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2017年 01月 07日
出雲日御碕灯台
島根県出雲市の近代建築その3

島根半島の西端、日本海に突き出た日御碕の高台に、明治期に建てられた灯台が現役施設として使われています。世界灯台百選に選ばれたこの美しい灯台は明治36年に竣工しました。
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日本の近代灯台は、イギリス人技師ブラントン主導の基に明治初期から中期に掛けて主要航路に整備されます。ブライトン退任後、灯台設計は日本人に引き継がれ、明治中期以降も各地に灯台が設置されていきます。
この時代には日本海側の航路にも多くの灯台が設置され、島根県では明治31年の馬島灯台と美保関灯台に次ぐ3番目の近代灯台としてこの出雲日御碕灯台が建てられました。
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頂部までの高さは43.7メートル、海面から光源までの高さ63.3メートル。現在に至るまで石造灯台として高さ日本一を誇ります。
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敷地を囲む外壁。島根産の切岩が使われています。
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灯塔は内側に煉瓦、外側に切石を積んだ二重構造。
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現役施設ですが内部は公開され自由に見学可能。螺旋階段で灯室まで登ることが出来ます。
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灯室には日本で6箇所のみに設置された第一等レンズが据えられています。
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by sunshine-works | 2017-01-07 19:44 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 19日
美保関灯台
島根県米子市の近代建築その1

島根県の東端、日本海に突き出た岬の先端に石造の灯台が据えられています。
山陰で最も古いこの美保関灯台は明治31年に建てられました。
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展望台から続く遊歩道の終端、日本海を見下ろす高台に白く塗られた灯台と赤瓦を葺いた石造の建屋が並びます。
島根産の切岩を積み上げた灯台の高さは約14メートル、海面からの高さは83メートルに達します。
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外周からの眺め。敷地を囲む石塀や門柱も開設当時のままで残されています。
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敷地の東側に建つ灯台。明治期の灯台としては後期の築となりますが、基本的には明治初期に各地に建てられたブラントン設計の近代灯台を踏襲しており、同年に建てられた京丹後の経ケ崎灯台とは規模も構造も良く似た造りとなっています。
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灯台の西側、フェンスを介して退息所として建てられた石造平屋の建屋が並びます。
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by sunshine-works | 2015-06-19 21:40 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 17日
経ケ岬灯台
京都府京丹後市の近代建築その1

日本海に突き出た京丹後半島の北端、険しい崖の上に白塗りの石積灯台が建てられています。この経ケ岬灯台は明治31年に設置されました。
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丹後半島の北端、県道から分岐した道の終端にある公園から山道を歩いて20分程、岬を見下ろす丘に白塗りの灯台が見えてきます。石積の塀に囲まれた敷地には竣工時に建てられた灯台と付属建物が残されています。
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明治初期、英国から招いたブラントンを中心として各地に建てられた近代灯台の多くは当時の主要航路であった太平洋沿岸と瀬戸内海に設置されていました。
明治中期、急速な産業発展に伴って交易ルートが拡大する中で各地に多くの港湾が整備され、日本海側にも国内外を結ぶ航路が結ばれていきます。
このような時代背景を受け、敦賀、舞鶴の重要港湾を抱える敦賀湾の要として経ケ岬灯台が建てられました。
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灯台の高さはおよそ12メートル、規模としては然程大きなものでは在りませんが、海面からの高さは148メートルに達します。当時最新のレンズを備え、灯光到達距離の最も長い第一級灯台の一つとして建てられました。
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花崗岩を積み上げた半円形の基礎の上に塔を載せた構造は、ブラントンの手掛けた一連の近代灯台の形状そのまま。
以前紹介した江崎灯台鍋島灯台と良く似た外観です。
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岬の先に日本海を望みます。
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昭和34年に自動化が図られ、居住施設は廃されましたが、倉庫として残されています。
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by sunshine-works | 2014-12-17 23:57 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 22日
鍋島灯台
香川県坂出市の近代建築その10

岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ瀬戸大橋は、塩飽諸島の大小5つの島に跨って桁が架けられています。
この5島の一つ、最も坂出側に位置する与島の隣に並ぶ鍋島には、明治5年に点灯された石造灯台が現役施設として稼働しています。
イギリス人技師ブラントンが手掛けた一連の灯台の一つとなるこの鍋島灯台は、四国で最も古い歴史を持つ灯台です。
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明治元年から8年間の間に、北海道から九州までの全国各地に26の灯台を築いたブラントンの初期の作品となります。この26灯台は、規模や構造によって幾つかの類型に分けられますが、最も多くを占めるのがこの鍋島灯台に見られる形式のものです。
この形式の灯台は、ブラントンが日本で最初に手掛けた 樫野埼灯台や淡路島の江崎灯台を始め、高さ10~20メートルまでの中規模灯台に多く用いられました。
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与島から防波堤によって繋がる鍋島の小高い丘の上に、南東に向いて建てられています。灯台自体の高さは約10メートル、海面から30メートルの灯高を確保します。
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灯塔が据えられる1階付属室部分は円筒を半分に切った独特の形状。ブラントンの石造灯台の多くにこの特徴が受け継がれています。風や波飛沫を受ける正面側を円形として強度を確保する為の工夫と思われます。
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コンクリートが普及する以前の明治初期、灯台には様々な素材が用いられていましたが、この鍋島灯台は付属建物(これらの施設はその後四国村へ移されています)を含めて全て地元産の花崗岩を積んで建てられました。
近辺に多くの石材産地が控え、優れた石工を擁していた当地の利を活かしたこの石造灯台は、140年を経た今も当時の姿を保ちます。
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狭い螺旋階段を上って灯室内部へ。普段は立入禁止ですが、年に数回の公開日が設けられています。
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明治期に建てられ、今尚使われている灯台は全国に67基。鍋島灯台は7番目に古いものとなります。
これら黎明期の現存灯台は、近代国家の要件として欠かせない通商の安全確保に、明治政府が国家の威信をかけて臨んだ灯台事業の概要を知る資料として、極めて価値の高いものと言えます。
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by sunshine-works | 2012-11-22 22:13 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(1)
2012年 05月 17日
牛島灯台
香川県丸亀市の近代建築その4

四国と岡山の間に浮かぶ塩飽諸島は大小28の島々からなり、古来から廻船業が盛んな島として栄えました。
この塩飽諸島の中で丸亀から最も近くに位置する牛島には昭和初期に建てられた灯台が今も現役施設として使われています。
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丸亀港の沖合い約8キロ、面積0.7平方キロ・人口16人の小さな島、牛島に向います。
丸亀港を出て間もなくすると、奥手の本島(ほんじま)に重なるようにして牛島が視界に入ってきます。更に近づくと、港から沖合いに延びる防波堤の先によく目立つ赤色の灯台が見えてきます。
別名赤灯台とも言われるこの牛島灯台は、水深が浅く、幅の狭いこの海峡の安全を守る為に昭和9年に設置されました。
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港から70メートル程先の浅瀬に海中から突き出す様に建っており、厳密に言うと灯標に分類されるものです。
高さ約10メートル、構造はおそらく鉄筋コンクリート造と思われます。沿岸灯台として設置されたものではないので灯台の規模としては中程度のものです。
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この灯台は沖合い遠くに設置されていますが、まっすぐ伸びる防波堤の上を進んですぐ傍まで近づく事が出来ます。
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防波堤の先端近くから眺めます。
円錐形の本体上部に灯器を収める灯室を据え、頂部を鉄製のドーム屋根で覆う極めて一般的な形状です。良く見ると表面にはタイルが貼られており、基礎部分の赤色は塗装ではなくタイルの色のようです。
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過酷な自然環境に晒される灯台ですが、寿命は比較的長く、中には明治初期に建てられ今尚現役で使われている例も数多くあります。
これらはどれも長い時間を経る中で美しい風景に溶け込み、その地のシンボルとして欠かせない存在となっています。
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by sunshine-works | 2012-05-17 18:36 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 07日
旧和田岬灯台
神戸須磨区の近代建築その4

