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2017年 11月 11日
旧田中源太郎邸洋館(楽々荘)
京都府亀岡市の近代建築

山陰本線亀岡駅から市街地を西へ進んで程なく、屋根塀で囲まれた大きな邸宅が見えてきます。この屋敷は明治31年に亀岡出身の実業家田中源太郎の自邸として建てられたもので、その後は旅館やレストランとして使われています。
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広大な日本庭園に面して書院造り木造平屋の和館と煉瓦造2階建ての洋館が並びます。
洋館は外周にベランダを廻らせたコロニアル様式で、このスタイルは明治初期の洋館に多く用いられました。
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庭に面した2面にバルコニーを廻らせます。
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開口部が少なく、分厚い鉄扉が備わる一階部分。土蔵のような印象です。
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地元亀岡の商家を継いだ田中源太郎は京都を中心に数々の事業を手掛け、後には政界にも進出します。京都銀行の前身亀岡銀行や山陰本線の基となる京都鉄道、後の関西電力の母体の一つとなる京都電燈、立命館大学等、氏の関与した事業は現在に繋がる様々な分野に及んでいます。
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当時のまま残された室内の様子。調度品も状態良く保たれています。
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こちらは2階室内の様子。
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2階の外周にはガラス窓で囲まれた明るい空間が広がります。
本来亜熱帯地域の住居として考案されたコロニアル様式ですが、冬場寒冷な日本の風土に合わせてこのようなガラス張りとした事例が他にも数多く見られます。
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by sunshine-works | 2017-11-11 22:56 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 04日
大堰橋(八木大橋)
京都府南丹市の近代建築

山陰本線八木駅から続く古い町並みを抜けて大堰川の岸へ。旧道はこの場所で古い鉄橋を渡ります。80年を超えた今も現役で使われているこの美しい橋は昭和10年に架けられました。
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桂川水系大堰川の200mを超える広い川幅を3連のトラスと3連のプレートガーダー桁が渡ります。トラス桁は当時の先進技法カンチレバートラスが用いられ、最長部で40メートルの経間長を得ています。
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細密にリベットが打たれた鋼材が並ぶ橋上の様子。
橋銘板には横川橋梁製作所、昭和拾年の文字が読み取れます。
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この橋には竣工当時の親柱が東西共に現存しています。こちらは西詰側に残る親柱。
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こちらは東詰の親柱。東詰側に連なるプレートガーダー桁は河川改修に伴って架け直されていますので、この親柱はこれに合わせて移設されたものと思われます。
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左右の川岸からの遠景。側面から眺めると橋脚上部のアーチが三角形に盛り上がったカンチレバートラスの特徴が良く判ります。
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同じ岸の上流側から
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右岸下流側です。
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西詰に繋がる町並みからの眺め。
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by sunshine-works | 2017-11-04 22:28 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 28日
旧須知小学校
京都府京丹波町の近代建築

京丹波町の中央部、かつて宿場町として賑わった須知宿の高台に古い木造校舎が残されています。現在は児童施設として使われているこの建物は旧須知小学校の校舎として昭和10年頃に建てられました。
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古い町並みに沿った街路から石段を登った先に正面入口が見えてきます。
太い角柱が支える玄関庇、その上部に立ち上がる三角破風、大きな窓が並ぶ2階の壁面等、当時の学校建築の意匠を良く留めています。
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須知小学校は明治5年に遡る古い歴史を持つ学校で、明治23年に現在の校地へ移転、数度の建替えを経て、昭和8年から昭和10年までの間に現存する校舎が竣工します。玄関を構える本館とそれに繋がる複数の棟からなる大きな校舎は、一部に改修を加えながら平成12年の閉校までの65年間に亘って使われ、現在もほぼ当時の姿が残されています。
戦前に建てられた学校建築が数多く残る京都府ですが、これだけの規模の木造校舎が状態良く現存する例は他に無く、建築資料として非常に貴重なものと思えます。
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庇の奥に構える玄関扉。
踏み段の磨り減り具合がこの校舎の長い年月を語ります。
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敷地南側に広がる校庭から眺めた校舎。
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校舎裏側の様子。本館から後方に各棟が伸びます。
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年月を経た遊具や下駄箱が廃校当時の状態のまま残されています。
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by sunshine-works | 2017-10-28 23:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 21日
両橋
京都府福知山市の近代建築その5

