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2013年 10月 15日
旧江木歯科医院
岡山県倉敷市の近代建築その19

玉島の旧市街の一角、伝統家屋が並ぶ中に、モダンな洋館造りの医院兼住宅が残されています。
詳細は不明ですが、昭和初期の築と思われます。
(歯科医院の看板が掲げられていますが、閉院したようです。)
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木造モルタル造、玄関を構える建物左手が2階建て、右半分に平屋の診療室が繋がります。
上げ下げ式の縦長窓や側面の丸窓、大きく張り出した玄関庇、入口周りや門柱を飾る切石、屋根は洋瓦葺き。
昭和初期のモダンな都市型住宅の姿を伝ます。
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門から玄関のアプローチ。ほぼ直線のみのシンプルな構成です。
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側面から奥手。一部の窓以外は木製枠が保たれています。
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使われなくなった診察室には機材がそのまま残されていました。
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by sunshine-works | 2013-10-15 17:59 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 10月 10日
旧小出医院
養父の近代建築その4

養父市の北部、円山川近くの静かな集落に大正期の医院建築が残されています。
大正7年に建てられたこの小出医院は、平成10年まで現役で使われていました。
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集落の外れ、角地に面して建てられた木造平屋建て。
建物中央に車寄せを設け、左右シンメトリーに部屋を配置、大きな寄棟屋根には和風の桟瓦を葺きます。
施工を担当した地元の大工に当時の東京帝国大学付属病院を実見させたとの事で、地方小村の医院ながら本格的な洋風技法を取り入れた折衷様式で建てられています。
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基礎に布積みの礎石、壁面は黄褐色の漆喰壁、軒下はモルタル仕上げ。
窓枠や玄関扉は当時と変わらぬ木製のままです。
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閉院して10年以上を経過、各部の劣化が進んでいます。
木部の表面は乾き、壁面の剥離やひび割れが目立ちます。
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建物右手に繋がる付属棟。こちらの状態も芳しくありません。
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中庭から建物裏側の眺め。隣に並ぶ萱葺き屋根は出石藩主の御座所として建てられた由緒ある建物です。
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明治期以降各地の町村に開業した個人医院の多くは、このような洋風意匠で建てられ、地域の近代建築の先駆けとなりましたが、建物の老朽化や医療環境の変化に伴ってその殆どは昭和末期から平成にかけて姿を消して行く事となります。
往時の姿を良好に留めるこの旧小出医院は、これら地方医院の貴重な資料として残ります。
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by sunshine-works | 2013-10-10 20:54 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 10月 05日
上垣医院
朝来の近代建築その11

和田山駅南側の中心街を東へ進んで程なく、道路に面して木造2階建ての大きな建物が見えてきます。
和田山を代表する洋館建築として知られるこの上垣医院は80年を超えて今尚現役で使われています。
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この上垣医院の竣工は昭和5年。地元出身の上垣新吾医学博士を招いて開設されました。
公設医療機関が無かった朝来地区では最も大きな医院で、モダンな洋館の病院として親しまれました。
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上部にバルコニーを乗せた玄関ポーチを中央に配し、左右両翼を手前に張り出すシンメトリー構造の木造2階建て。外壁はモルタル塗り、寄棟屋根には和風の桟瓦を葺いた和洋折衷様式です。
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玄関ポーチおよび庇上部のバルコニー。
2階の屋根上に設けられた通気用のドーマー窓が良いアクセントとなっています。
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4本の石柱が支える玄関庇。その奥の入口扉は建物規模に比べて小さな造りです。
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各面に並ぶ上げ下げ式窓。木製の枠が当時のまま使われています。
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2階の窓は引き違い窓もしくは外開き窓でしょうか。
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建物側面。小さな出入り口が設けられています。
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敷地奥手の建物。かつて隔離病棟として使われていたとの事です。
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現役で使われている昭和初期の医院建築の現存例は兵庫県内でも数少なく、個人医院では最も古いものでしょう。
竣工当時の姿を良く留め、当時の医院建築を伝える貴重な遺産となっています。
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by sunshine-works | 2013-10-05 23:28 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 22日
香川の近代建築補遺2
香川の近代建築