須磨区の臨海部に位置する須磨海浜公園。この敷地の一角に鉄製の灯台が保存されています。、兵庫区の和田岬に建てられたこの灯台は昭和38年まで使用された後、現在地に移設されました。設計は日本の灯台の父と称されるR.ブラントンです。
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幕末に諸外国と結んだ条約に基づいて各地に築かれた近代灯台の一つとして明治4年、現在の兵庫区和田岬に初代灯台が設置されます。木造で築かれた灯台は明治17年に恒久的な鋳鉄灯台へ建替えられ、その後約80年に亘って神戸港を見守る重要な役割を担いました。
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六角平面の3層、高さ約16メートルの鋳鉄製灯台です。鉄筋コンクリート工法が生まれる前のこの時代、大きな建物は石造か煉瓦造が殆どで、漸く鉄素材がこの種の用途に使われ始めていました。
黎明期に建てられた木造灯台の多くはその後に鉄筋コンクリート造の灯台へと建替えられていきますが、過渡期にあたるこの時期にはこの様な鉄製灯台も各地に建てられました。
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移築されて約半世紀を迎えるこの灯台ですが、現役当時の姿が良好に残されています。一部に腐食の跡も認められますが、とても130年近く前の築とは思えません。
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この旧和田岬灯台は現存する鉄製灯台として最古の物と言われています。
ブラントンが手掛けた灯台の中でも鉄製灯台は少数で、この和田岬灯台は黎明期の鉄製灯台の現存例として貴重な存在です。
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by sunshine-works | 2011-05-07 21:43 | 近代建築 兵庫県 | Trackback(1) | Comments(2)
2010年 08月 28日
男木島灯台
香川県高松市の近代建築その8

高松の沖合いに浮かぶ直島諸島の一つ、男木島には女木島経由のフェリーに乗る事約40分で到着します。港から更に徒歩で20分余り、島の北端に石造の灯台が見えてきます。
備讃海峡の主要航路を見守るこの男木島灯台は、明治28年に点灯されました。
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明治初期に英国人ブラントンがもたらした洋式灯台建築技術は、その後日本人技師によって受け継がれ、全国の主要な岬や海峡に配置されていきます。
近代化の進展に伴って内航海運が急激に伸びつつあったこの時代、本州と四国を結ぶ重要航路の要として建てられたのがこの男木島灯台でした。
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岬の先端部、波打ち際と石塀を介して接する狭い区画に灯台と退息所(宿舎)、倉庫が建てられています。
灯台と退息所及び周囲に巡らされた石垣・石塀が明治28年の灯台開設当時のもの、倉庫は大正期に建て増しされたものです。
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花崗岩の切石で組まれた灯台は、モルタル塗布や彩色を施さずに岩肌そのままの状態となっており、石造灯台としては珍しい仕上げとなっています。
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石材として用いられている花崗岩は、昔から瀬戸内海一帯で豊富に産出されており、石垣や石橋、家屋の基礎として広く使われていました。入手し易く、施工技術も確立されていた花崗岩は、僻地に築かれる事の多い灯台の素材として最適であり、鉄筋コンクリートが普及するまでは多くの灯台が花崗岩を主材としていました。
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敷地を取り巻く石塀には安山岩が用いられています。
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無人化される昭和62年まで使われていた旧退息所。現在は資料館として公開されています。
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近代に入って導入された洋風建築の中でも、灯台施設は特異な存在でもあります。
建造物であると共に、高度な光学機器や観測機器を安定的に運用する基地であり、更にその殆どが過酷な環境に建てられる、設計・施工に於いて高い技術蓄積を必要とする難物だったのではないでしょうか。
この様な古い灯台施設は、当時の技術者の苦心や技術発展の痕跡を伝える資料として非常に貴重な物と思えます。
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by sunshine-works | 2010-08-28 16:35 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 31日
旧クダコ島灯台退息所/旧大久野島灯台
香川県高松市の近代建築その6

前回に続いて四国村に移築された瀬戸内海の灯台施設を紹介します。

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旧クダコ島灯台退息所

四国村に移築された灯台退息所は全部で3棟。前回はブラントンが設計した日本の洋式灯台初期の退息所を2棟紹介しましたが、残る1棟はやや時代が下る明治36年に建てられたものです。この退息所は愛媛県松山市沖のクダコ島で100年近く使われ、灯台の無人化に伴って移築されました。
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初期の退息所の多くは切石を積んだ石造建物でしたが、明治後期に建てられたこの建物は当時普及しだしたコンクリートで造られています。寄棟平屋建の内部は畳敷きの部屋に土間を備えた純和風に間取りされ、2家族が暮らせる部屋割りになっています。
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アーチ式の入り口や鎧戸が並ぶ外観の内側に畳敷きの和風空間が広がります。
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建物側面から裏側です
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建物に隣接して別棟が建っています。風呂場と倉庫に使われていました。
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旧大久野島灯台

