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2016年 05月 07日
京都府丹後の近代建築 補遺4
京都府丹後の近代建築補遺4回目は近代土木、工場、その他です。

加悦町にある西山工場建物。明治中期に建てられた丹後ちりめんの工場です。
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ちりめん街道に面した主屋。隣に並ぶのは以前紹介した伊藤医院
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舞鶴鎮守府の軍用水道開設時に設置された与保呂川の取水施設。ここから北吸浄水場に送水されました。
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石積みの堰堤
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石積の水門。海軍を示すMの文字が刻まれています。
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近くにある岸谷貯水池。給水量拡大の為、大正期に設置されました。
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神埼ホフマン窯近くの神社に残る手洗い場。当然隣の窯で焼かれた煉瓦が用いられています。

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宮津市内の旧銭湯。大正2年築。
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西舞鶴の商店街に残る君の湯。こちらは現役です。
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by sunshine-works | 2016-05-07 10:01 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 29日
京都府丹後の近代建築 補遺3
京都府丹後の近代建築補遺3回目は鉄道橋梁、道路橋です。

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京都丹後鉄道の野田川橋梁。中央の桁は後年に架け替えられましたが、両脇の下路プレートガーダー部分は鉄道省時代のものです。
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同じく京都丹後鉄道の水戸谷川橋梁。竣工時の巨大な石積み橋脚が今尚使われています。
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第一五十河橋梁。
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京丹後市久美浜の中心部の新橋。昭和2年の丹後地震の復興橋の一つです。
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与謝野町加悦の旧役場近くの天神橋。昭和9年架橋。
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by sunshine-works | 2016-04-29 21:31 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 22日
京都府丹後の近代建築 補遺2

京都府丹後の近代建築 補遺その2は公共建物、医院、住宅を紹介します。
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京丹後市大宮の旧長善村役場。戦後に移築され現在は公民館として利用されています。
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宮津市由良の脇公民館。昭和3年築。
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同じく由良の浜野路公民館。昭和2年築。脇公民館と同じ設計者が手掛け、逐年もほぼ同時期。意匠も良く似ています。
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こちらも由良町の建物。旧農協支所との事ですが、元々は何らかの公共建物だったと思われます。
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由良の町並みの外れに建つ医院。昭和5年築。この建物も上記二つの公民館と同じく中西熊太郎の設計・施工。地元の棟梁でしょうか。
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宮津市内の旧医院。昭和初期の築。
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与謝野町加悦の旧家に残る洋館。ちりめん問屋から発展し銀行頭取や鉄道会社社長を経て加悦町町長を勤めた尾藤家11代当主によって建てられました。
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室内の様子です。
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by sunshine-works | 2016-04-22 21:51 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 15日
京都府丹後の近代建築 補遺1
京丹後半島から舞鶴までの近代建築を一巡りしてきましたが、未掲載のものが幾つか残っていますので数回に分けて紹介していきます。まずは学校建築から。
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京丹後市網野町の旧木津小学校。資料館として使われている旧校舎の築年は昭和20年。
戦時中に建てられたこの建物は兵舎としての使用も想定していたそうです。
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側面と裏面。
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京丹後市大宮町の旧倉垣小学校。現在は公民館として使われています。昭和15年築。
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同じく大宮町の旧周枳小学校。旧講堂は明治27年築、旧校舎は逐年不明ですが大正期から昭和前期と思われます。
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平屋建ての旧教室棟。
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こちらが旧講堂。
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裏側からの景色。
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舞鶴半島北側の旧美浜小学校。昭和17年築の校舎と昭和25年に増築された棟が残っています。
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by sunshine-works | 2016-04-15 22:44 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 08日
舞鶴線伊佐津川橋梁
京都の鉄道遺産

綾部~東舞鶴間を結ぶ舞鶴線は途中区間を伊佐津川と並行して進んで行きます。
この舞鶴線が伊佐津川を幾度も渡る地点に架けられた橋梁には明治37年の同線開業時に設置された煉瓦造の橋脚が使われています。
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伊佐津川を渡る舞鶴線の橋梁は渕垣駅東の第一伊佐津川橋梁から西舞鶴駅東の第六伊佐津川橋梁までの6橋。すべてに開業時の煉瓦橋梁が残っています。
明治期の煉瓦橋脚が現役で使われている橋梁は全国各地に数多くありますが、このように連続して現存する事例は希少なものです。
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西舞鶴の市街地の東を渡る第六橋梁。伊佐津川はこの先で舞鶴湾に注ぎます。
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伊佐津川橋梁にはどれもイギリス積の煉瓦橋脚が使われていますが、最下流のこの橋脚のみ形状が異なります。橋脚の両端が丸みを帯びた他の5橋と異なりこの第六橋梁は先端が尖り、補強の石積みの配置も異なります。川幅が広く増水時に水量が増える下流部に合わせたものと推測されます。
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橋台の煉瓦構造物も状態良く残されています。
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西舞鶴~梅迫間の第五橋梁。
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真倉集落の中で佐津川を渡る第四橋梁。
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真倉集落の入口の架道橋。ここも開業当時の煉瓦橋台が残されています。
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梅迫~渕垣間の山間いに架けられた第三橋梁から第一橋梁を順番に。
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橋脚は上が窄まった楕円形の断面。縁を切石で補強しています。この仕様は明治期の鉄道橋梁に多く使われました。
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by sunshine-works | 2016-04-08 14:57 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 01日
小浜線松尾寺駅
京都の鉄道遺産

