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2011年 08月 12日
播磨の駅舎2
播磨の鉄道遺産その9

播磨の駅舎その2は播但線に残る戦前築の駅舎を紹介します。

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姫路市北部の仁豊野駅。昭和3年築の駅舎が残っています。
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外壁は張り替えられていますが、骨組みや車寄せの庇は当時の姿を留めます。
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北へ進んで香呂駅。仁豊野駅と良く似た造りの駅舎です。駅本屋の財産標には明治27年とあります。
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隣駅の溝口駅は明治31年の開業。敷地の都合からか妻側に出入り口が設けられています。
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北播磨の拠点駅福崎駅。昭和11年に建替えられた際の駅舎が現存します。
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スクラッチタイルが張られたモダンな駅舎です。
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次の甘地駅舎は昭和3年の築。播但線駅舎の標準例とも言える造りを踏襲しています。
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市川町の鶴居駅。この駅も播但線駅舎の特徴を良く留めています。
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by sunshine-works | 2011-08-12 19:14 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 08日
播磨の駅舎1
播磨の鉄道遺産その8

播磨の鉄道遺産探訪の最後は竣工当時の面影を残すローカル駅舎を2回シリーズで紹介します。
初回は山陽本線の駅舎です。

山陽本線曽根駅。昭和2年築。比較的規模の大きな木造駅舎が残されています。
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大きな改築が無く、竣工当時の姿を良好に留めます。
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曽根駅の西隣に位置する御着駅。昭和10年築。
この時代の山陽本線に多く見られる木造モルタル、瓦葺きの駅舎です。
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姫路から西へ一駅進んで英賀保駅。
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車寄せの庇に凝った装飾が見られます。
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明治39年築の駅舎が残る竜野駅。
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ホーム上屋は戦後の改築。跨線橋やホーム柱に古レールが使われています。
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有年駅は明治23年の開業。改装の手が加えられていますが、駅舎本屋の一部は当時のまま使われています。
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この駅の跨線橋も古レールが使われています。
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大正4年に建てられた上郡駅舎。当時の姿を良く留めています。
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by sunshine-works | 2011-08-08 22:03 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(2)
2011年 08月 04日
山陽電鉄の橋梁
播磨の鉄道遺産その7

明治43年に前身の兵庫電気軌道が開設した兵庫~須磨間の路線に始まる山陽電鉄は大正~昭和戦前期に順l次東西に延伸され、神戸と姫路を繋ぐ準大手私鉄として発展を遂げていきます。
この山陽電鉄が渡る播磨の主要な河川の幾つかには、同線開設当初より使われている橋梁が現存します。
播磨の鉄道遺産その7は戦前に架けられた山陽電鉄の橋梁を紹介します。
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加古川市と高砂市の境を渡る加古川橋梁。山陽電鉄の橋梁としては最も長い橋です。大正11年築。
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この加古川橋梁を含め、現存する戦前の山陽電鉄本線の橋梁は全て上路プレートガーダー橋。河口近くの広い川幅を渡る橋ですが、複雑でコストも嵩むトラス橋とせずに延々と桁を連ねるこの形式を用いています。
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橋脚もこの時代によく見られる楕円断面のコンクリート製です。
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八家駅の西側の小さな川を渡る八家川橋梁。大正11年築。
山陽電鉄の橋梁には珍しい煉瓦橋脚が現存しています。
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市川橋梁もこの区間が竣工した大正11年の竣工。下流側の橋桁は架け替えられているようですが、上流側の橋桁は当初のものが現存しています。
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東端の1基を除いた他の橋脚はこのようなコンクリート製の円柱を並べたもの。後年に取替えられたものでしょうか。
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飾磨から網干までを結ぶ支線の網干線。夢前川を渡る橋梁は昭和15年に架けられています。
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この橋梁には下路式のプレートガーダー桁が使われています。
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by sunshine-works | 2011-08-04 23:47 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 11日
姫新線播磨高岡~美作土居間の橋梁②
播磨の鉄道遺産その6

