タグ:事務所ビル ( 42 ) タグの人気記事

2014年 04月 06日
日本綿布工場事務所
岡山県井原市の近代建築その3

児島と並ぶ岡山の綿織物業の中心として栄えた井原地区。この井原に本社・工場を構える日本綿布株式会社では大正期から昭和初期にかけて建てられた工場施設が現在も使われています。
f0116479_14533315.jpg

敷地の南西、道路に面して建てられた事務所棟。木造2階建て下見板貼、寄棟造り。
切石を廻らせた腰周り、玄関脇の付柱、側面の丸窓、四方に張り出した軒等、控えめながら意匠を凝らした建物です。築年は昭和9年ごろと言われています。
f0116479_14535860.jpg

f0116479_14543271.jpg

f0116479_14553033.jpg

f0116479_14544437.jpg

f0116479_145815100.jpg

正面側詳細。
f0116479_14585282.jpg
f0116479_14584226.jpg

f0116479_15291488.jpg

f0116479_1501212.jpg
f0116479_14591676.jpg
f0116479_14593197.jpg

側面の丸窓。
f0116479_1459475.jpg
f0116479_1503195.jpg

西面から裏面にかけての眺め。
f0116479_1512231.jpg

f0116479_151091.jpg
f0116479_1511422.jpg

f0116479_1513668.jpg

煉瓦屋根の工場建物が並びます。これらは大正6年の工場創業時に建てられています。
f0116479_151376.jpg

f0116479_15132427.jpg

f0116479_1514588.jpg

f0116479_15141819.jpg

f0116479_1514307.jpg

現在は使われていない煉瓦製の煙突。先端の一部は欠け落ちています。
f0116479_15144494.jpg

f0116479_15145490.jpg

鉄製の古い望楼。
f0116479_1515821.jpg

f0116479_15151720.jpg


by sunshine-works | 2014-04-06 23:16 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 11日
豊岡復興建築 その1
豊岡の近代建築その9

豊岡の中心部には、大正末期から昭和初期に建てられた近代建築が数多く残されています。
その殆どは大正14年の北但馬地震で大きな被害を被った中心市街地の再建時に建てられたもので、前3回で紹介した公共建築の他に、商店街に並ぶ多くの商業建築が耐火性に優れたコンクリート造や看板建築で建てられました。
今回と次回に亘ってこれら一連の復興建築群を紹介します。
f0116479_10125596.jpg

中心街の大開通りの南に平行する生田通りに建つ小さなコンクリート建築。
元々は店舗あるいは事務所だったと思われます。
f0116479_10193246.jpg

f0116479_1019492.jpg

f0116479_102014.jpg

同じく生田通りの建物。
f0116479_10203267.jpg

東へ進んだ場所に建つこの建物も、当初事務所ビルとして建てられたと思われます。
f0116479_1021991.jpg

f0116479_10212042.jpg

f0116479_10213735.jpg

f0116479_10215155.jpg

f0116479_1022293.jpg

f0116479_10221273.jpg

豊岡の中心市街地の東を南北に通じる宵田通りにも多くの復興建築が現存します。
f0116479_10225576.jpg

f0116479_10231354.jpg

f0116479_10232597.jpg

f0116479_10235161.jpg
f0116479_10234199.jpg

f0116479_1024594.jpg

メダリオン、テラッコッタで飾られた建物。
f0116479_10251740.jpg

f0116479_10252996.jpg

交差する大開通りを渡って北へ。
銀行店舗として建てられた建物。この建物については後日改めて紹介します。
f0116479_23172730.jpg

コンクリート造、あるいは看板建築という括りからは外れますが、存在感のある和風建築です。
f0116479_102764.jpg

f0116479_10271841.jpg

f0116479_10272993.jpg

f0116479_10273934.jpg

通りを更に北へ。
結納用品店舗として今も使われている建物です。
f0116479_1028418.jpg

f0116479_10282078.jpg

現在は個人宅として使われているこの建物も、事務所または店舗として建てられたと思われます。
f0116479_0282928.jpg

宵田通りから東へ抜けた地点に残る旧豊岡劇場。最後は映画館として使われましたが、近年閉鎖されました。
f0116479_10344932.jpg

f0116479_10335270.jpg

f0116479_1035428.jpg

f0116479_10351834.jpg

f0116479_10353127.jpg

次回は大開通りの復興建築を廻ります。

by sunshine-works | 2014-02-11 23:57 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 30日
坂口合名ビル
鳥取県米子市の近代建築その5