福知山市の郊外、兵庫県境に程近い山間いに昭和初期に設置されたコンクリートアーチ橋が現存しています。今尚現役で使われているこの両橋は昭和13年に架けられました。
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山陰道(国道9号線)から分かれた側道が土師川を渡る地点に架けられた上路式開腹鉄筋コンクリートアーチ橋。橋長56メートル、幅員は6.5メートル。丘と丘の間の高い位置を一跨ぎします。
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現在は山陰道の脇道となっていますが、この橋を通る道が元々の街道にあたります。
京都市から丹波・丹後を結ぶ主要幹線となったこの街道は道中の多くが山間部の険しい山道となりますが、明治以降の街道整備事業に伴ってこのような近代橋梁が架けられ、谷や窪地を越えていきました。
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上流側の側面。この面の支柱上部はアーチ型に仕上げられています。
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橋上の景色。橋床がアスファルト舗装されている以外は当初の姿のまま。両側の親柱も健在です。

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by sunshine-works | 2017-10-21 23:48 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 14日
惇明小学校本館
京都府福知山市の近代建築その4

福知山市の中心部、福知山城跡の並びに古い歴史を持つ小学校が建っています。この惇明小学校では昭和12年に建てられた本館が現在も使われています。
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福知山藩の藩校として1809年に設置された惇明館は廃藩置県に伴って明治四年に廃止されますが、2年後の明治6年に新制小学校としてその名を受け継いだ惇明小学校が開校します。初代の校舎には惇明館の建物が使われました。
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現存するこの校舎は昭和12年の築。1階を教室、2階に講堂を設けた大きな建物。一見すると鉄筋コンクリート造に見えますが、木造一部鉄骨造り。鉄骨トラスの小屋組が組まれています。
建物は玄関入口を中心とするシンメトリー構造、正面に縦長窓を廻らせ適所に丸窓のアクセントを添えたモダンな意匠です。
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太い円柱が支える玄関庇。当時の都市部に建てられた小学校に劣らない洗練された意匠です。
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この校舎のアクセントとなっている丸窓。正面だけでなく各面に大小の丸窓が配されています。
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側面の眺め。正面からは判別できなかった大きな切妻屋根が見て取れます。
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by sunshine-works | 2017-10-14 23:38 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(3)
2017年 10月 07日
旧陸軍歩兵二十連隊施設
京都府福知山市の近代建築その3

福知山駅の南方、高台を登った先に陸上自衛隊第七普通科連隊の広大な駐屯地が広がります。
この一帯は旧陸軍時代に代々の歩兵連隊本営が置かれていた場所で、現在の自衛隊駐屯地の敷地内には旧軍時代に建てられた遺構が残されています。
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駐屯地の入口から奥へ進んで程なく、緩やかな坂道の上に旧軍施設を保存する一角が設けられています。昭和25年に自衛隊の前身となる保安隊設立時にこの地の旧陸軍連隊施設が引き継がれますが、施設整備の過程で撤去された建物、設備がここに集められました。これらの多くは明治31年に連隊が福知山へ移駐した際に設置されたものです。尚、連隊の福知山移駐に際して兵舎兵営の建設を請け負ったのが地元の建設会社松村組で、前回紹介した旧松村家住宅は当時の松村組当主が建てた居宅となります。
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この駐屯地には当初歩兵二十連隊が置かれましたが、戦中には留守部隊を再編した百二十連隊の駐屯地となり、その後百三十五連隊、最後は教育隊がその拠点としました。
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この一角に集められた旧軍施設の中心となっている木造モルタル平屋建て寄棟造りの建物。将校集会所として使われていました。現在は陸軍時代の資料を集めた資料館として公開されています。
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資料館への改装に伴って壁面に並ぶ窓は塞がれてしまっていますが、数箇所残る扉や基礎のレンガに往時の姿を留めています。
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旧将校集会所の隣には木造下見板張の小さな建物が建っています。この建物は旧軍時代に剣道場として使われてました。現在は音楽隊の施設になっています。
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by sunshine-works | 2017-10-07 20:45 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 30日
旧松村家住宅洋館
京都府福知山市の近代建築その2

福知山の中心部、福知山城跡から程近い場所に大正期に建てられた洋館が残されています。現在は洋菓子店舗の施設として使われているこの建物は地元の実業家松村雄吉氏の邸宅の一部として大正元年に建てられました。
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道路に面した商家風の主屋の裏手、斜面を登った丘の上に建つ白塗りの木造2階建て寄棟造り。
バルコニーを載せた玄関入口、各面に並ぶ上げ下げ式の縦長窓、屋根上のドーマー、コーニスやピラスター等、装飾豊かな本格的な洋館造の意匠です。
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松村雄吉は建設会社松村組の創業者で、同社は関西の陸軍施設や公共建築の施工に多くの実績を残し、戦後も中堅ゼネコンとして発展を遂げます。この建物は同社が大きく飛躍する時期に建てられたもので、当時最新の建築意匠が随所に盛り込まれています。
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上部に三角破風を構える南面の入口。

