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2008年 01月 20日
旧三井物産神戸支店(海岸ビル)
神戸市中央区の近代建築その18

大阪商船神戸支店ビルと通りを隔てて建っているこのビルは旧三井物産神戸支店として建てられました。大正7年築、設計は河合浩蔵です。
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設計者の河合浩蔵は司法省技官として各地の庁舎の設計に携わった後、神戸で独立し兵庫県を中心に多くの建築を手がけました。ドイツ留学の経験を活かした重厚な古典様式の建築を得意としていましたが、この建物は当時の新しい流れであった、いわゆる表現派建築の影響を受けていると言われています。
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国際貿易港であった神戸には早くから貿易商社の事務所が置かれていました。海岸通りにも、かっての貿易商社跡としてこの旧三井物産や兼松商店のビルが残っています。海岸通りに現存する建物が、かっての海運会社、商社、外資銀行のビルであった事は、この一帯が海外との交易と密接に結びついていた歴史を物語っています。
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この海岸ビルについては建物の再生事例として、その手法に対する賛否や好き嫌いが様々に言われて来ました。震災によって崩れ落ちたビルを回収した部材で再建するところまでは他にも例のあることですが、この建物は跡地に新造された高層ビルの下層部を取り巻く飾り壁のような形に旧外壁を利用しています。高層階部分とは空間を設けて繋ぎ、デザイン的に旨く処理を施しているので違和感をある程度軽減していますが、奇抜な感じは拭えません。
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旧建物を貫いて聳える高層部。
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内部の様子。本来の床面は抜かれ、柱は新規の物です。
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使える部材はそのまま利用されています。入口扉も当時の物と思われます。
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このような手法で再生される建物は各地に増えています。土地に余裕が無く地価が高い都心で建替えを行う場合、高層化と既存建物の保存を両立させるにはおそらくこれ以外の手段しか無いのでしょう。曳家や移築は大規模なビルには限界があります。後はそもそもの建替え自体の是非を考えるしか無いのですが、補強や補修で対応出来ない老朽化の進んだ建物ではすべて壊すか、このような形であっても何らかの形として残すかの二者択一しかありません。無くしてしまうよりは幾分ましなだけかも知れませんが、それでも残す事には価値があると思います。後は建築技術やデザインの工夫でより自然な手法が考案される事を期待したいものです。
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by sunshine-works | 2008-01-20 23:16 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 01月 17日
旧大阪商船神戸支店(商船三井ビル)
神戸中央区の近代建築その17

海岸通りのほぼ真ん中に建つ優美な姿のこのビルは旧大阪商船神戸支店として大正11年に建てられました。設計は関西の名建築を数多く手がけた渡辺節です。
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海岸通りに並ぶ近代建築の中でも一際目を惹く建物です。当時アメリカで流行していたアメリカンルネッサンススタイルを取り入れ、重厚な様式美と洗練された合理性を併せ持つ美しい姿形となっています。曲線と直線が織り成す流麗なフォルムに魅了されます。
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大阪商船は現在は商船三井の名が知られている為に三井財閥系の印象が強いのですが、住友系の大阪商船と三井物産の船舶部門が戦後に統合して出来た会社が大阪商船三井船舶です。戦前の大阪商船は東の日本郵船(三菱財閥の基幹会社)に対する西の大阪商船として日本の海運業界を2分していました。
関西を基盤とした大阪商船だけにこの建物は支社とは思えない豪奢な社屋となっています。
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1階外壁はルスティカ積みと呼ばれる手法で大きな石を積み上げています。あえて粗い岩を使い石の素材感を活かした仕上げとしています。
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この建物も神港ビルヂングに劣らず大きな建物です。随所に施されたメダリオンやテラコッタの装飾、バランス良く整えられた各階の窓の配列は大きな壁面空間を効果的に彩り、単調さを感じさせません。
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入口は数箇所設けられています。現在塞がれている南西角の入口はかっての主玄関だったと思われます。
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こちらは西面の入口
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北側にも入口があります。
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北側の玄関内部
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おそらく当時から使われていると思われるエレベーター。
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増築・改築を加えられることなく、今もほぼ竣工時の姿のまま現役で使用されています。当時としては高層の7階建ての建物に最新のエレベータや暖房設備を採用し、今日のオフィスビルの概要をほぼ備えた近代オフィスの奔りとも言える建物です。
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海岸通りのシンボルであるこの建物は大正期の事務所ビルの傑作として、また設計者の渡辺節の名を高めた代表作として神戸の誇る歴史遺産・文化遺産です。大正期に建てられたオフィスビルの多くが失われていく中、日本の建築史を語る上でも欠かせない貴重な存在となっています。
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by sunshine-works | 2008-01-17 21:38 | 近代建築 | Trackback | Comments(11)
2008年 01月 13日
神港ビルヂング
神戸中央区の近代建築その16

