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2014年 04月 26日
金光教教学研究所
岡山県浅口市の近代建築その3

江川三郎八が手掛けた金光教施設を幾つか紹介しましたが、金光教本部を更に南へ進んだ丘陵にも昭和5年に建てられた施設が現存します。
金光教の迎賓施設として建てられ、その後は教学研究所として使われています。
江川三郎八の作品として唯一残る鉄筋コンクリート建物となります。
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鉄筋コンクリート2階建て、塔屋に銅板の方形屋根を葺きます。
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やや左に設けられた車寄せ。
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奥側には和風の客殿が並びます。

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側面・裏側の眺め。
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by sunshine-works | 2014-04-26 23:55 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 21日
金光教徒社
岡山県浅口市の近代建築その2

山陽本線金光駅を南へ。金光教の本部が置かれる金光町大谷地区は、教団の様々な施設や参詣客相手の店舗が建ち並ぶ賑やかな街区が続きます。
本部の傍らには、洋風意匠の教団の出版社の社屋が建てられていますが、この金光教徒社は大正5年に建てられたものです。設計:江川三郎八
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木造2階建て寄棟造、下見板貼り。中央に小さな三角破風、屋根上に方形の屋根窓を乗せます。
江川様式の特色が各部に見られますが、装飾は全体に控えめ。宗教教団の関連施設ですが、意匠に特段の宗教色はありません。
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隣接して3棟が並びます。すべて金光教徒社の建物ですが、これらも同時期に建てられたようです。
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by sunshine-works | 2014-04-21 23:47 | 近代建築 岡山県 | Comments(0)
2014年 03月 31日
金光学園講堂
岡山県浅口市の近代建築その1

前回、前々回に引き続いて江川三郎八の手掛けた学校建築の紹介。
浅口市の私立金光学園には明治37年に建てられた小さな講堂が現存しています。
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木造平屋・寄棟造。下部を羽目板、中間に下見板、上部の漆喰壁は筋交いを露出させたハーフティンバー式。
屋根上に大きなドーマー屋根を乗せています。
前回紹介した矢掛高校明治記念館と同規模の小ぶりな建物ですが、こちらも江川式建築の特徴を随所に表しています。
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当初この建物は金光学園の前身、金光教会学問所内に建てられていました。
昭和29年に金光学園が現在の校地へ移転。講堂は2年後の昭和31年に移築されています。
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こちらは裏面。玄関が無い以外は正面とほぼ同じ造りです。
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裏面を敷地の外側から眺めます。
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by sunshine-works | 2014-03-31 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 26日
矢掛高校明治記念館
岡山県矢掛町の近代建築その2

前回は岡山県井原市の興譲館高校旧講堂を紹介しましたが、隣の矢掛町にも同じ江川三郎八が手掛けた学校建築が現存しています。
現在は部室として使われているこの建物は、旧制矢掛中学時代の大正4年に建てられました。
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木造平屋寄棟造、下見板貼りの上部を漆喰壁で仕上げた小さな建物。
南面入口に切妻屋根の庇を張り出し、東西両面には上げ下げ式の縦長窓を等間隔に並べます。
小規模な建物ですが、一連の江川作品に共通する意匠が随所に見られます。
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玄関廻り。
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窓の上下には凝った装飾が添えられています。
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by sunshine-works | 2014-03-26 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 21日
興譲館高等学校旧講堂
岡山県井原市の近代建築その2

前回は井原市の興譲館高等学校武徳殿を紹介しましたが、同校には昨年まで大正5年に建てられた木造校舎が現存していました。
老朽化と耐震強度不足を理由に取り壊されてしまいましたが、旧講堂として建てられた校舎は江川三郎八の手掛けた学校建築の一つとして長くその姿を留めました。
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木造2階建て、下見板貼り、寄棟造り。屋根上に換気用のドーマー窓を乗せ、中央の三角破風には校章を飾ります。
ルネッサンス様式を基調とした和洋折衷の意匠は、現存する江川三郎八設計の旧遷喬小学校旧閑谷中学校校舎と多くの共通点を持ちます。
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講堂として建てられたとありますが、当時の木造校舎では1階を教室や職員室とし、2階を講堂とした例が多く、おそらくこの建物も2階に講堂が充てられていたものと思われます。
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広い窓が並ぶ正面側。斜めに交差する筋交いや三角形の壁面飾りがアクセントとなります。
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側面、裏側の眺め。不思議な事に、玄関らしきものがどこにも見当たりません。後年に塞がれてしまったのでしょうか。
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敷地の西側には昭和5年に建てられた書庫が現存しています。モルタル2階建て、和風の桟瓦を葺いた和洋折衷様式。
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by sunshine-works | 2014-03-21 22:59 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 21日
旧倉敷幼稚園舎
岡山県倉敷市の近代建築その2

