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2016年 03月 04日
北吸隧道
京都府舞鶴市の近代建築その14

舞鶴赤レンガパークから東舞鶴駅へ向けて敷石の遊歩道が通じています。この遊歩道が途中でくぐる煉瓦トンネルは、かつて東舞鶴駅から軍港の間に敷かれていた引込線の鉄道トンネルとして明治37年に設置されたものです。
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舞鶴軍港の造営と平行して進められた福知山~新舞鶴(現在の東舞鶴)間の鉄道開通は明治37年。同時に終点の新舞鶴から軍港の間に軍事輸送の為の引込線が敷かれました。
この路線は軍港が廃止された戦後も中舞鶴線として運用されますが、昭和47年に廃線となった後は長らく放置された状態でした。
平成に入って遊歩道として旧路線跡が整備されるのに併せて隧道も修復され、現在は舞鶴の観光スポットの一つとなっています。
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抗門部は福知山~新舞鶴に敷かれた舞鶴線の隧道に共通する意匠。総煉瓦で装飾豊かな造りは重要な軍事路線としての格を示すものとも思えます。
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トンネル内部。竣工時には壁面すべてに煉瓦が張られていました。
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東舞鶴駅側の抗門部。
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by sunshine-works | 2016-03-04 21:17 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 23日
松江大橋

島根県松江市の近代建築その8

松江市中心部を南北に分かつ大橋川には4つの橋が渡されています。これらの中で最も古い歴史を持つ松江大橋は代々架け替えられて現在で17代目。昭和12年に竣工しました。
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宍道湖へ注ぐ大橋川の河口近くに架けられた橋長134メートルの鉄筋コンクリート橋。橋上には擬宝珠や灯篭の和風意匠が施されていますが、下部構にはゲルバー桁やコンクリート橋脚をはじめ当時先進の近代土技術が用いられています。
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橋上を飾る擬宝珠と灯篭。高欄には岡山産の花崗岩を用いています。
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床版を支える鋼板製の主桁。当時の鉄道橋梁のものと同じような形状をしています。
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中央に張り出したバルコニー。この時代の都市部の橋梁の多くはこのような展望台を備えていました。
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西日に照らされて橋上に長く影を落とす灯篭。
近代橋梁として架け替えられた大橋の美しい意匠は景観に溶け込み、松江の銘橋として親しまれています。
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by sunshine-works | 2015-08-23 23:57 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 30日
岡田橋
京都府舞鶴市の近代建築その1

舞鶴市の西部、国道と並行する由良川の支流に1基の石造橋が移築保存されています。
京都府内に現存する明治期の石造アーチ橋2例の一つとなるこの岡田橋は明治21年に架けられました。
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橋長17メートル、幅5メートル。花崗岩の切石を積み上げた単式アーチ。設計は琵琶湖疏水を手掛けた田辺朔太郎とされています。
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京都と宮津を結ぶ街道整備事業に伴い設置されました。同事業の遺構としては、亀岡市の王子橋(この橋も田辺朔太郎が設計しています)や、以前紹介した粟田トンネル(撥雲洞)が現存しています。
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橋本体と欄干の色合いが異なります。元々の欄干は途中で失われており、移築に際して新たに付け加えられたもの。形状もオリジナルと異なるようです。
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岸辺からアーチを伺います。
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橋上の眺め。
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by sunshine-works | 2015-05-30 20:36 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 16日
京丹後鉄道 由良川橋梁
京都の鉄道遺産

舞鶴と豊岡を結ぶ京丹後鉄道宮津線は鉄道省によって敷かれた旧国鉄宮津線をその前身とします。
起点の西舞鶴から若狭湾を経て丹後半島を抜けた網野までの区間が大正13年に開通。その後西へ延伸を重ね、昭和7年に西舞鶴~豊岡間が全通します。
開通から90年を経たこの区間には開業当時の姿を留める多くの鉄道遺産が現存していますが、その中で最大のものが今回紹介する由良川橋梁です。
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宮津市と舞鶴市の境、若狭湾に注ぐ一級河川由良川の河口に架けられた長大橋。
25基のコンクリート橋脚の上をプレートガーダー桁が延々と渡ります。
鉄道橋梁として現在に至るまで京都府最長を誇る橋長552メートルの由良川橋梁は大正13年に竣工しています。
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河口の広い川幅を渡る橋桁。
架橋時の資料や写真に拠れば、軌道上の作業車からプレートガーダー桁を前方に繰り出して繋ぐ、最先端の工法が用いられました。
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舞鶴側にあたる東詰。現在補修工事が行われています。
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宮津方の西詰です。
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橋桁を支える鉄筋コンクリート橋脚。一見切石積みに見えますが、コンクリートの表面に目地を刻んで石積風に仕上げたものです。
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by sunshine-works | 2015-05-16 22:45 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 09日
撥雲洞(栗田トンネル)
京都府宮津市の近代建築その5

