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2011年 05月 15日
大西家住宅(旧天王山農場本館)
神戸西区の近代建築

神戸市の西北部、長閑な丘陵地の一角に山小屋風のレストランが建っています。この建物はこの周辺一帯に開かれた天王山農場の主建物として昭和8年に建てられました。設計:本間乙彦
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木造2階建て・丸太の骨組みに板貼りの外壁。山小屋風のこの建物はこの地に牧場を開いた大西氏の農場事務所・食堂として建てられました。大きな吹き抜けを持つ建物前面が食堂、中間部は事務所、その奥が住居に使われていました。
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緩やかな斜面を登って正面入口へ。いかにも山荘風で素朴、木の温もりが伝わってきます。
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玄関を抜け、吹き抜けのある食堂スペースへ。現在は欧風家庭料理「レストハウスまきば」の店舗となっています。
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太い丸柱を組んだ骨組みは建築当時のままです。
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再び外へ出て建物側面へ。
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設計者の本間乙彦は大阪を中心に活躍し、現存する作品として芝川ビルや小川香料店等が知られています。この天王山農場建物は40代で早世した氏の最後の作品となりました。
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兵庫県では平成20年に県内に残る優れた近代住宅を「ひょうごの近代住宅100選」として選定しました。その殆どがいわゆる「洋館」や「異人館」が占める中、この建物は農場建物として唯一選ばれています。
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by sunshine-works | 2011-05-15 18:01 | 近代建築 兵庫県 | Trackback(1) | Comments(4)
2011年 05月 11日
旧武藤山治邸
神戸垂水区の近代建築その5

明石海峡大橋の神戸側袂に広がる県立舞子公園の一角に木造2階建て・コロニアル様式の洋風建築が建っています。
この建物は後に鐘淵紡績社長や衆議院議員を務めた武藤山治氏の邸宅として明治40年に現在地と程近い舞子浜に建てられました。設計:大熊喜報(横河工務所)。
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木造2階建て・下見板貼り、大きな屋根や南東に張り出したベランダを特徴とするコロニアル式洋館です。
平成7年、明石海峡大橋の工事に伴い他所へ移されますが、平成19年から3年間の歳月を費やした修復工事の末当地に再移築されています。
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築100年を過ぎ、2度の移築を経る中で外装材や構造材には更新された部分もありますが、現在地への移築時の修復工事で創建当時の姿に近い状態に戻されています。外壁のペンキも当初の色合いに近付けたものとなっています。
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こちらは玄関のある北面
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入館料100円を払えば館内は自由に見学出来ます。家具や調度品の多くは当時の物が残されています。
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南側の窓からは明石海峡大橋や対岸の淡路島の美しい景色が望めます。
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須磨区の離宮道や垂水区のジェームズ山周辺と並び、この舞子浜一帯も神戸西部を代表する高級住宅地・別荘地として多くの財界人や文化人が居を構えた地でした。その後の開発で舞子浜の洋館は殆ど失われてしまいますが、この旧武藤邸は当時の舞子浜の様子を伝える貴重な建物です。
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by sunshine-works | 2011-05-11 23:22 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 07日
旧和田岬灯台
神戸須磨区の近代建築その4

須磨区の臨海部に位置する須磨海浜公園。この敷地の一角に鉄製の灯台が保存されています。、兵庫区の和田岬に建てられたこの灯台は昭和38年まで使用された後、現在地に移設されました。設計は日本の灯台の父と称されるR.ブラントンです。
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幕末に諸外国と結んだ条約に基づいて各地に築かれた近代灯台の一つとして明治4年、現在の兵庫区和田岬に初代灯台が設置されます。木造で築かれた灯台は明治17年に恒久的な鋳鉄灯台へ建替えられ、その後約80年に亘って神戸港を見守る重要な役割を担いました。
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六角平面の3層、高さ約16メートルの鋳鉄製灯台です。鉄筋コンクリート工法が生まれる前のこの時代、大きな建物は石造か煉瓦造が殆どで、漸く鉄素材がこの種の用途に使われ始めていました。
黎明期に建てられた木造灯台の多くはその後に鉄筋コンクリート造の灯台へと建替えられていきますが、過渡期にあたるこの時期にはこの様な鉄製灯台も各地に建てられました。
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移築されて約半世紀を迎えるこの灯台ですが、現役当時の姿が良好に残されています。一部に腐食の跡も認められますが、とても130年近く前の築とは思えません。
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この旧和田岬灯台は現存する鉄製灯台として最古の物と言われています。
ブラントンが手掛けた灯台の中でも鉄製灯台は少数で、この和田岬灯台は黎明期の鉄製灯台の現存例として貴重な存在です。
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by sunshine-works | 2011-05-07 21:43 | 近代建築 兵庫県 | Trackback(1) | Comments(2)
2008年 12月 05日
移情閣
神戸垂水区の近代建築その4

