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2009年 09月 11日
長島愛生園旧本館(長島愛生園歴史館)
岡山県瀬戸内市の近代建築その1

岡山県の東部、瀬戸内海に面した瀬戸内市の沖には日生諸島から繋がる大小の島々が並んでいます。この島々の中で最も大きな島である長島には国立として初のハンセン病療養施設、長島愛生園が昭和5年に建てられました。事務館として俊工した旧本館は、現在この施設の歴史を伝える資料館として公開されています。
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全国に13か所設けられたハンセン病療養施設の中で、一番最初に建てられたのがこの愛生園でした。専ら収容患者達の手によって開拓された広大な敷地には、やがて入所者の増大に伴い様々な施設が建てられて行きました。この建物には園長室や事務室が置かれ、園の中枢となっていました。
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昭和初期の病院建築に共通する雰囲気を持つ建物です。大きな玄関ポーチを備え、整然と縦長窓が並びます。2階建てで然程大きな建物ではないのですが、どっしりとして存在感があります。全面を覆う蔦草の為に、尚更重厚な印象となっています。
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中央からやや右に寄せて玄関が設けられています。建物の規模に比べて玄関の庇や柱はかなり大きく感じます。
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玄関ホールに嵌められているステンドグラス。収容患者の立ち入り禁止区域だった管理施設は豪華な装飾や調度品が飾られていました。
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建物裏側です。階段室の縦長窓は竣工時のままのように思えます。
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愛生園をはじめ、全国に建てられた13の施設は療養施設とは名ばかりで、実質は隔離施設でした。治療法が解明され、その後の関係者の努力で暗い過去は拭い去られようとしていますが、重い歴史を背負ったこの建物を残して行く意義は非常に大きなものだと思います。
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by sunshine-works | 2009-09-11 21:56 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 08月 09日
旧永井歯科医院(永井家住宅)
岡山県和気町の近代建築その1

備前市の西に位置する和気町は古代から続く歴史のある町です。近世には吉井川の高瀬舟水運の船着場として発達し、水陸の物流拠点となりました。この和気町の中心部、山陽本線和気駅から旧市街にかけての道沿いに、一際目を惹く1軒の洋館が建っています。この建物は大正5年に歯科医院兼住宅として建てられました。
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岡山では数少ない現存する洋館建ての住宅です。県東部で2番めに古い歴史を持つ歯科医院として平成10年まで開業していました。
*建物の概要については和気町の公式サイトが参考になります。
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1階が住宅、2階に診療所が儲けられていました。
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この近辺には結構古い建物が残っていて新旧の建物が隣り合って建っているのですが、それでも角を曲がってこの建物が突然現れる光景は非常にインパクトがあります。木造洋館としては中規模の部類ですが、大きさ以上に存在感のある建物です。
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道路に面し、医院として多くの人が出入りした建物ですが、傷みはあまり見られません。各部ともほぼ建築当初の状態が保たれています。
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正面の入口はこの1ヶ所のみ。医院と住居の玄関を兼ねていたと思われます。
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岡山で明治・大正期に建てられた洋風住宅はそれほど多くはありません。和気の町は当時も地方の小さな町でしたが、この洋館は早期に都市化の進んだ岡山市や倉敷市でもあまり見る事のなかった本格的な洋館でした。
築後90年を経た今もこの美しい建物は町のランドマークとして存在感を示しています。
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by sunshine-works | 2009-08-09 01:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 03月 22日
片岡医院
高砂の近代建築その3

高砂の中心市街の裏手に1軒の医院兼住宅が建っています。設計施工データは不詳ですが、昭和初期頃の築と思われます。
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高砂銀行から前回紹介した三菱製紙魚町倶楽部へ向かう途中の住宅街に建つ開業医院です。商店街や大通りの賑わいから少し離れたこの一角は高砂の中でも早くから開かれた街区で、閑静な町並みの中に大きな家々が並びます。戦前に建てられたと思われるこの医院は高砂では珍しいモダン建築の洗練されたデザインで、通りからもよく目立ちます。
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手前に診療施設、奥に住居が繋がる典型的な開業医院の構えです。壁面全体に張られた化粧タイル、水平を強調した軒と庇のライン、各窓と玄関扉に共通する縦長格子のレイアウト等、当時の先進住宅のエッセンスが随所に盛り込まれています。
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この建物の雰囲気を支える大きな要素がこの窓と玄関扉です。これがサッシ窓に変ってしまうと全く異なる印象となってしまいます。
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この建物も高砂市のライトアップイベントの日に公開されます。
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かつて、住居併設のいわゆる町医者と呼ばれる医療施設がどこの町にも普通に見られました。裕福で時代感覚にも敏感なこれら開業医達はそれぞれの地域で先進の建築意匠を取り込んだ医院を建てて行きます。現在も地方都市に残る近代建築には戦前に建てられた医院或いは旧医院だったこれらの建物が数多く見られます。
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by sunshine-works | 2009-03-22 18:58 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 09月 16日
川崎病院
神戸兵庫区の近代建築その6

