タグ:香川県 ( 66 ) タグの人気記事

2010年 11月 29日
綾川橋
香川県綾川町の近代建築その3

高松から琴平へ至る旧街道は滝宮を過ぎて程なくして綾川に差し掛かります。この地点には県内で数少ない戦前築の鉄筋コンクリートの道路橋が架けられています。昭和8年築。
f0116479_2237258.jpg

道路面から遥か下を流れる綾川を3連の大きなアーチで跨ぐこの橋は、開腹コンクリートアーチ橋と呼ばれる構造の橋です。この様な深い谷間を渡る橋に多く用いられますが、大きな川が少ない香川県では珍しい形式です。
f0116479_22412722.jpg

現在県道282号線となっているこの道は高松と金刀比羅宮を結ぶ重要な街道でしたが、綾川を渡るこの地点は大雨の度に氾濫を起こす難所とされた場所でした。近世以降は橋が渡されましたが、その橋も豪雨によって流出を繰り返しており、主要道としては非常に不安定な要素を抱えていました。
f0116479_22421336.jpg

河川敷に設けられた公園から橋脚部を眼前に望みます。3連の大きなアーチの間には縦長の小さなアーチが隙間を埋める様に並んでいます。
f0116479_22501476.jpg

f0116479_22503353.jpg

f0116479_22505075.jpg

アーチの上に渡された橋桁にはアールデコ調の高欄が並びます。
f0116479_2243171.jpg

f0116479_22432085.jpg

f0116479_22433648.jpg

f0116479_2244208.jpg

風化や損傷が目立ちますが、親柱や高欄は竣工時のままの状態が保たれています。
f0116479_2247245.jpg

f0116479_2248072.jpg

f0116479_22482626.jpg

f0116479_22491639.jpg

f0116479_22484665.jpg

幾度も橋が流されたこの場所に、当時の土木技術の粋を集めて架けられた綾川橋は長年の夢を実現させた悲願の橋となりました。
築70年を経た今も変わらぬモダンなその姿は、美しい渓谷の景観と溶け合った地域の誇る名所となっています。
f0116479_2251616.jpg


by sunshine-works | 2010-11-29 23:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(3)
2010年 11月 25日
琴電滝宮駅
香川県綾川町の近代建築その2

琴平高松電気軌道(琴電)の母体の一つとなった琴平電鉄は、高松から金刀比羅宮へ至る参宮鉄道として大正15年に開通します。現在は琴電琴平線となったこの区間の途中に開業時に建てられた駅舎が現存しています。
f0116479_2274578.jpg

急傾斜の大きな屋根が特徴的な木造下見板貼り・洋瓦葺きのモダンな駅舎です。
現在は木造下見板貼りの外壁となっていますが、俊工事はモルタルスタッコ仕様の壁にハーフティンバー式に柱を見せた凝った造りでした。
f0116479_228549.jpg

f0116479_22203258.jpg

この滝宮駅の他にも、琴電の母体となった3会社の駅舎には洋風意匠を取り入れた例が多く、以前に紹介した長尾線の元山駅や志度線の屋島駅も洋風のモダンな駅舎に造られています。
f0116479_2221022.jpg

f0116479_2282319.jpg

側面に比べて相応に幅の狭い正面側。屋根の大きさが際立ちます。
f0116479_22183718.jpg

f0116479_22185528.jpg

f0116479_2241486.jpg

モルタルの外壁は下見板に変えられていますが、これはこれで建物の雰囲気と良くマッチしています。
f0116479_22235951.jpg

f0116479_22241652.jpg

内部も当時の姿が良く残されています。琴電屋島駅の内部と通じるものがあります。
f0116479_22245434.jpg

f0116479_2230386.jpg

f0116479_22305475.jpg

開業当時の橋梁や戦前生まれの車両が現役で活躍する琴電は鉄道遺産の宝庫として知られていますが、地方鉄道には珍しい大正期~昭和初期の洋風駅舎が現用施設として使われている事もその魅力のひとつです。
東京や京阪神の郊外に大手私鉄が路線を発達させていったこの時代、これら私鉄に倣って作られた洋風意匠の駅舎ですが、地方駅とは思えない極めて高いレベルで作られた事が窺えます。
f0116479_22312153.jpg


by sunshine-works | 2010-11-25 23:37 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 10月 28日
琴電旧畑田変電所
香川県綾川町の近代建築その1

