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2017年 11月 04日
大堰橋(八木大橋)
京都府南丹市の近代建築

山陰本線八木駅から続く古い町並みを抜けて大堰川の岸へ。旧道はこの場所で古い鉄橋を渡ります。80年を超えた今も現役で使われているこの美しい橋は昭和10年に架けられました。
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桂川水系大堰川の200mを超える広い川幅を3連のトラスと3連のプレートガーダー桁が渡ります。トラス桁は当時の先進技法カンチレバートラスが用いられ、最長部で40メートルの経間長を得ています。
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細密にリベットが打たれた鋼材が並ぶ橋上の様子。
橋銘板には横川橋梁製作所、昭和拾年の文字が読み取れます。
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この橋には竣工当時の親柱が東西共に現存しています。こちらは西詰側に残る親柱。
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こちらは東詰の親柱。東詰側に連なるプレートガーダー桁は河川改修に伴って架け直されていますので、この親柱はこれに合わせて移設されたものと思われます。
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左右の川岸からの遠景。側面から眺めると橋脚上部のアーチが三角形に盛り上がったカンチレバートラスの特徴が良く判ります。
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同じ岸の上流側から
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右岸下流側です。
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西詰に繋がる町並みからの眺め。
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by sunshine-works | 2017-11-04 22:28 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 21日
両橋
京都府福知山市の近代建築その5

福知山市の郊外、兵庫県境に程近い山間いに昭和初期に設置されたコンクリートアーチ橋が現存しています。今尚現役で使われているこの両橋は昭和13年に架けられました。
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山陰道(国道9号線)から分かれた側道が土師川を渡る地点に架けられた上路式開腹鉄筋コンクリートアーチ橋。橋長56メートル、幅員は6.5メートル。丘と丘の間の高い位置を一跨ぎします。
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現在は山陰道の脇道となっていますが、この橋を通る道が元々の街道にあたります。
京都市から丹波・丹後を結ぶ主要幹線となったこの街道は道中の多くが山間部の険しい山道となりますが、明治以降の街道整備事業に伴ってこのような近代橋梁が架けられ、谷や窪地を越えていきました。
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上流側の側面。この面の支柱上部はアーチ型に仕上げられています。
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橋上の景色。橋床がアスファルト舗装されている以外は当初の姿のまま。両側の親柱も健在です。

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by sunshine-works | 2017-10-21 23:48 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 05日
綾部橋
京都府綾部市の近代建築その1

綾部駅の南に広がる中心街を東へ進んで程なく、由良川の広い川面に7連の美しいトラス橋が渡されています。この綾部橋は昭和4年に架けられました。
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それまで綾部市街地と由良川対岸とは木橋と渡し舟によって結ばれていましたが、商工業の拠点として発展する綾部の交通量の増大に対応する為、綾部初の近代橋梁として架け換えられました。
200メートルを超える川幅を渡る橋桁には明治大正期から各地に設置され、技術的に確立されていたボーストリングトラスが用いられました。
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美しい弧を描く一連30メートルのボーストリングトラス。この形式は設置が容易で工期が短い利点がありましたが、強度や剛性に限界があり、その後は廃れてしまいました。各地に幾つものボーストリングトラス橋の現存例が在りますが、7連も連続するトラスは全国でも希少なものとなります。
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上構部分は横桁が無いポニートラス。橋長200メートルを超える当時としては長大な橋ですが、桁単体は幅員の狭い小規模なトラスを連ねたものとなっています。
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由良川の下流側に見えるのは山陰本線綾部川橋梁。
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by sunshine-works | 2017-08-05 23:18 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 15日
別子銅山の産業遺産-端出場地区2
愛媛県新居浜市の近代建築その7

別子銅山端出場地区に残る産業遺産の2回目は二つの鉄橋を紹介します。
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前回紹介した第四通洞の正面にはトロッコ軌道が足谷川を渡る橋が架けられています。
単連プラットトラスのこの四通橋は大正8年に架けられました。
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昭和4年の第四通洞開通当時に使われていた木橋に代わる近代橋梁として4年後の昭和8年に竣工しました。
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この四通橋は、竣工から昭和48年の閉山まで別子銅山の最盛期を支える動脈として半世紀に及ぶ歴史を刻み、その後は往時の姿を留めたまま保存されています。
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四通橋の横手には明治期に架けられた別子鉱山下部鉄道の旧足谷川橋梁が現存します。
この橋は明治26年にドイツから導入されたピン結合のボーストリング橋で、同種の橋として国内最初期の現存例と推測されます。

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この旧足谷川橋梁は昭和52年の別子鉱山鉄道下部線廃止に伴って役割を終えますが、平成3年のマイントピア別子の開業時に観光鉄道の路線として改修され、現役施設として使われています。
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by sunshine-works | 2017-07-15 23:59 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(2)
2017年 05月 27日
松風橋

愛媛県四国中央市の近代建築その3

予讃線伊予土居駅の南東、旧街道に沿った家並みの途中に小さな煉瓦橋が架けられています。
県下で唯一の道路煉瓦アーチ橋となるこの松風橋は明治30年代の築と伝わります。
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四国山地から北流する古子川を渡る小さな一連アーチの煉瓦橋。路上からは境目が判り難く、うっかり見落としてしまいますが、河原に下りて側面に周ると煉瓦アーチならではの美しい姿を現します。
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渇水期には殆ど枯れ川となり、ごつごつした丸石が転がる河原。旧土居村松之木と旧小富士村風留を跨ぐ橋として松風橋と名付けられました。

