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2013年 08月 15日
大原美術館
岡山県倉敷市の近代建築その17

倉敷の観光名所、倉敷川に面した美観地区の一角に、一際目を惹く洋風建造物が建てられています。
この大原美術館は日本最初の本格的な私設美術館として昭和5年に建てられました。
施主:大原孫三郎、設計:薬師寺主計、施工:藤木工務店。
大正期から昭和初期に掛けて倉敷に数多くの近代建築を残したこの三者を代表する建物です。
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美観地区のほぼ中央、石橋を渡った先にギリシア・ローマの神殿建築を模した建物が聳えます。
鉄筋コンクリート2階建。石造に見える外観の殆どはセメントを使った人造石仕上げです。
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正面側の見上げ。中央2本にイオニア式のオーダー柱、その上に三角ペディメントを構えます。
当時の内外の美術館や博物館等文化施設の多くに採用されたアメリカンルネッサンス様式(ボザール様式)で建てられています。
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正面入口の眺め。列柱が並ぶ中央に小さな入口を構えます。
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岡山出身の洋画家で大原孫三郎と親交の深かった小島虎次郎のコレクションを収蔵・展示する美術館として建てられました。西洋美術館として日本で最古、私立美術館としても戦前唯一の建物でした。
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日本の私立美術館の嚆矢として知られる美術館に相応しい優美な姿を湛えます。
多くの近代建築が並ぶ美観地区の中核を成す建物として欠かせない建物となっています。
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by sunshine-works | 2013-08-15 23:43 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 10日
玉島信用金庫玉島西支店(旧安田銀行玉島支店)
岡山県倉敷市の近代建築その16

前回は玉島の古い町並みに建つ旧銀行店舗を紹介しましたが、そこから小さな川を渡った先の通りにも大正期に建てられた銀行店舗が現存します。地場の銀行だった旧第22国立銀行を吸収した安田銀行の玉島支店として建てられ、現在は玉島信用金庫玉島西支店として使われている現役店舗です。大正12年築。
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木造2階建、腰周りに花崗岩を積み、壁面は煉瓦タイル貼り。
小さな店舗ですが、当時流行のセセッション様式を取り入れたモダンな建物です。
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築後90年を経て現役の店舗。窓枠がサッシに変えられていますが、その他はほぼ当時の状態を保ちます。
県内に現存する戦前築の現役店舗は他に中国銀行倉敷支店出張所を数えるのみとなります。
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パラペット中央に立ち上がる小さなペディメント。全体的に意匠表現は控えめです。
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高梁川河口に栄えた港町玉島は、明治以降も交易の要衝として発展を遂げ、この銀行店舗が建てられた当時に最盛期を迎えます。
現在は往時の賑わいも薄れ人通りも疎らな裏通りとなってしまいましたが、旧市街の一角に残るこの建物は玉島の歴史を伝える遺構の一つとして貴重なものとなっています。
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by sunshine-works | 2013-06-10 22:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 05日
旧玉島信用組合事務所
岡山県倉敷市の近代建築その15

江戸期より海運の拠点として栄えた倉敷市玉島地区。
古い家並みが続く旧市街の一角にスクラッチタイルを貼った元銀行建物が残っています。
現在は民間企業の事務所に使われているこの建物は、昭和10年に玉島信用組合の店舗として建てられました。
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現在の中心市街から南西方向、狭い路地が交わる角地に建つ木造2階建て。
階高が高く取られているようで2階建てとしては背が高く、垂直ラインを強調した意匠の為に尚更大きな建物に見えます。
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江戸期の風情が残る阿賀崎地区の入口、伝統建築が並ぶ中に異質な西洋建築が姿を現します。
この建物は玉島信用組合本店として昭和20年代まで使われ、その後富士銀行の店舗を経た後、現在は建設会社の事務所となっています。
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コーナーに設けられた入口。
ファサード全体を一段前に張り出し、入口両脇の壁面中央を狭いアーチ形に窪ませます。
建物全体は平面を組み合わせた構成に縦横のラインでアクセントを沿えるモダンな意匠表現ですが、表面に貼られたスクラッチタイルが銀行建築らしい重厚な雰囲気を醸しています。
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縦長の窓枠は当時のままの木製。タイルや基礎の人造石も当初の状態が残されています。
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個性的な近代建築が数多く残る玉島地区の中でも、この旧銀行店舗は地域を代表する近代化遺産として良く知られた存在となっています。
古い町並みの中に建てられたこのモダンな旧銀行店舗は、周囲の景観に違和感無く溶け込み、旺盛を極めた往時の玉島を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-06-05 23:50 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 20日
山陽本線金光駅
備中の鉄道遺産その11