香東川を越えて更に西へ、高松市をあとに-綾川町へ進みます。沿線風景が次第に長閑な田園地帯へと変わっていく中、畑田の駅前に古びたコンクリートの構造物が突然現れます。この建物は琴平電鉄開設時に建てられ、昭和55年まで使用されていた変電所の遺構です。大正15年築。
f0116479_20333440.jpg

琴平電鉄畑田変電所は、ドイツ製整流器を備えた当時最新鋭の変電施設として建てられました。
小さな停車場といった風情の畑田駅に比べて傍らのこの変電所は堂々たる建物で、周囲に大きな建造物が無かった当時は一際目立つ洋風建物でした。戦中には迷彩塗装が施されていたとの事で、今でもその名残が確認できます。*詳細はこちらをご覧下さい。
f0116479_223190.jpg

f0116479_2232670.jpg

f0116479_22205088.jpg

f0116479_2221113.jpg

コンクリートの表面は剥がれ、殆どの窓も失われてしまっています。辛うじて外観は当初の姿を保っていますが、閉鎖されて30年近くを過ぎ、各部に劣化が目立っています。
f0116479_22294675.jpg

f0116479_2230684.jpg

f0116479_22303136.jpg

壁面を覆う蔦。濃い緑に変わる夏場は朽ちた雰囲気が更に高まる事と思われます。
f0116479_2250483.jpg

f0116479_22502960.jpg

f0116479_22521626.jpg

f0116479_22534267.jpg

周囲の住戸に囲まれて佇む旧変電所。遠目から見ると然程違和感を感じません。
f0116479_23551.jpg

役割を終えた鉄道施設の中でも、このように特殊な施設は他の用途に転用するにも難しく、保存と活用を両立させる良案が見出せないのが現状です。
前掲のリンク先でも保存の声が高まっている旨の記述がありますが、地方鉄道の歴史の中でも先駆的な変電施設として名を残すこの変電所を産業遺産として伝えていく事は極めて有意義な事と思います。
f0116479_2340368.jpg


by sunshine-works | 2010-10-28 23:45 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)
2010年 10月 24日
琴電琴平線 香東川橋梁
香川県高松市の近代建築その13

高松から琴平へ向かう琴電琴平線が最初に渡る大きな川、香東川には同線開設時に架けられた橋梁が現役施設として使われています。大正15年築。
f0116479_056347.jpg

現在の高松琴平電気鉄道の母体となった3つの電鉄会社の一つ琴平電鉄は、金比羅宮の参詣鉄道として大正9年に事業免許を取得、大正14年に起工され翌15年に部分開通、昭和2年に高松~琴平の全区間が開通します。高松~琴平間約30キロを競合する国鉄よりも短時間で結ぶ為、地方鉄道には珍しく標準軌道を採用しています。
f0116479_13469.jpg

琴平電鉄の橋脚の中では2番目に長い15連の橋脚が連なります。コンクリートの基礎の上に楕円形断面の橋脚、上部に鋼プレートガーダーを渡します。
f0116479_16894.jpg