前回に引き続いて兵庫県内に残る旧姫津線時代の橋梁を紹介します。

西栗栖~三日月間の栗栖川橋梁。山間の小さな集落の脇を渡ります。
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山も深まるこの辺り、流れも静かで水深の浅い上流域の川へと景色が変化していきます。
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橋脚はこれまでの姫新線橋梁とは違うタイプの物ですが、橋桁は共通のものが使われています。
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三日月駅手前の第二角亀川橋梁。小さな川をカーブしながら渡っていきます。
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先ほどの栗栖川橋梁と同じタイプの橋脚。小規模な橋梁にはこの規格の橋脚が用いられているようです。
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緩やかに弧を描く橋桁。
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播磨徳久駅の東で渡る千種川橋梁。高く架けられた橋ですが、この橋もここまでの橋梁とよく似ています。
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佐用駅を過ぎた姫新線は佐用川を何度も渡りながら県境の万ノ峠トンネルに至ります。
上月駅との中間地点にある第一佐用川橋梁。上流の橋としては比較的大きな橋です。
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この橋も橋桁が緩やかに弧を描きながら対岸へ渡ります。橋の規模が大きくなった為なのか、丸く太い橋脚が使われています。
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更に進んで第二佐用川橋梁。先ほどの第一佐用川橋梁とそっくりです。
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その先の第三佐用川橋梁。これもよく似た造りです。
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県境の万ノ峠トンネルまであと僅か。トンネルを抜けると美作土居駅に到着です。
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by sunshine-works | 2011-07-11 01:00 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 07日
姫新線播磨高岡~美作土居間の橋梁①
播磨の鉄道遺産その5

昭和5年に姫路~余部間で開業した姫津線はその後西へ延伸を続け、昭和11年には津山方から延ばされた姫津西線と結ばれて現在の姫新線へと発展していきます。この姫新線の兵庫県側、播磨高岡から県境の万ノ峠トンネルまでの区間では、山裾を流れる幾つもの河川を鉄橋で越えて行きますが、これらの多くは同線開設時に架けられた物が現用施設として使われています。今回と次回はこの区間に残る昭和初期の鉄道橋梁を紹介します。

姫路発の姫新線は播磨高岡~余部間で大きな川を渡ります。この夢前川橋梁は姫津線の橋梁として最初に施工されました。
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姫路の中心部からほど近いこの辺り、当時はのどかな景色が広がっていた一帯も現在は住宅地となっています。街区の中ほどを橋桁が貫き、護岸の向うへ延びていきます。
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広い河川敷を渡る夢前川橋梁。コンクリート橋脚に鋼製プレートガーダーを渡したこの時代の標準的な橋梁ですが、上が窄まった錐形の橋脚は同時期の他の姫新線橋脚には見られない独特の形をしています。
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太市~本竜野間に架けられた林田川橋梁。揖保川水系の小さな川を渡ります。
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旧姫津線の橋梁としては 最も大きな橋梁 夢前川に次ぐ大きな橋梁がこの揖保川橋梁です。昭和7年の東觜崎~ 播磨新宮間開通時に架けられました。
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大正期以降各地の線区に導入されたコンクリート橋脚の基本形とも言うべき楕円形断面の橋脚。山陽本線が複線化された際に架けられた橋梁の橋脚とほぼ同じ規格ですが、頂部の傘石は省かれています。
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周囲に山々を臨む雄大な景色の中、静かな川面を単編成の気動車が渡っていきます。
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by sunshine-works | 2011-07-07 17:26 | Trackback | Comments(2)
2011年 07月 03日
山陽本線 揖保川橋梁/千種川橋梁
播磨の鉄道遺産その4

西播磨を南流し播磨灘へ注ぐ二つの大きな河川、揖保川と千種川。それぞれを渡る山陽本線の橋梁には同区間開設時~大正期に架けられた橋脚、橋桁が使われています。
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網干~竜野間にある山陽本線揖保川橋梁。揖保川下流の広い川幅を2本の上路プレートガーダー橋が渡ります。
下り線に使われている煉瓦橋脚は同区間が開通した明治期の築、上り線に使われているコンクリート橋脚は同区間が複線化された大正期の築です。
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手前側が下り線の煉瓦橋脚。積み上げた煉瓦の縁を切石で補強しています。
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煉瓦橋脚の土台部分。
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明治期と大正期の橋脚が並びます。橋桁に付けられた銘板から橋桁部分は大正15年に架け替えられた事が分かります。
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川を越えた橋桁は河川敷を低い高さで横切り、土手の向うへ渡って行きます。
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揖保川を越えた下りの山陽本線は有年駅と上郡駅の間で千種川を渡ります。この地点に架けられた千種川橋梁も開通当時からの煉瓦橋脚と複線化された際のコンクリート橋脚が現存し、大正期の橋桁が使われています。
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揖保川橋梁とは開通時期も複線化された時期もほぼ同時期にあたり、橋脚、橋桁ともに共通する規格が用いられています。橋の長さや周辺の景色の違いを除くと二つの橋梁は非常によく似ています。
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遠景に山々を据えた長閑な景色の中、穏やかな川面を橋桁が渡っていきます。
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土手を越えて広い河川敷を横切る桁。明治期の遺構を眼前に見る事が出来ます。
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by sunshine-works | 2011-07-03 19:10 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 13日
北条鉄道の駅舎
播磨の鉄道遺産その3

