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2013年 04月 20日
山陽本線金光駅
備中の鉄道遺産その11

前回紹介した八鹿駅の跨線橋は明治末期から大正中期にかけて全国の鉄道駅に設置された鉄道院規格のものですが、多くの鉄道遺産が残る岡山県にもこれと同種の跨線橋が2例現存します。
今回はそのうちの一例、金光駅に残る大正期の跨線橋を紹介します。
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山陽本線金光駅は明治34年に前身の山陽鉄道の駅として開業。当初は金神駅の名称でしたが、金光教の本拠に因んで後年に金光駅に改称されます。
駅舎本屋は改装が加えられていますが、基本構造は開業当初のまま。建物財産標も開業年度と同年の表記です。
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金光駅の跨線橋は大正4年製、製造元は横川橋梁製作所。
この跨線橋も八鹿駅柏原駅とほぼ同じ仕様、門柱や支持架の形状は全く同じ様に見えます。全国に残る鉄道院時代の跨線橋はどれも共通の規格で造られていたようです。
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各地に残る鉄道院の跨線橋の多くは他所で不要となったものを移築していますがこの金光駅にはそのような記録が無く、もともとこの駅に設置されていたもののようです。
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3面あるホームのうち鋳鉄製の跨線橋が残るのは1番線と2・3番線の2面。
金光教の行事の時だけ使用される4番線は後年の増築です。
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跨線橋の他にもう一つの鉄道遺産として伝わるのが古レールを再利用した上屋支柱。
使われているレールは多様で、明治階から昭和前期に輸入されたヨーロッパやアメリカ製のレールの他に八幡製鉄製の国産レールが確認されます。
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2.3番線ホームの上屋支柱には明治期に少数が輸入された双頭レールが使われています。
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ローカル線区の因美線や津山線に比べると主要幹線の山陽本線は改修が頻繁に行われ、多くの駅が高架駅に建て直されました。
今日県内の山陽本線で古い鉄道施設が残るのは県の東西の数駅に過ぎませんが、その中でもこの金光駅は貴重な遺構が数多く、古き時代の山陽本線駅舎の姿を今に伝えています。
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by sunshine-works | 2013-04-20 23:58 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 15日
山陰本線八鹿駅
但馬の鉄道遺産その5

前回紹介した養父駅から1駅、養父市の中心駅八鹿駅には昭和9年に建てられた駅舎本屋が現存します。
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明治41年、播但線の延伸に際し旧八鹿町(開業当時は八鹿村)の中心駅として設置されました。
養父駅は小規模で素朴な駅舎でしたが、江戸期より水運と街道の交点として賑わい、生糸の集積地でもあった八鹿の駅舎は地方ローカル駅としては大きな規模の駅舎を構えます。
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木造平屋建、切妻屋根、壁面上部をモルタル仕上げ。建物中央には三角破風を立上げ、やや左に寄せた入口の右手に星型の飾り窓を配します。
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この時期の駅舎にはこの位置に飾り窓を配置する例が幾つかありますが、殆どは丸窓で、このような星型の窓は極めて珍しいものです。
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現在の駅舎が建てられた昭和9年当時、八鹿町は大正期に操業を開始したグンゼ八鹿工場の企業城下町として賑わいを呈していました。モダンな駅舎は発展する町の拠点に相応しい近代的な意匠となりました。
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ホームは2面3線、対向ホームへは跨線橋を渡ります。
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現在の跨線橋は昭和30年に設置されたものですが、この跨線橋は元々は京都府の福知山駅に明治40年に設置されたもので、架け替えに伴って不要となった跨線橋を再利用しています。詳しくはコチラを御覧ください。
このように不要となった旧跨線橋を再利用する事例は数多く、各地に現存する明治・大正期の跨線橋の過半は他所から移設されたものです。
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下半分が角柱、上部に円柱を継いだ形状はこの時代の鋳鉄製支柱に共通のもの。
以前紹介した丹波の柏原駅の跨線橋も全く同じ規格です。
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対向ホームを眺めます。
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跨線橋本体は設置された昭和30年当時のもの。トラス構造のフレームで支えます。
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反対側ホームの支柱。「明四十」、「鉄道新橋」の文字が読み取れます。
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グンゼの工場が閉鎖された現在は乗降客も少なく、往時の賑わいはすっかり無くなってしまいましたが、モダンな駅舎はこの町の往時の隆盛を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-04-15 22:24 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 10日
山陰本線養父駅
但馬の鉄道遺産その4