米子の中心街の裏手、古い町並みが続く一角に2階建て石造の洋風建築が建っています。
この建物は米子を基盤とした地方財閥坂口家の中核会社の建物として昭和6年に建てられました。
f0116479_23504551.jpg

江戸時代に米子で木綿商を営んでいた坂口家は、明治期になると醤油醸造や製糸業、石油卸、林業等の多角化を図り、やがて銀行経営や電力事業、倉庫海運までを手掛ける地方財閥に成長します。
後身の坂口合名会社に引き継がれて今尚現存するこの建物は、近代の米子発展の基となった旧坂口商店本社として建てられたものです。
f0116479_2352699.jpg

f0116479_2353629.jpg

f0116479_23514319.jpg

f0116479_23524620.jpg

f0116479_23533751.jpg

主要な通りから一段奥まった狭い街路に面します。
隆盛を誇った坂口財閥のヘッドオフィスが建てられた場所ですが、現在は人通りも少なくひっそりとした一角となっています。
元々この一帯は坂口家の本家が置かれていた場所で、この建物も坂口家の敷地の一角に建てられていました。
f0116479_005448.jpg

f0116479_2354398.jpg

f0116479_23555124.jpg
f0116479_2355266.jpg

正面にジャイアントオーダー風の付柱を飾る石張りの重厚な建物。当時の銀行建物に類した意匠です。
f0116479_23594127.jpg

f0116479_23564216.jpg

f0116479_23562593.jpg
f0116479_23561863.jpg

f0116479_23561194.jpg

f0116479_024769.jpg

米子に残る近代建築の中で、竣工以来現在まで同一用途で使われている数少ない建物です。
近代の米子が商業都市として発展する基礎を築いた坂口財閥の隆盛を伝える遺構として貴重なものとなっています。
f0116479_013960.jpg


by sunshine-works | 2013-05-30 23:58 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 25日
専門大店ビル
鳥取県米子市の近代建築その4

米子駅の北西、商店や事業所が並ぶ一角に大正期に建てられた商業ビルが現存しています。
事務所ビルとして米子で最も古い歴史を持つこの建物は大正13年頃の築とされています。
f0116479_018187.jpg

角地に建てられた鉄筋コンクリート3階建。地方都市には珍しいネオルネサンス様式で建てられています。
f0116479_0192214.jpg

アールを描くコーナー中央に玄関を設け、入口扉周囲をアーチ型で囲みます。
バランス良く配された縦長窓、明確なコーニス、コーナー頂部に立ち上がる破風、軒下に並ぶディンティル、上下の窓間を飾る枠型、3階壁面の四方に張られた菱形のオーナメント等々、当時東京や大阪に建てられた近代ビルディングに引けを取らない優れた意匠表現が見て取れます。
f0116479_0512851.jpg

f0116479_0521557.jpg

f0116479_05240100.jpg

f0116479_0532176.jpg
f0116479_0531086.jpg

窓枠や扉が取り替えられている以外は概ね当時のまま。90年前の状態が保たれています。
f0116479_0534723.jpg

f0116479_054528.jpg

f0116479_0545264.jpg

f0116479_0551276.jpg

3階建ての小さなビルですが周囲の建物の中でも抽んでた存在感があり、見た目は相当大きく写ります。
f0116479_0553243.jpg

f0116479_056181.jpg
f0116479_0555099.jpg

大正期に建てられた商業ビルが今も現役で使われている事例は、東京や京阪神でも僅かなものしかありません。
今尚現役のこの建物は、当時の米子の繁栄を今に伝えます。
f0116479_0542599.jpg


by sunshine-works | 2013-05-25 23:12 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 20日
旧浅越商店社屋
岡山県岡山市の近代建築その22

岡山市の中心部から南へ2駅、妹尾の駅前に洋風意匠の古い事務所ビルが建っています。畳表製造業の浅越商店の本社屋として昭和2年に建てられました。
f0116479_2012753.jpg

かつて藺草の生産高で日本一を占めていた岡山では、藺草を材料とする茣蓙や畳表の製造が重要な産業でした。岡山市から倉敷市にかけての一帯に大小様々なメーカーが競う中、この浅越商店は藺草製品の製造・販売から茣蓙織機の開発まで手掛ける、業界最大手の会社でした。
f0116479_234516100.jpg