明石海峡を望む舞子公園に薄緑色に塗られた八角形の楼閣が建っています。この楼閣とその隣に建つ洋館は明治~大正期に活躍した中国人貿易商 呉錦堂氏の別荘でした。現在は呉錦堂氏と所縁の深い孫文の記念館として公開されています。楼閣部分は大正4年、洋館は明治20年代の築とされています。
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もともとはこの場所から200メートル程離れた場所に建っていましたが、明石海峡大橋の工事に伴って移築されています。*建物詳細はこちらに詳しく掲載されています。
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広い芝生広場から北側を望みます。二つの建物は寄り添う様に並んでいます。
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楼閣1階の出入口
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側面を回って建物南側へ
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敷地の外から南面を眺めます
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下から見上げると大きな建物である事を実感します。
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洋館南面のクローズアップ
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楼閣の各窓はこのような頑丈な鉄製の窓蓋が付いています。
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公開施設なので館内も自由に見学できます。こちらは楼閣の内部。8角形である事が良く判ります。
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洋館部分から楼閣を結ぶ階段
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海に面したガラス貼りのテラスから望む明石海峡大橋のダイナミックな景色。淡路島はすぐそこです。
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かってこの付近は多くの別荘や旅館が並ぶ海辺の景勝地でしたが、当時建てられた中で現存しているのはこの建物のみとなってしまいました。
孫文所縁のこの建物は近代の日中交流史の舞台となった貴重な文化遺産として記念館に生まれ変わりましたが、神戸発展の大きな力となった華僑の繁栄ぶりを偲ばせる貴重な建物でもあります。
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by sunshine-works | 2008-12-05 21:30 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 01日
旧日下部久太郎邸(舞子ホテル)
神戸垂水区の近代建築その3

舞子駅の北側の閑静な一角に現在はホテルとして使われている洋館が建っています。旧日下部汽船社長の日下部久太郎氏の別荘として大正4年に建てられました。設計者:不詳
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別荘兼迎賓館として使われていました。敷地には和館と洋館が並び、この洋館が主に接待施設となっていました。
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日下部汽船は日下部久太郎が一代で築いた中堅の海運会社でした。函館と神戸に拠点を構える同社は第一次大戦による海運景気で急成長しましたが、程なく破綻の憂き目を見ます。この建物が日下部久太郎氏の別荘として使われたのは実際には僅かな期間でした。

当時流行のセセッション様式の煉瓦造3階建て、表面は白タイルが貼られています。
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一部が半地下式となっています。建物に沿って掘り下げ、採光窓が設けられています。
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大きく突き出した庇とステンドグラスが据えられた玄関周り。
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ステンドグラスに描かれているのは淡路島を望む舞子浜の風景でしょうか。
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石とタイルで飾られた玄関ホール。
大きなアーチを4本の列柱で支える独特のデザインです。
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港を軸に栄えた神戸には海運業縁の近代建築が数多く残されていますが、海運業の衰退に伴って多くは所有者が変わってしまいました。この建物も日下部汽船の手を離れた後の昭和17年にホテルに転用され現在に至っています。
船成金と揶揄された海運バブル期の象徴的な建物ですが、各部に贅を凝らしたこの素晴らしい洋館からは往時の海運業の繁栄ぶりを窺うことが出来ます。
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by sunshine-works | 2008-12-01 22:39 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(2)
2008年 11月 27日
福田橋
神戸垂水区の近代建築その2