チャータードビルと道を隔てて西隣に建っているのが神港ビルヂングです。この建物は川崎汽船の本社ビルとして昭和14年に建てられました。設計:木下益次郎。
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日本の三大海運会社に数えられた川崎汽船は川崎造船を母体として設立された会社です。三大海運会社の中で唯一神戸を本社としており、この建物も本社ビルに相応しい壮大なスケールの造りとなっています。デザイン的には当時流行していたアールデコの影響を強く受けており、古典様式の郵船ビルや優雅な大阪商船ビルとはまた違った、モダンでスマートな印象に仕上がっています。
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1つのブロックの南北を貫く大きなビルです。鉄筋コンクリート石貼りの外観は海岸通りに並ぶ他のビルに共通した仕様です。
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大きく長さのあるビルなので各所に入り口があります。
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このビルを特徴付けているのが屋上の東南角にある美しく飾られた塔屋です。他のビルより一段高い位置にあって海岸通りのどこからも良く目立ちます。
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屋上から眺めた塔屋の詳細。最もアールデコの雰囲気が漂う部分です。
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中側は一体の建物ではなく、4面のビルに中央回廊を渡した日の字型構造になってます。
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海岸通りに並ぶ神港ビルとチャータードビル
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このビルを本社としていた川崎汽船ですがその後実質的な本社業務は東京へ移っていきます。現在このビルは賃貸事務所ビルとして使用されているのですが、川崎汽船の登録上の本社地は今もこのビルの8階に置かれています。
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by sunshine-works | 2008-01-13 01:27 | 近代建築 | Trackback | Comments(11)
2007年 12月 11日
新港相互館(新港貿易会館)
神戸中央区の近代建築 その10

二つの生糸検査所と道を隔ててスクラッチタイル貼りの事務所ビルが建っています。主に港湾関連の事業者や貿易会社が使用する貸事務所として使われてきました。昭和9年築。設計・施工不詳。
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神戸のオフィス街として発展した旧居留地・海岸通りには大企業の自社ビルや大規模な事務所ビルが数多く建てられました。中心街から少し離れた場所に建てられたこのビルは、規模も小さく小企業や個人事業者向けのビルである為に知名度は低いのですが、中心街の建物には無い独特の雰囲気を持っています。全面に貼られたスクラッチタイル、丸窓、アーチ窓、コーナーのアール処理、庇や窓台による水平表現、ステンドグラス等々この時代に流行った建築意匠を小さな建物に洩れなく詰め込んだようなビルです。
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向かい合う旧国立生糸検査所と同じ色合いのスクラッチタイルが貼られています。高さも同じ4階建てに揃えられています。
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各所に配された丸窓。最上部はステンドグラス仕様になっています。各窓の内枠もアールデコ風の装飾です。
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ステンドグラスを内側から
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ほとんど建築当時そのままの館内
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この建物は船をイメージしているそうです。確かに正面から見た図は軍艦の艦橋の様にも見えます。
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品良く飾られている玄関周り
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この面が裏側にあたります。このビルと生糸検査所との間は現在は駐車場や道路となっていますが、かっては埠頭に続く臨港線の線路が敷かれていました。
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左側手前が旧神戸市立生糸検査所、左奥に国立生糸検査所が並びます。
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大型ビルとはまた違った味わいのあるビルです。今はこの近辺を行きかう人も少なくなりましたが、神戸港が東洋一の港に成長していった時代には税関や生糸検査所、その裏手に続く倉庫街は物も人も慌しく動いていたことでしょう。埠頭近くに建てられたこのビルは活気に満ちていた当事を偲ばせるモニュメントの様にも思えます。
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by sunshine-works | 2007-12-11 00:17 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(5)
2007年 11月 23日
帝国信栄本社ビル
神戸中央区の近代建築その6

