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2013年 12月 15日
山陽本線旭川橋梁
備前の鉄道遺産

下りの山陽本線は、岡山市街へ差し掛かる手前で岡山三大河川の一つ、旭川を渡ります。
この旭川橋梁の上り線には開業時の煉瓦積橋脚が今尚現役で使われています。
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旭川下流の広い川幅を渡るプレートガーダー。
250メートルの桁長を短い間隔で並ぶ橋脚が支えます。
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手前側が開業当時の煉瓦橋脚、奥側が複線化された大正12年に架けられたコンクリート橋脚。
山陽鉄道は明治39年に国有化されていますので、コンクリート橋脚は鉄道省時代のものとなります。
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煉瓦橋脚にはこのように花崗岩で縁が補強されています。
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下り線を支える大正期のコンクリート橋脚。
楕円形断面の当時の一般的な形状のものです。
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プレートガーダーは大正12年の複線化に伴い架け代えられたもの。
古い橋脚に合わせる為、従来規格のものより桁高を下げた仕様となっています。
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by sunshine-works | 2013-12-15 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)
2013年 12月 10日
山陽本線吉永~上道間の鉄道橋梁
備前の鉄道遺産

山陽本線の前身となった山陽鉄道の岡山延伸は明治24年。
3月に兵庫県西部から岡山駅までが開通、次いで倉敷、笠岡と延伸を重ね、同年中に県内区間が全通します。
重要幹線としての役割を担ったこの山陽本線は、その後に路線の付け替えや改修を重ねた為、現存する開業時の遺構の多くが失われていますが、県東部の区間には当時の面影を留める橋梁が点在しています。
以前には三石駅周辺の煉瓦拱渠を紹介しましたが、今回はその先の吉永~上道駅間の煉瓦・石積橋梁を紹介します。
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吉永駅と和気駅の中間で渡る日笠川橋梁。橋脚や橋台の一部に、開業時の煉瓦構造が使われています。
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煉瓦橋梁が残るのは上り線として使われている上流側。下流側にコンクリート橋脚が並びます。
その上に渡される橋桁は開業当時のものではありませんが、鉄道省の銘板が貼られた古い規格のものです。
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橋を渡って暫らくは築堤の上を進みます。
この区間には道路や河川を通す拱渠や架道橋が続きます。
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花崗岩の切石を積んだ拱渠。
同じ山陽鉄道時代の工区ですが、煉瓦積み・石突積みの双方が混在しています。
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川田川を渡る橋梁にも石積みの橋台が使われています。
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上り線側が煉瓦、その後に拡幅された下り線側にはコンクリートの擁壁が並んでいます。
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瀬戸駅近くの馬渡川橋梁。
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その先の区間にも小さな架道橋が連続します。
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瀬戸駅と上道駅中間の半円アーチの架道橋。
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百田川架道橋、一ツ木川橋梁へと進んで岡山の市街地へ。煉瓦・石積み橋梁はここで一旦途切れます。
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by sunshine-works | 2013-12-10 19:13 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 05日
山陽本線熊山駅跨線橋
備前の鉄道遺産

鉄道院の跨線橋を3回続けて紹介しましたが、岡山県東部、赤磐市の熊山駅にも鉄道院時代の跨線橋支柱が現存します。
この跨線橋は当初山陽本線の瀬戸駅に設置されていたもので、昭和35年に移設されています。
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明治45年の瀬戸駅開業時に設置された跨線橋。
支柱には「鉄道院」「明治45年 横川橋梁製作所」の銘が刻まれています。
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岡山県内にはもう一例、山陽本線金光駅に鉄道院の跨線橋(大正4年)が現存しますが、金光駅の跨線橋も横川橋梁が製造しています。
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跨線橋の全景。
屋根は葺き替えられていますが、外壁は明治期の姿を留める羽目板仕様のままです。
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支柱の側面と背面。
構造や部材はこれまでに紹介した鉄道院の跨線橋と全く同じです。
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跨線橋内部の様子。
岡山県内では数少ない板貼りの跨線橋です。
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by sunshine-works | 2013-12-05 23:52 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 30日
山陰本線竹野駅跨線橋
但馬の鉄道遺産その6

