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2013年 02月 23日
山陰本線鳥取県内区間の橋梁
鳥取の鉄道遺産


前回は山陰本線鳥取県内区間の木造駅舎を紹介しましたが、開業100年を超えるこの区間には他にも貴重な鉄道遺産が残ります。
鳥取以西の区間は本線とは言うものの運行本数も少なく、また未だに非電化・単線のままで置かれており、この為現在も多くの橋梁が古い規格のまま使われています。
今回は鳥取から下市までの区間に残るこれら古い鉄道橋梁を紹介します。
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鳥取市の西部、青谷駅西に位置する勝部川橋梁。
橋梁と名がありますが、実際には畑の中に半ば埋もれた状態で置かれています。この東側に新勝部川橋梁が架けられている事から、河川の付け替えで流路が変わって橋だけが残されたものと思われます。
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土に埋もれていますが、よく見ると橋脚は切石が詰まれています。コンクリートの傘石が乗せられている形状から、大正期から昭和初期に設置されたもののようです。
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橋台にも同様の切石が確認出来ます。
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線路は日本海沿いの狭い平地と丘陵の境を幾つものトンネルで抜け、平坦部では築堤上を進みます。
このような箇所には道路や水路を通す拱渠と呼ばれるトンネルを設けますが、泊駅西に残るこの煉瓦拱渠は相当に古く、明治の開業時のもののようです。
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草に覆われていますが、近寄って見ると入口周りには4重の煉瓦アーチが巻かれています。
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煉瓦を用いた入口周りと対照的な内部。岩肌にセメントらしきものを塗布しただけの簡単な仕上げです。
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由良~浦安間で加勢蛇川を渡りますが、現在の加勢蛇川橋梁の傍には旧橋で使われていた煉瓦橋台が残されています。開業時の橋脚にはこのような煉瓦構造物が多く使われていたと思われます。
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浦安~八橋間の洗川橋梁。昭和10年架橋。
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下市~中山口間の甲川橋梁。開業時に設置された石積橋脚が残ります。
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by sunshine-works | 2013-02-23 21:32 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 15日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その2
備中の鉄道遺産その10

前回に続いて岡山~倉敷間に残る山陽本線開業時の遺構を紹介します。
庭瀬駅周辺から中庄駅にかけての区間は水路や小川が細密に廻らされており、線路はこれらを小さな橋梁で越えていきます。
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短い物で2~3メートル、長いものでも10メートル未満。
当然ながら橋脚は持たず両側の橋台で桁を支持します。
これらの多くにはIビーム桁と呼ばれる小規模橋梁に多用される形式の桁が使われています。
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足守川を越える為に線路は高さを上げて築堤を進んで行きます。
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庭瀬駅の西で足守川を越えます。この矢部川橋梁の橋脚はすべてコンクリート製。大正期の複線化工事で設置されたものと思われます。
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足守川の西岸から中庄駅までの区間にも開業時の煉瓦構造物を持つ橋梁が確認できます。
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中庄駅を過ぎて程なくすると一旦線路は高架に上がります。
この先の区間は後年の改修が多く、開業時の遺構は見られなくなりますが、西阿智駅西側の旧線区間には現役当時の名残となる構造物が現存します。
高梁川を渡る手前のこの区間は昭和61年に路線の付け替えが実施されましたが、住宅街の一角には撤去されずに当時の姿を留める巨大なコンクリートの塊が置かれています。高梁川を越える築堤へ上る高架桁の橋台として使われていました。
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高梁川に差し掛かる直前で線路は小さな水路を跨ぎます。
抗口は戦後に築かれたコンクリート製の物ですが、この奥には明治期のものと思われる煉瓦アーチのトンネルが残されています。
当初単線で敷かれた線路を複線化した際にコンクリートでトンネルを延長したものと思われます。
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by sunshine-works | 2013-02-15 23:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 11日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その1
備前の鉄道遺産