f0116479_164352.jpg

f0116479_173930.jpg

f0116479_181262.jpg

f0116479_184387.jpg

f0116479_191348.jpg

f0116479_193396.jpg

積み上げた礎石をコンクリートで充填し、表面に切石を張った橋脚。この仕様は、後掲する土器川橋梁と共通の物となっています。
f0116479_1121298.jpg

f0116479_1124587.jpg

f0116479_1135264.jpg

f0116479_114114.jpg

f0116479_1142987.jpg

f0116479_1165385.jpg

f0116479_1215263.jpg

f0116479_1234582.jpg

橋脚に取り付けられた送電柱も当時の物が残ります。
f0116479_1155072.jpg

f0116479_1175287.jpg

f0116479_1224092.jpg

数多くの鉄道遺産が残る琴電の中でも、橋梁には開設時の姿が良く留められています。
築後80年余を経て現用施設として供されるこれら橋梁は、基本設計の優秀さと、当時の施工技術の高さを今に伝えています。
f0116479_129733.jpg


by sunshine-works | 2010-10-24 23:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 10月 20日
香川県農業試験場本館
香川県高松市の近代建築その12

高松市の西部、琴電琴平線仏生山駅の西に香川県農業試験場が置かれています。この敷地内には昭和5年に建てられた旧本館が残されています。
f0116479_20154762.jpg

中央の車寄せを挟んでシンメトリーに配置された木造モルタル2階建て。装飾要素は全体に控えめで、玄関周りに集中して施されています。
f0116479_2211595.jpg

f0116479_22131788.jpg

f0116479_2214720.jpg

庁舎らしく車寄せを備えた玄関部分。三面のアーチで組まれたポーチ上部にレリーフが飾られます。
f0116479_2212528.jpg

f0116479_22193941.jpg

f0116479_22195125.jpg

f0116479_22203588.jpg

f0116479_2221325.jpg

f0116479_22212937.jpg

f0116479_2222062.jpg

f0116479_22223570.jpg

f0116479_222321.jpg

f0116479_22233014.jpg

f0116479_22235164.jpg

木製の枠組みが当時のまま残されている三段式の上げ下げ窓。
中央部が固定式、上下の窓がそれぞれ下方・上方にスライドする構造となっています。
f0116479_2226491.jpg

f0116479_22271488.jpg

f0116479_22275934.jpg

f0116479_22283362.jpg

明治以降に全国の自治体が設置した農業試験場は、概ねどこも施設内にこの様な木造の本館建物を備え、教習室や研究施設、事務室や管理施設に充てられていました。施設の性格が自治体機関にして教習・研究施設である様に、建築意匠的にも当時の学校建築と地方庁舎を合わせた様な趣があります。
f0116479_22324291.jpg

建物側面
f0116479_22334239.jpg

f0116479_2234360.jpg

f0116479_22342834.jpg

こちらは裏側です。
f0116479_2235248.jpg

f0116479_22354947.jpg

f0116479_22361295.jpg

香川県では現在農業試験場の移転計画が進められています。この建物の処遇がどうなるかは未定の様ですが、竣工当時の姿を良好に保つこの建物は、農業近代化の象徴として後年に伝える価値が非常に高い物と思えます。
f0116479_2237537.jpg


by sunshine-works | 2010-10-20 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 29日
旧御殿浄水場管理事務所・ポンプ室
香川県高松市の近代建築その11

高松の中心市街から南西の方角、広い河川敷に沿って続く道を程なく進むと、小高い丘の麓に高松市の水道資料館が見えてきます。ここには高松市の近代水道開設時に建てられた2棟の建物が保存公開されています。
f0116479_20351139.jpg

多くの樹木が植えられた緑豊かな敷地に広場を挟んで2棟の木造建物が建っています。1棟は事務所兼宿直室として使われていた建物、もう1棟はポンプ室として使われていました。
2棟共に花崗岩に煉瓦を重ねた基礎、羽目板貼りの外壁、和瓦葺き屋根の仕様で統一され、木枠で飾られた大きな縦長窓が並びます。