小野市粟生から加西市を結ぶ北条鉄道は民営の播州鉄道が大正4年に開通させた路線に始まり、戦時に国営化された後は昭和60年までを国鉄北条線として、その後は第三セクターに転じて現在に至ります。
この北条鉄道には同線開通当初に設置された3つの駅舎が当時の姿のまま残されています。
播磨の鉄道遺産その3は旧播州鉄道時代に設けられたこれら3駅を紹介します。
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法華口駅は大正4年、播州鉄道がこの区間を開設した時に設置されました。
羽目板の腰周り、上部を漆喰壁で仕上げて切妻屋根に和瓦を葺いた当時の典型的な地方ローカル線駅舎の姿がそのまま残されています。
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小さな待合室。北条鉄道の途中駅は全てこのような無人駅となっています。
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改札口からホームへ
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殆ど開設当時と変わっていないホーム上屋。
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ホームの対面から
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隣駅の播磨下里駅は大正6年の開設。当時の名称は王子駅でした。
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法華口よりも更に小さな駅です。待合室に小さなベンチが置かれているだけの簡素な駅舎です。
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1面1線の小さなホーム。
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神戸三宮からの距離は約60キロ、乗車時間は加古川線経由で約1時間半。
神戸の裏手とも言える場所に今尚このような鉄道風景が残っている事に驚きます。
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長駅は法華口駅と同じ大正4年の同線開通時の築。建物としては更に小さなものですが、全体意匠は法華口駅と共通しています。
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ホームの景色も法華口駅や播磨下里駅とよく似ています。
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建物各部も開設当時から殆ど変わっていないと思われます。
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日中のダイヤは平均1時間に1本。レトロな駅舎と対照的な現代風の気動車が入線してきました。
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by sunshine-works | 2011-06-13 00:55 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 09日
加古川線の橋梁
播磨の鉄道遺産その2

播磨を縦断して丹波と結ぶJR加古川線は民営の播州鉄道が大正2年に敷いた加古川町~国包駅間の路線に始まり、10年後の大正12年に谷川駅まで延伸されて現在の加古川線の原型となります。開業以来100年を迎えるこの沿線にも戦前に由来する橋梁が残されています。播磨の鉄道遺産その2は加古川とその支流を渡る橋梁を紹介します。
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厄神~市場間に架かる加古川第二橋梁。大正2年にこの区間が開通した際に架けられたものです。現存するプレートガーダー式の桁には明治38年製との表記がありますが、これは後年に他所から転用されたものと推測されます。
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加古川の中流域とは言え、幅員300メートルを超える大きな橋です。竣工時から残る煉瓦の橋台、橋脚に11連の上路プレートガーダー桁、1連のトラス桁が渡されています。
このうち中央のトラス桁1基と西詰のプレートガーダー桁1基は近年の築ですが、他の橋桁には明治期の橋桁が使われています。
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大正期の旧鉄道省橋梁では一部でコンクリート製橋脚が使われ始めていましたが、ローカル区間ではこの様な煉瓦橋脚も並存していたようです。
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現在中央部にはトラス桁が架けられています。これは近年の水害復旧によって架け替えられたものです。
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西岸からの眺めです。
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加古川の支流、万願寺川の小野町~粟生間に架けられたこの万願寺橋梁も相当に古い歴史を持つものと推測されます。
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切石を積み上げた楕円形状の橋脚は大正初期の橋脚に数多く見られます。その上に渡されているリベット接合の上路式プレートガーダーも当時の標準的な規格のものです。
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by sunshine-works | 2011-06-09 22:48 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 05日
神戸電鉄の橋梁
播磨の鉄道遺産その1

