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2014年 03月 11日
倉敷天城高校武道場
岡山県倉敷市の近代建築その19

藤戸町天城の中心部に建つ岡山県立倉敷天城高校は、明治39年に始まる古い歴史を持ちます。
この校地の一角には旧制天城中学時代に建てられた武道場が現存し、現役施設として使われています。
昭和2年築。
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木造平屋建、入母屋造。中央に切妻屋根を葺いた玄関庇を設け、上部に千鳥破風を飾ります。
武道場に相応しい風格を備えた近代和風建物です。
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4本の円柱が支える玄関庇。
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緩やかな反りを伴って長く伸びる桟瓦。
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妻面の眺め。
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by sunshine-works | 2014-03-11 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 06日
日本基督教団天城教会
岡山県倉敷市の近代建築その18

倉敷市藤戸町の古い町並みの中に、岡山県内に現存する中で2番目に古い教会堂が残っています。
この日本基督教団天城教会は明治23年に建てられました。
施工は現存する県内最古の教会、日本基督教団高梁教会を手掛けた伊予の棟梁吉田伊平。
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倉敷から児島を結ぶ古い街道沿いに栄えた天城の中心部に建つ木造下見板張りの儀洋風建物。
高梁教会に比べると規模は小さいものの、良く似た意匠です。
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幾段も積み上がる重厚な蛇腹の上に三角破風を飾る玄関庇。
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側面には等間隔で縦長窓が並びます。
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建物側面を抜けて南側へ。
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東面の眺め。
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by sunshine-works | 2014-03-06 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 25日
宇野線の橋梁2
備前の鉄道遺産

前回に引き続いて宇野線の煉瓦・石積み橋梁探訪。今回は茶屋町駅から終点宇野駅までを紹介します。
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茶屋町駅を過ぎて南へ。小川や用水路を渡る開渠が連続します。
このような小さな橋梁にも弧状煉瓦が使われています。
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瀬戸大橋線と分岐した宇野線が植松川を渡る橋梁。この橋梁も開業当時の煉瓦構造物が現存します。
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植松川を渡った先の住宅街の中に残る避溢橋。
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八浜駅の先、溜池を渡る箇所に架けられた橋梁。
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備前田井駅手前の橋拱。開業時の施設で唯一現存するコンクリートアーチの構造物となります。
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花崗岩が貼られた内壁。
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田井橋拱を抜けて宇野の市街地へ。住宅街脇の築堤が道路や小川を跨ぐ地点に明治期の橋梁が連なります。
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終点宇野駅近く、汐入川を渡る橋梁。
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by sunshine-works | 2013-12-25 23:59 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 15日
山陽本線旭川橋梁
備前の鉄道遺産

下りの山陽本線は、岡山市街へ差し掛かる手前で岡山三大河川の一つ、旭川を渡ります。
この旭川橋梁の上り線には開業時の煉瓦積橋脚が今尚現役で使われています。
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旭川下流の広い川幅を渡るプレートガーダー。
250メートルの桁長を短い間隔で並ぶ橋脚が支えます。
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手前側が開業当時の煉瓦橋脚、奥側が複線化された大正12年に架けられたコンクリート橋脚。
山陽鉄道は明治39年に国有化されていますので、コンクリート橋脚は鉄道省時代のものとなります。
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煉瓦橋脚にはこのように花崗岩で縁が補強されています。
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下り線を支える大正期のコンクリート橋脚。
楕円形断面の当時の一般的な形状のものです。
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プレートガーダーは大正12年の複線化に伴い架け代えられたもの。
古い橋脚に合わせる為、従来規格のものより桁高を下げた仕様となっています。
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by sunshine-works | 2013-12-15 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)
2013年 12月 10日
山陽本線吉永~上道間の鉄道橋梁
備前の鉄道遺産

