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2009年 12月 21日
おかやま旧日銀ホール<ルネスホール>(旧日本銀行岡山支店)
岡山県岡山市の近代建築その14

岡山駅から続く繁華街の東側、かつて岡山城の丸の内だった一帯は、明治以降、行政機関や文教施設の用地として開発されていきました。
大正11年、この一角に全国で15番目の支店として日本銀行岡山支店が建てられました。設計:長野宇平治
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この場所は、 前4回に亙って紹介した旧岡山医科大学の前身、岡山医学専門学校の校地でした。同校が市内鹿田町へ移転した跡地に鉄筋コンクリート一部煉瓦造、4本のジャイアントオーダーが正面を飾る重厚な建物が竣工します。
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長野宇平治が得意とする古典様式の銀行建築です。古代ギリシア神殿風の三角ペディメントと巨大なオーダー柱はこの建物の大きな特徴で、長野宇平治が設計した日銀支店で最もオーダー柱が際立った建物となっています。この、4本の柱が前面に並ぶスタイルは、後に手掛けた第六十八銀行奈良支店(南都銀行本店)にも受け継がれます。
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コリント式の列柱が並ぶ正面ファサード。一抱え以上ある柱が聳え建つ迫力に圧倒されます。
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正面の腰壁に廻らされた渦巻き模様。
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柱頭を飾るアーカンサスの葉模様
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岡山の県内各地に残る戦前に建てられた銀行建築の中でも、規模と豪華さに於いて随一の建物です。赤煉瓦の建物から始まる日銀の建物の中で、最も古典様式の色彩が高まった時代の代表例と言える建物です。
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by sunshine-works | 2009-12-21 23:12 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 16日
三石の町並
岡山県備前市の近代建築その3

煉瓦の町として発展を遂げた三石ですが、この地区の耐火煉瓦製造は戦後の高度経済成長の終焉に伴ってその勢いを減じ、その後の海外製品の台頭もあって現在の生産量は最盛期の3割にまで低下してしまいました。基幹産業の操業縮小によって現在の三石は寂しい町並みとなってしまいましたが、町のいたる所に往時の繁栄振りを偲ばせる古い建物が残っています。
今回は三石の市街に残る戦前築の建物の幾つかを紹介します。

<旧三石郵便局>
三石駅から西へ伸びるメインストリートに沿って商店や公共施設が並んでいます。栄えていた時代には多くの人々で賑わったであろう中心街の一角に、半ば朽ちかけた建物が残っています。この建物は、現在道の反対側で開局している三石郵便局の前局舎として使われていました。明治43年築。
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地方都市の中心街に数多く建てられた木造・モルタル構造の郵便局舎です。華美な装飾はありませんが玄関周りにはそれなりに意匠を施しています。
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この部分をよく見ると、側面に「三石」、正面側には「〒」が筋彫りされています。
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岡山県内の各都市には使われなくなった郵便局が取り壊されずに空き家のまま残っている例が多いのですが、どの局舎もここと同じ様に状態は芳しくありません。立地に恵まれているだけに、何らかの再利用方は無いものでしょうか。
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<旧三和銀行三石出張所>
旧郵便局をさらに西へ進むと銀行風の建物が現れます。現在は民間会社の事務所として使われているこの建物は三和銀行三石出張所、その後は中国銀行三石出張所として使われていました。昭和14年築。
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小規模な銀行建物ですが、如何にも銀行らしい装いです。中央の玄関部分と両横の窓が垂直方向に強調されたモダンなデザインです。現在の銀行建物でよく見かけるデザインですが、当時の地方都市ではまだ目新しい存在だったのではないでしょうか。
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<その他>
通りには耐火煉瓦関連の事業所が幾つも並んでいます。コーナーに設けられた入り口が特徴的な建物がありました。詳細は不明です。
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通りを折れて坂を上っていくとこのような古い建物や煉瓦壁が幾つも残っています。
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<三石耐火煉瓦>
駅の近くに建つ三石耐火煉瓦の工場事務所。この町の発展の基礎を築いた会社です。
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往時の賑わいは薄れてしまいましたが、この町の煉瓦工場は現在も操業を続けています。
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高い建物の無いこの町で、一際目立つ工場の煉瓦煙突は町のシンボルとなっています。
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by sunshine-works | 2009-07-16 20:35 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 05月 19日
旧網干銀行本店
姫路の近代建築その10