敷地の北側に建つ旧管理事務所。大正6年に建てられました。
f0116479_2058425.jpg

f0116479_20594540.jpg

f0116479_20584058.jpg

f0116479_2059454.jpg

コーナーに設けられた入口。張り出した庇の上部に円形の破風を飾る凝った造りです。
f0116479_216263.jpg

f0116479_2165861.jpg

f0116479_2171181.jpg

f0116479_2173337.jpg

明治20年の横浜に始まる日本の近代水道の歴史は、その後東京や大阪を初めとする大都市や条約によって開港した都市で整備が進み、大正期に入ると地方の中心都市に波及していきます。
水事情の悪さから幾度も伝染病の流行を招き、明治中頃より水道開設の気運が高まっていた高松市も大正3年にようやく開設認可を得、着工後7年を経た大正10年に完工します。この時に市内各所に設置された一連の水道施設の中で中核となる取水・浄水施設として設けられたのがこの御殿浄水場でした。
f0116479_21123319.jpg

f0116479_2112533.jpg

f0116479_21131690.jpg

f0116479_21133769.jpg

f0116479_21141621.jpg

旧管理事務所と向かいあって建つ旧ポンプ室。大正7年の築です。
f0116479_2120121.jpg

f0116479_21205095.jpg

f0116479_21211997.jpg

f0116479_21224868.jpg

f0116479_21231690.jpg

f0116479_21235856.jpg

f0116479_21242559.jpg

f0116479_21262568.jpg

f0116479_2125743.jpg

f0116479_21253943.jpg

f0116479_21371294.jpg

f0116479_21374630.jpg

ポンプ室だけに管理棟よりは簡素な入口周りとなっています。
f0116479_21284162.jpg

f0116479_21285753.jpg

内部には当時のままの設備が展示されています。
f0116479_21303136.jpg

f0116479_2131537.jpg

f0116479_21331565.jpg

f0116479_21313176.jpg

f0116479_2132253.jpg

f0116479_21322152.jpg

f0116479_21323721.jpg

f0116479_2135540.jpg

建物南面を配水池越しに眺めます
f0116479_21385484.jpg

この水道の供用が始まった大正10年当時、高松市の人口は四国4県の県庁所在地の中で最も少ない6万人程度の規模でした。しかし、近代化の進展に於いては遥かに他市を凌ぎ、四国の表玄関に相応しい概要を備えていました。四国初となった近代水道の歴史を伝えるこの2棟の建物からも、当時の高松の先進性を窺うことが出来ます。
f0116479_21391342.jpg


by sunshine-works | 2010-09-29 23:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 25日
百十四銀行高松支店(百十四銀行旧本店)
香川県高松市の近代建築その10

JR高松駅から徒歩で10分程、高松の中心市街は碁盤の目状に区割りされた町並みが広がり、2本のアーケードに多くの店舗が連なります。
高松の中心街は人口40万人の都市としては規模が大きく、四国の玄関口に相応しい賑わいを呈しています。
この中心街の一角に大正15年築の壮麗な鉄筋コンクリート建物が建っています。現在百十四銀行高松支店が置かれているこの建物は高松百十四銀行本店として建てられました。
設計・施工:清水組
f0116479_23263296.jpg

鉄筋コンクリート3階建て(3階部分は戦後の増床)、外壁全体を化粧タイルで覆い、、腰周りには花崗岩の切石が積まれています。正面の2本のオーダー柱や随所に張られたテラコッタ飾りが銀行本店らしい風格を醸しています。
f0116479_1334225.jpg

f0116479_2304523.jpg

f0116479_22584973.jpg

f0116479_2301586.jpg

f0116479_23732100.jpg

f0116479_23401770.jpg

この面の中央部には大黒天の顔のテラコッタが飾られています。
f0116479_22595788.jpg

f0116479_22592821.jpg

昭和27年に3階部分を増床していますが、意匠表現や素材を共通の物にして違和感無く仕上げています。
f0116479_2258645.jpg
f0116479_2345520.jpg