明治21年に兵庫~姫路間を延伸開業した山陽鉄道の路線は、明治23年に岡山県東端の三石まで到達し翌24年には広島県福山までの区間が開通します。
県内最古の鉄道路線として120年を超える歴史を持つこの山陽本線は、その後改修・架け替えが頻繁に行われていますが、幾つかの箇所には竣工当時の鉄道施設が連続して現存する区間が残っています。
今回と次回は岡山~新倉敷間に残るこれら山陽本線の鉄道遺産を紹介します。
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岡山駅西方の北長瀬から新倉敷駅手前の西阿智までの区間は開業以来路線の変更が無く、路盤も高架化されずに今日に至ります。
この区間に点在する中小規模の橋梁や跨道橋の多くにはイギリス積の煉瓦構造物や花崗岩の下部構が現存しており、明治中期の開業時の貴重な遺構が今尚現用で使われています。
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岡山駅を発した下り山陽本線は北長瀬駅の西で白石川を渡ります。
この橋の前後の箇所には線路が川の土手を越えるために築堤が築かれ、道路を跨ぐ箇所には小さな跨道橋が設けられます。
白石川手前のこの小さな橋は乙一久川橋梁と名称がありますが、現在は跨道橋として使われています。
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当初単線で敷かれた山陽本線は大正期に複線化されます。大正期の複線化工事に際しては主にコンクリートが使われ、明治期の構築物の南側に並んで設置されています。
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北面には花崗岩の布積翼壁が当時のままで残ります。
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土手を越えた線路が白石川を渡ります。この白石川橋梁にも開業時に設置された橋台や橋脚が残されています。
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明治期の橋脚が上り線として使われている北側の線路を支えます。橋脚は煉瓦を積み、脇を花崗岩で補強しています。
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さすがにプレートガーダーは当初のものから架け替えられていますが、大正期と思われる古い規格のものが使われています。
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煉瓦の橋台。上部のコンクリート部分は後年の改修跡でしょう。
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白石川を渡って庭瀬駅までの区間にも小さな橋梁が続きます。
この区間も上り線の橋台部分に開業時のイギリス積煉瓦が現存しています。
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このような小さな橋梁はこの先の区間にも数多く設けられており、その多くに開業時の構造物が残されています。次回は残りの区間のこれら遺構を紹介します。
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by sunshine-works | 2013-02-11 17:25 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 30日
土讃線白川橋梁
徳島の鉄道遺産その6

吉野川に沿って南へ下る土讃線は、第一吉野川橋梁と第二吉野川橋梁の間で支流を渡ります。
この地点に架けられた白川橋梁も同区間が開通した昭和10年に設置されました。
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小歩危駅から2本のトンネルを抜けて国道を跨ぐ手前に架かります。
開けた谷間を渡るこの白川橋梁も他の土讃線橋梁と同様に高い地点に桁が渡されています。
上路式ワーレントラスの使用やコンクリート橋脚の上にトレッスルを組上げる構造は四国の鉄道橋梁には珍しく、他の土讃線橋梁には見られない特色を持ちます。
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中央部の上路式ワーレントラスは桁長約47メートル。
桁と水面との距離が大きく空いているこのような地点では特段下路式とする必要は無く、上路式とする事で橋脚を短くできる利点があります。
四国では少例となりますが、全国的には主に山間部の橋梁の多くでこの形式の桁が使われます。
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トラス桁の前後には鉄骨で組まれたトレッスル橋脚が据えられています。
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白川橋梁を渡った土讃線は、この先さらに険しい山岳地帯を抜けていきます。
山間部を渡るこの橋梁は、様々な橋梁が架けられた土讃線の中でも個性的な橋の一つとして現存します。
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by sunshine-works | 2013-01-30 21:17 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 26日
土讃線第二吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その5

吉野川西岸に沿って南へ進んできた土讃線下り列車は、観光名所として知られる小歩危~大歩危間で再び吉野川を渡ります。
美しい渓谷を眼下遥かに跨ぐこの第二吉野川橋梁は、第一吉野川橋梁と同年の昭和10年に架けられました。
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9基の鋼プレートガーダーと1連の曲弦トラスで構成される総長250メートルに及ぶ橋を10本のコンクリート橋脚で支えます。
川面からの距離は第一吉野川橋梁よりもさらに高く、中央の橋脚はおよそ30メートルの長さになります。
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上流域に近づくにつれ、吉野川はその幅を徐々に狭めながら流速を増していきます。
土讃線第二吉野川橋梁は、この流れが刻んだ広い谷間を上る吉野川を斜めに横切るように渡っていきます。
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小さな脇道を下りて谷底を流れる吉野川の川原へ。
頭上高く渡された橋桁を見上げます。
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橋の北詰からの眺めです。
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築後約80年を経た今も現用施設として使われる第一吉野川橋梁とこの第二吉野川橋梁は、難工事を乗り越えて開通した山岳路線土讃線を象徴する鉄道遺産として当時の技術を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-01-26 20:01 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 22日
土讃線第一吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その4