香川の近代建築補遺、2回目の今回は医院建築と商業建築です。
県都高松は戦時中の空襲被害によって市域の多くが焼かれ、町中に残る近代建築はごく僅かなものとなりますが、県内各地の拠点都市には戦前築の店舗や個人医院が往時の姿で残されています。
近年の都市環境の変化で、これら周辺都市の中心街は往時の賑わいが薄らいでしまいましたが、残された建物はかつての繁栄ぶりを今に伝えています。

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吉田医院

善通寺駅の東、伊予街道沿いに建つ現役の医院。昭和初期の築と思われるモダン建築です。
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安治川歯科医院

琴平の中心部の手前角に建つ歯科医院。こちらも現役のようです。
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旧松本歯科医院

讃岐白鳥の住宅地にひっそりと残る木造の医院建築。こちらは廃院となっていると思われます。
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川畑美髪院

戦前からの古い建物が数多く残る東かがわ市讃岐白鳥の中心街に建つ理容室。看板建築にも見えますが、木造モルタル2階建ての偽洋風建築です。間口に対して奥行きの薄い扁平な建物です。

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カフェ三本松

讃岐白鳥の隣町三本松駅前の喫茶店。本格的な洋風意匠ですが、後ろ側で和風建物と繋がっている様子からは看板建築と呼ぶべきでしょうか。
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春駒

丸亀駅北側の古くからの家並みに残る建物。かつて花街だったこの辺りには同様な建物が数多く有りましたが、近年は数えるほどとなっています。

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高須商会

坂出のアーケード街に残る店舗建築。スクラッチタイル張りの洋風意匠ですが、両側にうだつを持つ個性的な建物です。
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水尾メリヤス店

こちらも坂出のアーケード街に残るモダン建築。
一見すると単なる古い佇まいの店舗建物ですが、仔細に見ると各所に施された本格的な洋風意匠が際立つ建物です。
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*次回に続きます。

by sunshine-works | 2012-12-22 18:00 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 13日
倉敷中央病院
岡山県倉敷市の近代建築その6

倉敷教会の東方へ約300メートル、赤い屋根が印象的な総合病院の建物群が見えます。この倉敷中央病院には、前身となった倉紡中央病院時代に建てられた病院施設が現存します。これらの建物は大正12年の開業時に建てられました。
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倉敷紡績の企業城下町として発展した倉敷には、社員の厚生施設として様々な組織、施設が建てられます。倉敷紡績も、この時代の大くの大会社の例に漏れず地域一番の規模となるこの近代的な総合病院を設立します。
設計は倉敷紡績社長大原孫三郎との繋がりで倉敷に多くの作品を残した薬師寺主計、施工も大原孫三郎や薬師寺主計と所縁の深い藤木工務店が担当しています。
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現存する倉紡中央病院時代の建物は全部で3棟。
南から順に旧看護婦養成所、旧事務棟、旧外来棟が敷地の西側の道路に面して並びます。
現在の主要な病院施設は背後に建てられた鉄筋コンクリート造の近代病棟が担っていますが、これらの建物も用途を変えて現役施設として使われています。
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敷地の南端に建つ3階建ての建物。かつて看護婦養成所として建てられ、現在は倉敷中央看護専門学校として使われています。
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鉄筋コンクリート3階建て。
直線と平面を基調とした外観、装飾意匠を最小限に止め、均等に並ぶ縦長窓の配置で垂直・水平方向のラインを強調します。
反面、1階の腰周りには煉瓦タイルを飾り、玄関ポーチにはアーチが組まれる等、古典様式からモダニズム様式へ移行する過渡期の建築様式が見て取れます。
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旧事務棟として使われていた建物。現在はリハビリ施設となっています。竣工時は、この建物の入口が病院の主玄関になっていました。
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旧外来棟。事務棟と意匠を合わせた造りです。現在は幼稚園として使われています。
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旧事務棟と旧外来棟の意匠はゼセッションやアールヌーボの様式を取り入れた薬師寺主計が得意とするスタイル。当時の病院建築にはこの様式が数多く使われています。
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83床、医師24名の規模で開業した倉紡中央病院は、翌年には200床を超える大きな総合病院に発展、京都大学から多くの医師を招き、海外の最新医療機材を導入する等、県内では岡山医科大学と並ぶ先端の医療機関となりました。
また、この倉紡中央病院は、東洋一の病院を目指した大原孫三郎の理念が様々に体現され、斬新な施設や制度が導入されていました。*詳細はこちらをご覧ください。
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この病院が建てられた当時の倉敷の人口は1万5千人程。人口規模と比較すると相当に大きく立派な病院だった様です。
広く市民にも開放されていたこの倉紡病院は、従業員や地域に対する利益還元や社会貢献を重視した大原孫三郎の哲学を示す象徴の一つとなっています。
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by sunshine-works | 2012-10-13 14:12 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 01日
旧海崎医院
朝来の近代建築その2