旧神戸市森高等女学校のすぐ傍に昭和初期築の大きな病院が建っています。この病院は川崎造船所(その後は川崎重工)の病院として昭和11年に設立されました。設計:木下益次郎(木下建築事務所)
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明治以降に兵庫区の臨海部に進出した三菱・川崎両造船所によって工場周辺や後背地域は企業城下町として大きく発展していきます。当時の多くの大企業がそうであったように、やがてこの両社は病院を設立し、社員や周辺住民に向けた医療サービスを開始します。
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この病院が建てられた当時の川崎造船社長、平生釟三郎は当時を代表する基幹産業の社長・会長を歴任した実業家ですが、社会奉仕にも積極的に取り組み、灘生協の創設や甲南大学、甲南病院の設立者としても知られています。
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この川崎病院の設計者である木下益次郎と平生釟三郎は縁が深く、平生釟三郎が設立した甲南病院や川崎造船の系列会社である川崎汽船の本社(神港ビルヂング)も木下益次郎が設計しています。確かに、この川崎病院の全体の雰囲気は甲南病院に共通するものがあります。
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広大な敷地には本館の他にも付属棟が数棟建てられています。
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現在では大規模な事業所が地域に自前で病院を設ける事例は数少なくなってしまいましたが、医療体制が現在ほど整っていなかった当時は大資本による企業立病院の存在は公共医療の隙間を埋め、先端医療の導入に大きな役割を果たしていました。
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by sunshine-works | 2008-09-16 21:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 11月 02日
昭生病院
神戸中央区の近代建築その1

神戸市を東灘区、灘区と巡って来ましたが、いよいよ今回から中央区の近代建築を探訪します。
中央区は神戸の中心地区だけあって随所に様々な建物が建てられました。戦災や震災により失われた物も多いのですが、それでも相当数が現用施設として、あるいは保存施設となって残されています。神戸発展を支えたこれら近代建築の数々を紹介していきます。

中央区はかつての葺合区と生田区が合併して誕生した区です。生田川の東を占める旧葺合区は灘区から繋がる住宅地区が多くを占め、オフィス街や商業地域を中心に発展を遂げた旧生田区とはまた違った街並みを形成しています。
灘区に近い旧葺合区の東側は、閑静な住宅地域に多くの学校が建てられ文京地区として整備されました。(かつての神戸商業大学が開学したのも旧葺合区の筒井通りです。)
また、この一帯は学校の他に医院・病院が多く建てられた地域でもありました。中心街から程近く、且静かな環境が好まれたのかもしれません。
今回紹介するこの建物も、かつての病院施設です。この昭生病院は日本で始めての循環器系の専門病院として建てられ、当地で昭和58年まで開業していました。病院本体は灘区へ移転しその後は診療所として使用されています。
昭和2年築。設計:橋本 勉
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設計者の橋本勉は大阪を拠点に活動した設計者です。工場建築や事務所ビルを得意とし、幅広いスタイルの作品を手掛けていた様です。
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全体に地味な印象の建物ですが、部分的にスクラッチタイルを貼ったり玄関周りに飾り石を嵌める等の意匠を施しています。
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各窓の縁石のラインが全体を引き締めています。
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海を望む南側の面です。病室の窓と思われます。
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本院が移転してから20年以上経過している事になるのですが、各部の老朽劣化が進んでいる様に見えます。
診療所となってはいるのですが、隣接地に新しい建物が建っており、この建物自体はほとんど使われていないのでしょうか。
おそらくは近年の内に取り壊されてしまう運命と思われますが、玄関周りの凝ったデザイン等いかにも昔の町の病院と言った風情があるだけに残念な気もします。
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by sunshine-works | 2007-11-02 21:01 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 31日
甲南病院