前回紹介した八鹿駅の跨線橋は明治末期から大正中期にかけて全国の鉄道駅に設置された鉄道院規格のものですが、多くの鉄道遺産が残る岡山県にもこれと同種の跨線橋が2例現存します。
今回はそのうちの一例、金光駅に残る大正期の跨線橋を紹介します。
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山陽本線金光駅は明治34年に前身の山陽鉄道の駅として開業。当初は金神駅の名称でしたが、金光教の本拠に因んで後年に金光駅に改称されます。
駅舎本屋は改装が加えられていますが、基本構造は開業当初のまま。建物財産標も開業年度と同年の表記です。
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金光駅の跨線橋は大正4年製、製造元は横川橋梁製作所。
この跨線橋も八鹿駅柏原駅とほぼ同じ仕様、門柱や支持架の形状は全く同じ様に見えます。全国に残る鉄道院時代の跨線橋はどれも共通の規格で造られていたようです。
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各地に残る鉄道院の跨線橋の多くは他所で不要となったものを移築していますがこの金光駅にはそのような記録が無く、もともとこの駅に設置されていたもののようです。
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3面あるホームのうち鋳鉄製の跨線橋が残るのは1番線と2・3番線の2面。
金光教の行事の時だけ使用される4番線は後年の増築です。
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跨線橋の他にもう一つの鉄道遺産として伝わるのが古レールを再利用した上屋支柱。
使われているレールは多様で、明治階から昭和前期に輸入されたヨーロッパやアメリカ製のレールの他に八幡製鉄製の国産レールが確認されます。
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2.3番線ホームの上屋支柱には明治期に少数が輸入された双頭レールが使われています。
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ローカル線区の因美線や津山線に比べると主要幹線の山陽本線は改修が頻繁に行われ、多くの駅が高架駅に建て直されました。
今日県内の山陽本線で古い鉄道施設が残るのは県の東西の数駅に過ぎませんが、その中でもこの金光駅は貴重な遺構が数多く、古き時代の山陽本線駅舎の姿を今に伝えています。
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by sunshine-works | 2013-04-20 23:58 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 03月 07日
霞橋
岡山県倉敷市の近代建築その11

水源の鳥取県境から南流を続けた高梁川は、倉敷市西部で水島灘へ注ぎます。
この河口近くに7つのトラスが連なる美しい橋が架けられています。
現在は人道橋として使われているこの橋は、増田淳の設計により昭和3年に架けられました。
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高梁川河口まで約4キロの地点、600メートルを超える広い川幅を渡ります。
中央に7つの曲弦トラスが7連、その前後にプレートガーダーが繋げられ、橋全体の長さは616メートル。
岡山県内に現存する戦前築の道路橋としては最長のもの、昭和9年の室戸台風の災禍を免れた鋼橋としても数少ない現存例です。
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下流側に昭和43年に架けられた新橋が並びます。その後暫くは新旧の霞橋が道路橋として併用されますが、昭和60年からは人道橋として利用されています。
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桁の基部に貼られた銘板。製造元は「日本橋梁・大阪」と確認出来ます。
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橋上の様子。東詰めから西へ進みます。
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狭い間隔でぎっしり並ぶ鉄骨。びっしり打たれたリベット。現在の橋には無い無骨な趣です。
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設計者の増田淳は、アメリカから帰国した後の僅か十余年の間に50以上の橋梁設計を手掛けます。
中でもこの橋が架けられた昭和3年前後は白髭橋や吉野川橋、三好橋、千住大橋等の大規模橋梁を相次いで竣工させており、最も多忙を極めた時期だったようです。
氏の円熟期の作の一つとして残るこの霞橋はその美しい姿を今も川面に映しています。
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by sunshine-works | 2013-03-07 18:15 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(2)
2013年 02月 15日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その2
備中の鉄道遺産その10