生野の中心口銀谷(くちがなや)地区の東、静かな町並みに並ぶ民家の敷地に、小さな木造洋館が建っています。
この建物はかつてこの地で開業していた医院の待合室として使われていました。
築年は明治20年頃、地元の大工によって施工された儀洋風建築です。
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木造平屋、羽目板貼り、和瓦を葺いた寄棟造り。重厚な軒蛇腹や鎧戸、小さな庇を張出す玄関ポーチを備え、小規模ながら当時の洋風建築の技法を随所に盛り込んでいます。
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この建物は、生野の漢方医だった海崎一貫が生野鉱山のお抱えフランス人医師に西洋医学を学び、自宅の一角で医院を開業した際に建てられました。海崎医院はその後、生野で最も古い医院として親しまれますが、大正15年に2代目が夭折した後は後継が絶え、この待合室は使われる事のないまま今日まで残されています。
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この建物で特筆すべきは、格天井の一葉毎に描かれた豪華な天井画にあります。
花鳥風月をモチーフとした日本画が描かれた30センチ四方の格子板81枚が天井いっぱいに並べられ、見る者を魅了します。
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鎧戸を備えた両開きの窓。
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素晴らしい天井絵を持つこの医院建物は、早くから西洋文化を採り入れた生野の先進性と豊かな文化的素養を示します。
生野に数多く建てられた洋風建築の中でも明治20年まで遡る建物の現存例は旧生野警察署に次いで古く、初期の儀洋風建築の姿を伝える資料として貴重です。
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by sunshine-works | 2012-10-01 23:33 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 14日
旧後藤医院
香川県坂出市の近代建築その5

前回紹介した木田歯科医院から南へ進んで程なく、赤く塗られた屋根が印象的な洋風建築が見えてきます。この建物も旧医院として建てられ、閉院した後も当時の姿を保ったまま残されています。大正9年築。
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大正9年に内科医院として建てられ、戦後の昭和36年から昭和63年までは産婦人科医院として使われました。その後現在に至るまで医院として使われる事なく、空家となっています。
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木造モルタル2階建て、大きなマンサード屋根の傾斜面にドーマーを張出します。外壁は平面を基調としたセセッション風の意匠、垂直方向に柱型が添えられ、柱型上部に花弁状のレリーフを飾ります。
華美な装飾はありませんが、広い壁面空間に程良いアクセントが添えられ、個性的な屋根とバランス良く調和します。
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こちらは南面です。1階が診療室や待合室、2階は病室として使われていました。
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各窓の中間に添えられた柱型。窓の下にもレリーフが飾られます。
部分的に残る化粧タイルは元々の仕様。現在は一部を残して塗り重ねられています。
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建物南側の狭い路地からの眺め。当初西側にあった入口は塞がれ、この路地に沿って東に増築した別棟に出入口が移されています。
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これまでも香川県に残る古い医院建築を数多く紹介してきましたが、一例を除いて他は全て閉院し空家となっています。
全国的に見ても、都市部に建てられた古い個人医院の多くは廃業と共に放置されたままとなっているのが実状です。地域の近代化を支えたこれらの個性的な医院建築は、やがて朽ち果て、いつの間にか町の風景から消え去っていくのでしょうか。
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by sunshine-works | 2012-07-14 18:05 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 10日
旧木田歯科医院
香川県坂出市の近代建築その4

