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2014年 07月 10日
山陰本線 竹野~居組間の鉄道施設1
但馬の鉄道遺産その8

前回は、但馬に現存する大正期のラチスガーダー桁を2例紹介しましたが、但馬の山陰本線区間には、他にも多くの鉄道遺産が残されています。今回と次回はこれらの鉄道施設を紹介します。
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竹野駅~佐津駅の途中、山陰本線が日本海に出た先の築堤下を抜ける拱渠。小さな川と人道が通されています。
内壁も含めてすべて煉瓦積み。同区間開通時(明治末)の築と思われます。
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西隣の濱須井集落にある拱渠。先程の切浜拱渠と同規模。仕様も良く似ています。
この様な煉瓦拱渠は明治大正期に敷設された路線に用いられましたが、その後の路線付け替えや改修によって大半が失われています。山陰本線には今尚この種の煉瓦拱渠が多く残されており、当時の姿を今に伝えています。
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西へ進んで程なく、煉瓦の橋台が残る第一相谷川橋梁。橋桁は後年に架け替えられていますが、煉瓦構造物は開通当時のものです。
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香美町の安木川橋梁も開業当時の煉瓦橋脚、橋台が現存します。
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訓谷集落の小さな橋梁。架け替えられたコンクリート橋桁を明治期の煉瓦橋台が支えます。
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佐津駅手前に架けられた佐津川橋梁。煉瓦橋脚と並んで多用された当時の石積橋脚が現存します。
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by sunshine-works | 2014-07-10 23:51 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 05日
山陰本線竹野川橋梁・田君川橋梁
但馬の鉄道遺産その7

山陰本線の兵庫県内区間には古い鉄道施設が数多く残されていますが、この中に全国的にも希少な形式の橋桁を持つ2橋が現存します。
豊岡市竹野町の竹野川橋梁と新温泉町浜坂の田君川橋梁には、全国で3例のみとなったラチスガーダー桁が今尚使われています。
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竹野駅南方に架けられた竹野川橋梁。5連のプレートガーダーが渡ります。
ラチスガーダーは、竹野駅側から2連目の桁に用いられています。
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ラチスガーダーは、従来の鋼板の代わりに、斜めに組んだ鋼材を桁としたもの。
第一次世界大戦の影響で欧米からの大型鋼板の輸入が途絶えた大正後期に開発され、一部で代替的な役割を果たしたものの、その後は廃れていきました。
現存するのは但馬のこの2橋と山口県の1例のみとなります。
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ラチスガーダー桁は大正期の拡幅時に設置されたもの。橋脚もこの桁を挟んで異なった仕様となっています。
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浜坂駅の東に架けられた田君川橋梁。2連のガーダーの片側にラチスガーダーが用いられています。
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田君川橋が架けられたのは同区間が開通した明治45年。
このラチスガーダー桁も竹野川橋梁と同様に大正期に増設されたもので、規模や形状は殆ど同じです。
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もう片方の桁は開業時に設置されたもの。煉瓦積みの橋台も当初からのものです。
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by sunshine-works | 2014-07-05 23:55 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 30日
牟岐線赤石川橋梁
徳島の鉄道遺産その17

勝浦川橋梁を越え、小松島市を下る牟岐線は、阿波赤石駅の手前で小さな川を渡ります。
この地点に架けられている赤石川橋梁には同区間が開通した大正5年当時の橋脚、橋桁が今尚現役で使われています。
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駅の南側、小松島湾に注ぐ赤石川の河口に架けられたプレートガーダー桁。
川中に据えられた3基の橋脚と両岸の橋台が支えます。橋脚は当時一般的な煉瓦積み、橋桁は古い英国式のポーナル桁が使われています。
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橋脚上を渡るポーナル桁。赤石川橋梁が架けられた大正初期のプレートガーダー桁の主流はアメリカ規格の桁に移行していましたが、この橋には明治中期に導入された英国規格の桁が使われています。
開設時に新造されたものか、他所からの移設かは不明ですが、耐加重に劣るこの形式でも、地方路線故に問題とされなかったのかもしれません。
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特徴的なポーナル桁の細部。津山線に導入された輸入桁や、徳島線鮎喰川橋梁のものとは異なり、細かい感覚で補鋼材が並んでいます。
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by sunshine-works | 2014-06-30 23:47 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 25日
牟岐線勝浦川橋梁
徳島の鉄道遺産その16