阪急三宮駅の北東、中小の雑居ビルや事業所が立ち並ぶ駅裏の一角に焦茶色の外壁の2階建ビルが建っています。この建物は不動産管理会社帝国信栄株式会社の社屋として大正12年に建てられ現在も同社の本社ビルとして使われています。設計は神戸に縁の深い清水栄二です。
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このビルは阪急線のガード沿いの駅前の雑踏から少し離れた所にあります。メインストリートであるフラワーロードの裏筋にあたる場所でこれと言ったスポットも無いどこにでもありそうな街並みなのですが、ごく普通の景色の中に独特の存在感で異彩を放っているのがこの建物です。
焦茶色の外壁も個性的ですがコーナーの形に沿わした台形の平面、太い丸柱が並ぶ側面、立体的な窓格子、時代を感じさせる右書の社名板等々、特徴に事欠かない建物です。
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2階建ての建物にしては不釣合いな程に太い丸柱が何本も並ぶ様は非常に頑丈な印象を受けます。早くから耐震性を重視していた清水栄二の設計した建物には同じような傾向が伺えます。
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1階の各窓には籠のような格子が付けられています。現在は引違い式の窓ですが当初は外開きの窓だったのでしょうか。
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建物表面の腰周りはこのような石を巡らしています。
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正面ファサードの上部は付柱で飾られています。入口の左右の柱に付けられた赤い金物がユニークです。
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明治以降神戸の中心街となる旧居留地や海岸通りには大規模なビルが建ち並んで行きます。今日現存しているそれら名の知れ渡った建物は歴史的価値があり景観建物としても高く評価され保存・再生を巡っては衆目を集めるところとなっています。しかしこの建物のように地味で無名の建物を残していく事も疎かにしてはならないでしょう。各地の裏町にひっそりと建つ貴重な建物は再開発の名の下にいつの間にか失われてしまっているのが現状です。
規模や知名度で建物の価値が決まるものでは無いのですがこれも一種のブランド志向となっているのが何とも残念なところです。
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by sunshine-works | 2007-11-23 01:06 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 02日
関西電気保安協会神戸支部

神戸灘区の近代建築その4

灘区を南北に流れる大石川を北へ遡ります。JR線と阪急線に挟まれて東西に走る通り(山手幹線)に面した交差点に建つこのなだらかな弧を描く建物は関西電気保安協会の神戸支部として使われています。設計・施工、築年度は不詳ですが建物の様式から昭和初期のものと思われます。
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交差点に接する2面の端から端まで緩やかなカーブで結ばれています。
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現代の建築にもこのように建物全体が大きな曲面で構成されているものがあります。視覚的なインパクトは強いのですが、実のところ施工に手がかかり使い勝手や坪効率の面でも劣るため主流にはなっていないようです。
この時代には建物の角を丸める(アールを付けた)デザインが流行しましたが、全体を大きな曲線で仕上げたこの設計は当時としてはかなり先鋭的な試みだったと思います。
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コーナー部分の中央に入口が設けられています。日曜日でシャッターが閉まっていて玄関の詳細を見られず残念です。
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正確に言えば建物はコーナーを占める扇型の部分の東側に方形の(つまり普通の形の)部分が繋がった形となっています。
こちらが東の部分。
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こちらが西の端です。この角度から眺めると先端はかなり尖って見えます。
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裏側は普通の平面でした。
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こちらは東側裏面の景色。
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大きな交差点に面して建てられたこの建物は70年近く街角のランドマークとして建ち続けてきました。当時の最新のモダンデザインは今も色褪せる事無くその存在感を示しています。
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by sunshine-works | 2007-09-02 02:58 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 26日
鈴木薄荷事務所・工場