塩屋から西へ1駅、垂水区の中心街JR垂水駅の傍を流れる福田川に2連アーチの橋が掛けられています。国道2号線の道路橋として大正15年に竣工し80年以上経た今も現役の橋です。
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中心街を南北に流れる福田川の河口近くに掛けられた橋です。福田川は他の神戸の川と同様にさほど大きな川ではありませんが、それでも河口に近いこの辺りは川幅も広く、豊かに水を湛えています。
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この時代に各地の都心に掛けられたコンクリート橋に多く見られるデザインです。緩やかに弧を描くアーチは貼石で飾られ、石の欄干の四隅には親柱と呼ばれる飾柱が添えられています。
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二つのアーチを繋ぐ橋脚部分にはこのような飾りが付けられています。
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それまで唯一の交通路だった国鉄山陽線に加え大正期に私鉄の山陽電鉄が開通、更に国道2号線が整備された事で垂水は急速に神戸都市圏に組み組まれていきます。主要国道に掛かる橋として今日も多くの車が行きかうこの橋は垂水の発展の礎となりました。
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by sunshine-works | 2008-11-27 23:55 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 24日
旧グッゲンハイム邸
神戸垂水区の近代建築その1

神戸市の西端、明石市に接する垂水区は三宮から電車で20分程の距離ですが、交通アクセスが整備されるまではあまり行き来の無い場所でした。神戸の中心部が開港を契機に都市化されていく中、この辺りにはまだ美しい砂浜沿いの長閑な風景が残り、農業や漁業を中心とした生活が営まれていました。
神戸の発展と拡大に伴い、この地の温暖少雨の恵まれた気候と白い砂浜の向こうに淡路島を望む美しい景色は、やがて別荘地・郊外住宅地として着目される事となります。中でも昭和5年に英国人ジェームズ氏が開発した塩屋の青山台周辺(ジェームズ山)は外国人向けの住宅地として分譲され、神戸西部を代表する高級住宅街となっていきました。
神戸垂水区の近代建築その1はジェームズ山の東に建つ洋館を紹介します。設計は北野の異人館街で多くの設計を手がけたA.N.ハンセルです。
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ドイツ人貿易商グッゲンハイム氏の邸宅として建てられました。塩屋の外国人住宅としては初期にあたる明治42年の築です。
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石段を上った先の門から前庭へ
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コロニアル様式と呼ばれる北野地区の多くの異人館と共通するデザインです。本来は開放式のベランダがガラス窓で塞がれているのも北野の異人館と同じです。
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建物西側。コロニアル様式に特徴的なベイウインドウはこの面に設けられています。
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円形に張り出した玄関ホール。2階ベランダと同じデザインの手摺が添えられています。
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玄関脇から建物南面に沿って石床のテラスが伸びます。
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この玄関扉から中へ
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玄関奥の階段から2階へ
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窓からは素晴らしい海の景色が広がります。
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この建物はその後数度所有者が変わる中で老朽が進み、一時は取り壊しの計画もあったそうですが、現在はこちらの事務局によって修復され各種の催しや見学会が催されています。塩屋に残る洋館のほとんどが非公開の中で貴重な公開物件として素晴らしい姿を見ることが出来ます。
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by sunshine-works | 2008-11-24 15:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 19日
須磨観光ハウス
神戸須磨区の近代建築その3

源平合戦の古戦場として有名な一ノ谷は六甲山系の西の端に位置します。御料林だったこの周辺は昭和10年に須磨浦公園として開放され、以来海を望む緑豊かなリゾート施設として市民に親しまれています。
この公園の一角には一棟のヨーロッパ風の山荘が建っています。この建物は神戸市の迎賓施設として昭和13年に建てられました。
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木造3階建、ハーフティンバーと尖った切妻屋根が特徴的な建物です。スイスの山荘をモデルに建てられたそうです。
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素晴らしい景色と豊かな緑に囲まれたロッジです。
小規模な建物ですが、今ほどホテルが無かった当時は神戸を代表する高級宿泊施設でした。
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前庭に面した南面。石で飾られたアーチが並びます。
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西面の玄関。
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建物裏側から屋根を望みます。
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この建物が建てられた昭和13年当時、この様な高級ホテルはまだまだ一般市民には縁遠い存在でした。この種の施設を自治体自ら設ける事が出来た神戸市が相応の成熟を遂げていた事の証しとも言えます。
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by sunshine-works | 2008-11-19 22:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 15日
天神橋
神戸須磨区の近代建築その2