東舞鶴駅から東へ一駅、小浜線松尾寺(まつのおでら)駅は大正11年の同駅開設時に建てられた駅舎本屋が現在も使われています。
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松尾寺駅は敦賀と舞鶴を結ぶ小浜線の最終工区、若狭高浜~新舞鶴間が開通した大正11年に設置されました。
西国三十三霊場の第二十九番札所松尾寺の最寄駅として、その後は大戦中に設置された海軍火薬廠や戦後に開設した日本板硝子の工場を結ぶ引込線の基点としての役割を担いましたが、現在は長閑な無人駅としてその姿を留めます。
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中央右寄せに切妻屋根の庇を突出した木造平屋建、下見板貼。当時の地方駅舎の典型的な意匠です。
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屋根瓦や外壁は葺き替えられ窓枠は更新されていますが、基本構造は開業当時の状態が保たれています。
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改札を抜けて駅舎裏側へ。
石段を上った先にホームが設置されています。
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ホームから眺めた駅舎裏側。
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by sunshine-works | 2016-04-01 13:31 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 25日
旧志楽村役場
京都府舞鶴市の近代建築その17

東舞鶴から福井方面へ向かう街道際に古い木造庁舎が残されています。
この建物はかつてこの地域を治めていた旧志楽村の役場として昭和8年に建てられました。
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旧志楽村は昭和13年に市制を実施した旧東舞鶴市の母体となった2町3村の一つで、丹後街道に沿って福井県境から舞鶴湾岸までの一帯を村域としていました。この建物は明治22年に周辺8村の合併によって誕生した志楽村の最後の庁舎として建てられ、その後は市の支所や農協施設に転用されました。
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木造2階建、寄棟屋根の中央上部にはドーマー屋根を立ち上げます。外壁や屋根材は張替えられていますが概ね竣工当時の姿を留めています。
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切妻屋根を張り出した玄関庇
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by sunshine-works | 2016-03-25 21:22 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 18日
旧舞鶴鎮守府長官邸(東郷邸)
京都府舞鶴市の近代建築その16

東舞鶴港の西側、造船所横手の高台の一角に旧舞鶴鎮守府長官官舎として建てられた木造家屋が残されています。
現在は海上自衛隊舞鶴地方総監部会議所として使われているこの建物は明治34年に建てられました。
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木々に囲まれた広い敷地に建つ木造平屋。主屋の日本家屋に洋館が連なります。
舞鶴鎮守府開丁に合わせて建てられたこの建物は初代の東郷平八郎以降代々の司令官の邸宅として昭和20年の終戦まで使用されました。
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玄関から内部へ。海上自衛隊の管理施設となっていますが、日時を限定して一般公開されています。
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奥へ進んで主屋の中庭から洋館を望みます。
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応接間として使われた洋館部分。当時建てられた洋館併設の家屋の殆どは日本家屋が普段の生活の場、洋館は応接や書斎に充てられていました。
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洋館部の外観。壁は下見板貼り、当時のままの木枠の窓が使われています。
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by sunshine-works | 2016-03-18 23:20 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 11日
旧海軍機関学校大講堂
京都府舞鶴市の近代建築その15

自衛隊桟橋と道を隔てた向い側に海上自衛隊舞鶴地方総監部の広い敷地が広がります。
ここはかつて旧海軍機関学校が置かれていた場所で、当時の建物施設の多くが今も残されています。
今回はこれらの建物の中で唯一公開されている旧大講堂を紹介します。
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横須賀に設立された海軍機関学校は関東大震災で消失し江田島に仮設されていましたが、移転先として舞鶴が選ばれます。
空地となっていた旧海兵団の敷地を利用して昭和3年から校舎や講堂の建設が始まり、昭和8年にこの大講堂が竣工します。
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鉄骨造平屋建、壁面はスクラッチタイル貼り。基礎や石段、玄関廻りには御影石が使われています。
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玄関ポーチからの眺め。奥に並ぶ旧機関学校の建物を伺います。
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玄関には舞鶴鎮守府の初代長官だった東郷平八郎の胸像が飾られています。
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現在は海軍記念館として公開され、展示室の資料や講堂内部を参観する事が出来ます。
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by sunshine-works | 2016-03-11 13:27 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 04日
北吸隧道
京都府舞鶴市の近代建築その14

舞鶴赤レンガパークから東舞鶴駅へ向けて敷石の遊歩道が通じています。この遊歩道が途中でくぐる煉瓦トンネルは、かつて東舞鶴駅から軍港の間に敷かれていた引込線の鉄道トンネルとして明治37年に設置されたものです。
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舞鶴軍港の造営と平行して進められた福知山~新舞鶴(現在の東舞鶴)間の鉄道開通は明治37年。同時に終点の新舞鶴から軍港の間に軍事輸送の為の引込線が敷かれました。
この路線は軍港が廃止された戦後も中舞鶴線として運用されますが、昭和47年に廃線となった後は長らく放置された状態でした。
平成に入って遊歩道として旧路線跡が整備されるのに併せて隧道も修復され、現在は舞鶴の観光スポットの一つとなっています。
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抗門部は福知山~新舞鶴に敷かれた舞鶴線の隧道に共通する意匠。総煉瓦で装飾豊かな造りは重要な軍事路線としての格を示すものとも思えます。
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トンネル内部。竣工時には壁面すべてに煉瓦が張られていました。
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東舞鶴駅側の抗門部。
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by sunshine-works | 2016-03-04 21:17 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)