神戸東灘区の近代建築その7

御影の山の手、市街を見下ろす高台にタイル貼りのクラシカルな病院が建っています。昭和9年に設立されたこの甲南病院は総合病院としては神戸市内に唯一残る戦前の建物です。設計木下建築事務所。
*管理者より訂正:神戸市には企業系の総合病院(三菱や川崎)が戦前築の建物として現存していました。別途紹介したいと思います。
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全面タイル貼、アールを付けたコーナー、胴蛇腹や軒蛇腹の多用、1階主要部のアーチ窓等当時のオフィスビルや商業ビルに多く用いられたデザインです。
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甲南病院の創設者平生釟三郎は神戸と深い縁があります。実業家として大企業の社長・会長を歴任し政治家としても活躍した平生釟三郎は当地に教育機関として甲南大学を建学し、医療施設としてこの甲南病院を開設しました。また今日の市民生協の先駆けとなった灘生協(コープ神戸の前身)の創設にも係わっています。高級住宅地として開発されていった住吉村や御影町一帯の生活・文化基盤の整備に大きな貢献を果たしました。

よく見ると最上階の質感が違います。後年に増床をしているようです。
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太い大きな煙突。煙突もタイル貼です。
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日当たりの良い南面が正面(表)にあたります。病室や診療室からは市街や海が一望できる事でしょう。
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北側のエントランス周辺です
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エントランスホール天井には明り取り用のガラスブロックが嵌められています
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個人医院には戦前築の建物が残っていますが、大規模な総合病院となると近年多くが建て替えられてしまいました。さすがに最先端の医療施設を運用するには無理があるのでしょうか。積み重ねた信頼のシンボルでもある歴史と風格を備えた建物を壊してしまうのは些かもったいない気がします。
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by sunshine-works | 2007-07-31 23:15 | 近代建築 | Trackback | Comments(5)
2007年 06月 10日
西宮回生病院玄関棟

西宮の近代建築その27

海岸線を更に西へ、芦屋市との市境が香枦園浜です。この香枦園にある西宮回生病院は歴史のある病院ですが昭和60年に建て替えられました。建て替えに際して玄関部分が保存され現在も正面入口として使われています。
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西宮回生病院は陸軍軍医総監を勤めた菊池常三郎博士によって明治40年に設立されました。この玄関棟は昭和初年の築です。
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アーチに囲まれた玄関扉
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車寄せの屋根は阪神大震災後に改修されています。以前は木造のドーム屋根でした。柱の礎石部分が残っています。
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玄関を中心として左右に円弧状の両翼が繋がっています。

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建て替え時に部分保存された事例です。全体保存が叶わない場合この様にシンボリックな部分のみが残されます。この玄関部分はもともと本館から独立した建物だった為残し易かったのでしょう。たとえ部分的であっても歴史的価値のある建物の名残を留めて置く事は有意義な事だと思います。
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尼崎、西宮と巡ってきた近代建築watch、次回からは芦屋市へ向かいます。

by sunshine-works | 2007-06-10 03:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 01月 28日
尼崎 病院・医院
尼崎の近代建築その14

元医院2物件を紹介します。

旧向井眼科
旧開明小学校の隣にある元医院。現在は建具店。
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木造モルタル造。道路に面した2面にタイルが貼られています。
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縦長窓の配置が1階と2階で互い違いになっています。
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旧開明小学校がすぐ隣にあります。
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旧H医院
元内科医院跡。廃墟のようになっています。
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同じ敷地内にある建物。診療室として使われていた様です。
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腰壁の黒いタイルや玄関周りのデザインに特色のある建物です。何れ取り壊されてしまうのでしょうがなんとも惜しい気がします。
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by sunshine-works | 2007-01-28 22:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2006年 11月 28日
米澤医院
尼崎編その4

現在は閉鎖されている廃病院です。長く放置されているのか風化が進んでいます。
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古い地図を見るとこの近辺は医院が集まっていた地域のようです。現在も周辺に病院、医院が数多くあります。

丸窓、水平を強調した庇、バルコニー等見所の多い建物です。
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元々はピンク系で塗装されていたようです。モダンな外観と相まって目を引く建物だったと思います。
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全国各地にこのような廃病院があります。昔は地域の最先端だった医療施設も年月の流れの中で朽ちて役目を終わろうとしています。ハイテク医療を担うには設備環境面で対応出来ないのでしょうか。個性的で味わい深いデザインが多いだけに残念です。


正面入口上部にバルコニーがあります。
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1階の窓はアーチ窓
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正面の一段上の道路からの眺め
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裏から見るとこんな感じ。遠方奥に旧阪神電鉄尼崎発電所が見えます。
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*2008年解体されました。

by sunshine-works | 2006-11-28 12:39 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)