姫路市の南西、揖保川の河口に位置する網干は、漁港として、また内陸部と結ぶ水運の要衝として栄えた町でした。明治以降は臨海部に進出した多くの工場によって工業都市としての色合いを強め、豊かな経済基盤に支えられて発展していきます。今でも古い町並みが残るこの網干の中心部に、大正期に建てられた地場銀行の建物が残っています。現在洋品店として使われているこの建物は大正10年頃の築と言われています。
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山陽電鉄網干駅から南方向、木造家屋が連なる路地にアーケード式の古びた商店街が南北に伸びます。現在は人通りも疎らで寂れてしまった一角ですが、家々の屋根越しに一際目立つ建物が現れてきます。特徴的な丸屋根を持つこの建物は網干銀行の本店として建てられました。
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地方銀行の建物としてはかなりユニークな建物です。当時流行したセセッションの影響を受けたモダンなデザインですが、コーナー部分の円錐屋根は東洋的あるいは中東風でもあります。
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大正時代の建物ですが非常に良く手入れされています。店舗入口がシャッターに改装されている以外、残せる部分は極力オリジナル通りに保たれているようです。個人所有の建物として維持管理するには相当な負担と思われますが、大切に扱われているのが感じ取れます。
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明治以降、各地に乱立していた小規模な地方銀行は段階的に統合されていきます。この網干銀行も昭和初期に姫路を拠点とする三十四銀行に吸収されます。その後もこの建物は行名を数回変えながらも、銀行店舗として昭和40年代まで使用されました。その後は現在の洋品店が入居していますが、この洋品店の歴史も建物の年齢の半分近い40年を越える長い歳月を経ている事になります。
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この建物は狭い商店街に立地し、更にアーケードが前面を塞いでいる関係で全貌を捉えた写真が撮れないのですが、路地から部分的に覗き見えるエキゾチックな姿は、周囲の趣のある建物と一体となった、むしろ味わい深い景色になっています。
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これだけの規模の建物がこの地方都市の小さな商店街に建てられた事は、現在ではなかなか想像し難いのですが、当時は相当栄えた町だったようです。姫路の中心部が発展し、交通アクセスが整備されるに伴って周辺部の小さな町は徐々に寂れていったものと思われます。懐かしさの漂う町並みに残る、この旧網干銀行本店は賑わいでいた往時の雰囲気を今に伝えています。
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by sunshine-works | 2009-05-19 21:02 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 04月 19日
旧第三十四銀行姫路支店
姫路の近代建築その4

城下町を基に発展した姫路の中心市街は、姫路駅から姫路城の間の約1キロ四方の範囲に及びます。碁盤目状の町並みに幾つもの商店街が連なり、地方都市としては規模の大きな商業集積地となっています。
戦前から栄えたこの中心街ですが、空襲によって古い建物の多くは失われ、戦禍を免れた建物もその後の再開発によって殆どが建て替えられてしまいました。姫路の近代建築その4は、姫路の中心部に現存する数少ない戦前築の建物を紹介します。
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現在は医院として使われているこの建物はその後に山口銀行、鴻池銀行と合併して三和銀行となる第三十四銀行の姫路支店として建てられました。大正6年築。
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中心街の北西、商店街から少し離れた静かな一角に建っています。元銀行の建物なのですが、その後医院に改装された為か、一見しただけでは銀行には見えません。
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レンガ構造の建物ですが、正面はモルタルで仕上げています。小さな玄関を中心としたシンメトリーデザインに縦長窓が並びます。規模も小さく、銀行としては控えめな印象です。
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この建物については資料が乏しく、いつから医院として使われているのか不明ですが、掲げられている看板の書体から判断すると比較的古い時期に医院に変わっている様に思えます。
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側面には建築当初の名残りが窺えます。赤レンガ壁に白のラインでアクセントを付け、頂部にメダリオンを飾っています。地味な正面側に比べると側面は華やかな印象を受けます。
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買物客や観光客で賑わうアーケード街を一歩外れると、市街地でもこのあたりは人通りも疎らで、銀行店舗が置かれていた当時とは周囲の様相はだいぶ変わってしまったようです。
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旧銀行店舗を医院に転用した数少ない事例です。これ位の規模であれば個人医院として扱いやすい建物だったのかも知れません。
銀行店舗から医院に転じたこの建物ですが、医院としてもそろそろ限界を迎えている様に思えます。この界隈の変遷を刻む小さな建物はやがて静かにその役割を終え、記憶の中に残って行く事となるのでしょうか。
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by sunshine-works | 2009-04-19 22:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 03月 13日
旧高砂銀行本店
高砂の近代建築その1