白壁の蔵が並ぶ倉敷の美観地区の南東、市庁舎の一角に現在資料館として使われている古い木造建物が建っています。この建物は旧倉敷幼稚園舎として大正4年に建てられ、昭和51年まで使われていました。設計は県内で多くの学校建築を手掛けた江川三郎八とされています。
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元々の園舎はここから1キロほど北の倉敷市の中心部に建てられていました。当初、取り壊される予定だったこの園舎については保存を求める声が強く、一旦解体された後の昭和56年に当地へ移築されています。(移築に際しては建物の一部が省かれ、左右両翼が短縮されています)
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玄関の両脇に応接室と保育室を並べ、その奥に八角形の遊戯室を設けます。八角形の遊戯室は、同じく江川三郎八の作となる岡山旭東幼稚園舎や同時期に県内数箇所に建てられた幼稚園に見られ、他県ではあまり見かけない独特のものです。また、この園舎の八角屋根は中央に支柱を持たず、壁と屋根組で支える工法が採り入れられています。
詳細はこちらをご覧ください。
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大きなアーチで飾られた正面玄関。これ以外にも随所に江川三郎八の作品に共通する建築意匠が見て取れます。
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開放式の廊下から館内を伺います。
明治41年に建てられた岡山旭東幼稚園は遊戯室を中心に4方向に棟が繋がるユニークな形状でしたが、7年後に建てられたこの園舎は至ってシンプル且つオーソドックスな構造です。
敷地効率や使い勝手に配慮してこの配列へ進化していったようです。
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遊戯室の側面です。向って右が玄関側、その裏手に遊戯室が繋がります。
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遊戯室の背部です。
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義務教育機関だった小学校に比べると、戦前に設置された幼稚園の数は少なく、その現存例となるとさらに限られたものとなります。
これらの中でもこの旧倉敷幼稚園舎の優れた機能性と豊かな装飾表現は、学校建築史の上で極めて貴重で価値の高いものとして平成12年に有形登録文化財の指定を受けています。
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by sunshine-works | 2012-08-21 20:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 11日
旧総社警察署
岡山県総社市の近代建築その3


総社市の旧市街の一角に明治期に建てられた旧警察庁舎が残されています。この建物は江川三郎八の設計により明治43年に建てられました。
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総社駅から東へ約1.5キロ、古い家並みが続く旧道に沿って進むと、神社の隣に木造下見板貼りの洋風建築が見えてきます。
築100年を越え今尚健在のこの建物は、昭和34年までを警察署として使われ、公共施設として幾度か転用を重ねた後、昭和63年から現在の郷土資料館として利用されています。
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煉瓦の基礎に花崗岩を重ね、下見板の外壁を廻らせます。道路に面して上げ下げ式窓を並べ、玄関は南東角に配置。玄関内部はそのまま階段に繋がり、階段室とその上の小部屋で多角形に張出した楼閣を構成します。
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設計者の江川三郎八は技師として県内各地の学校建築を手がけましたが、校舎以外にも数多くの公共建物の設計に携わります。明治後期から大正期に掛けての県内公共建物の殆どが江川三郎八あるいはその門下の技師が手掛けたものと言われています。
100以上とも言われる作品の多くが木造で建てられた事もあり、学校建築を除くと現存例は多くありませんが、県技師として最も多忙を極めた明治後期、円熟期の作となるこの旧総社警察署は、宮大工から設計技師に転じ、独自の作風を作り上げた氏の庁舎建築における代表例と言えます。
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多くの学校建築に共通する「江川式」と呼ばれる様式は、入口のアーチ形状や2階の軒に見られるハーフティンバー等に踏襲されます。
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コーナーに入口を設ける手法や、階段室を多角形に張出す意匠は当時の木造庁舎建築に多く見られます。
同じく江川三郎八の作とされる旧倉敷町役場(大正5年)にもこの様式が用いられ、規模もほぼ同等の二つの建物には多くの類似点があります。
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入口周りと付近の足元周りをもう少々。
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裏面と側面です。
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物置きと思しき小さな小屋。同時期の物と思われます。
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側面を廻って再び正面へ
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館内を見て行きます。まずは1階部分。受付業務に充てられていたと思われ、カウンターが設けられています。
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奥の部屋には古民具や郷土資料が展示されています。
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階段を2階へ進みます。
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玄関の真上の部屋。展望に優れたこの部分は応接室に使われていたようです。
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奥の部屋には伝統産業だった備中売薬に関する資料が並びます。
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警察庁舎の現存例は全国に数多くありますが、それらの中でもこの旧総社警察署は様式性に優れ、明治期の木造庁舎の傑作として極めて貴重といえます。
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by sunshine-works | 2012-06-11 20:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 19日
旧遷喬尋常小学校校舎
岡山県真庭市の近代建築その4

