅舎
鳥取の鉄道遺産

山陰本線の鳥取県内区間の歴史は明治35年の境港~御来屋間の開業に始まり、翌年に倉吉まで延伸、更に明治41年の鳥取駅延伸を経て明治末年に県内区間が全通します。
海岸線に沿って長閑な景色の中を走るこの区間には主要都市にこそ近代化された駅舎が置かれるものの、多くの駅は昔ながらの小さな木造駅舎が今尚使われています。
今回は県東部の岩美から西部の下市までの区間に残る木造駅舎を紹介します。

岩井温泉の玄関駅となる岩美駅。明治42年の開業時の駅舎が残ります。
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多くの観光客で賑った駅に相応しく玄関周りの意匠に風格が漂います。
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ホームも基本的な部分は開業時のままの様子。向かい側の待合室は後年の築と思われますが、かなり古いもののようです。
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鳥取と倉吉の中間に位置する浜村駅。この駅も最寄の浜村温泉、鹿野温泉への窓口となっています。
近年に壁面の張替えや入口の改修が行われていますが、開業時に建てられた駅舎が使われています。
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西隣の青谷駅。昭和15年の財産標が貼られていました。
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由良駅の開業は明治36年。現在の駅本屋は昭和11年に建てられました。
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浦安駅も由良駅と同年の開業。改修されていますが、開業時の駅舎が残されています。
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尖った庇の破風が特徴の赤崎駅。駅舎本屋の築年は昭和11年。
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下市駅も明治36年の開業。この下市駅も開業当時の駅舎本屋が残ります。
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by sunshine-works | 2013-02-19 21:11 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 26日
旧倉吉町水源地ポンプ室
鳥取県倉吉市の近代建築その3

倉吉の中心部から南西方向、静かな住宅街の外れに、旧倉吉町営水道の創設期に設置された施設が残されています。昭和7年築。
水源地から水を汲み上げる取水ポンプ室として平成2年まで使用されました。
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明治20年に日本で初めての近代水道が横浜に敷かれて以降、全国の主要都市に次々と水道が敷かれていきます。
大都市や条約によって開港した港湾都市を皮切りに、その後は各県の県庁所在地へと波及し、大正末年には全国の水道事業者は約100箇所を数える事となります。
昭和に入るとその流れは中小都市にも及び、昭和10年代にはその数は3倍に増大して行きます。
鳥取県の近代水道の歴史も、県都鳥取市が大正4年と最も早く、次いで米子町が大正14年。
県内3番目となる倉吉町の創設時の施設として現存するのが、このポンプ室となります。
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鉄筋コンクリート造平屋建、切妻屋根にスレート瓦葺。
腰周りはルスティカ積の石組、中央の玄関上部に三角破風を立上げ、その両側にパラペットを巡らせます。
その他にも玄関2階に設けたバルコニーやその上に飾られる石額、ファンライトを添えた各面のアーチ窓等々、豊かな装飾表現が随所に見られます。
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正面に掲げられた扁額。記されている「萬斛泉」とは、この水源地のある余戸谷に湧く泉の名称(尽きる事のない泉との意味です)で、古来より名水として知られていました。
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敷地を仕切る門扉・外壁・鉄柵。
当時の姿そのままで残されています。
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土手に面した裏側の景色です。
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鳥取で3番目の近代水道が敷かれた当時の倉吉町の人口は1万人に満たない数でした。
すでに水道が敷かれていた他の2都市に比べると遥に小さな自治体でしたが、この建物は県央の中心都市として栄えた倉吉の威信を示す、優れた近代土木遺産として伝わります。
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by sunshine-works | 2012-11-26 22:26 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(2)
2012年 10月 29日
旧日本産業貯蓄銀行倉吉支店
鳥取県倉吉市の近代建築その2

狭い道路の両側に古い町屋が連なる倉吉の旧市街の中程に、現在は物販店として使われている旧銀行店舗が建っています。
この建物は、日本産業貯蓄銀行倉吉支店として昭和6年に建てられました。
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鉄筋コンクリート2階建て、間口2間程の建物です。倉吉最初の本格的な西洋建築として建てられましたが、当時流行のセセションスタイルを取り入れ、小規模な建物に拘わらず多彩な装飾表現が各部に見出せます。
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敷地の関係で車寄せや大きな玄関庇はありませんが、軒全体を張り出して玄関庇とし、両脇をフルーティング風の溝を刻んだ角柱で支えます。
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玄関両脇の柱形はそのまま2階へ伸びて窓間を飾り、破風、パラペットに繋がります。
破風中央には行章と思われる紋、その両脇にもオーナメントを添え、さらに頂部に棟飾りを載せる等、当時の建築意匠がふんだんに盛り込まれています。
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風情ある古い町並みに洋風建築が融け込む美しい景観です。
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築後約80年となるこの旧銀行店舗は、増築や大きな改修も無く、竣工時の姿を良好に留めます。
現存する地方の小規模銀行店舗の良例として貴重な建物と言えます。
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by sunshine-works | 2012-10-29 20:59 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 25日
旧第三国立銀行倉吉支店
鳥取県倉吉市の近代建築その1