須磨区の海岸線に沿って東西に伸びる主要幹線 国道2号線とJR山陽本線。基点の大阪市内からずっとJR線の南を併行していた国道2号線は須磨駅に差しかかる手前で一旦北側へ出ます。今回はこの地点に架けられた古い跨線橋を紹介します。竣工:昭和2年
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並行する路線を緩やかに跨ぐ道路橋です。路盤が広く、交差する角度が小さいので跨線橋としては大きな橋となっています。橋の名は麓にある天満宮に因んで付けられました。
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橋の構造としてはポニータイドアーチと呼ばれる一般的な形式ですが、斜めに路線を跨いだ為に左右のアーチ位置が大きくずれているのが特徴です。
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橋は中央の鉄骨のアーチ橋と前後のコンクリート橋、戦後線路幅を拡げた際に中間に接がれた鋼製の橋の3つの部位で構成されています。
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道路取付部から中央アーチまでを結ぶRC部分。
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側面からの眺め
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建築物に比べて耐用年数が長い橋梁には長い年月を経て今も現役で活躍する施設が数多く残っています。この橋も築80年以上経た現在も主要幹線の要としての勤めを果たし、地域に欠かせない景観の一部となっています。
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by sunshine-works | 2008-11-15 23:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 11日
旧西尾類蔵邸
神戸須磨区の近代建築その1

近代建築Watch 今回から神戸市須磨区を巡ります。兵庫区・長田区は工業を中心に発展を遂げた区ですが、須磨区に入ると臨海部の工場は姿を消し、阪神間随一の海水浴場である須磨浦海岸や海浜公園に代表される自然の海岸線が残る風向明媚な景色が現れます。
須磨区南部は平安時代に開かれた須磨寺を中心に古くから栄えた地でしたが、明治21年に山陽鉄道が開通すると美しい風景と良好な交通アクセスを背景に神戸の郊外住宅地として整備されて行きます。更に大正3年に武庫離宮が造営されると、この地は高級住宅地としての地位を高め、多くの神戸財界人が移り住むようになります。国鉄須磨駅から武庫離宮へと続く離宮道沿いには多くの邸宅が建ち並んで行きました。
須磨区の近代建築探訪その1は離宮跡のすぐ脇に建つ美しい洋館を紹介します。
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木立に囲まれた広大な敷地に建つこの洋館は神戸の貿易商 西尾類蔵氏の邸宅として大正8年に建てられました。設計は関西を中心に活躍した設楽貞雄です。

これまで多くの洋館を見てきましたが、これ程広大な敷地を持ち、且つ大規模な建物は他に類を見ません。緑豊かで起伏のある敷地に建つこの館は西洋のシャトーを彷彿とさせます。
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煉瓦造地下1階地上2階建(一部3階建)、2階建てとは言え階高が高く大きな屋根を特徴とする個人邸としてはかなりの規模の館です。
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当時の先端デザインであるセセッション(分離派)に分類される様式です。様々な建築スタイルを手がけた設楽貞雄の作品の中でも群を抜く美しいデザインです。
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がっしりした石造アーチの玄関アプローチです。
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大理石の質感が素晴らしい玄関ホール
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玄関ホールの床タイルです
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この建物は戦後進駐軍に接収された後しばらくは荒れた状態となっていましたが、現在は高級レストランとして再生され館内も美しく復元されています。
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半地下式になっている勝手や納戸の窓からは庭が望めます
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かって座敷だった2階の広間。現在はテーブル式のレセプションルームとなっています。
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このような手の込んだ繊細な細工にもこの館の質の高さが窺えます。
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大きな鉄扉の先は玄関の上に設けられたバルコニー。
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多くの邸宅が並んでいた離宮道沿いですが、現在はその数も随分少なくなってしまいました。この建物も一時は行く末が危ぶまれていましたが素晴らしいレストランとウエディングホールとして再生されています。やはりこの種の建物にはこの用途が最適な様です。
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by sunshine-works | 2008-11-11 23:09 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(3)