広島県竹原市の沖合いにある大久野島南端に明治26年に建てられた灯台です。平成4年の建替えに伴い当地に移築されました。
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初期の灯台に多く見られる花崗岩の切石を積み重ねた造り。規模としては比較的小さな灯台です。
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近代国家の要件として明治政府は全国各地に120基余りの灯台を設置しましたが、大半は離島や、集落から遠く離れた岬の突端に建てられました。これらの灯台は灯台守と呼ばれた職員によって常駐管理されていました。
自動化が進んだ今日、この過酷な職業は過去の物となりましたが、航行の安全を支えた職員とその家族の労苦を後世に伝える歴史遺産として、移築保存されたこれらの建物は極めて貴重な存在と言えます。
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by sunshine-works | 2010-07-31 11:58 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 27日
旧江崎灯台退息所/旧鍋島灯台退息所
香川県高松市の近代建築その5

四国各地から移築された民家が展示されている四国村には、日本の伝統家屋と共に瀬戸内海の各地から移された旧灯台施設が展示されています。
日本の洋式灯台の歴史を伝えるこれら建物を今回と次回に分けて紹介します。

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旧江崎灯台退息所

江崎灯台は明治初期にイギリス人技師ブラントンの設計によって全国各地に建てられた灯台の一つとして、淡路島の北端に設置されされました。灯台本体は今も淡路島に残っていますが、職員の居住施設として使われた建物(退息所)が四国村に移築されました。明治4年築。
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各地に築かれた灯台施設の多くは、厳しい気象条件に耐える為、当時最も堅牢な工法だった石積みで建てられていました。大きな切石を重ね、木造の小屋組に瓦屋根を葺いています。
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中央に設けられた玄関。小さめの入口は強度を考えての事でしょうか。瓦葺きの庇を角柱で支えます。
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建物内部も当時の姿で残っています。
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旧鍋島灯台退息所

坂出の沖合い、鍋島に設置された灯台もブラントンが手掛けた計28基の灯台の一つです。江崎灯台と同様、灯台本体は現地に残り、役目を終えた退息所がこの地に移されています。明治6年築。
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江崎灯台退息所とよく似た造りですが、建物前面に並び、軒を支える石柱が意匠的な特徴となっています。
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厚さ60cmに及ぶ石材。見るからに頑丈そうな印象を受けます。
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側面からの眺め。脇には小さな付属建物があります。
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分厚い石壁に開けられた窓。まるで出窓のように見えます。
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頑強な石造の宿舎は、一見近代的で快適な居住環境に感じますが、電気も空調設備も無かった当時、石造の建物は蒸し暑い日本の風土には馴染まなかった事と思います。
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by sunshine-works | 2010-07-27 23:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 09日
江崎灯台
淡路島の近代建築その1

舞子から明石海峡大橋で4キロ程、ほんの数分で対岸の淡路島へ到着します。阪神間を西へ辿って来た近代建築Watch、今回からは明石海峡を渡って淡路島を探訪します。
淡路島は瀬戸内海最大の島で人口約15万人、京・大阪に近く四国への経路でもあった為に古くから文化や産業が栄えました。明治以降は近代産業も進出し島内には多くの近代化遺産が残っています。
淡路島の近代建築その1は我が国の洋式灯台黎明期に築かれた灯台を紹介します。
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開国後に欧米諸国と結ばれた条約に基づいて全国に設置された条約灯台の一つとして明治4年に建てられました。現存する石造灯台としては3番目に古い灯台です。設計は日本の灯台の父として知られるリチャード・ブラントンです。
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淡路島の北岸、瀬戸内海で最も多くの船舶が通行する明石海峡の要にあたる場所に設けられています。灯台自体の高さとしては3階建ての建物程度ですが、小高い丘の上に設置されている為に海面からはかなりの高さがあります。
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瀬戸内海をバックに純白に塗られた灯台が際立ちます。装飾的な要素はありませんが独特の機能美は灯台ならではのものです。
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江崎灯台は明治4年の設置以降長い間海峡の安全を守って来ました。現在その役割は近くに設置された大阪湾海上交通センターに移管されていますが、この灯台は我が国が近代国家の第一歩として手掛けた灯台事業の記念碑的存在でもあります。
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by sunshine-works | 2008-12-09 22:49 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)