鉄筋コンクリート風の建物ですが、木造モルタルの2階建てです。裏側を除く三面をピラスターやコリント式柱頭、レリーフで飾り、本格的なビルに引けを取らない風格を備えています。
f0116479_23454712.jpg

f0116479_23462257.jpg

f0116479_23463895.jpg

f0116479_2348222.jpg

f0116479_2346583.jpg

f0116479_23473846.jpg

玄関ポーチや腰周りには石を貼っています。
f0116479_23515395.jpg

f0116479_23531810.jpg

f0116479_23503785.jpg

f0116479_23505831.jpg

f0116479_23511765.jpg

現在、この建物は浅越商店の織機部門から発展した浅越機械製作所の社屋となっていますが、長らく使われていないようです。裏手に回ると各部に老朽箇所が散見されます。
f0116479_2355870.jpg

f0116479_23552674.jpg

f0116479_23554158.jpg

この時代の事務所ビルの典型として、良好に姿を留めているこの建物ですが、半ば放置されてしまっているのが気がかりです。地域の発展を支えた地場産業の遺構として保存活用が望まれます。
f0116479_23561337.jpg


by sunshine-works | 2010-02-20 00:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 06月 24日
旧龍野醤油醸造組合本館(うすくち龍野醤油資料館別館)
龍野の近代建築その2

うすくち龍野醤油資料館(旧菊一醤油本社建物)の近くに、同資料館別館が建っています。この建物は大正13年に旧龍野醤油醸造組合の事務所として建てられたものです。
f0116479_2035640.jpg

木造モルタル造、外壁には煉瓦タイルが貼られています。石柱で飾られた玄関ポーチや軒のテラコッタ、2階の大きなアーチ窓、垂直ラインの強調表現等、手の込んだ装飾が美しい建物です。
f0116479_2043787.jpg

f0116479_2045160.jpg

f0116479_206777.jpg

f0116479_20545.jpg

f0116479_2051791.jpg

f0116479_20232940.jpg

f0116479_20264461.jpg

f0116479_2063581.jpg

f0116479_2064819.jpg

敷き詰められたタイルが美しい玄関部分。
f0116479_2082881.jpg

f0116479_207261.jpg

f0116479_2073811.jpg

f0116479_2075194.jpg

f0116479_208470.jpg

f0116479_2081741.jpg

f0116479_2083837.jpg

玄関の上部はスクラッチタイル貼りです。後年に増築された部分なのでしょうか?
f0116479_2091480.jpg

f0116479_209291.jpg

f0116479_2085965.jpg

装飾豊かな正面と比べると、裏面はこのようにまったく飾り気がありません。まるで別の建物のようです。
f0116479_2094976.jpg

f0116479_2095928.jpg

f0116479_20101110.jpg

館内には醤油に関する資料や器具が展示されています。
f0116479_20102918.jpg

f0116479_20105781.jpg

f0116479_20104279.jpg

f0116479_20111532.jpg

f0116479_20112868.jpg

f0116479_20114292.jpg

f0116479_20115636.jpg

f0116479_2012103.jpg

古い町並みに建てられたモダンな醤油醸造組合の建物は、長い間、醤油の町龍野のシンボル的存在でした。昭和48年に組合事務所が移転した後は醤油資料館別館として使われています。町の発展を支えてきたこの由緒ある建物にとって、まさにうってつけの利用方ではないでしょうか。
f0116479_20122791.jpg


by sunshine-works | 2009-06-24 21:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2009年 06月 20日
旧菊一醤油本社(うすくち龍野醤油資料館)
龍野の近代建築その1

姫路からJR姫新線で北西へ25分、旧龍野藩の城下町だった本竜野は現在も古い町家や武家屋敷が残る歴史ある街です。播磨の小京都と呼ばれる龍野は醤油の産地としても有名で、関西特有のうすくち醤油発祥の地とされています。現在も多くの醤油工場が残るこの龍野の古い町並みに旧醤油会社の建物を利用した資料館が開かれています。この建物は、ヒガシマル醤油の前身である菊一醤油造合資会社の社屋として昭和7年に建てられました。
f0116479_17294121.jpg