坂出駅の北側、商店街の裏手に、かつて歯科医院として建てられた建物が残されています。詳しい築年は不明ですが、昭和初期に建てられたものと思われます。
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商店街の裏筋に位置するこの一帯は、住宅街の中に古くから続く店舗や事業所が点在する、いわゆる住商混合地域として栄えた地区でした。
駅前から続く道沿いに各種施設が揃い、多くの人出で賑わうこの一帯には医療機関が多く開かれました。
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1階と2階の縦長窓の間に木造モルタル2階建て。
建物左側を僅かに張出しますが、フラットに平面を組み合わせた方形の外壁に陸屋根を乗せ、ぐるりとパラペットを巡らせるます。当時の商業建築や医院建築に良く使われたモダンな意匠です。
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1階と2階にそれぞれ縦長窓を並べ、その間を緩くアールを描く壁面で繋ぎ、円形のメダリオンを飾ります。
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建物左手に配置された正面入口。玄関扉は後方斜めに設けられています。
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地方都市の中心部に建てられた個人医院の多くは、廃業後に居住区画だけを残して使用される例もあれば、空き家となって放置される事例も数多いようです。地方都市に共通する中心部の空洞化は、このように価値ある医院建築の存続についても大きな影響を及ぼしています。
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by sunshine-works | 2012-07-10 23:14 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 06日
旧若原眼科医院(清澄家住宅)
岡山県早島町の近代建築その1


旗本領の陣屋を中心に発展した早島町は、町域の中央を縦断する金比羅往来沿いに古い町並みが今尚残り、交易の中継点として栄えた往時の姿を偲ばせます。
この旧道から宇野線早島駅に続く狭い道を進んで行くと、住宅街の一角に古い木造2階建ての洋館が見えてきます。
眼科医院兼住居として明治41年に建てられたこの建物は、早島町に残る唯一の明治期の洋風建築であり、岡山県内では数少ない戦前築の木造医院建築の現存例でもあります。
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資料によると明治41年に眼科医院兼住居として建てられ、昭和4年に歯科医院を併設、昭和26年に眼科医院が廃止された後は平成2年までを歯科医院として開業していたそうです。建てられた当時は現在の建物の他に入院用の病棟が併設されていたとの事で、明治期の地方の単科医院としては本格的な概要を備えていたものと思われます。
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木造下見板貼、寄棟屋根に桟瓦を葺き、屋根の頂部には棟飾りを飾ります。建物正面側は洋風意匠で設え、側面・背面には縁側を備えた純和風の棟を繋ぐ和洋折衷様式。正面側のコの字型に張り出した両翼とその奥の区画が医院と応接室、奥の和室が住居となっています。
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小さな庇を備えた玄関。引戸式の玄関扉や上げ下げ窓が竣工当時のまま残ります。
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裏手に設えられた日本式の庭園。その奥に縁側を備えた和室が繋がります。
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明治に入って各地に広まっていった西洋医学は、それまで対処できなかった様々な疾病を癒し、多くの人々に文明の恩恵をもたらします。
各町に建てられたこのようなモダンな洋館造りの医院は、地域の近代化を象徴する存在として人々に親しまれていきました。
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by sunshine-works | 2012-07-06 20:45 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 22日
堀家時計店
香川県丸亀市の近代建築その3

丸亀駅の北側、線路に沿った旧市街地の一角に現在は時計店として使われている古い建物が建っています。
この建物は元々は医院として建てられ、その後ホテルを経て現在の用途となりました。昭和8年築。
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一見するとRC造と思えますが、日本家屋の正面を洋風意匠に仕上げた、いわゆる看板建築です。
正面の意匠は完璧に西洋建築を表現し、かつ側面の殆どが隣戸に接して隠れている事もあって、看板建築である事に気づきません。
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中心の玄関両脇に柱形が添えられ、中央に立ち上がるパラペットにオーナメントを飾ります。
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軒下のコーニスや階上のパラペットの見事な出来栄え。「看板建築」の概念を超える完成度です。
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玄関脇に添えられた柱形。
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古くから開けたこの一角にはこのようなモダンな洋風建築が幾つも点在していましたが、近年その多くが改築や取り壊しによって失われてしまいました。
界隈のかつての賑わいを偲ぶ建物として、また丸亀に於ける医院建築の数少ない現存例として貴重な資料となっています。
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by sunshine-works | 2012-04-22 23:57 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)