前回に続いて岡山~倉敷間に残る山陽本線開業時の遺構を紹介します。
庭瀬駅周辺から中庄駅にかけての区間は水路や小川が細密に廻らされており、線路はこれらを小さな橋梁で越えていきます。
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短い物で2~3メートル、長いものでも10メートル未満。
当然ながら橋脚は持たず両側の橋台で桁を支持します。
これらの多くにはIビーム桁と呼ばれる小規模橋梁に多用される形式の桁が使われています。
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足守川を越える為に線路は高さを上げて築堤を進んで行きます。
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庭瀬駅の西で足守川を越えます。この矢部川橋梁の橋脚はすべてコンクリート製。大正期の複線化工事で設置されたものと思われます。
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足守川の西岸から中庄駅までの区間にも開業時の煉瓦構造物を持つ橋梁が確認できます。
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中庄駅を過ぎて程なくすると一旦線路は高架に上がります。
この先の区間は後年の改修が多く、開業時の遺構は見られなくなりますが、西阿智駅西側の旧線区間には現役当時の名残となる構造物が現存します。
高梁川を渡る手前のこの区間は昭和61年に路線の付け替えが実施されましたが、住宅街の一角には撤去されずに当時の姿を留める巨大なコンクリートの塊が置かれています。高梁川を越える築堤へ上る高架桁の橋台として使われていました。
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高梁川に差し掛かる直前で線路は小さな水路を跨ぎます。
抗口は戦後に築かれたコンクリート製の物ですが、この奥には明治期のものと思われる煉瓦アーチのトンネルが残されています。
当初単線で敷かれた線路を複線化した際にコンクリートでトンネルを延長したものと思われます。
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by sunshine-works | 2013-02-15 23:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 14日
倉敷紡績旧本社工場(倉敷アイビースクエア)その2
岡山県倉敷市の近代建築その10

前回に引き続き、倉敷アイビースクエアとして再利用された倉敷紡績旧本社工場の建物を紹介します。
広大な敷地内には前回紹介した主要な施設の他にも、様々な用途に使われた付属建物が現存します。
これらの建物も、工場施設として使われていた当時の姿を極力残したまま展示施設や商業施設、美術館等に改修されており、全体の雰囲気に良く調和して優れた景観の一部を為しています。
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西側の入口傍に二つの展示施設が並びます。西側には美術品を展示するギャラリー、その東隣には倉敷紡績の歴史を伝える倉紡記念館が置かれています。これらは工場時代に倉庫として使われていた建物を利用しています。
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右側に大原美術館オリエント室、左側に地元出身の画家児島虎次郎の記念館が置かれている建物です。
明治29年に増築された煉瓦造の倉庫を利用しています。
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倉紡記念館として使われている建物。木造土蔵造りの伝統建築で建てられた倉庫です。明治22年の創業時に建てられました。
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工場事務所として使われていた木造2階建ての建物。現在はオルゴールミュージアムとして使われています。
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周辺部には、木造や漆喰塗りの純和風建築で建てられた建物が現存しています。
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旧受電室として使われた木造の建物。
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敷地の周りは往時のままの煉瓦の外壁で仕切られています。
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倉敷紡績発祥の地となるこの工場は、倉敷が工業都市として発展する礎となった貴重な遺構です。
創業時の建物として良好に往時の姿を留めるこの旧工場施設は、優れた産業遺産として往時の姿を伝えます。
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by sunshine-works | 2012-12-14 21:53 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 10日
倉敷紡績旧本社工場(倉敷アイビースクエア)その1
岡山県倉敷市の近代建築その9

日本を代表する紡績会社の一つ、倉敷紡績は明治22年に旧倉敷代官所の跡地で操業を開始します。
その後倉敷紡績は全国に工場を展開、また各地の紡績会社を吸収しながら発展を続け、多くの関連会社を伴う企業グループを構築していきます。
倉敷の近代建築探訪の続きは、岡山随一の工業都市へと発展する倉敷の礎を築いた倉敷紡績の旧本社工場を紹介します。
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倉敷川に沿って白壁の蔵屋敷が並ぶ美観地区の東側、2万平米を越える広大な敷地に旧倉敷紡績本社工場時代に建てられた各種施設が現存します。
工場としての操業は、戦時中に軍需工場へ転換されたのを最後に戦後は再開されず、長く倉庫として使われていました。
その後は昭和49年に再開発を行い、ホテル、レストラン、ミュージアム、ホール、美術館、物販店等が並ぶ観光施設「倉敷アイビースクエア」に再生されて現在に至ります。
これらの建物は明治22年の工場創設時から昭和に至る各時代に亘って増改築されたものですが、その多くは操業時から明治期の姿を今に留めています。
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東側の正門から敷地内へ。駐車場を挟んで煉瓦壁の建物が両側に並びます。
この建物の更に西側と北側に繋がる一連の煉瓦壁の建物がホテルとして使用されています。
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この一角は、かつてはぎっしりと紡績機が並び、多くの工員達が働いていた工場の中核を為す建物でした。
工場建物特有の鋸屋根を取り払って屋根を新設、平屋建てから2階建てに改修され、内部の間仕切りも変更されています。
改修に際して撤去された部材は極力再利用されており、往時の雰囲気を損なわずにリノベーションされています。
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ホテルとして使われている区画の西側に中庭が設けられています。飲食店や物販店が並び、中央部分はイベントスペースとして使われています。
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展示スペースとして使われている旧混綿室。工場時代の雰囲気を良好に留めています。
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西側の外壁です。この施設の名称に使われているツタ(アイビー)が一面を覆います。
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古い工場建物を観光施設として再生する事例の先駆けとなったのが、この倉敷紡績の旧工場施設でした。
その後は倉敷アイビースクエアの成功に習って全国で同様の試みが為され、多くの貴重な建造物が観光資源として命脈をつなぐ事となります。
明治期の工場建築の姿を偲ぶ遺構として残るこれらの建物はまた、歴史的建造物再利用の優れた先例ともなっています。
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*次回へ続きます。