前2回に於いて、徳島線石井駅蔵本駅に残る鉄道院時代の跨線橋を紹介しましたが、兵庫県豊岡市の山陰本線竹野駅にも同種の跨線橋が現存します。製造年度は明治44年、鉄道神戸製造。
当初からのものではなく、福知山線の篠山口駅から昭和43年に移設されています。
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鋳鉄製の支柱はおなじみの鉄道院規格。
「鉄道院」の表記が無く、製造年度と製造所の銘が1面に2列で表記されているのは山陰本線八鹿駅に同じ仕様のものが見られます。
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明治期のもので現存するのは支柱と鉄骨のフレームのみ。外壁や屋根材は波板、階段もコンクリートに代えられています。
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側面と背面の詳細です。
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改札上屋や駅舎本屋も開業時から伝わる古いもの。財産標には明治44年の表記があります。
他所から移されてきた跨線橋とこの駅舎とは、偶然にも同じ年に造られています。
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駅舎正面。モルタル壁はおそらく後年に塗布されたもの、窓や扉もサッシに替えられていますが、基本構造は開業当時のままで使われています。
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by sunshine-works | 2013-11-30 23:54 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 25日
徳島線蔵本駅跨線橋
徳島の鉄道遺産その12

徳島市西部の蔵本駅の開業は明治32年。徳島鉄道が開通して9ヶ月後に設置されています。
この蔵本駅には、現存例として四国最古の鋳鉄製跨線橋支柱が使われています。
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前回紹介した石井駅と同じ鉄道院規格の支柱。
「明治43年」「鉄道院」「横川橋梁株式会社」の銘が確認できます。
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この蔵本駅跨線橋も石井駅の跨線橋と同様に、当初からの羽目板壁や木製の階段踏板の仕様が保たれています。
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補修、改修が施されていますが、駅舎本家も開業以来のものです。
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程よく手入れされた跨線橋内部。
蔵本駅跨線橋は当初の設置場所で使い続けられる明治期の跨線橋として、全国的にも数少ない事例となります。
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by sunshine-works | 2013-11-25 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 20日
徳島線石井駅跨線橋
徳島の鉄道遺産その11

徳島線の前身、民営の徳島鉄道の開業は明治32年。徳島から鴨島間に5駅が設置されました。
この5駅の一つ、石井駅には大正4年製の跨線橋が今も使われています。
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2面を結ぶ跨線橋に使われている鋳鉄製の支柱。「大正4年」「鉄道院」「汽車製造株式会社」の刻印が読み取れます。
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跨線橋の仕様は、各地に現存する鉄道院時代のものと同じ造り。組上げたフレームの上に羽目板壁を張ったもの。
古い跨線橋の中にはフレーム以外を大幅に改修したものが少なくありませんが、この石井駅はほぼ設置当時の状態で使われています。
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遠方からの全景。
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対向ホームから眺めた駅舎本屋。建具や壁材が変更されていますが、基本構造は開業時の姿を留めています。
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木製階段を上って跨線橋内部へ。全国的にも希少な設置当初の仕様のまま使われている跨線橋です。
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by sunshine-works | 2013-11-20 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 15日
徳島線鮎喰川橋梁
徳島の鉄道遺産その10

徳島市西部の鮎喰~府中間で徳島線は吉野川支流の広い河川敷を渡ります。
この鮎喰川橋梁も前回紹介した川田川橋梁と同時期に架けられたものです。
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川幅300メートルを超える鮎喰川を楕円橋脚が支える20連のプレートガーダーが渡ります。
桁の形式は川田川橋梁と同じポーナル桁、楕円橋脚は大正期以降のコンクリート橋脚に見えますが、竣工時の煉瓦橋脚にコンクリートを被せて補強したもので、元々は川田川橋梁と同じタイプの煉瓦橋脚が使われていました。
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広い川幅に等間隔で並ぶ橋脚。
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橋脚のすべてがコンクリートで補強された楕円形状のもの。この補強工事は昭和11年に実施されています。
この例から察すると、現存する古い時代のコンクリート橋脚の中には、このように煉瓦あるいは石積の橋脚にコンクリートを巻きたてて使われているものが数多いのではないでしょうか。
見た目には当初からコンクリートで造られた橋脚と殆ど見分けが付きません。

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徳島鉄道時代の橋梁に使われていたポーナル桁。
イギリス製のポーナル桁や鉄道院規格のものとは異なる、徳島鉄道独自のものです。
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by sunshine-works | 2013-11-15 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 10日
徳島線川田川橋梁
徳島の鉄道遺産その9


