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2014年 06月 20日
牟岐線富田川橋梁
徳島の鉄道遺産その15

徳島駅から海部市へ至る牟岐線は、関西との航路が結ばれた小松島港と徳島間の連絡線として敷設された民営路線を前身の一つとし、その歴史は大正初期に遡ります。
徳島市街地から南へ伸びるこの牟岐線の沿線には、開業当初の姿を今尚留める古い鉄道施設が数多く残されています。
徳島の鉄道遺産その15は、開業時の煉瓦橋脚と橋桁が現存する徳島中心部の富田川を渡る橋梁を紹介します。
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牟岐線の前身、阿波国共同汽船による徳島~ 小松島間の開業は大正2年。徳島駅を発した下り線が最初に渡る橋梁が、この富田川橋梁となります。
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川中に3基、地上部分にも煉瓦橋脚が置かれ、プレートガーダー桁を支えます。
プレートガーダーに鉄道省の銘板は無く、「川崎造船兵庫分工場」のプレートが貼られています。同工場は明治末期に開設されているので、この橋梁の開設時に架けられた桁が今尚使われているものと思われます。
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地上部分に置かれた橋脚。丸みを持たせたイギリス積みの煉瓦橋脚です。
橋の両側にも同様な煉瓦構造物が残ります。
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by sunshine-works | 2014-06-20 23:36 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 15日
高徳線鮎喰川橋梁
徳島の鉄道遺産その14

徳島市街へ向かう高徳線は吉野川橋梁の南で支流の鮎喰川を跨ぎます。この鮎喰川橋梁も同区間が開通した昭和10年に架けられました。
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吉野川河畔から繋がる広い河川敷を渡る連続プレートガーダー。
川幅自体は100メートルもありませんが、道路を跨ぎ、畑を横切り、藪を抜けて長々と桁が続いていきます。
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吉野川橋梁とは短い距離で隣り合います。同時期に竣工した2橋ですが、日本初の3径間連続トラスとなった吉野川橋梁とは対照的に、この鮎喰川橋梁は旧来の単径間プレートガーダー桁が用いられました。
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吉野川を跨ぐ吉成駅と佐古駅間は、前身の阿波鉄道時代の未成区間を国有化後に完成させたもの。
プレートガーダーは鉄道省の規格が用いられています。
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2本のコンクリート柱が並ぶ珍しい形状の橋脚。吉野川橋に接続する小橋にも同様の橋脚が使われています。
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by sunshine-works | 2014-06-15 22:53 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 10日
高徳線吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その13

前回紹介した吉野川橋(旧古川橋)から上流側へ約3キロ、この地点にも昭和初期に架けられた重要な橋が現存しています。
高松と徳島を結ぶ高徳線が吉野川を渡るこの橋梁は昭和10年に架けられました。
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広い川幅に据えられた15基のコンクリート橋脚の上を渡る長大な連続トラス橋。
両端を単径間トラス、中間部には4基の3径間連続トラスが渡されます。
3径間トラスの鉄道橋梁として日本初、橋長950mは現在もJR四国管内の河川橋梁として最長の規模を誇ります。
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土手を越え、広い河川敷を横切り、その先の穏やかな川面を延々と橋が渡っていきます。
それまで連絡船が結んでいたこの地点に架けられた吉野川橋梁は、当時の最新技術を駆使した最大級の鉄道橋梁となりました。
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橋の両端部に架かる単径間トラス。この時代の標準的な規格のものです。
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中間部には3径間を跨ぐ長いトラスが用いられました。
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吉野川本流に架けられた橋梁の南側には分流を跨ぐプレートガーダー橋が繋げられ、線路は築堤へと導かれます。
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by sunshine-works | 2014-06-10 23:31 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 05日
吉野川橋
徳島県徳島市の近代建築その3

徳島市街地の北方、吉野川の広い川幅を17連の連続トラス橋が渡ります。
架橋当時東洋一の規模を誇った吉野川橋は昭和3年に架けられました。設計:増田淳
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河口から約5キロの地点、1000メートルを超える対岸まで、延々とトラスが連なります。
当時既に連続トラス橋は各地に架けられていましたが、1000メートル超の道路橋として日本で始めてのものとなりました。
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県北部を結ぶ重要な交通路として渡された吉野川橋ですが、片側1車線と狭く、耐加重も限られる為、昭和47年に下流側に吉野川大橋が架けられました。
以降は幹線の役割を譲る形となりましたが、補修を重ねながら、現在も現役で使われています。
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複雑に組み合う鉄骨、びっしりと打たれたリベット。洗練された現在の橋とはまた違った味わいがあります。
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by sunshine-works | 2014-06-05 23:33 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 25日
宇野線の橋梁2
備前の鉄道遺産