箸蔵~佃間で吉野川を渡った土讃線は、この先の区間を吉野川に沿って南へ進んでいきます。
吉野川が刻んだ深い渓谷の渕に張り付くように敷かれた線路は途中幾つかのトンネルを抜けながら川の東岸を並走し、三縄の先で西岸に位置を変えます。この地点を渡る第一吉野川橋梁は昭和10年に架けられました。
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香川県側から延伸した土讃線が三縄まで開通した昭和6年、同時に進められた高知県側の工区も北に延伸を重ね、未開通区間は四国山地の険しい山岳地帯を抜ける約50キロを残すのみとなります。
難工事の連続となった最終工区には多くのトンネルや橋が架けられますが、橋梁工事で最大の規模となったのがこの第一吉野川橋梁と次の第二吉野川橋梁でした。
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78メートルの曲弦トラスの前後にプレートガーダーを繋げた橋長は170メートル。長い橋脚で高く支えられた橋桁が深い谷間を渡ります。
この先で再び吉野川を渡る第二吉野川橋梁とは設置環境が良く似ており、プレートガーダー桁の本数が異なる以外は殆ど同規格。中央部に使われた川崎造船製造の曲弦トラスは長さも重さも同一のものです。
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トンネルを抜けた土讃線は、川沿いに開けた集落の際を抜けて再び対岸のトンネルへと向かいます。
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橋を渡った土讃線が向かう氷見山トンネルの抗口。
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橋の西詰からの俯瞰です。
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吉野川を渡った列車は再び深い山の中へと進んでいきます。
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by sunshine-works | 2013-01-22 19:52 | 近代建築 徳島県 | Trackback(1) | Comments(0)
2013年 01月 18日
土讃線吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その3

箸蔵駅を出た土讃線下り列車は、大きくカーブしながら南へ方向を変え、吉野川の広い河原へ進んで行きます。この地点を渡る土讃線吉野川橋梁は昭和4年の同区間開業時に架けられました。
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川面を渡る4連の曲弦トラスとその前後に繋がる16基のプレートガーダーで構成されるこの橋は、橋長570メートルを超える当時としては最大級の鉄道橋となりました。
現在に至るまで土讃線で最長、徳島県内の鉄道橋梁としても高徳線の吉野川橋梁に次ぐ長さとなります。
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丘陵から平地に下りて畑の中の築堤上を進んできた土讃線は、プレートガーダ部分で再び高さを上げながら川面のトラス桁へと向って行きます。
小高い丘陵となっている川の南詰の高さに合わせる為に、太いコンクリート橋脚で高い位置に橋桁を持ち上げて行きます。
山と山の間を縫うように流れる河川を渡る土讃線橋梁の多くは、水面からの高さを確保する為に長い橋脚を特徴とします。
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中央部分の4連の曲弦トラス。径間長は異なりますが、同時期この先の土讃線に架けられた橋梁に共通する規格のものです。
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四国山地を北上してきた吉野川は阿波池田の手前で川幅が広くなり、緩やかな流れとなって東に向きを変えて行きます。
箸蔵~佃間で吉野川を渡るこの地点、背後に山並みを望む開けた河原の景色の中、川中に据えられた太いコンクリート橋脚が高い位置でトラスを支えます。
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4連のトラスや巨大なコンクリート橋脚が連なるこの吉野川橋梁は、土讃線の構造物中で最も規模の大きなものとなりました。
当時の土木技術の粋を集めたこの吉野川橋梁は四国の鉄道敷設の歴史を今に伝えています。
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by sunshine-works | 2013-01-18 20:09 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 14日
土讃線州津川橋梁/汐入川橋梁
徳島の鉄道遺産その2

県境の猪之鼻トンネルを抜けた土讃線は、次のトンネルの手前で小さな川を渡って坪尻駅へと進んでいきます。
この地点に架けられた州津川橋梁には福知山線の旧線区間で使われていた明治期の橋桁が転用されています。
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秘境駅として知られる坪尻駅から山伝いに川原へ抜けて進むこと数十分、トンネルとトンネルの間の狭い谷間に錆の浮いた一連のプラットトラスが見えてきます。
吉野川水系の州津川を渡るこの橋は土讃線の徳島県内区間最初の橋梁となります。
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このトラスは、元々は福知山線の前身にあたる民営の阪鶴鉄道が明治32年に有馬口~三田間延伸に合わせて設置した輸入桁の一つで、第四武庫川橋梁として架けられました。
同線で昭和27年まで使われた後の昭和29年に当地へ移築され、2代目の州津川橋梁の桁として再利用されます。
移設に際して長さを合わせる為に中央部を短縮していますが、それ以外は明治31年の製造当初のままで使われており、徳島県内の鉄道橋桁としては最古のものと思われます。
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他線区に比べて開業が後年となった四国の鉄道路線には、この州津川橋梁と同様に他から移築された橋桁が多数存在します。運行本数や列車加重が他線区ほど多くない四国では、古い規格の橋桁でも運用が可能だったと思われます。
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坪尻駅から4本のトンネルを抜けて次の箸蔵駅へ。土讃線はこの先で大きくUターンして西へ方向を変えていきます。この屈曲部の頂点で渡る汐入川には昭和4年の土讃線延伸時に架けられた橋梁が現在も使われています。
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小高い丘陵を進んできた線路が汐入川の谷間を越えて隣の丘陵へと渡る地点に架けられています。
丘の高さに合わせるために大小の橋脚が斜面や谷底から立ち上がり、頭上高くプレートガーダーを支えます。
橋脚のタイプは同時期に架けられた橋梁に一般的な円柱断面のコンクリート製。徳島県内の土讃線はすべてコンクリート橋脚が使われます。
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この区間が開通した昭和4年以後土讃線は順次延伸を重ね、昭和10年に県南部の工区が開通して高知側からの延伸区間と繋がります。
この汐入川橋梁は難工事が連続するこの先の土讃線橋梁施工の雛形として、重要な存在となりました。
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by sunshine-works | 2013-01-14 13:58 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 29日
山陰本線千代川橋梁
鳥取県鳥取市の近代建築その4