神戸市湊川から北へ伸びる神戸電鉄は昭和3年に神戸と有馬温泉を結んだ神戸有馬電気鉄道に始まり、80年を超える今日まで神戸と北播磨を結ぶ都市近郊鉄道としての歴史を刻んで来ました。
播磨地区に残る鉄道遺産その1はこの神戸電鉄各線開設時に架けられた橋梁を紹介します。
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神戸と小野市粟生を結ぶ神戸電鉄粟生線は昭和13年に神戸から三木福有橋駅(現在の三木駅)までの区間が開通します。三木市の中心街を流れる美嚢川を渡るこの橋梁は同区間の開設時に架けられました。
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広い川幅を渡っていく美嚢川橋梁、太いコンクリート橋脚の上には幾つもの異なる形式の橋桁が乗せられています。RC造のガーダー桁は竣工時に新設された物、3種類の鋼製プレートガーダー桁は他所から移設された物と推測されます。
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RC桁に挟まれて上路式の鋼製プレートガーダー桁が渡されています。
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この部分に用いられている上路プレートガーダーは明治期のポーナル桁と思われます。
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上路式ガーダー桁に下路式ガーダー桁が繋がる何とも珍しい光景です。
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橋桁の再利用はよく行われた手法ですが、このような継接ぎの組み合わせは極めて珍しい例です。戦時体制へ移行しつつあった当時、新興の中小私鉄だった三木電気鉄道(神戸電鉄粟生線の前身)が厳しい情勢下で寄せ集めてなんとか完成させたのでしょうか。
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三木城跡の石段から美しい橋の全容を望みます。
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神戸電鉄粟生線の小野~粟生区間は戦後の昭和27年に開通します。この時に架けられた加古川橋梁には二連の明治期の輸入橋桁が使われています。
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プレートガーダー桁に挟まれた2連のトラス桁が移築された桁です。明治中期にイギリスから輸入した120余りに及ぶ同形式の橋は全国の路線で使用されました。神戸電鉄加古川橋梁に移築された桁は大糸線または水戸線で使われていたものと推測されています。*詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
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その他のプレートガーダー桁とコンクリートの橋脚は昭和26年の築。戦後の築とは言え60年余を経た風格を備えています。
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現在2連残されている輸入トラス桁ですが、当初は3基が連なっていました。老朽化によって取り外された1基は播磨中央公園に再移築され歩道橋として利用されています。
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有馬口と三田を結ぶ神戸電鉄三田線は昭和3年に開通、同社では有馬線と並ぶ歴史を持つ路線です。
この三田線が有野川を渡る地点には同線開設時に架けられたと思われる古い形態の橋が残っています。
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リベットがビッシリと打たれ、補構材が狭い間隔で並びます。両端がJの字に折れ曲がった補構材は明治期に導入されたポーナル形プレートガーダーの特徴を受け継いでいます。この橋桁も他所から移設された物なのかも知れません。
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by sunshine-works | 2011-06-05 15:16 | 近代建築 兵庫県 | Trackback(1) | Comments(0)
2009年 12月 05日
播磨の近代建築 補遺④ ~水利~

播磨の近代建築 補遺④ 古来より、播磨地区は水利に苦心を重ねてきた歴史があります。明治以降もたらされた近代土木技術は、この地域に安定的な水の供給を確保し、生活や産業基盤を変革して行きました。
播磨の近代建築巡りの最終回は、水利に関連する近代土木遺産を紹介します。

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掌中橋

明治期に着工した淡河川・山田川疎水事業によって、播磨地区の農業水利は大きく改善されます。現在もこの疎水は地域の農業を支えていますが、竣工当時の設備の殆どは改修され、当時の姿を偲ぶ物は数例しか残っていません。

稲美町に残る同疎水の水路橋です。近年まで現用施設として使われていましたが、現在は保存施設として公開されています。
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平木橋

加古川の市街地の程近くに移設されたこのアーチ橋は、現存する淡河川・山田川疎水の遺構としては最も大きな水路橋です。役目を終えた後を公園内で保存されています。
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飾磨樋門

姫路市を流れる市川から分流する船場川の取水口となっている石造の樋門です。
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草木ダム堰堤


宍粟市にある農業ダム。この時代に築かれたダムに共通する石積の素朴な造りです。
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朝日町浄水場給水塔

高砂市朝日町に残る大正期の給水塔。鉄骨の給水塔でこの時代の物は僅かな例しかありません。
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by sunshine-works | 2009-12-05 23:02 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)