前回に引き続いて宇野線の煉瓦・石積み橋梁探訪。今回は茶屋町駅から終点宇野駅までを紹介します。
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茶屋町駅を過ぎて南へ。小川や用水路を渡る開渠が連続します。
このような小さな橋梁にも弧状煉瓦が使われています。
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瀬戸大橋線と分岐した宇野線が植松川を渡る橋梁。この橋梁も開業当時の煉瓦構造物が現存します。
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植松川を渡った先の住宅街の中に残る避溢橋。
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八浜駅の先、溜池を渡る箇所に架けられた橋梁。
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備前田井駅手前の橋拱。開業時の施設で唯一現存するコンクリートアーチの構造物となります。
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花崗岩が貼られた内壁。
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田井橋拱を抜けて宇野の市街地へ。住宅街脇の築堤が道路や小川を跨ぐ地点に明治期の橋梁が連なります。
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終点宇野駅近く、汐入川を渡る橋梁。
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by sunshine-works | 2013-12-25 23:59 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 20日
宇野線の橋梁
備中の鉄道遺産

岡山駅と宇野駅を結ぶ宇野線の開業は明治43年。
瀬戸大橋の開通までの約80年に渡って本州と四国を結ぶ重要路としての役割を果たしました。
岡山で4番目に古い歴史を持つこの宇野線には開業時に設置された橋梁の多くが現存し、煉瓦や石積みの構造物が当時の姿を伝えています。
今回と次回に亘ってこの宇野線沿線に残る橋梁を紹介します。
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岡山市の南西部、備前・備中境界の笹ヶ瀬川を渡る橋梁。
幾つかの橋脚はコンクリートに代えられていますが、橋桁は鉄道省時代のもの、橋台は開業時からの煉瓦構造物が現存します。
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煉瓦を積んだ橋台。コーナー部分には、角を丸めた煉瓦が使われています。
この弧状煉瓦は、宇野線開業時に設置された構造物の多くに使われました。
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橋の北詰には開業当時の煉瓦・石積橋脚が現存します。
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弧状煉瓦が使われた橋台。
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橋銘板には川崎造船株式会社兵庫工場製の文字。製造年度は読み取れず。
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煉瓦の橋台は笹ヶ瀬川橋梁の前後に連なる橋梁にも確認出来ます。
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笹ヶ瀬川橋梁から宇野方向へ。水路を渡る小さな橋梁が点在します。
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茶屋町駅近くの水田地帯にも煉瓦の橋梁群が続きます。
瀬戸大橋開通に合わせて新線が敷き直されたこの区間、旧橋梁は路線が取り外された状態で残されています。
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架け代えられたコンクリート橋桁に並ぶ旧橋桁の基部。
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道路と水路を跨ぐ橋梁が並ぶ第二藤戸川橋梁。
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こちらの橋梁は桁が外され、橋台のみが残されています。
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by sunshine-works | 2013-12-20 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 15日
山陽本線旭川橋梁
備前の鉄道遺産

下りの山陽本線は、岡山市街へ差し掛かる手前で岡山三大河川の一つ、旭川を渡ります。
この旭川橋梁の上り線には開業時の煉瓦積橋脚が今尚現役で使われています。
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旭川下流の広い川幅を渡るプレートガーダー。
250メートルの桁長を短い間隔で並ぶ橋脚が支えます。
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手前側が開業当時の煉瓦橋脚、奥側が複線化された大正12年に架けられたコンクリート橋脚。
山陽鉄道は明治39年に国有化されていますので、コンクリート橋脚は鉄道省時代のものとなります。
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煉瓦橋脚にはこのように花崗岩で縁が補強されています。
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下り線を支える大正期のコンクリート橋脚。
楕円形断面の当時の一般的な形状のものです。
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プレートガーダーは大正12年の複線化に伴い架け代えられたもの。
古い橋脚に合わせる為、従来規格のものより桁高を下げた仕様となっています。
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by sunshine-works | 2013-12-15 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)
2013年 12月 10日
山陽本線吉永~上道間の鉄道橋梁
備前の鉄道遺産