和田山駅から1駅、養父市東部に小さな駅舎を構える山陰本線養父駅は明治41年の開業。兵庫県内の山陰線駅舎の中では最も古い駅本屋が現存します。
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朝来市と豊岡市の間に位置する養父市は周辺町村の合併によって平成16年に発足します。
市の東部にあるこの駅は駅名称に市名を冠していますが、養父市の中心駅は隣の八鹿駅で、この養父駅周辺は街区も小さく典型的な地方駅の趣が残ります。
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装飾表現が殆ど無い極めて簡素な意匠。外装の殆どが張替えられている為、100年を越える駅舎にしては然程古さを感じさせませんが、基本的な骨組みと基礎は竣工当時のまま使われています。
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養父駅の見所とも言えるのが、竣工当時の姿を留める小さな待合室と発券窓口。
委託駅となった現在も窓口業務に使われています。
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待合室を抜けてホームへ。
屋根から繋がる庇を南側に張出します。
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ホームに設けられた待合所。戦後間もない頃の築年です。
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山陰本線に現存する木造駅舎の中でも明治期の駅舎は数少なく、この養父駅は当時の素朴な地方駅舎の姿を伝える資料として貴重なものとなっています。
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by sunshine-works | 2013-04-10 23:59 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 05日
旧和田山機関庫
但馬の鉄道遺産その3

朝来市の中心駅和田山駅の北側、線路際の空地に古い煉瓦建造物が残されています。
この建物は明治45年に機関庫として建てられ、その後倉庫として使われました。
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明治末期に播但線と山陰本線の接続駅となった和田山駅は山陰・播磨・京都大阪方面の三方を結ぶ拠点として重要な役割を担います。
これに併せて和田山駅の構内には機関庫、転車台、給水塔等の施設や管理建物が建てられ、規模は小さいものの機関支区としての概要が整えられます。
この機関庫は両線が交わった明治44年の翌年に竣工、以来80年に渡り県北部の鉄道網の支えとしての勤めを果たしました。
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煉瓦造平屋建て、切妻屋根の当時の標準的な煉瓦建物。南面の東半分を手前に張出します。
バットレスで区切られた各面には縦長のアーチ窓を配し、窓の上部を切石で飾っています。
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両側の妻面に2線のアーチ形開口部が並びます。
西面の開口部はシャッターで閉ざされていますが、東面は空け放たれた状態。内部を窺う事が出来ます。
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柵の外から内部を写します。
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この線区の蒸気機関車は昭和47年に廃止されますが、機関庫は車両整備工場として残され、平成3年まで使われます。
その後長く元の姿を留めたまま放置されていましたが、最近になって屋根が取り外されてしまいました。
修復するのか解体するのか気になるところですが、平成25年4月現在工事に掛かる様子もなく、中途半端な姿を晒しています。
撮影した平成21年当時は屋根も健在、内部は機関庫として使われていた当時の名残を良く留めていました。
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使われなくなって約20年、窓は破れ雑草が繁茂していますが建物自体は然程劣化た様子もなく、つい最近まで現用施設であったかのようです。
元々が身綺麗に整えられていた建物では無いので風合いの変化を実感させないのかもしれません。
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機関庫の西側に残る給水塔。これも同時期に建てられたもののようです。
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各地に残る機関庫の中では大規模な扇型機関庫の幾つかが歴史的価値を認められて保護されていますが、このような小規模な機関庫は話題に上ることも無く、いつの間にかその姿を消しているのが現状です。
この和田山機関庫は煉瓦造の矩形機関庫の優れた現存例であり、貴重な鉄道遺産として伝えるべきものと思います。
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by sunshine-works | 2013-04-05 22:42 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(4)
2013年 02月 27日
土讃線伊豫川橋梁
徳島の鉄道遺産その7

第一吉野川橋梁を過ぎた下り土讃線は阿波川口の東で支流の伊豫川を越えます。
ここに架けられた伊豫川橋梁は戦後に架け替えられたものですが、中央のトラス部分には大阪環状線で使われていた大正期の桁が転用されています。
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駅前から続く街区の外れ、吉野川と伊豫川が刻んだ谷を眼下に対岸のトンネルへと桁が渡っていきます。
最大径間を渡る箇所に上路ワーレントラスが1連、その前後に計8連の鋼プレートガーダーが繋がるこの伊豫川橋梁は橋長200メートルを超える大きな橋として昭和25年に掛け替えられました。
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現在の土讃線は阿波川口駅の南を吉野川に沿って進み、分岐する伊豫川を越えて山越谷トンネルに向かいますが、この山越谷トンネルを抜けるルートは昭和25年に新設されています。
それまでの路線は屈曲する吉野川に沿った険しい崖を縫うように敷かれており、伊豫川を渡るこの箇所に架けられていた旧橋も川の形状に合わせて桁自体にカーブが付けられたものとなっていました。
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最大径間に渡された平行弦トラスは大正元年に旧鉄道省によって架けられた大阪環状線の澱川(淀川)橋梁を転用したもの。その前後のプレートガーダー桁は昭和25年の掛け替え時に設置されたものです。
路線の変更に伴って架橋位置は西寄りに変更され、新たに設置された橋脚が桁を支えます。
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新橋の隣には旧線時代に使われていた橋脚がそのまま残されています。
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阿波川口駅方の橋桁。吉野川の川岸に沿って桁が渡されます。
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by sunshine-works | 2013-02-27 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 23日
山陰本線鳥取県内区間の橋梁
鳥取の鉄道遺産