徳島市の南部、牟岐線が小松島市との境を流れる勝浦川を渡る地点には、同区間が開通した大正2年に築かれた煉瓦橋脚が現存します。
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前回紹介した富田川橋梁と同じく、阿波国共同汽船が敷設した徳島と小松島港間の連絡鉄道の遺構。
270メートルを超える広い川幅を上路プレートガーダーが渡っていきます。煉瓦橋脚は開通時からのものですが、桁は戦後に架け替えられています。
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河川敷と川中に据えられた開業時の橋脚。下部にアーチ型の開口部を設けた独特の煉瓦橋脚が並びます。増水時の水捌けを考慮したものでしょうか。
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開業当時の姿を保つイギリス積みの煉瓦橋脚。大規模な補修の跡も無く、風化、変色した煉瓦は100年の歳月を伝えます。
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藪を抜け、畑を渡って土手を越えます。両岸の橋台も開業当初の煉瓦構造物が残っています。
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水流を受ける上流側の先端を尖らせた橋脚。後に桁が架け替えられた為、プレートガーダーと比べて橋脚幅が大きなものとなっています。
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by sunshine-works | 2014-06-25 23:56 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 20日
牟岐線富田川橋梁
徳島の鉄道遺産その15

徳島駅から海部市へ至る牟岐線は、関西との航路が結ばれた小松島港と徳島間の連絡線として敷設された民営路線を前身の一つとし、その歴史は大正初期に遡ります。
徳島市街地から南へ伸びるこの牟岐線の沿線には、開業当初の姿を今尚留める古い鉄道施設が数多く残されています。
徳島の鉄道遺産その15は、開業時の煉瓦橋脚と橋桁が現存する徳島中心部の富田川を渡る橋梁を紹介します。
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牟岐線の前身、阿波国共同汽船による徳島~ 小松島間の開業は大正2年。徳島駅を発した下り線が最初に渡る橋梁が、この富田川橋梁となります。
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川中に3基、地上部分にも煉瓦橋脚が置かれ、プレートガーダー桁を支えます。
プレートガーダーに鉄道省の銘板は無く、「川崎造船兵庫分工場」のプレートが貼られています。同工場は明治末期に開設されているので、この橋梁の開設時に架けられた桁が今尚使われているものと思われます。
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地上部分に置かれた橋脚。丸みを持たせたイギリス積みの煉瓦橋脚です。
橋の両側にも同様な煉瓦構造物が残ります。
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by sunshine-works | 2014-06-20 23:36 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 15日
高徳線鮎喰川橋梁
徳島の鉄道遺産その14

徳島市街へ向かう高徳線は吉野川橋梁の南で支流の鮎喰川を跨ぎます。この鮎喰川橋梁も同区間が開通した昭和10年に架けられました。
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吉野川河畔から繋がる広い河川敷を渡る連続プレートガーダー。
川幅自体は100メートルもありませんが、道路を跨ぎ、畑を横切り、藪を抜けて長々と桁が続いていきます。
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吉野川橋梁とは短い距離で隣り合います。同時期に竣工した2橋ですが、日本初の3径間連続トラスとなった吉野川橋梁とは対照的に、この鮎喰川橋梁は旧来の単径間プレートガーダー桁が用いられました。
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吉野川を跨ぐ吉成駅と佐古駅間は、前身の阿波鉄道時代の未成区間を国有化後に完成させたもの。
プレートガーダーは鉄道省の規格が用いられています。
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2本のコンクリート柱が並ぶ珍しい形状の橋脚。吉野川橋に接続する小橋にも同様の橋脚が使われています。
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by sunshine-works | 2014-06-15 22:53 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 10日
高徳線吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その13

前回紹介した吉野川橋(旧古川橋)から上流側へ約3キロ、この地点にも昭和初期に架けられた重要な橋が現存しています。
高松と徳島を結ぶ高徳線が吉野川を渡るこの橋梁は昭和10年に架けられました。
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広い川幅に据えられた15基のコンクリート橋脚の上を渡る長大な連続トラス橋。
両端を単径間トラス、中間部には4基の3径間連続トラスが渡されます。
3径間トラスの鉄道橋梁として日本初、橋長950mは現在もJR四国管内の河川橋梁として最長の規模を誇ります。
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土手を越え、広い河川敷を横切り、その先の穏やかな川面を延々と橋が渡っていきます。
それまで連絡船が結んでいたこの地点に架けられた吉野川橋梁は、当時の最新技術を駆使した最大級の鉄道橋梁となりました。
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橋の両端部に架かる単径間トラス。この時代の標準的な規格のものです。
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中間部には3径間を跨ぐ長いトラスが用いられました。
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吉野川本流に架けられた橋梁の南側には分流を跨ぐプレートガーダー橋が繋げられ、線路は築堤へと導かれます。
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by sunshine-works | 2014-06-10 23:31 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 25日
宇野線の橋梁2
備前の鉄道遺産