加古川市の南に接する高砂市は面積的に狭い市ですが、加古川市と同じように明治以降多くの工場が進出し工業都市として栄えました。市内にはこれらの施設に関連した近代化遺産が数多く残っています。
高砂の近代建築その1は工業都市高砂の発展を支えた地元の銀行建物を紹介します。
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山陽電鉄高砂駅から南へ伸びる幹線沿いに2本のオーダー柱を持つ、重厚な銀行建築が建っています。現在は高砂商工会議所として使われているこの建物は旧高砂銀行の本店として建てられました。昭和7年築。
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統合を繰り返しメガバンクとなった現在の主要銀行ですが、日本に銀行が誕生した明治期は地域毎に地場の銀行が設立され、大小さまざまな規模の銀行が乱立していました。特に兵庫県はその数が多く、日本一銀行の多い県でした。
市や郡単位を営業エリアとするこれら地域銀行は預金量が少なく経営基盤も不安定だったこともあって、徐々に吸収・合併が進められ、やがて現在の都市銀行や地方銀行の基礎となっていきます。新興工業都市として発展を続ける高砂の経済力を背景に設立された高砂銀行も、この建物が建てられた4年後には県下の6行と合併し神戸銀行へと発展していきます。
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銀行建築としてオーソドックスなスタイルですが、財閥系の大手銀行ではない地方銀行の建物としては非常に豪華な造りです。
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2本のジャイアントオーダーに挟まれて銀行らしい重厚な入り口が設けられています。
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高砂銀行、神戸銀行、太陽神戸銀行と移り変ったこの建物は昭和55年に銀行としての役目を終え、その後は高砂商工会議所の建物として使用される事となります。
毎年秋に行われる高砂市のライトアップイベントでは夜空に浮かび上がる美しい姿を見る事が出来ます。
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歴史のある街並みの中心街に位置し、遠くからも目を惹きます。工業都市として発展を続けたかつての高砂の隆盛を象徴する建物として、強くその存在を示しています。
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by sunshine-works | 2009-03-13 20:28 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2008年 12月 27日
旧兵庫農工銀行洲本支店(淡路信用金庫洲本本町支店)
淡路島の近代建築その5

洲本市の中心街、本町通りの一角にピンク色に塗られた古びた銀行が建っています。この建物は旧兵庫農工銀行の洲本支店として昭和10年に建てられました。設計:国枝博
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特殊銀行として全国に設立された農工銀行はやがて勧業銀行に統合され現在のみずほ銀行へ繋がります。兵庫農工銀行洲本支店も竣工後まもなく勧業銀行洲本支店と改められました。この勧業銀行も戦後に撤退し昭和28年からは淡路信用金庫の本店建物に転用されました。
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若干の手直しはされていますが竣工時の姿を良く留めています。古典様式に則ったこの時代の銀行建築の一般的な特徴を備えています。
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現在アーケードとなっている南側が正面です。玄関両脇にオーダー柱が添えられ、入口上部は三角ペディメントで飾られています。
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東側にはオーダー柱はありません。入口も控えめな造りです。この面にはアーケード屋根がない為に軒の装飾や壁面のレリーフが良く見てとれます。
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窓枠は換えられているようですが面格子は当時のものと思われます。
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洲本の中心部であるこの周辺は明治以降多くの商業施設が建ち並びましたが、現存する戦前の建造物は数える程になってしまいました。連絡船で結ばれていたとは言え現在ほど交通アクセスが整備されていなかった当時、明石海峡を隔てた島嶼の一都市がこのような立派な銀行建築が建てられる程に繁栄していた事を今に伝える建物です。
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by sunshine-works | 2008-12-27 05:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2008年 05月 31日
旧兵庫県信用組合連合会(神戸韓国領事館)
神戸中央区の近代建築その50

パールストリートから1本南側、中山手通りに面して建つこの建物は兵庫県信用組合連合会のビルとして昭和4年に建てられました。設計:置塩章。
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兵庫県営繕課長として多くの公共建築を手掛けた置塩章の独立間もない頃の作品です。比較的小さな建物ですが要所要所には様々な装飾表現が施されています。
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正面側は全面にスクラッチタイルが貼られています。タイルは均一で滑らかな貼り方ではなく、煉瓦壁のように凸凹した仕上げになっています。タイルではなく厚みのあるスクラッチ模様の石材かも知れません。
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面格子も良い雰囲気です。
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窓間は付柱で飾られ、軒には細密な蛇腹が廻らされています。
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シンメトリーなデザインの中央に設けられた玄関。
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神戸を拠点に活躍した置塩章ですが、神戸市内に現存する作品はあまり多くはありません。(数で言えば地方の公共建築の方が多いかもしれません)
氏の代表作、旧国立生糸検査所建物の存続が微妙な立場なだけに、良好な状態で残されているこの建物の存在意義は高いと思われます。
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by sunshine-works | 2008-05-31 23:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 23日
旧三菱銀行神戸支店
神戸中央区の近代建築その34

