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2010年 04月 23日
旧引田郵便局
香川県東かがわ市の近代建築その1

香川県の東端、徳島との県境に近い引田は、旧志度街道の宿場として栄えた町です。古い家並みが続くこの引田の中心部に、タイル張りの旧郵便局舎が残っています。現在は喫茶店として利用されているこの建物は昭和7年に建てられました。
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古い日本家屋が並ぶ旧道沿いに建つ、一際目を惹く洋風建物です。壁面に貼られた茶色のタイルや2階部分の八角窓、中央の半円形ペディメント等、当時流行の建築スタイルを採り入れたモダンな局舎です。
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昭和53年に移転の為閉鎖され、暫く放置されたままでしたが、改修を施し喫茶店として再生されています。
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この日は開店前で中を見る事が出来ませんでしたが、窓越しに内部のすばらしい意匠が伺えました。
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案内板によると、この建物の設計・施工は東京の松末組との表記があります。別の資料によると「あめりか屋」出身の松末某の設計ともありますが、何れにしても当時の先進意匠が盛り込まれた一級の地方郵便局舎です。
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旧郵便局舎の活用例として、観光資源を兼ねた用途が各地で見られます。この様な雰囲気のある建物の持ち味が、最も活かされる使い方だと思います。
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by sunshine-works | 2010-04-23 23:18 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 19日
旧東洋紡績渕崎工場事務所
小豆島の近代建築その4

土庄町の中心部を北へ少し進んだ辺りに、開けた空間が広がっています。現在、再開発中のこの一帯は、昭和8年に東洋紡績渕崎工場が進出し、以来70年に亘って操業を続けた場所でした。平成15年に閉鎖された後、工場施設は取り壊されましたが、事務所として使われていた建物が記念館として現存しています。
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木造平屋、下見板張、工場建物らしく簡素で装飾の少ない建物ですが、三角破風を持つ玄関ポーチに特徴があります。
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小豆島には古くから醤油や素麺と言った伝統産業が栄えていましたが、大手資本による近代産業の進出はこの東洋紡渕崎工場が初めての事例となりました。かつて塩田が広がっていた一帯を造成して設置された広大な工場には、県外から多くの従業員が集まり、町の経済の基盤となっていました。
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南側の正面玄関。スタッコ仕上げの三角破風がピロティ庇の一部となっています。なんとなく付け足された様に感じますが、資料によると玄関の位置は付け替えられているとの事で、他の面から移された物と思われます。
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玄関の側面には応接室が設けられています。
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茶色の外壁が事務所の側面部分です。
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裏側には倉庫やトイレが配置されています。
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工場跡地の再開発に際して、象徴的な部分が残されて流用される例は見られますが、記念館としてここまできちんと保存されている事例はあまり多くありません。地元の発展に工場が果たした役割からすれば、町の歴史を伝える産業遺産として残して行く事は極めて有意義な事だと思います。
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by sunshine-works | 2010-04-19 20:32 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 15日
旧三木医院
小豆島の近代建築その3

小豆島で最も大きな町、土庄地区の旧市街地に、一棟の古い木造の洋風建物が建っています。現在は空家となっていますが、この地で明治期から続いた医院の建物でした。明治中期の築と思われます。
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下見板張、寄棟作り、中央に設けた玄関の左右に各二枚の上げ下げ窓を配し、この時代の洋風建築として極めてオーソドックスな意匠ですが、和洋の要素が入り混じった瓦葺きの玄関庇はこの建物の大きな特徴となっています。
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正面に4枚の縦長窓が並びます。
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敷地が削られている以外は、ほぼ原型を留めているこの建物ですが、閉院してから長い年月が経っている様に思われます。地方には旧医院建物が数多く残されていますが、この様に転用もされず閉ざされたままの物も相当数見受けられます。個性豊かな建物が多いだけに、このまま風化させてしまうのも、些かもったいない気がします。
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by sunshine-works | 2010-04-15 02:16 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 04月 11日
旧田浦尋常小学校(旧苗羽小学校田浦分校)
小豆島の近代建築その2