久世駅から町の中心部へ向かう道の左手、グランドの奥に優美な木造建物が見えてきます。遷喬尋常小学校として明治40年に建てられたこの校舎は、この地で平成2年まで現役小学校として使われていました。設計:江川三郎八
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岡山県内各地で数多くの木造校舎を手掛けた県の技官、江川三郎八を代表する作品です。
ルネッサンス様式を基本に独特の表現を加えた江川式と呼ばれる一連の作品の中でも、とりわけ装飾性に富むこの建物は、とても小学校校舎とは思えない風格を備えています。
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二つの三角破風をマンサード屋根で繋ぎ、中央に校章を記した丸いドーマー窓を飾ります。
大きな屋根の内部、2階部分には講堂が設けられています。
(建物の特徴については、この建物を管理する財団のホームページに詳しい紹介記事があります。)
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煉瓦の基礎の上に御影石を積み、縦方向の羽目板の上部に下見板が張られます。
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胴蛇腹を挟んで2階部分も縦羽目板と下見板の順に張られます。窓の上部の壁面はハーフティンバー式に筋交いを露出させています。
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中央の玄関から校舎内部へ。公開されている館内を自由に見て回ることが出来ます。
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2階に設けられた講堂。昔の木造校舎にはこの様に2階を講堂とした物が多くありました。
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中央部が一段高くなっている折上げ天井。地元産の高級木材が用いられています。
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一部の窓には、板硝子が一般的となる前の古い手吹き硝子が残っています。厚さが不均一で景色が歪んで映っています。
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古くから商業が栄えた久世の町ではありましたが、これだけの校舎を建てるに際しては大変な財政負担が伴ったそうです。100年を超えて伝わるこの素晴らしい校舎からは、小さな地方の町にして県都岡山にもない豪華な小学校を建てた地域の人々の教育にかけた熱意を偲ぶことが出来ます。
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by sunshine-works | 2010-07-19 22:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 11月 23日
旧旭東幼稚園舎
岡山県岡山市の近代建築その9

岡山には戦前に建てられた学校建築が数多く残っていますが、幼稚園舎に於いても優れた建物が建てられました。今回紹介する旧旭東幼稚園は、県内で多くの学校建築を手がけた江川三郎八によって明治41年に建てられました。
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八角園舎の別称のとおり、正八角形の中心棟に4つの付属建物が繋がる構造です。接続する管理棟から中央の遊戯室が良く見渡せる配慮からこの様な様式が採用されたそうです。
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元々はこの場所から少し離れた旭川の対岸に建てられていました。昭和55年に解体保存となり、平成10年に当地に移築復元されました。
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広々とした遊戯室、木造建物の温もり、各面の窓から差し込む日差。園児達にとってさぞかし心地よい空間だった事と思います。
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このような八角形の園舎は岡山県下に少なくとも8ヶ所が建てられたのですが、他県には数例しか見られません。岡山で独自に発達した様式と思われますが、その後は途絶えてしまったところを察すると、合理的に見えて不都合も多かったのかもしれません。
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by sunshine-works | 2009-11-23 00:03 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 07月 24日
旧閑谷中学校本館
岡山県備前市の近代建築その5

JR山陽本線吉永駅から南へ、深い山の中に備前藩が開いた庶民教育の学校が閑谷学校です。この地には国宝の講堂や重要文化財に指定されている当時の建物がそのまま残っているのですが、敷地の一角には明治期に建てられた旧閑谷中学校の校舎も現存しています。現在資料館として使われているこの建物は明治38年、県の技師である江川三郎八の設計により建てられました。
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藩校として長い間庶民教育を担っていた閑谷学校も、廃藩と同時に一旦閉鎖となるのですが、明治6年に私立の教育所として再開されます。明治36年には旧制中学校に改変され、明治38年、旧学房跡地に新校舎が竣工します。
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木造2階建て下見板貼り、玄関のある中央部分から左右に両翼が伸びるコの字型の構造となっています。
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江川三郎八は福島県から招かれて岡山で活躍した設計者です。県下に残る木造の学校や庁舎には江川三郎八が手がけた物、あるいはその影響を受けた物が非常に多く、独特の様式は「江川式」と呼ばれています。
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校舎の外周に沿って一回り
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学校建築ならではの大きな窓が美しく並びます。天井の高さまで取られた窓によって採光や通風に十分な配慮がされています。
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この玄関から内へ入ります
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教育県と評される岡山県民の気質を育てた閑谷学校の精神を受け継ぐこの中学校は、戦後は新制高校に改変され、やがて昭和39年に閉校となります。その後は閑谷学校関連の資料を展示する施設として使われています。
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こちらが国宝に指定されている閑谷学校の講堂です。
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古い木造校舎が数多く残る岡山県の中でも、明治期の中学校校舎で現存する建物となるとそう多くはありません。その後県内各地に建てられる木造校舎の基本形となったこの建物は、当時の岡山の学校建築の水準の高さを今に伝えています。
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by sunshine-works | 2009-07-24 21:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)