ハーバーロードと栄町通りが交差する大きな交差点に一際目立つルネッサンス様式の建物が建っています。三菱銀行神戸支店として明治30年、曽禰達蔵の設計で建てられました。
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神戸市役所や中央郵便局が置かれ、神戸の中心地区として開発されていったこの一角に進出した三菱銀行神戸支店は、やがて栄町通りが神戸の金融街に発展して行く礎となりました。
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辰野金吾と並ぶ明治の建築界の重鎮、曽禰達蔵の設計です。いかにもこの時代の銀行建築らしい威厳と重厚感のある建物です。
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ハーバーロードに面した正面入口。
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こちらは栄町通りに面した南面
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神戸に現存する大規模な洋風建造物としては最も古いこの建物は、神戸に本社を置くファミリア社の施設(ファミリアホール)として使われています。子供服メーカーの同社らしくコーナーにはさりげなくスヌーピーの像が置かれています。
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重厚な銀行建物をホールとして転用する事例はあまり多くは見られません。この建物の様にある程度大きな建物でないとステージや客席が確保できない事や、内部の改装にコストが掛かる事が理由なのでしょうか。石造りの内部空間は音響効果としては優れている様な気もします。
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by sunshine-works | 2008-03-23 13:02 | 近代建築 | Trackback | Comments(6)
2008年 03月 15日
旧第一銀行神戸支店外壁(みなと元町駅)
神戸中央区の近代建築その32

元町から神戸駅へ繋がる栄町通りは神戸の金融街として多くの銀行が立ち並ぶエリアでした。現在はかっての賑わいは無くなってしまいましたが、往時を偲ぶ建物が地下鉄駅の一部として再生利用されています。現在みなと元町駅の入口となっているこの建造物は、明治41年に辰野金吾の設計で建てられた旧第一銀行神戸支店の外壁を利用したものです。
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辰野金吾は東京駅や日銀の設計者として知られていますが、この建物も赤レンガに白御影石でアクセントを入れる辰野式と言われる様式が用いられています。
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第一銀行が移転した後大林組の社屋として使われていたこの美しい煉瓦造りの建物は阪神大震災で全壊してしまいました。その後この場所に神戸市営地下鉄の駅が造られる事となり、かっての建物外壁を使用した駅舎とするプランが採用されました。
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地下鉄駅の入口は東西に二つ設けられています。こちらは東側の入口。
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西側の入口
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東面の窓には重厚な面格子が取り付けられています。
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表から見ると煉瓦の建造物に見えますが、実際には裏打ちされて直立する壁と言う方が正しい表現です。
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古い建物の外壁を新しい建物の一部として利用する手法はよく使われますが、この様に壁を単独の構造物として使用するのは珍しい事例です。当初建物の原状保存の度合いから言えば最も遠い事になるのでしょうが、余分な物がないだけにかえってオリジナルのエッセンスが強く表現されている様に感じられます。
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by sunshine-works | 2008-03-15 00:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 02月 24日
旧住友銀行神戸支店
神戸中央区の近代建築その27

旧居留地内の近代建築を巡って来ましたが今回から元町から神戸駅にかけての近代建築を探訪していきます。
旧居留地と鯉川筋を挟んだ向かい側に建つこの建物は旧住友銀行神戸支店として昭和9年に建てられました。
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この建物も前回紹介した旧神戸海上火災ビルを手がけた長谷部竹腰建築設計事務所の設計です。大きなアーチを廻らせるデザインは共通していますが、こちらは付柱やアーチの縁飾りに細かい装飾を施し重厚なイメージに仕上げています。
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鯉川筋に面した東側。アーチ型に副えられた飾り柱がクラシカルな雰囲気を醸しています。
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アーチは北面にもありますがこちらはやや小ぶりで装飾も控えめです。
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3連アーチの両脇はこのような窓になっています。
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東面の玄関。入口は他にもコーナー部分と北側に各1箇所設けられています。
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西面はいかにも裏側と言った風情です。
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旧居留地から元町にかけての一帯は多くの銀行が並ぶ地域でした。戦災を生き残った銀行建物もその後の開発や震災の影響でほとんどが建替えられてしまいました。この建物も支店統合で閉鎖された後の行く末が心配されましたがブティックとして見事に再生されました。このような味わいのある建物を活かせるのはやはり商業施設が最適の様に思えます。
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by sunshine-works | 2008-02-24 01:25 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)