小豆島出身の小説家、壺井栄の代表作「二十四の瞳」で描かれた岬の分教場。モデルとなった田浦尋常小学校は明治35年に建てられました。
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内海湾に突き出た岬の先端に位置する田浦集落に建てられた小さな学舎です。木造平屋の簡素な建物は三つの教室と教員室からなっています。
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この小さな玄関から中へ入ります
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昭和46年に本校に統合される形でこの分校はその役目を終えます。廃校から40年を経た今も、建物内は当時そのままの状態が保たれています。
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再び外へ出て裏側へ
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全国各地に明治期の木造校舎が現存していますが、この様な小さな分校が残っている事例は極めて珍しいと思います。観光施設として保存活用されているこの旧分教場ですが、明治期の地方に於ける学校建築の実例として貴重な存在ともなっています。
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by sunshine-works | 2010-04-11 00:49 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 07日
マルキン醤油工場施設
小豆島の近代建築その1

瀬戸内海で2番目に大きな島、小豆島は温暖な気候と海運の利便を活かして古くから産業が発達しました。
代表的な産業である醤油製造業の工場は、島の南部、内海湾に面した苗羽地区にその多くが集まっていますが、この中で最も大きく、最も目立つ建物が今回紹介するマルキン醤油の工場群です。これらの工場建物には同社が創業された明治後期から昭和初期にかけて建てられたものが数多く残されています。
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小豆島の醤油製造は400年に及ぶ歴史を有していますが、日本の4大産地に列せられる現在の躍進は、明治期に地元業界が取り組んだ、製法と経営の近代化によって齎されました。中でも、明治40年、同業者を統合して設立された丸金醤油株式会社は、やがて島を代表する大企業に成長し、日本の醤油大手5社の一角を占める会社となっていきます。
従来の小豆島の醤油醸造所の殆どが、個人資本による小規模な施設であるのに比べて、このマルキン醤油の工場は、巨大な建物が並ぶ、いかにも近代工場然とした概要を備えています。
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工場の中央に経つ第16号醤油蔵(諸味蔵とも)。東側が撤去され当初の半分に短縮されています。大正12年築。
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第15号醤油蔵。妻面には社章のメダリオンが飾られています。これも大正12年の築。
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側面からの眺め
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北側には木造の蔵が並びます。
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現在はマルキン醤油記念館として公開されている旧圧搾工場。
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側面から裏手へ
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さらに奥へ工場施設が連なります。
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県道を挟んだ東側にも蔵が続いています。
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伝統産業の工場施設には、この様に歴史のある建物を現在も使い続けている事例が数多く見られます。
ハイテク設備を備えた最新の工場に建て替えられていくのは時代の流れなのでしょうが、風格を感じさせる重厚な意匠は何より味わい深く、企業イメージを強く印象付けられます。
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by sunshine-works | 2010-04-07 03:14 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 03日
香川の近代建築
岡山県を瀬戸内海沿いに玉野市まで辿ってきた近代建築探訪の旅、備前を終えて北へ戻り、美作へと歩を進めて行く予定ですが、今回より新たに四国編を加えていきます。今後は兵庫、岡山、香川の3地域の近代建築を平行して紹介していきたいと思います。

古くから四国の表玄関として栄えた香川県は、明治以降も先進文化の窓口となり、県内各地に洋風建造物や産業施設が建てられていきます。
面積に於いて日本で最も小さな県ですが、多岐にわたる近代建築が豊富に現存しています。、

旧引田郵便局
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旧坂出商業学校本館
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旧木田郡役所
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旧丸岡呉服店
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旧百十四銀行長尾支店
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旧陸軍第11師団兵器庫
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四国の交通の要衝として発展した香川には多くの鉄道遺産も残されています。

JR多度津工場
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高松琴平電鉄香東川橋梁
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今尚、現役で活躍する近代土木遺産の数々

豊稔池堰堤
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滝宮橋
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豊かな海を抱える香川には海運関連の近代化遺産も充実しています。

旧高松港港務所
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鍋島灯台
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旧粟島海員学校
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バラエティ豊かな香川の近代建築の数々を巡る旅、次回小豆島から出発します。ご期待ください。

by sunshine-works | 2010-04-03 00:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)