山陽本線の前身となった山陽鉄道の岡山延伸は明治24年。
3月に兵庫県西部から岡山駅までが開通、次いで倉敷、笠岡と延伸を重ね、同年中に県内区間が全通します。
重要幹線としての役割を担ったこの山陽本線は、その後に路線の付け替えや改修を重ねた為、現存する開業時の遺構の多くが失われていますが、県東部の区間には当時の面影を留める橋梁が点在しています。
以前には三石駅周辺の煉瓦拱渠を紹介しましたが、今回はその先の吉永~上道駅間の煉瓦・石積橋梁を紹介します。
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吉永駅と和気駅の中間で渡る日笠川橋梁。橋脚や橋台の一部に、開業時の煉瓦構造が使われています。
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煉瓦橋梁が残るのは上り線として使われている上流側。下流側にコンクリート橋脚が並びます。
その上に渡される橋桁は開業当時のものではありませんが、鉄道省の銘板が貼られた古い規格のものです。
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橋を渡って暫らくは築堤の上を進みます。
この区間には道路や河川を通す拱渠や架道橋が続きます。
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花崗岩の切石を積んだ拱渠。
同じ山陽鉄道時代の工区ですが、煉瓦積み・石突積みの双方が混在しています。
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川田川を渡る橋梁にも石積みの橋台が使われています。
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上り線側が煉瓦、その後に拡幅された下り線側にはコンクリートの擁壁が並んでいます。
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瀬戸駅近くの馬渡川橋梁。
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その先の区間にも小さな架道橋が連続します。
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瀬戸駅と上道駅中間の半円アーチの架道橋。
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百田川架道橋、一ツ木川橋梁へと進んで岡山の市街地へ。煉瓦・石積み橋梁はここで一旦途切れます。
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by sunshine-works | 2013-12-10 19:13 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 15日
徳島線鮎喰川橋梁
徳島の鉄道遺産その10

徳島市西部の鮎喰~府中間で徳島線は吉野川支流の広い河川敷を渡ります。
この鮎喰川橋梁も前回紹介した川田川橋梁と同時期に架けられたものです。
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川幅300メートルを超える鮎喰川を楕円橋脚が支える20連のプレートガーダーが渡ります。
桁の形式は川田川橋梁と同じポーナル桁、楕円橋脚は大正期以降のコンクリート橋脚に見えますが、竣工時の煉瓦橋脚にコンクリートを被せて補強したもので、元々は川田川橋梁と同じタイプの煉瓦橋脚が使われていました。
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広い川幅に等間隔で並ぶ橋脚。
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橋脚のすべてがコンクリートで補強された楕円形状のもの。この補強工事は昭和11年に実施されています。
この例から察すると、現存する古い時代のコンクリート橋脚の中には、このように煉瓦あるいは石積の橋脚にコンクリートを巻きたてて使われているものが数多いのではないでしょうか。
見た目には当初からコンクリートで造られた橋脚と殆ど見分けが付きません。

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徳島鉄道時代の橋梁に使われていたポーナル桁。
イギリス製のポーナル桁や鉄道院規格のものとは異なる、徳島鉄道独自のものです。
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by sunshine-works | 2013-11-15 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 10日
徳島線川田川橋梁
徳島の鉄道遺産その9


穴吹川橋梁を渡って東へ進んだ徳島線は、川田~阿波山川間で吉野川支流の川田川を越えます。
この地点に架けられた川田川橋梁も開業当時の姿で今も使われています。
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前回紹介した半田川橋梁・穴吹川橋梁が架けられたのは徳島線の最終工区で、同区間の開業は大正3年。
延伸工事は徳島鉄道を買収した鉄道院によって進められました。
これに対し、この川田川橋梁を含む区間は旧徳島鉄道時代に延伸されたもので、年代(およそ10年の差)や運営主体の違いから、橋梁の形態は前者と大きく異なるものとなっています。
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煉瓦橋脚の形は、上流側の先端を尖らせた長5角形。上段が1段細く、その上に傘石を重ねます。
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鋭く尖った先端部。流下物が橋脚に絡まなくする為のものです。
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同じ面を反対側から。
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この川田川橋梁が架けられたのは明治33年。
当時の鉄道橋梁は北海道を除くとイギリスの規格が使われており、この橋梁にもポーナル式と呼ばれる古い橋桁が用いられています。
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ポーナル桁の特徴を示す先端が折れ曲がったステッフナー。
明治中期に導入されたポーナル桁の現存例は全国的にも然程多くはありません。
古い鉄道施設が数多く残る四国でも少数ですが、徳島県内にはこの川田川橋梁の他に数例が確認出来ます。
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110年を超えて現役の橋桁と橋脚。
ローカル仕様の古い気動車が渡っていきます。
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by sunshine-works | 2013-11-10 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)