前回は山陰本線鳥取県内区間の木造駅舎を紹介しましたが、開業100年を超えるこの区間には他にも貴重な鉄道遺産が残ります。
鳥取以西の区間は本線とは言うものの運行本数も少なく、また未だに非電化・単線のままで置かれており、この為現在も多くの橋梁が古い規格のまま使われています。
今回は鳥取から下市までの区間に残るこれら古い鉄道橋梁を紹介します。
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鳥取市の西部、青谷駅西に位置する勝部川橋梁。
橋梁と名がありますが、実際には畑の中に半ば埋もれた状態で置かれています。この東側に新勝部川橋梁が架けられている事から、河川の付け替えで流路が変わって橋だけが残されたものと思われます。
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土に埋もれていますが、よく見ると橋脚は切石が詰まれています。コンクリートの傘石が乗せられている形状から、大正期から昭和初期に設置されたもののようです。
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橋台にも同様の切石が確認出来ます。
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線路は日本海沿いの狭い平地と丘陵の境を幾つものトンネルで抜け、平坦部では築堤上を進みます。
このような箇所には道路や水路を通す拱渠と呼ばれるトンネルを設けますが、泊駅西に残るこの煉瓦拱渠は相当に古く、明治の開業時のもののようです。
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草に覆われていますが、近寄って見ると入口周りには4重の煉瓦アーチが巻かれています。
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煉瓦を用いた入口周りと対照的な内部。岩肌にセメントらしきものを塗布しただけの簡単な仕上げです。
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由良~浦安間で加勢蛇川を渡りますが、現在の加勢蛇川橋梁の傍には旧橋で使われていた煉瓦橋台が残されています。開業時の橋脚にはこのような煉瓦構造物が多く使われていたと思われます。
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浦安~八橋間の洗川橋梁。昭和10年架橋。
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下市~中山口間の甲川橋梁。開業時に設置された石積橋脚が残ります。
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by sunshine-works | 2013-02-23 21:32 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 19日
山陰本線鳥取県内区間の木造駅舎
鳥取の鉄道遺産

山陰本線の鳥取県内区間の歴史は明治35年の境港~御来屋間の開業に始まり、翌年に倉吉まで延伸、更に明治41年の鳥取駅延伸を経て明治末年に県内区間が全通します。
海岸線に沿って長閑な景色の中を走るこの区間には主要都市にこそ近代化された駅舎が置かれるものの、多くの駅は昔ながらの小さな木造駅舎が今尚使われています。
今回は県東部の岩美から西部の下市までの区間に残る木造駅舎を紹介します。

岩井温泉の玄関駅となる岩美駅。明治42年の開業時の駅舎が残ります。
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多くの観光客で賑った駅に相応しく玄関周りの意匠に風格が漂います。
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ホームも基本的な部分は開業時のままの様子。向かい側の待合室は後年の築と思われますが、かなり古いもののようです。
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鳥取と倉吉の中間に位置する浜村駅。この駅も最寄の浜村温泉、鹿野温泉への窓口となっています。
近年に壁面の張替えや入口の改修が行われていますが、開業時に建てられた駅舎が使われています。
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西隣の青谷駅。昭和15年の財産標が貼られていました。
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由良駅の開業は明治36年。現在の駅本屋は昭和11年に建てられました。
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浦安駅も由良駅と同年の開業。改修されていますが、開業時の駅舎が残されています。
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尖った庇の破風が特徴の赤崎駅。駅舎本屋の築年は昭和11年。
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下市駅も明治36年の開業。この下市駅も開業当時の駅舎本屋が残ります。
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by sunshine-works | 2013-02-19 21:11 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 15日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その2
備中の鉄道遺産その10