穴吹川橋梁を渡って東へ進んだ徳島線は、川田~阿波山川間で吉野川支流の川田川を越えます。
この地点に架けられた川田川橋梁も開業当時の姿で今も使われています。
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前回紹介した半田川橋梁・穴吹川橋梁が架けられたのは徳島線の最終工区で、同区間の開業は大正3年。
延伸工事は徳島鉄道を買収した鉄道院によって進められました。
これに対し、この川田川橋梁を含む区間は旧徳島鉄道時代に延伸されたもので、年代(およそ10年の差)や運営主体の違いから、橋梁の形態は前者と大きく異なるものとなっています。
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煉瓦橋脚の形は、上流側の先端を尖らせた長5角形。上段が1段細く、その上に傘石を重ねます。
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鋭く尖った先端部。流下物が橋脚に絡まなくする為のものです。
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同じ面を反対側から。
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この川田川橋梁が架けられたのは明治33年。
当時の鉄道橋梁は北海道を除くとイギリスの規格が使われており、この橋梁にもポーナル式と呼ばれる古い橋桁が用いられています。
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ポーナル桁の特徴を示す先端が折れ曲がったステッフナー。
明治中期に導入されたポーナル桁の現存例は全国的にも然程多くはありません。
古い鉄道施設が数多く残る四国でも少数ですが、徳島県内にはこの川田川橋梁の他に数例が確認出来ます。
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110年を超えて現役の橋桁と橋脚。
ローカル仕様の古い気動車が渡っていきます。
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by sunshine-works | 2013-11-10 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 05日
徳島線半田川橋梁/穴吹川橋梁
徳島の鉄道遺産その8

吉野川に沿って徳島県内の東西を結ぶ徳島線は、明治期に設立された民営の徳島鉄道の路線がその母体となりました。
現在のJR四国の路線の中で、旧讃岐鉄道が元となった土讃線、予讃線に次いで古い歴史を持つこの徳島線は、国鉄時代には本線に分類されていたものの、ローカル線区の色合いが強く、沿線には開業時に設置された古い鉄道施設や駅舎が数多く現存しています。
今回から数回に亘り、この徳島線に残る橋梁、駅舎を紹介します。
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阿波半田駅の西方で徳島線は吉野川支流の半田川を渡ります。
川面から高い位置に架かかるこの橋梁には、開業当時の煉瓦橋脚が今尚使われています。
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明治32年に開業した徳島鉄道の路線は西への延伸を重ね、国有化された後の大正3年に阿波池田まで繋がります。この半田川橋梁はこの延伸時に架橋されたものです。
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プレートガーダーを支える橋脚は三基、表面に煉瓦を組んだ円柱形状の橋脚は、この時代に架けられた鉄道橋梁で広く使われていました。煉瓦積みの円柱橋脚としては、当ブログで紹介した山陰本線陸上橋梁の橋脚と極めて良く似ています。
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穴吹駅の東方に架けられた穴吹川橋梁も半田川橋梁と同様に、川田~阿波池田間の延伸に併せて設置されました。この穴吹川橋梁にも半田川橋梁と同じ煉瓦の円柱橋脚が使われています。
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橋脚の数は9基。半田川橋梁と良く似た形状ですが、上部に傘石が乗せられている所が異なります。
おそらく後年の補修と思われますが、川中の5基は基部がコンクリートで補強されています。
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by sunshine-works | 2013-11-05 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 30日
山陰本線下市川橋梁・名和川橋梁
鳥取の鉄道遺産

前回は山陰最古の駅舎として御来屋駅を紹介しましたが、この御来屋を挟んだ東西には明治期の古い橋脚が桁を支える鉄道橋梁が2橋架けられています。
明治35年の境港~御来屋間の開通とその翌年の延伸時に設置されたこの2橋に使われているのは現存する鉄道橋脚として山陰最古のものと思われます。
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御来屋~下市間の下市川橋梁。中央の小さな流れとその脇の道路を跨ぎ越すように橋が架かります。
2本の橋脚と両側の橋台は切石を積んだもの、擁壁も切石を布積にしたものです。
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両側の高さに合わせて高い位置に渡される桁。強度を保つ為に橋脚の太さは三段階に詰まれています。
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土手を覆うように積み上げられた橋台。
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下市~名和間に架かる名和川橋梁。明治35年開業区間の橋です。
橋脚が1本である以外は下市川橋梁とほぼ同じ規模ですが、この橋脚は縁を切石で補強したレンガ積みです。
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明治期に開通した山陰本線の橋梁にはレンガ積のものと石積のものが混在しています。、これより後年の工区の橋梁にもレンガ橋脚が使われている事から、年代的な区分けがあったとも言えず、明確な基準は不明です。
このようなレンガ・石積橋脚は大正期を迎えると徐々に竣工数は減り、昭和以降はコンクリート橋脚が主流となっていきます。
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両側の橋台もレンガ積みです。
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山陰本線にはこのような古い鉄道施設が今尚現役で使われていますが、とりわけこの御来屋駅周辺の遺構は当時の姿を良く縮めており、貴重な鉄道遺産となっています。
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by sunshine-works | 2013-04-30 23:04 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)