煉瓦造りに見えますが、木造モルタルに石とタイルを貼っています。1階に並ぶ二つの大きなアーチや軒のメダリオンが印象的なセッセション風のデザインです。
f0116479_17422971.jpg

f0116479_17424388.jpg

f0116479_17425610.jpg

f0116479_1750374.jpg

f0116479_18162118.jpg

f0116479_1743255.jpg

大きな窓の内側です。柔らかな日差しが注ぎます。
f0116479_1873946.jpg

f0116479_1882185.jpg

f0116479_1875571.jpg

f0116479_188984.jpg

この建物の向かい側にも同社の旧社屋が建っています。意匠は異なりますがこれも昭和初期の築と思われます。
f0116479_18104566.jpg

f0116479_18114119.jpg

f0116479_1811869.jpg

f0116479_18112342.jpg

全国に小京都と呼ばれる古い城下町は数多くありますが、中でも龍野の町並みは他を抜きん出てすばらしいものがあります。コンビ二もファストフード店も無く、古い日本家屋が並ぶ中に異彩を放つ洋風建物ですが、しっくり馴染んでいるように見えるのも不思議な気がします。
f0116479_18124355.jpg


by sunshine-works | 2009-06-20 19:20 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 10月 22日
ユアサ食料ビル
神戸兵庫区の近代建築その15

運河周辺から区の中心部へ戻る途中に現在ユアサ食糧の社屋となっている古びたビルが建っています。データによると昭和2年築、設計者:高松吉三郎とされています。元々は銀行だったとの資料もありますが詳細は不明です。
f0116479_21524343.jpg

この建物がある本町周辺は兵庫区の中でも古くから栄えた場所でした。江戸時代に多くの寺が置かれたこの界隈には明治以降 多くの銀行や事業所が進出していました。この建物が建てられた昭和初期、神戸の経済の中心はすでに東へ移っていましたが、この周辺は地場の商業拠点としてまだまだ活気のある場所だったようです。
f0116479_220173.jpg

正面の外壁は薄茶色の地味な色合いの石が貼られています。大通りから1本裏側、しかも敷地の奥に建っていて本来は目立ち難い建物なのですが、クラシカルなスタイルが遠目からも人目を惹きます。玄関の大きなアーチ、細部に施された手の込んだ装飾、重厚な石の質感等、単なる事務所ビルとは思えない只ならぬ雰囲気が漂ってきます。
f0116479_2242672.jpg

f0116479_2213299.jpg

f0116479_221288.jpg

f0116479_2213385.jpg

f0116479_221525.jpg

f0116479_2221641.jpg

f0116479_2225931.jpg

f0116479_2232433.jpg

現在どのような用途で使われているのかは不明ですが、保存状態は芳しくありません。
入り口扉も常時出入りがあるようには見えず、現用施設ではない可能性もあります。
f0116479_227174.jpg

f0116479_2274878.jpg

f0116479_2252893.jpg

f0116479_2255879.jpg

玄関ホールの床に貼られたタイル。床面は波打っており一部の床板は抜けた状態です。
f0116479_2285482.jpg

建物北面の非常階段。腐食が激しく危険な状態です。
f0116479_229245.jpg

f0116479_2295478.jpg

f0116479_22121022.jpg

海岸通りや旧居留地に残る同時代のビルは立地条件と景観を活かしてさまざまに再生・転用が図られています。
しかし、このような周辺部に位置するビルの再活用についてはなかなか有効な策が出てこないのが現状のようです。旧市街地の活性化には格好の素材とも思われるのですが「費用対効果」と言う大きなハードルの前には如何ともしがたいのでしょうか。
f0116479_22105584.jpg


by sunshine-works | 2008-10-22 22:29 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 10月 18日
加藤海運ビル
神戸兵庫区の近代建築その14

旧東京倉庫兵庫出張所の裏手には小規模な事業所や倉庫、工場が並んでいます。一昔ほど前迄この界隈には戦前に建てられたと思われる建物が数棟残っていたのですが、現在はほとんどが建て替えられてしまいました。唯一戦前の築と思われる建物がこの加藤海運ビルです。詳細データ不詳
f0116479_20221429.jpg