前回に続いて岡山~倉敷間に残る山陽本線開業時の遺構を紹介します。
庭瀬駅周辺から中庄駅にかけての区間は水路や小川が細密に廻らされており、線路はこれらを小さな橋梁で越えていきます。
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短い物で2~3メートル、長いものでも10メートル未満。
当然ながら橋脚は持たず両側の橋台で桁を支持します。
これらの多くにはIビーム桁と呼ばれる小規模橋梁に多用される形式の桁が使われています。
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足守川を越える為に線路は高さを上げて築堤を進んで行きます。
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庭瀬駅の西で足守川を越えます。この矢部川橋梁の橋脚はすべてコンクリート製。大正期の複線化工事で設置されたものと思われます。
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足守川の西岸から中庄駅までの区間にも開業時の煉瓦構造物を持つ橋梁が確認できます。
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中庄駅を過ぎて程なくすると一旦線路は高架に上がります。
この先の区間は後年の改修が多く、開業時の遺構は見られなくなりますが、西阿智駅西側の旧線区間には現役当時の名残となる構造物が現存します。
高梁川を渡る手前のこの区間は昭和61年に路線の付け替えが実施されましたが、住宅街の一角には撤去されずに当時の姿を留める巨大なコンクリートの塊が置かれています。高梁川を越える築堤へ上る高架桁の橋台として使われていました。
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高梁川に差し掛かる直前で線路は小さな水路を跨ぎます。
抗口は戦後に築かれたコンクリート製の物ですが、この奥には明治期のものと思われる煉瓦アーチのトンネルが残されています。
当初単線で敷かれた線路を複線化した際にコンクリートでトンネルを延長したものと思われます。
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by sunshine-works | 2013-02-15 23:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 11日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その1
備前の鉄道遺産

明治21年に兵庫~姫路間を延伸開業した山陽鉄道の路線は、明治23年に岡山県東端の三石まで到達し翌24年には広島県福山までの区間が開通します。
県内最古の鉄道路線として120年を超える歴史を持つこの山陽本線は、その後改修・架け替えが頻繁に行われていますが、幾つかの箇所には竣工当時の鉄道施設が連続して現存する区間が残っています。
今回と次回は岡山~新倉敷間に残るこれら山陽本線の鉄道遺産を紹介します。
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岡山駅西方の北長瀬から新倉敷駅手前の西阿智までの区間は開業以来路線の変更が無く、路盤も高架化されずに今日に至ります。
この区間に点在する中小規模の橋梁や跨道橋の多くにはイギリス積の煉瓦構造物や花崗岩の下部構が現存しており、明治中期の開業時の貴重な遺構が今尚現用で使われています。
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岡山駅を発した下り山陽本線は北長瀬駅の西で白石川を渡ります。
この橋の前後の箇所には線路が川の土手を越えるために築堤が築かれ、道路を跨ぐ箇所には小さな跨道橋が設けられます。
白石川手前のこの小さな橋は乙一久川橋梁と名称がありますが、現在は跨道橋として使われています。
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当初単線で敷かれた山陽本線は大正期に複線化されます。大正期の複線化工事に際しては主にコンクリートが使われ、明治期の構築物の南側に並んで設置されています。
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北面には花崗岩の布積翼壁が当時のままで残ります。
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土手を越えた線路が白石川を渡ります。この白石川橋梁にも開業時に設置された橋台や橋脚が残されています。
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明治期の橋脚が上り線として使われている北側の線路を支えます。橋脚は煉瓦を積み、脇を花崗岩で補強しています。
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さすがにプレートガーダーは当初のものから架け替えられていますが、大正期と思われる古い規格のものが使われています。
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煉瓦の橋台。上部のコンクリート部分は後年の改修跡でしょう。
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白石川を渡って庭瀬駅までの区間にも小さな橋梁が続きます。
この区間も上り線の橋台部分に開業時のイギリス積煉瓦が現存しています。
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このような小さな橋梁はこの先の区間にも数多く設けられており、その多くに開業時の構造物が残されています。次回は残りの区間のこれら遺構を紹介します。
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by sunshine-works | 2013-02-11 17:25 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 07日
播但線竹田駅
但馬の鉄道遺産その2

新井駅から北へ2駅進んで竹田駅へ。この竹田駅にも播但線延伸開業時に建てられた木造駅舎が現存しています。明治39年築。
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朝来市の北部、旧和田山町の一部だった竹田は国史跡に指定されている竹田城跡で知られ、今も古い家々が残ります。
駅舎はこの町並みに合わせたように伝統建築の意匠で建てられています。
屋根や外壁は都度補修や改装が行われ然程古さを感じさせませんが、概ね開業時の姿を留めています。
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東を正面に建つ駅舎本屋。地方線区の途中駅にもかかわらず構えが大きく、立派な造りの駅舎です。
黒壁・黒瓦と漆喰壁の取り合わせや建物の全幅に掛けられた瓦葺きの庇は他の播但線駅舎には見られない特徴です。
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入口からホームへ1直線に抜けます。
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ホームは2線2面。新井駅と同様にかつては3線2面構成でした。
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反対側のホームから眺めた駅舎本屋。こちら側も大きな庇が掛けられています。
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ホーム中央に設けられた木造の待合室。昭和15年の財産票が貼られています。
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兵庫県内に現存する木造駅舎の中でもこの竹田駅は規模が大きく且つ趣のある意匠を備えた優れた鉄道遺産として貴重です。
築100年を超えて伝わる駅舎が歴史ある町並みに馴染みます。
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by sunshine-works | 2013-02-07 23:41 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)