山陽本線の前身となった山陽鉄道の岡山延伸は明治24年。
3月に兵庫県西部から岡山駅までが開通、次いで倉敷、笠岡と延伸を重ね、同年中に県内区間が全通します。
重要幹線としての役割を担ったこの山陽本線は、その後に路線の付け替えや改修を重ねた為、現存する開業時の遺構の多くが失われていますが、県東部の区間には当時の面影を留める橋梁が点在しています。
以前には三石駅周辺の煉瓦拱渠を紹介しましたが、今回はその先の吉永~上道駅間の煉瓦・石積橋梁を紹介します。
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吉永駅と和気駅の中間で渡る日笠川橋梁。橋脚や橋台の一部に、開業時の煉瓦構造が使われています。
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煉瓦橋梁が残るのは上り線として使われている上流側。下流側にコンクリート橋脚が並びます。
その上に渡される橋桁は開業当時のものではありませんが、鉄道省の銘板が貼られた古い規格のものです。
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橋を渡って暫らくは築堤の上を進みます。
この区間には道路や河川を通す拱渠や架道橋が続きます。
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花崗岩の切石を積んだ拱渠。
同じ山陽鉄道時代の工区ですが、煉瓦積み・石突積みの双方が混在しています。
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川田川を渡る橋梁にも石積みの橋台が使われています。
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上り線側が煉瓦、その後に拡幅された下り線側にはコンクリートの擁壁が並んでいます。
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瀬戸駅近くの馬渡川橋梁。
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その先の区間にも小さな架道橋が連続します。
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瀬戸駅と上道駅中間の半円アーチの架道橋。
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百田川架道橋、一ツ木川橋梁へと進んで岡山の市街地へ。煉瓦・石積み橋梁はここで一旦途切れます。
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by sunshine-works | 2013-12-10 19:13 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 05日
山陽本線熊山駅跨線橋
備前の鉄道遺産

鉄道院の跨線橋を3回続けて紹介しましたが、岡山県東部、赤磐市の熊山駅にも鉄道院時代の跨線橋支柱が現存します。
この跨線橋は当初山陽本線の瀬戸駅に設置されていたもので、昭和35年に移設されています。
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明治45年の瀬戸駅開業時に設置された跨線橋。
支柱には「鉄道院」「明治45年 横川橋梁製作所」の銘が刻まれています。
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岡山県内にはもう一例、山陽本線金光駅に鉄道院の跨線橋(大正4年)が現存しますが、金光駅の跨線橋も横川橋梁が製造しています。
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跨線橋の全景。
屋根は葺き替えられていますが、外壁は明治期の姿を留める羽目板仕様のままです。
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支柱の側面と背面。
構造や部材はこれまでに紹介した鉄道院の跨線橋と全く同じです。
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跨線橋内部の様子。
岡山県内では数少ない板貼りの跨線橋です。
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by sunshine-works | 2013-12-05 23:52 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 07月 15日
旧専売局味野収納所山田出張所
岡山県玉野市の近代建築その3

玉野市の海沿いの一角に木造下見板貼りの旧庁舎建物が残っています。
この建物は旧専売局の出張所として明治41年に建てられました。
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木造平屋建て下見板貼り、屋根の上には換気用の屋根窓を載せます。
窓枠や入口扉が更新されている以外は程良く当時の姿を留め、全国に建てられた一連の塩務局建物の特徴を今に伝えます。
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江戸期より塩業が発展していた児島地区を管轄する味野収納所の支局として建てられました。
この建物が建てられた明治41年には塩務局は専売局に統合されていましたが、建築意匠は塩務局当時と変わらぬものです。
専売局出張所として使われた後は村役場、市役所支所に転用され、現在は地元の福祉施設となっています。
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側面から東面へ周ります。
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広い庭に面して建物がL型に繋がります。
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建物からやや離れた場所には煉瓦造の書庫が置かれています。
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渡り廊下から眺めた各方向。
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各地の塩務局は公文書を収蔵するために防火・防湿・防犯に優れた煉瓦造の書庫を備えていました。
庁舎と書庫が共に現存するのはこの山田出張所の他には赤穂塩務局のみとなります。
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各地に建てられた塩務局・専売局建物の貴重な現存例です。100年を越えて使われている木造洋風建築としても岡山県内では数少ない事例となります。
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by sunshine-works | 2013-07-15 23:53 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 15日
呼松郵便局
岡山県倉敷市の近代建築その17