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敷地内には隣接してもう一軒の洋館が建てられています。撞球場として使われていたこの建物の逐年は不明ですが、同年代の築と思われます。

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by sunshine-works | 2017-09-30 23:57 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 23日
旧福知山信用組合本店

京都府福知山市の近代建築その1

福知山の中心部、商店街の外れに旧銀行店舗が残されています。現在は和菓子店として使われているこの建物は福知山信用組合本店として昭和10年頃に建てられました。

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角地に建つ鉄筋コンクリート2階建て。道路に添った2面の壁面に3列のアーチ状の窓型を並べ、それぞれの面に入口を設けます。
窓脇の付柱、上下の窓間に配したレリーフ、玄関庇に添えられた古代ギリシア風のオーダー柱、コーナー2階窓の半円形の窓台等、当時の先進的な商業建物に用いられたモダン意匠が盛り込まれています。

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福知山信用組合は戦後の信用金庫法の施行に伴って福知山信用金庫へ改変、この建物は同金庫の本店として営業を続けますが、昭和47年に店舗は駅前に移転、その後は長く倉庫として使われました。以下の6枚は現在の和菓子店に改装される前の2013年当時の様子です。
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店舗への改装に伴って内装を一新、外装は縦長窓のシャッターや入口の鉄扉を取り除いて壁面を塗りなおし、腰周りの切石も磨かれて創建時の美しい状態が再現されています。
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by sunshine-works | 2017-09-23 22:39 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 16日
石原駅跨線橋

京都の鉄道遺産

綾部から市境を越えて福知山市へ。福知山駅の一つ手前、山陰本線石原(いさ)駅のホームに明治大正期に作られた跨線橋支柱が現存しています。刻印が判別不可で詳しい製造年度は特定出来ませんが、各地に現存例が確認されている鉄道院・鉄道省時代の鋳鉄製跨線橋の一つです。

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山陰本線石原駅は明治37年の開業。この跨線橋が設置された経緯は不明ですが、山陰本線のこの区間が複線化されたのが昭和40年代なので、それまでは跨線橋の要は無く、おそらく複線化に伴うホーム新設時に他所から移築転用されたものと思われます。

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角柱の上部に円柱を重ねた鋳鉄製の柱、各柱の間に鋼線の筋交いを廻らします。これらは鉄道省の跨線橋支柱に共通する意匠です。
*当ブログ内にて、過去に以下の駅の鉄道省(院)跨線橋を紹介しています。
徳島線石井駅徳島線蔵本駅山陽本線熊山駅山陽本線金光駅山陰本線竹野駅山陰本線八鹿駅福知山線柏原駅

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本来は下部の角柱部分に製造工場と製造年度が刻まれているはずですが、それらしきものが見当たりません。削られた、あるいは度重なる塗装で埋もれてしまったものと推測されます。

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跨線橋本体の築年も不明ですが、リベット接合の鉄骨構造は相応に古い時期のもの。床と外壁は移設後に更新されていると思われます。

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by sunshine-works | 2017-09-16 19:47 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 09日
旧佐賀村役場
京都府綾部市の近代建築その6

綾部駅から山陰本線を西へ一駅、高津駅の北方、由良川沿いの小さな集落に木造の旧役場建物が残されています。現在公民館として使われているこの建物はかつて存在した旧佐賀村に建てられた役場を移築したものです。
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小高い丘の上、神社の境内の隣に建つ木造平屋建物。下見板貼の壁面、中央に切妻屋根の庇を構え、左右に縦長窓を並べます。当時の地方庁舎によく見られる和洋折衷様式で建てられたこの佐賀村役場は大正6年の築とされています。
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玄関周りの詳細。破風下の横桁に刻まれた「佐賀村役場」の文字が微かに読み取れます。
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何鹿郡佐賀村は現在の福知山市と綾部市に跨った場所に存在した村でした。昭和31年に同村は二つに分かれて両市に吸収合併され、村役場があった場所は福知山市側に残りました。
旧役場はその後に綾部市側のこの場所に移され、公民館として使われています。
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側面にも縦長窓が並びます。
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by sunshine-works | 2017-09-09 19:03 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)