宮津の市街地から舞鶴方面を結ぶ県道を東へ。脇道を進んで程なく、小高い丘を隧道がくぐります。
栗田半島の付け根に掘られたこのトンネルは明治19年に開通しました。
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幅約5メートル、長さ120メートル余。両側に切石のポータル、内部は素彫りの岩盤にモルタル塗布。
明治初期、府の事業として進められた京都-宮津間道路整備の最終段階に竣工したこのトンネルは京都府内に残る近代隧道の中で最古のものと思われます。
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花崗岩を積んだ抗口。宮津側の眺めです。
両脇にピラスター、パラペットには「撥雲洞」の扁額を掲げます。
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ピラスターと翼壁の詳細
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内部は車両1台が通れる程度の幅。内壁の一部は岩盤が剥き出しの箇所もあります。
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舞鶴側の抗口。「農商通利」の扁額が揚げられています。
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旧道となった現在は行き交う車も疎らですが現役施設。
明治初期の隧道が今尚使い続けられている数少ない事例です。
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by sunshine-works | 2015-05-09 23:53 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 30日
徳島の隧道
徳島の隧道

徳島県の地勢はその面積の8割が山地で、吉野川沿いに細長く平野部が連なる以外は、ほとんどが森林や険しい山々で占められています。
とりわけ山深い県南部では、長い間人々の営みは山々に隔てられ、往来や交易に困難を極めた状態が続いていました。
このような状況も、明治の世になって経済活動が活発となると、県内各地の街道整備が急速に進められ、西洋から導入された近代土木技術を用いて、険しい山を越えて町や村が結ばれていきます。
これらの街道の要となったのが随所に掘られた隧道で、その多くは人力施工による質素なものでしたが煉瓦やコンクリートを用い、坑口には扁額を飾る本格的なものもありました。

現在、これら初期の隧道の多くは新しい隧道の開通に伴って取り壊されてしまいましたが、生活道路として存続しているものや供用を終えたまま放置されたものに往時の姿を偲ぶ事ができます。
今回は県南部の山中に残るこれらの隧道の幾つかを紹介します。
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阿南市に残る橘隧道。現在は3代目となるトンネルが通されていますが、明治43年に竣工した初代の隧道が現存します。
 
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煉瓦巻き、抗口の角には切石を用いています。
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南へ下った海部郡美波町に残る一之坂隧道。竣工年度は県内の近代隧道としては再古の明治36年。閉鎖されて長い持間が過ぎているようで、坑内は半ば水没状態。坑口も裂け目が生じています。
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両方の坑口には緻密に詰まれた煉瓦や切石が当時の姿で残されています。
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同じく海部郡の山中で現在も使われている松阪隧道。コンクリート打設の隧道としては日本最古と言われています。大正10年竣工。
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アーチ上部に掲げられた扁額。東側のこの面には「道通天地」、西側には「松坂隧道」と刻まれています。
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トンネルの長さは90メートル弱。2分もかからず反対側に抜けます。
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海陽町の旧道に残る初代猪之峠隧道は昭和6年の竣工。こちらも現役で使われています。
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車両も通す現役施設だけあって内壁は補強され、路面もコンクリートが敷かれています。
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by sunshine-works | 2014-11-30 23:25 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 19日
牟岐線那賀川橋梁
徳島の鉄道遺産その18

前回紹介した那賀川橋から河口へ約4km、阿波中島~阿南間で牟岐線が那賀川を渡ります。この那賀川橋梁は昭和11年に架けられました。
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橋長470メートル。緩やかな流れの上を10連のワーレントラス桁が渡ります。現存する戦前築の鉄道橋梁としては県内で3番目の長さ、牟岐線では最長となります。
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鉄道橋に併設されている人道橋を渡りながら各部を眺めます。
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南詰めの踏切から捉えたトラスの奥部。
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前年に架けられた高徳線吉野川橋梁が先進的な3径間連続トラス方式で架けられたのに対し、この那賀川橋梁は従来通りの単径間トラス方式。桁の形式は吉野川橋梁と同じ平行弦トラスが用いられます。
現代のトラス桁に通じる洗練されたスタイルです。
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上流側からの眺めです。
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by sunshine-works | 2014-11-19 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 07日
那賀川橋
徳島市阿南市の近代建築その1