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この時代の殆どの煉瓦構造物に用いられたイギリス積み。小規模なアーチ橋ですが4重に巻かれた迫石、上縁部の張り出し、切石を積んだ基礎等細部に拘った意匠が伺えます。
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by sunshine-works | 2017-05-27 19:41 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 12日
祝橋
広島県三次市の近代建築その4

三次市の中心街の西方、旧道が江の川を渡ります。
この祝橋の中央トラスには広島市内に架けられていた旧大田川橋梁が移設再利用されています。
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旧大田川橋は大正12年に現在の広島市北区可部に設置された大田川を渡る橋梁でした。
昭和30年に河川改修に伴って撤去・解体され、2連のトラス桁は同時期に架け替えとなった祝橋に転用されます。
トラスは当時の一般的な形式の下路式曲弦プラットトラス。支間長50m、トラス長101m。川幅に合わせて両側にコンクリートガーダーが繋がれています。
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この祝橋は江の川と馬渡川が交わる地点に架けらています。中流域ですが川幅は200mを越え、木造吊橋だった先代の祝橋も当時の吊橋として規模の大きなものだったと想像できます。
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側面からトラスの詳細。
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西詰からトラスの内側を眺めます。
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親柱は移設設置された時のものと思われます。
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by sunshine-works | 2016-11-12 12:54 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 10日
桜橋
広島県神石高原町の近代建築その4

神石高原町と庄原市に跨る景勝地帝釈峡を廻る遊歩道の途中に、赤く塗られた橋が架けられています。
二つのアーチが重なる優美な姿のこの桜橋は昭和11年に架けられました。
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帝釈川を渡る中路式ブレーストリブアーチ、橋長70m。製作は大阪の松尾鉄骨橋梁。
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側面はすっきりしたアーチ橋。上部にはびっしりと横桁材が組まれます。
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親柱の上に立てられたT字型の鉄柱。かつてはここに照明具が吊るされていました。
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by sunshine-works | 2016-09-10 15:07 | 近代建築 広島県 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 29日
京都府丹後の近代建築 補遺3
京都府丹後の近代建築補遺3回目は鉄道橋梁、道路橋です。

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京都丹後鉄道の野田川橋梁。中央の桁は後年に架け替えられましたが、両脇の下路プレートガーダー部分は鉄道省時代のものです。
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同じく京都丹後鉄道の水戸谷川橋梁。竣工時の巨大な石積み橋脚が今尚使われています。
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第一五十河橋梁。
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京丹後市久美浜の中心部の新橋。昭和2年の丹後地震の復興橋の一つです。
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与謝野町加悦の旧役場近くの天神橋。昭和9年架橋。
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by sunshine-works | 2016-04-29 21:31 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 08日
舞鶴線伊佐津川橋梁
京都の鉄道遺産

綾部~東舞鶴間を結ぶ舞鶴線は途中区間を伊佐津川と並行して進んで行きます。
この舞鶴線が伊佐津川を幾度も渡る地点に架けられた橋梁には明治37年の同線開業時に設置された煉瓦造の橋脚が使われています。
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伊佐津川を渡る舞鶴線の橋梁は渕垣駅東の第一伊佐津川橋梁から西舞鶴駅東の第六伊佐津川橋梁までの6橋。すべてに開業時の煉瓦橋梁が残っています。
明治期の煉瓦橋脚が現役で使われている橋梁は全国各地に数多くありますが、このように連続して現存する事例は希少なものです。
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西舞鶴の市街地の東を渡る第六橋梁。伊佐津川はこの先で舞鶴湾に注ぎます。
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伊佐津川橋梁にはどれもイギリス積の煉瓦橋脚が使われていますが、最下流のこの橋脚のみ形状が異なります。橋脚の両端が丸みを帯びた他の5橋と異なりこの第六橋梁は先端が尖り、補強の石積みの配置も異なります。川幅が広く増水時に水量が増える下流部に合わせたものと推測されます。
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橋台の煉瓦構造物も状態良く残されています。
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西舞鶴~梅迫間の第五橋梁。
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真倉集落の中で佐津川を渡る第四橋梁。
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真倉集落の入口の架道橋。ここも開業当時の煉瓦橋台が残されています。
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梅迫~渕垣間の山間いに架けられた第三橋梁から第一橋梁を順番に。
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橋脚は上が窄まった楕円形の断面。縁を切石で補強しています。この仕様は明治期の鉄道橋梁に多く使われました。
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by sunshine-works | 2016-04-08 14:57 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 04日
北吸隧道
京都府舞鶴市の近代建築その14

舞鶴赤レンガパークから東舞鶴駅へ向けて敷石の遊歩道が通じています。この遊歩道が途中でくぐる煉瓦トンネルは、かつて東舞鶴駅から軍港の間に敷かれていた引込線の鉄道トンネルとして明治37年に設置されたものです。
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舞鶴軍港の造営と平行して進められた福知山~新舞鶴(現在の東舞鶴)間の鉄道開通は明治37年。同時に終点の新舞鶴から軍港の間に軍事輸送の為の引込線が敷かれました。
この路線は軍港が廃止された戦後も中舞鶴線として運用されますが、昭和47年に廃線となった後は長らく放置された状態でした。
平成に入って遊歩道として旧路線跡が整備されるのに併せて隧道も修復され、現在は舞鶴の観光スポットの一つとなっています。
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抗門部は福知山~新舞鶴に敷かれた舞鶴線の隧道に共通する意匠。総煉瓦で装飾豊かな造りは重要な軍事路線としての格を示すものとも思えます。
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トンネル内部。竣工時には壁面すべてに煉瓦が張られていました。
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東舞鶴駅側の抗門部。
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by sunshine-works | 2016-03-04 21:17 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)