前回に引き続いて宇野線の煉瓦・石積み橋梁探訪。今回は茶屋町駅から終点宇野駅までを紹介します。
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茶屋町駅を過ぎて南へ。小川や用水路を渡る開渠が連続します。
このような小さな橋梁にも弧状煉瓦が使われています。
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瀬戸大橋線と分岐した宇野線が植松川を渡る橋梁。この橋梁も開業当時の煉瓦構造物が現存します。
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植松川を渡った先の住宅街の中に残る避溢橋。
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八浜駅の先、溜池を渡る箇所に架けられた橋梁。
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備前田井駅手前の橋拱。開業時の施設で唯一現存するコンクリートアーチの構造物となります。
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花崗岩が貼られた内壁。
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田井橋拱を抜けて宇野の市街地へ。住宅街脇の築堤が道路や小川を跨ぐ地点に明治期の橋梁が連なります。
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終点宇野駅近く、汐入川を渡る橋梁。
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by sunshine-works | 2013-12-25 23:59 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 20日
宇野線の橋梁
備中の鉄道遺産

岡山駅と宇野駅を結ぶ宇野線の開業は明治43年。
瀬戸大橋の開通までの約80年に渡って本州と四国を結ぶ重要路としての役割を果たしました。
岡山で4番目に古い歴史を持つこの宇野線には開業時に設置された橋梁の多くが現存し、煉瓦や石積みの構造物が当時の姿を伝えています。
今回と次回に亘ってこの宇野線沿線に残る橋梁を紹介します。
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岡山市の南西部、備前・備中境界の笹ヶ瀬川を渡る橋梁。
幾つかの橋脚はコンクリートに代えられていますが、橋桁は鉄道省時代のもの、橋台は開業時からの煉瓦構造物が現存します。
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煉瓦を積んだ橋台。コーナー部分には、角を丸めた煉瓦が使われています。
この弧状煉瓦は、宇野線開業時に設置された構造物の多くに使われました。
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橋の北詰には開業当時の煉瓦・石積橋脚が現存します。
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弧状煉瓦が使われた橋台。
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橋銘板には川崎造船株式会社兵庫工場製の文字。製造年度は読み取れず。
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煉瓦の橋台は笹ヶ瀬川橋梁の前後に連なる橋梁にも確認出来ます。
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笹ヶ瀬川橋梁から宇野方向へ。水路を渡る小さな橋梁が点在します。
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茶屋町駅近くの水田地帯にも煉瓦の橋梁群が続きます。
瀬戸大橋開通に合わせて新線が敷き直されたこの区間、旧橋梁は路線が取り外された状態で残されています。
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架け代えられたコンクリート橋桁に並ぶ旧橋桁の基部。
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道路と水路を跨ぐ橋梁が並ぶ第二藤戸川橋梁。
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こちらの橋梁は桁が外され、橋台のみが残されています。
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by sunshine-works | 2013-12-20 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 15日
山陽本線旭川橋梁
備前の鉄道遺産

下りの山陽本線は、岡山市街へ差し掛かる手前で岡山三大河川の一つ、旭川を渡ります。
この旭川橋梁の上り線には開業時の煉瓦積橋脚が今尚現役で使われています。
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旭川下流の広い川幅を渡るプレートガーダー。
250メートルの桁長を短い間隔で並ぶ橋脚が支えます。
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手前側が開業当時の煉瓦橋脚、奥側が複線化された大正12年に架けられたコンクリート橋脚。
山陽鉄道は明治39年に国有化されていますので、コンクリート橋脚は鉄道省時代のものとなります。
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煉瓦橋脚にはこのように花崗岩で縁が補強されています。
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下り線を支える大正期のコンクリート橋脚。
楕円形断面の当時の一般的な形状のものです。
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プレートガーダーは大正12年の複線化に伴い架け代えられたもの。
古い橋脚に合わせる為、従来規格のものより桁高を下げた仕様となっています。
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by sunshine-works | 2013-12-15 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)