吉野川水系を跨ぐ橋梁の数々をこれまで紹介してきましたが、徳島南部を流れる1級河川那賀川にも古い歴史を持つ橋梁が現存しています。
今回と次回では昭和初期に架けられた那賀川下流を渡る二つの橋梁を紹介します。
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阿南市市街地の西、国道が上中島~羽ノ浦間で那賀川を渡ります。
この地点に架けられている那賀川橋は昭和3年に竣工しました。設計:増田淳
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300メートルを超える川幅を、4連の下路ワーレントラスとこれに繋がるコンクリート桁が渡ります。
トラス桁は昭和3年竣工時のもの、コンクリート桁は昭和17年の拡幅時に追加されています。
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この那賀川橋と吉野川橋は共に増田淳の設計で同年に架けられています。
双方のトラス桁部分は径間長が異なるものの、部材の組み方や太さ、曲弦の傾斜角は殆ど同じ。共通した規格が用いられたと思えます。
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この時代の鉄骨構造物らしく無骨なリベットが各部を繋ぎます。
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支柱に取り付けられた大きな銘板。橋の要目と工事関係者の名前が記されています。
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この橋も吉野川と同様にバイパスの開通によって主要道の役割を新橋に譲りますが、補修を重ね今尚現役で使われています。
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by sunshine-works | 2014-11-07 23:37 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(2)
2014年 07月 15日
山陰本線 竹野~居組間の鉄道施設2
但馬の鉄道遺産9

前回に続いて但馬に残る山陰本線の鉄道遺産、今回は佐津から鳥取県境までの区間を紹介します。
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香住駅西方に架けられた矢田川橋梁。開業時の石積橋脚がプレートガーダーを支えます。
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前回紹介した佐津川橋梁と同様に切石積の橋脚。佐津川橋梁の橋脚と異なり、川中の橋脚は円柱形状となっています。
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河川敷部分の橋脚は佐津川橋梁と良く似た形状。上部は後年に嵩上げされているようです。
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餘部~久谷駅間の山間に架かる西川橋梁。こちらには四角柱の煉瓦橋脚が用いられています。
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開通時この区間で最長となった桃観トンネル。煉瓦積の入口坑門には、扁額を掲げています。
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県北西部の鉄道拠点、浜坂駅構内に残る煉瓦積の給水塔。明治末年に設置されています。
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この区間の蒸気機関車が退役した昭和45年以降は使われることも無く、蔦に覆われています。
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浜坂駅から西へ一駅。諸寄駅は昭和6年に停車場として建てられた駅舎が使われています。
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ホームの景色。上屋壁面がトタンで塞がれています。
無人駅となった後に、不要となった駅舎の一部を取り壊したものと思われます。
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諸寄駅傍の小さな橋梁。
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諸寄~居組駅間で渡る大栃川橋梁。前後を切石で補強した煉瓦橋脚が使われています。
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by sunshine-works | 2014-07-15 23:57 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(4)
2014年 07月 10日
山陰本線 竹野~居組間の鉄道施設1
但馬の鉄道遺産その8

前回は、但馬に現存する大正期のラチスガーダー桁を2例紹介しましたが、但馬の山陰本線区間には、他にも多くの鉄道遺産が残されています。今回と次回はこれらの鉄道施設を紹介します。
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竹野駅~佐津駅の途中、山陰本線が日本海に出た先の築堤下を抜ける拱渠。小さな川と人道が通されています。
内壁も含めてすべて煉瓦積み。同区間開通時(明治末)の築と思われます。
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西隣の濱須井集落にある拱渠。先程の切浜拱渠と同規模。仕様も良く似ています。
この様な煉瓦拱渠は明治大正期に敷設された路線に用いられましたが、その後の路線付け替えや改修によって大半が失われています。山陰本線には今尚この種の煉瓦拱渠が多く残されており、当時の姿を今に伝えています。
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西へ進んで程なく、煉瓦の橋台が残る第一相谷川橋梁。橋桁は後年に架け替えられていますが、煉瓦構造物は開通当時のものです。
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香美町の安木川橋梁も開業当時の煉瓦橋脚、橋台が現存します。
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訓谷集落の小さな橋梁。架け替えられたコンクリート橋桁を明治期の煉瓦橋台が支えます。
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佐津駅手前に架けられた佐津川橋梁。煉瓦橋脚と並んで多用された当時の石積橋脚が現存します。
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by sunshine-works | 2014-07-10 23:51 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)