by sunshine-works | 2012-12-10 23:57 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 18日
中国電力早島変電所
岡山県早島町の近代建築その2

倉敷の地で発足した倉敷紡績は、その後順調に業績を伸ばし、全国に工場を展開するとともに、各地の紡績会社の吸収・合併を重ね、やがて日本を代表する紡績会社の一つとなります。
倉敷の東隣に位置する早島町で操業していた旧早島紡績もその後に倉紡に吸収された会社の一つで、倉紡早島工場を経て現在は系列会社の工場が置かれています。この工場の裏手の一角に、一棟の古い煉瓦建造物が建っています。
中国電力早島変電所の敷地内に残されたこの建物は、旧早島紡績の変電施設として建てられ、その後は倉紡早島工場に引き継がれました。大正7年築。
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小高い丘陵の麓、中学校の裏手に建つ煉瓦造2階建の建物です。
2階建ではありますが、大きな変電施設を収容する為に階高が高く取られ、更に屋上に巨大な架台が乗せられている事で、実際以上に大きな建物に写ります。
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南側からの眺めです。緩い勾配が付けられた陸屋根の上部に、コンクリート製の構造物が乗せられています。現在は使われていないようですが、高さのある土手の向こうへ電線を渡す架台として使われたものでしょうか。
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変電設備が敷地の西側に並びます。この煉瓦建物自体は現在電力施設としては使われていないと思われます。
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煉瓦の積方は一般的なイギリス積。煉瓦壁・木製の窓枠・更には一部のガラス窓が当時の姿そのままで残されています。
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繊維産業が各地に発展した岡山ですが、綿織物の生産は昭和10年代を境に減少に転じ、戦後も合成繊維に押されて衰退の道を辿ります。この過程で多くの工場建物が取り壊され、往時を偲ぶ建物は数少なくなってしまいました。
今なお残るこの変電所は、岡山の発展を支えた繊維産業の歴史を伝える遺構として貴重な建物です。
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by sunshine-works | 2012-11-18 23:53 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(4)
2012年 11月 14日
酒津取水樋門/排水樋門
岡山県倉敷市の近代建築その8

倉敷駅から北西方向へしばらく進むと、高梁川に沿って親水公園が置かれています。
この場所には、大正年間に行われた高梁川改修事業によって設置された取水樋門や排水樋門が現存し、今も現役で使われています。これらの施設は大正11年から翌12年にかけて築かれています。
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治水と利水を目的に行われた高梁川の改修事業の中で、最大の施設となったのが酒津に設けられたこれら一連の構築物です。
堰堤、取水樋門、配水池、配水樋門、水路で構成されるこの施設は、古くから争いの元となっていた水利権を解決するために、高梁川から一括して取水し、公平に分配する配水施設として設置されました。
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南樋門に並ぶ15連のアーチ形樋門。配水地域の規模に応じて門の数が異なり、それぞれに分けられた用水路で各地を繋ぎます。
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各樋門は表面を花崗岩で飾った鉄筋コンクリート造の荘重な造り。各用水路の側壁も石で仕上げられ、周辺の植栽と併せて施設全体が河畔に美しい景観を添えています。
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配水池側から眺めた樋門です。
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こちらは取水樋門の内側。
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土手の反対側に回って河畔の取水口へ。石貼7連の樋門が並んでいます。
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川中に築かれた取水堰。この堰で水勢を弱め、水深を嵩上げして樋門で取水します。
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明治以降に導入された欧米の進んだ土木技術は、様々な場面で人々の暮らしを大きく変えて行きます。
農業の近代化に於いて近代土木が果たした役割は非常に大きく、取り分け、農業水利は飛躍的な改善を遂げます。
この結果大正期の国土全体の耕地面積は江戸期の3倍以上にも増大し、近代国家を支える根幹を築いて行きます。
高梁川で行われた一連の水利事業の象徴とも言うべきこの施設は、農業近代化に資する優れた歴史遺産として極めて貴重なものです。
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by sunshine-works | 2012-11-14 20:25 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)