f0116479_2364054.jpg

f0116479_236851.jpg

入口や窓が配されたスパンは柱型に段を付けた凝った意匠になっています。
f0116479_23133976.jpg

f0116479_2314258.jpg

f0116479_23352074.jpg

正面の入口は近年に大きく改修されていますが、側面の出入口は往時の雰囲気が保たれています。
f0116479_23143178.jpg

f0116479_23151554.jpg

f0116479_23145414.jpg

f0116479_23164496.jpg

空襲によって高松の中心地区の殆どの建物は消失し、焼け残った幾つかの建物もその後の再開発によって建換えられていきました。高松の発展の基礎を築いたこの百十四銀行旧本店の建物が唯一この地区の戦前建物として美しい姿を今に残しています。
f0116479_23174488.jpg


by sunshine-works | 2010-09-25 23:26 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 21日
旧高松港港務所
香川県高松市の近代建築その9

四国の海の玄関として多くの船舶が行き交う高松港。瀬戸内海の各地とフェリー航路が結ばれ、全国有数の船客乗降数を誇ります。この高松港の離島航路の桟橋の傍に古い鉄筋コンクリート造の建物が残されています。昭和2年に建てられたこの建物は、現在のフェリーターミナルが完成する平成13年まで乗降場を兼ねた港務所として使われていました。
f0116479_2328491.jpg

護岸に沿って建てられた横長の鉄筋コンクリート3階建て建物です。1階部分は発券所や待合所、2階、3階は貴賓室やホール、事務所に充てられていました。
古典様式を基調としていますが、モダニズム的な表現を取り入れた折衷様式となっています。
f0116479_23293783.jpg

f0116479_23334940.jpg

f0116479_23351250.jpg

f0116479_02143.jpg

f0116479_23353586.jpg
f0116479_0123186.jpg

背景に見えるのは再開発事業によって建てられた「高松シンボルタワー」。新旧の港のランドマークが並びます。
f0116479_23392968.jpg

正面中央のエントランス。4本の角柱が支える庇には不思議な模様が刻まれています。
f0116479_23422091.jpg

f0116479_23424647.jpg

f0116479_2343442.jpg

f0116479_23431724.jpg

f0116479_23442347.jpg

f0116479_23444248.jpg

f0116479_2348240.jpg

閉鎖されて9年を経過、殆ど手入れされていないのでしょうか、各部に劣化が目立ちます。
f0116479_23511156.jpg

f0116479_23513153.jpg

連絡船が廃止され、高松駅を中心とする一帯が再開発によって大きく変貌を遂げる中、このエリアの古い建物の殆どが失われていきました。この旧高松港港務所は近代の高松の発展を支えた港の歴史を伝える唯一の建物として貴重な存在と言えます。
f0116479_08239.jpg


by sunshine-works | 2010-09-21 23:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 28日
男木島灯台
香川県高松市の近代建築その8

高松の沖合いに浮かぶ直島諸島の一つ、男木島には女木島経由のフェリーに乗る事約40分で到着します。港から更に徒歩で20分余り、島の北端に石造の灯台が見えてきます。
備讃海峡の主要航路を見守るこの男木島灯台は、明治28年に点灯されました。
f0116479_14555230.jpg

明治初期に英国人ブラントンがもたらした洋式灯台建築技術は、その後日本人技師によって受け継がれ、全国の主要な岬や海峡に配置されていきます。
近代化の進展に伴って内航海運が急激に伸びつつあったこの時代、本州と四国を結ぶ重要航路の要として建てられたのがこの男木島灯台でした。
f0116479_1459874.jpg

f0116479_1501553.jpg

f0116479_151713.jpg

f0116479_1514329.jpg

岬の先端部、波打ち際と石塀を介して接する狭い区画に灯台と退息所(宿舎)、倉庫が建てられています。
灯台と退息所及び周囲に巡らされた石垣・石塀が明治28年の灯台開設当時のもの、倉庫は大正期に建て増しされたものです。
f0116479_157856.jpg