鳥取県最大の河川、千代川は県南部の中国山地を発し、鳥取平野を北流した後に鳥取市の中心部で日本海へ注ぎます。
鳥取駅と湖山駅の間でこの千代川を越える山陰本線千代川橋梁は、明治41年の開通当時の姿を留めています。
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千代川の河口近く、約400メートルの広い川幅を渡ります。
22のプレートガーダーが連なるこの千代川橋梁は県内の鉄道橋梁としては最大の橋長を誇ります。
*詳細はこちらをご覧ください。
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千代川を渡るこの地点には、現在2つの橋梁が架けられています。下流側に開業当初のプレートガーダー橋、上流側にトラス橋が並んでいますが、プレートガーダー橋はトラス橋と重なって見えるため、遠方からは一つの橋に見えます。
このうち山陰本線として使われているのは上流側の新橋で、旧橋は車両基地の引込線へ続く路線として使われています。
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橋脚は当時の標準的な楕円系断面の石積橋脚。昭和6年に桁上げした際に上部をコンクリートで補強されています。
橋脚に渡される22連のプレートガーダーは作35年式と呼ばれる形式で、制定されて間もない新しい規格のものが使われました。
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プレートガーダーの規格は数種類のものが混在しています。一部は後年に取り換えられたものもあるようで、鉄道省の四角い橋銘板の他に、国鉄時代の楕円形の橋銘板が確認出来ます。
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本線と呼ばれる主要幹線に於いて、明治期に架けられた橋梁が今尚現役で使われている数少ない事例です。
古い鉄道施設が数多く残る山陰本線の中でも、大規模橋梁としては全線で最も古いものとなるこの千代川橋梁は、当時の技術を今に伝える資料として貴重な鉄道遺産です。
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by sunshine-works | 2012-05-29 22:22 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 13日
川辺橋
岡山県総社市の近代建築その2

南流してきた高梁川は、総社市を通過する頃には川幅も広く流れも緩やかになっていきます。
伯備線清音駅の傍、川辺に掛けられた橋長450メートルを越えるこの大きな橋は昭和8年に竣工しています。
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3連のトラス桁に15連のプレートガーダー桁が繋がって一つの橋となります。
3連のトラスの内、真中のトラスは前後のトラスより一回り大きく造られ、独特の外観となっています。
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広い河川敷をプレートガーダーで渡り、川面を渡る部分は桁長を確保する為に下路式の単純桁トラスを渡します。
トラス桁はその後県内各地に架けられた室戸台風復興橋と共通する造りで、この時代のトラス橋として標準的なものです。
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この川辺橋が竣工した翌年、室戸台風によって県内の橋梁の多くが被害を受けましたが、川辺橋は流失を免れます。
広い河川敷を持つ下流域故に流量が分散された事がその理由の一つと思われますが、前述した桁配置の工夫も相応の効果をもたらしたようです。
流失を免れた川辺橋は、交通路が寸断された中で対岸へ渡る貴重な橋となりました。
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後方に見える桁は後年に掛けられた現川辺橋。
川辺橋付近は交通量が多く、車線幅の狭い戦前の橋に代わって新橋が架け直されました。旧川辺橋はそのまま残され、人道橋として利用されています。
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川面から眺めた橋脚。楕円形断面のコンクリート製橋脚は当時の標準的な仕様です。
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多くの橋梁を押し流した昭和9年の室戸台風でしたが、このように被害を免れた橋梁も僅かながらありました。
当時の姿のまま残されたこの橋は、復興橋梁以前の大規模橋梁の現存例として貴重な資料となっています。
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by sunshine-works | 2012-05-13 23:58 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)