神戸灘区の近代建築その2

JR六甲道駅から西へ進んで程なく、住宅街の中にRC3階建の大きな建物が見えてきます。
薄荷(ハッカ)製造会社である鈴木薄荷株式会社が事務所及び工場施設として使用しているこの建物は昭和初期に造られたものと言われています。設計施工データの詳細は不明ですが戦前の工場事務所のスタイルを伝える神戸市では数少ない現役施設です。
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鈴木薄荷株式会社はかって鈴木財閥とも呼ばれた鈴木商店の一部門が独立したものです。昭和初期の恐慌で経営破綻するまでの短い間でしたが鈴木商店は有名財閥に伍する一大グループを形成していました。神戸製鋼や播磨造船、テイジン等日本を代表する大企業も鈴木商店の系列企業のひとつでした。
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余分な装飾を極力省き機能優先で造られている為でしょうか、一見すると然程古い建物には見えません。しかし細部のディテールには昭和初期の意匠が見てとれます。
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この建物を印象付けている大きく長い庇。角の丸み加減がこの時代ならではの雰囲気を出しています。
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正面入口は一段高い位置にあります。あっさりしたデザインです。
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搬出入口が前面道路に面して設置されています。
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裏側の景色。こちら側はいかにも工場施設らしい造りです。複雑に巡らされた大小の配管類が建物に取り込まれていく様には独特の美しさがあります。
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戦時中はまだ周囲の住宅も少なく、大きな建物は目だったようです。当時の写真には全体を黒っぽく迷彩塗装を施したこの建物の姿が残っています。(つい最近までその名残があったそうです)
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鈴木薄荷株式会社がこの建物を使用したのは同社社史によれば昭和22年からとの事。それ以前の家主はわかりませんでした。同じように工場を兼ねた施設だったと思われます。
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工場施設には戦前からの古い建物が現役で使われている例が比較的多く見られます。業種業態にも拠るのでしょうが機械設備さえ更新すれば躯体である建物は「入れ物」としての用を成せば足り、住居や商業施設ほどには不具合が生じない事も理由のひとつかもしれません。
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by sunshine-works | 2007-08-26 22:44 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2007年 07月 11日
菊正宗酒造本店

神戸東灘区の近代建築その2

東灘区には前回紹介した灘中学・高校の母体となった灘育英会の出資者である嘉納家(本嘉納家、白嘉納家)に関連する建物が残っています。その幾つかを順に紹介していきたいと思います。初回は清酒菊正宗の本嘉納家の本店建物です。
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区の南部、海岸線に沿って東側の魚崎郷から西の御影郷へ名だたる清酒銘柄の工場や酒蔵が続いています。御影郷にあるこの菊正宗酒造の建物は大正14年に建てられ現在も本店として使用されています。この界隈の酒造会社の中で唯一残る大正期の建物です。
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設計施工は宮崎工務店となっています。宮崎工務店については当事兵庫県内でも幾つかの建築を施工しているようなのですが、いろいろ調べてみても詳細は判りませんでした。

建物の三方が道路に面しており東と北面に入り口が設けられています。こちらは東面です。
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本館建物に隣接する別棟。倉庫か作業場なのでしょうか。
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北側が正面入り口になります。
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宮内庁御用達の看板が掲げられています。
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こちらは西側の面です。
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建物裏側。奥が本館、手前が別棟です。
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大正14年の竣工当時、木造や漆喰塗の蔵が並ぶ中に現れたモダンな石張の建物はその後日本一の生産量を誇るに至った同社のシンボルとして大切に使われて来ました。今の規格からは少々使い勝手の悪い建物かもしれませんが伝統産業である酒造会社の本社に相応しい風格は何物にも代えがたい物だと思います。
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by sunshine-works | 2007-07-11 21:28 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)
2007年 02月 24日
多聞ビルディング
西宮の近代建築その6

昭和3年築・設計古塚正治。
西宮の酒造地域のはずれにある堂々とした建物です。
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長く八馬汽船の本社として使われていましたが現在は空屋となっています。
最初は1階が西宮銀行、2階が八馬汽船の本社でした。いかにも銀行建築を思わせる外観はその為でしょうか。
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八馬汽船は米穀商だった八馬家が起こした海運会社で歴代の船には多聞丸の名が付けられています。これは八馬家が信仰する毘沙門天(多聞天)に由来するものです。多聞の名称は八馬家の酒造会社多聞酒造の清酒名でも知られています。
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エントランスホールを貫くコリント式のオーダー柱
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エントランス天井の飾り
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東面には4本のオーダー。
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柱頭のアップ
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窓、扉はふさがれ内部がどうなっているのかわかりません。補修はされているようですが空家となってだいぶ経過しているようです。他の銀行建築の事例に倣って有効な活用を図れないものでしょうか。このまま眠らせて置くのはもったいない建物です。
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by sunshine-works | 2007-02-24 11:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)