f0116479_158042.jpg

花崗岩の切石で組まれた灯台は、モルタル塗布や彩色を施さずに岩肌そのままの状態となっており、石造灯台としては珍しい仕上げとなっています。
f0116479_15152389.jpg

f0116479_1516161.jpg

f0116479_15191774.jpg

f0116479_15164654.jpg

f0116479_15172316.jpg

f0116479_1518147.jpg

f0116479_15182860.jpg


石材として用いられている花崗岩は、昔から瀬戸内海一帯で豊富に産出されており、石垣や石橋、家屋の基礎として広く使われていました。入手し易く、施工技術も確立されていた花崗岩は、僻地に築かれる事の多い灯台の素材として最適であり、鉄筋コンクリートが普及するまでは多くの灯台が花崗岩を主材としていました。
f0116479_15194721.jpg

f0116479_15202244.jpg

f0116479_15204792.jpg

f0116479_1521159.jpg

敷地を取り巻く石塀には安山岩が用いられています。
f0116479_15255664.jpg

無人化される昭和62年まで使われていた旧退息所。現在は資料館として公開されています。
f0116479_15303732.jpg

f0116479_153185.jpg

f0116479_15312171.jpg

f0116479_15314049.jpg

f0116479_15322100.jpg

近代に入って導入された洋風建築の中でも、灯台施設は特異な存在でもあります。
建造物であると共に、高度な光学機器や観測機器を安定的に運用する基地であり、更にその殆どが過酷な環境に建てられる、設計・施工に於いて高い技術蓄積を必要とする難物だったのではないでしょうか。
この様な古い灯台施設は、当時の技術者の苦心や技術発展の痕跡を伝える資料として非常に貴重な物と思えます。
f0116479_1537330.jpg


by sunshine-works | 2010-08-28 16:35 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 24日
大島青松園礼拝堂
香川県高松市の近代建築その7

高松港から船でおよそ20分、沖合いに点在する小島の一つ、大島に渡ります。この島にある国立ハンセン病療養施設大島青松園の一角には昭和10年に建てられた礼拝堂が現存しています。
f0116479_2364058.jpg

全国5か所に置かれた最初の国立ハンセン病療養施設の一つとして、大島青松園が明治42年に開設されます。有効な治療法が確立されていなかった当時、「療養」とは名ばかりの、実質的には隔離を目的とした施設だった療養所は、園自体が小さな町として整備されていきました。園の北側には様々な宗教の礼拝施設が並ぶ一角が開かれていきます。
f0116479_2375386.jpg

小さな島の礼拝堂とは思えないモダンな意匠の建物です。昭和10年、アメリカン・レプロシー・ミッション(ミッション系の救ライ団体でしょうか?)の寄付で建立されています。
f0116479_239358.jpg

大きな切妻屋根。妻面には十字架のレリーフが付けられています。
f0116479_23112077.jpg

f0116479_23115085.jpg

f0116479_23134418.jpg

f0116479_23143174.jpg

f0116479_23141014.jpg

f0116479_2315876.jpg

f0116479_23154756.jpg

アーチ窓が連続する側壁。張り出したバットレスが並びます。
f0116479_23165658.jpg

f0116479_23172877.jpg

f0116479_23201344.jpg

f0116479_23203280.jpg

玄関に向かい合って建つ柱の上部に鐘楼が組み込まれています。
f0116479_23231728.jpg

f0116479_2324283.jpg

f0116479_23233291.jpg

f0116479_23334299.jpg

f0116479_23243172.jpg

差別的な法規が撤廃され、治療法も確立された今日、強制隔離が行われていた事実は過去の物となろうとしていますが、園内では今尚多くの入所者が静かな暮らしを送っています。
築70年を過ぎても色あせないモダンなこの礼拝堂からは、不当な扱いを強いられていた療養患者達に信仰の場が果たした役割の大きさが伝わってきます。
f0116479_23252076.jpg


by sunshine-works | 2010-08-24 23:46 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(2)