加藤海運は瀬戸内海を基盤とした内航運輸の中堅企業で古い歴史がありますが、この建物を竣工時から使用していたかは不明です。現在の同社の本社は中央区に移っていますので以前の本社あるいは営業所だったとも思われます。(傍らに「加藤梱包㈱倉庫」の看板が置かれている所を見るとその後に関連会社の施設となったようです。)
現在は使用されていない様子で各部に傷みが目立ちます。窓は破れ鉄部は錆でボロボロの状態です。おそらく近年の内に取り壊されてしまうのでしょうが、壊してしまうには惜しいモダンなデザインの建物です。
f0116479_20253792.jpg

f0116479_20245945.jpg

f0116479_20322526.jpg

f0116479_20325072.jpg

f0116479_20463531.jpg

防潮堤から道1本隔てて建てられたこのビルはアールを付けたコーナーが見晴らしの良い大きな窓となっており、そこから港が一望できる様になっています。コーナーの大きなアールはこの時代のモダンデザインによく見られる特色です。港や川辺に建てられたビルにこのデザインが多いのは船をイメージさせるからなのでしょうか。
f0116479_20294652.jpg

f0116479_20284756.jpg

f0116479_20291540.jpg

f0116479_20301176.jpg

f0116479_20303948.jpg

f0116479_20305621.jpg

水平方向に連なる窓を囲む縁取りも当時流行のデザインです。建物を取り巻く1階部分の庇、軒の張り出しと合わさって何層も重なる水平方向のラインの表現が特徴的です。
f0116479_20262540.jpg

f0116479_20235674.jpg

神戸港の風景としては中央区の新港地区や中央突堤、ポートアイランド等が思い浮かびますが、兵庫埠頭の周辺には古き時代の港の風情が色濃く残っています。最盛期には多くの小船や艀(はしけ)が行きかい、荷役人や船員達で賑やかだったこの場所もコンテナ船が主流となった今日では寂れた一角となってしまいました。当時建てられた中で唯一残ったこのモダンなビルも時代の移り変わりとともに消え去る運命にあるようです。
f0116479_20421813.jpg


by sunshine-works | 2008-10-18 21:07 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 10月 14日
旧東京倉庫兵庫出張所
神戸兵庫区の近代建築その13

新川運河の東端、兵庫埠頭に近いこのあたりは海運会社や船舶関連の小規模な工場が集まり港町ならではの雰囲気が漂います。この一角の大通り沿いに赤レンガ造の建物が建っています。この建物は三菱倉庫の前身会社・東京倉庫の兵庫出張所として明治38年に建てられました。設計:曾禰達蔵。
f0116479_20553061.jpg

後に三菱倉庫へと発展する東京倉庫は日本の倉庫業の草分けとも言える会社です。東京で創業した同社ですが、国際貿易港神戸は重要な拠点に位置づけられ、兵庫区和田と現在ハーバーランドとなっている中央区高浜に倉庫を築いていました。
f0116479_212211.jpg

赤レンガの上に三角の屋根を乗せた姿は規模は異なりますが、なんとなく現東京駅を連想させます。
f0116479_212336.jpg

f0116479_21241010.jpg

日本の近代建築の創生期を代表する建築家の一人である曾禰達蔵は後に三菱に技師として入社し、三菱系企業の多くの建物を設計します。内外交易の拠点として商業が発達した神戸には三菱系企業が早くから進出しており、曾禰の手になる建物としてはこの東京倉庫の兵庫出張所の他に旧三菱銀行神戸支店日本郵船神戸支店が現存しています。
f0116479_22423187.jpg

100年以上前に建てられたとは思えないほど良好な状態に維持されています。窓はサッシ窓に換えられてしまっていますが煉瓦や石材は当初の物のようです。補修され、磨き込まれた壁面は美しいのですが、綺麗すぎて年月の深みを感じないのがやや残念なところです。
f0116479_2258772.jpg

f0116479_23132321.jpg

f0116479_23181182.jpg

f0116479_22562169.jpg

f0116479_2305442.jpg

f0116479_22565355.jpg

f0116479_22573861.jpg

f0116479_22591477.jpg

神戸には現存する煉瓦建築が少ないのですが、代表的な煉瓦建物がこの場所にあるのは意外な気がします。
現在は市街の中心地域から離れ寂れた一角となってしまいましたが、この建物からは当時の運河や埠頭を中心とした賑わいを偲ぶ事が出来ます。
f0116479_2315920.jpg


by sunshine-works | 2008-10-14 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)