古い町並みが残る倉吉の旧市街地の東に、土蔵造りの和洋折衷建物が建っています。
この建物は、旧第三国立銀行倉吉支店として明治41年に建てられました。
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白塗りの蔵が並ぶ観光スポットからはやや距離を置いた場所に建てられていますが、周囲の古い商家と良く馴染む白壁2階建ての土蔵造り。コーナーの玄関部分に洋風意匠を用いる以外は純和風の意匠です。
反面、内部は吹抜けを設けた当時の一般的な銀行の仕様で、洋風を基調としたものとなっています。
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この銀行支店が土蔵造りとされた経緯については、明治38年にこの一帯で発生した大火を教訓としたものとされています。
明治期の地方銀行の店舗にはこのような土蔵造りの建物が多く、本格的な鉄筋コンクリート建築が普及するまでは、優れた耐火建築としてこの構造が使われていました。
同じく現存する第三国立銀行の松江支店も土蔵造りの店舗となっています。
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側面に採光用の窓が設けられている以外は普通の土蔵建物。2階窓の分厚い扉も蔵そのものです。
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シンプルな玄関周り。腰回りと共通の石を貼ってアクセントとします。
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店内は改修されて喫茶店に使われています。
2階へ上る階段や犬走りが当時のまま残され、レトロな雰囲気がこの用途に良く合います。
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飲食店としての用途は観光地ならではの的を得た活用事例でしょう。古い町並みに調和して優れた景観を為しています。
築100年を過ぎた今尚良好な状態が保たれているこの建物は、明治の一時期に流行った土蔵造りの偽洋風建築の現存例として、極めて貴重な資料です。
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by sunshine-works | 2012-10-25 21:35 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2012年 09月 27日
旧鳥取家庭裁判所(小鹿谷公民館)
鳥取県湯梨浜町の近代建築

鳥取県の中部、昔ながらの農村風景が残る長閑な集落の一角に、かつての裁判所建物が移築保存されています。現在は地区の公民館として使われているこの建物は、昭和3年に鳥取家庭裁判所として建てられました。
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集落の中程、狭い路地を抜けて山道の入口に差し掛かる一角に、周囲の農家とは佇まいを異にする木造下見板貼りの建物が見えてきます。建物の中央に小さな張出を設ける以外は凹凸の無い長方形、寄棟屋根には和瓦を葺きます。
外壁は下見板を基本に一部を横破目板とし、上部に明り取り窓を添えた縦長の上げ下げ窓が洋風意匠を強めます。華美な装飾表現はありませんが、この時代の洋風木造庁舎の雰囲気を良く伝えます。
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昭和3年に鳥取市の中央、鳥取城址の傍に鳥取家庭裁判所として建てられました。老朽化によって昭和37年に解体される予定だったものを当地に移築し、小鹿谷公民館として現在まで使われています。
裁判所として使われていた年数よりも遥に長い時間をこの地で過ごした事になりますが、良好に裁判所時代の姿を留めています。
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小さな張出部分を挟んで左右対称に棟が伸びます。
窓の配置が左右で異なるのは、一部の窓をサッシに替えた際の改修でしょうか。
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側面から玄関のある北側へ廻ります。
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玄関は至って簡素。この時代の庁舎に顕著な車寄せらしきものもありません。移築の際に省かれたとも思えます。
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通用口らしき出入口もあります。
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偶然にも内部の補修作業が行われていました。許可を得て内部を拝見させていただきました。
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全国各地に戦前築の裁判所建物が現存しますが、多くは煉瓦やコンクリート造の大規模な建物で、このような木造・小規模な裁判所建物の現存例は僅かです。
この旧鳥取家庭裁判所は現存する昭和初期の木造裁判所として唯一の存在となります。
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by sunshine-works | 2012-09-27 20:50 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)