高梁川河口の港町として栄えた呼松の古い町並みに一軒の洋風建築が残されています。
昭和10年に建てられたこの建物は築後70年を過ぎて今尚使われている現役の郵便局舎です。
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狭い道幅で細長く続く街路のほぼ中央に建つ木造白壁の2階建洋館。
2階中央にボウウインドウを張り出し、その両脇にステンドグラスを嵌めたアーチ窓を配置、アーチ形状のマンサード屋根を葺きます。
化粧タイルで飾られた玄関周りや半円形の階段ステップ、水平ラインを際立たせる玄関庇等々、最新のアールデコ様式の建築表現が随所に盛り込まれ、当時の地方郵便局舎の中でも類を見ない洗練された意匠となっています。
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玄関庇の上には半円形の庇を2段に配置、その上部にボウウインドウを廻らせた小部屋を張り出します。
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庇を支える円柱に貼られたタイル。
釘で引っかいた様な従来のスクラッチタイルとは異なり、三角に溝を刻む独特の形状をしています。
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東側面の眺め。間口に比べて奥行きは長く取られています。
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呼松港は大正から昭和初期に児島地区で最も賑わった港でしたが、高梁川が付け替えられた事で河川水運の集積地としての役割を終えます。
その後周辺海域の干拓や埋め立てが進行するにつれて漁港も衰退し、現在は寂れた港町となってしまいました。
古い町並みに残るこの郵便局舎は、隆盛を誇った港町の繁栄を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-06-15 22:23 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 20日
旧味野郵便局
岡山県倉敷市の近代建築その14

前回紹介した旧第一合同銀行味野支店の並びに、旧郵便局舎として建てられた建物が残っています。
詳細は不明ですが昭和初期の築と思われます。
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野崎家旧宅の向い側に建つ白塗りの木造2階建て。
平面を基調にシンメトリーに配置されたモダンな局舎で当時の地方都市の郵便局としては先進的な意匠です。
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郵便局としての用途は意外と短く、昭和30年代に廃止されています。その後幾つか変遷があったようですが、現在は地元のジーンズブランド「桃太郎ジーンズ」の本店として使われています。
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正面側からは判り難いのですが、北側から眺めると大きな寄棟屋根が確認できます。
同じ街区の旧第一合同銀行味野支店も同規模の寄棟屋根を載せており、両端の建物は良く似たシルエットとなっています。
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この建物が建てられた昭和初期は味野の町が最も隆盛を極めた時期でした。
当時の姿を良好に留めるこのモダンな旧郵便局舎は往時の町の賑わいを今に伝えています。
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by sunshine-works | 2013-05-20 23:18 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 15日
旧第一合同銀行味野支店
岡山県倉敷市の近代建築その13

前回紹介した旧安田銀行児島支店から通りを更に奥へ進んで行くと、商店街の外れにもう一軒の旧銀行建物が現存していました。
この建物は大正13年に第一合同銀行味野支店として建てられています。
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立ち並ぶ商店が途切れた先の開けた景色の中に、寄棟屋根2階建ての建物が視界に入ってきます。
一見すると銀行建物には見えないこのモダンな建物は岡山県内に数多くの作品を残した薬師寺主計の設計に拠るもの。
大原家と繋がりの深い薬師寺主計は大原孫三郎が設立者の一人となっていた第一合同銀行の倉敷支店を手掛けていました。
倉敷支店の竣工2年後に建てられたこの支店も同様な経緯で薬師寺主計が設計者となったと思われます。
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商店街の外れとなるこの場所ですが、隣には同時期に建てられた旧郵便局が並び、正面には塩田経営で財を成した野崎家の旧宅が位置します。
この一角はかつては賑やかな町の中核だったと思われます。
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正面道路が狭く全貌が収まりませんが、大正期の銀行店舗としては非常にモダンな建物です。
当時の地方都市の銀行店舗としては先進的なセセッション風意匠が取り入れられています。
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向い側の野崎家旧宅からの眺め。
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薬師寺主計の作品としては同じ第一合同銀行の倉敷支店と並ぶ銀行建築の現存例となります。
当時の姿が良く保たれているこの建物は、氏の幅広い作風の一環を伝えるものとして貴重な資料です。
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by sunshine-works | 2013-05-15 22:50 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)