2017年 07月 15日
別子銅山の産業遺産-端出場地区2
愛媛県新居浜市の近代建築その7

別子銅山端出場地区に残る産業遺産の2回目は二つの鉄橋を紹介します。
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前回紹介した第四通洞の正面にはトロッコ軌道が足谷川を渡る橋が架けられています。
単連プラットトラスのこの四通橋は大正8年に架けられました。
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昭和4年の第四通洞開通当時に使われていた木橋に代わる近代橋梁として4年後の昭和8年に竣工しました。
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この四通橋は、竣工から昭和48年の閉山まで別子銅山の最盛期を支える動脈として半世紀に及ぶ歴史を刻み、その後は往時の姿を留めたまま保存されています。
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四通橋の横手には明治期に架けられた別子鉱山下部鉄道の旧足谷川橋梁が現存します。
この橋は明治26年にドイツから導入されたピン結合のボーストリング橋で、同種の橋として国内最初期の現存例と推測されます。

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この旧足谷川橋梁は昭和52年の別子鉱山鉄道下部線廃止に伴って役割を終えますが、平成3年のマイントピア別子の開業時に観光鉄道の路線として改修され、現役施設として使われています。
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# by sunshine-works | 2017-07-15 23:59 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 08日
別子銅山の産業遺産-端出場地区1
愛媛県新居浜市の近代建築その6

旧山根精錬所から県道を南へ。山道を進んで程なく、別子銅山最後の採鉱拠点となった端出場地区に至ります。鉱山跡を利用した観光施設、マイントピア別子として公開されているこの場所には明治期から大正期に設置された多くの施設が現存しています。
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この端出場地区がその後発展する契機となった第四通洞。明治43年起工、5年後の大正4年に開通。採鉱地点から鉱石を搬出する坑道で水平方向に4.5km掘られています。
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イギリス積みに煉瓦アーチを組んだ抗口。笠石や帯石、付け柱を備えた重厚な意匠。扁額の文字は住友家当主の揮毫です。
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内部はトロッコの軌道が敷かれ、電力や通風、配水のダクトが通されました。
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マイントピア別子の敷地に隣接して古い煉瓦建物が残されています。この建物は端出場水力発電所として建てられました。
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鉱山機械の動力が機力から電力へ移行する明治中期、別子銅山では自前の発電所を設けていましたが、増大する電力需要を賄う為、明治45年に大規模な発電施設を竣工させます。銅山川から取水し第三通洞を経て導水した用水による水路式水力発電所で、当時日本一の出力3000kWと有効落差560mを誇りました。
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煉瓦造平屋建て、切妻屋根の巨大な建物。
発電施設はその後最大4800kWに増強され、周辺地域のみならず沖合い20キロメートルの四阪島精錬所まで送られました。この時に敷設された海底ケーブルは当時世界一の長さとなりました。
昭和48年まで使用された後閉鎖されましたが、内部の設備はそのまま残されています。
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# by sunshine-works | 2017-07-08 16:20 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 01日
山根グラウンド・旧山根精錬所煙突
愛媛県新居浜市の近代建築その5

新居浜市中心部から南へ。旧別子銅山へ繋がる山裾に新居浜市の運動公園が置かれています。この一帯は明治期に別子銅山の精錬施設があった場所で、移転後に住友鉱山が作ったグランドと周辺に築かれた社宅跡地が運動公園の基となりました。
昭和3年に竣工したこのグランドは当時の姿のまま残され、築89年を経た今も現役施設として使われています。
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西洋技術を導入して明治21年に竣工した山根精錬所でしたが、当時は脱硫方が未熟で付近に煙害をもたらし、僅か8年で廃止となります。その後の精錬施設は臨海部の惣開へ集約され、さらに沖合いの四阪島に移っていきます。
このグランドは廃止された精錬所跡に社員の福利厚生施設として築かれ、工事は公休を利用した社員の奉仕で行われました。
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国の有形登録文化財にも指定されている土木遺産としてのこのグランドの価値は階段状の観客席にあります。20段以上に亘って斜面に自然石を積み上げた規模は壮大で片面のみにも係わらず約3万人の収容力を備えます。
この一帯は戦後に新居浜市に編入されますが、昭和12年に市制施行した新居浜市の総人口が3万2千人だった事を考慮するとその大きさに驚きます。
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この山根グラウンドが設置された旧山根精錬所跡地には当時の遺構が残されています。
隣接する生子山(煙突山)の頂上に建つ煉瓦積みの煙突は明治21年に建てられました。
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イギリス積み煉瓦造の角煙突。高さは約20メートル。麓の精錬所から煙道を介して山上のこの場所から排煙されました。煙突頂部の標高は320メートルに達しますがこの高さでも周辺農地への煙害を防げませんでした。
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# by sunshine-works | 2017-07-01 17:12 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 24日
旧別子鉱山鉄道星越駅舎
愛媛県新居浜市の近代建築その4

新居浜市の中心街の西方、丘陵地の裾の開けた一角に木造の旧駅舎が残されています。
この星越駅はかつて敷かれていた別子鉱山鉄道の途中駅として設置されたもので、昭和52年に廃線となった後も唯一この駅舎のみ残されています。
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当初牛車や人力に頼っていた別子銅山の運搬路ですが、増大する産出量に対応する為、明治中期に鉱山鉄道が設置されます。路線は山上の採鉱場から積み出す上部鉄道、中継基地の端出場から臨海部の惣開を結ぶ下部鉄道の2路線が敷かれ、上部鉄道の石ケ山丈と下部鉄道の端出場間は索道が渡されていました。この星越駅は下部鉄道の終点惣開から1駅目に置かれた駅舎で、大正14年に開業しています。
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木造平屋下見板貼り、正面左寄りに切妻屋根の破風と車寄せを設けます。当時の地方鉄道駅舎の一般的な造りですが、屋根に設けた三角窓や庇を飾るバージボード、妻面の通風口、軒下の持送り、縦長窓等々、細部にはモダンな意匠が用いられています。
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明治26年の下部鉄道開通時、鉄道は貨物専用で、沿岸部の惣開駅から山裾の山根駅間の平野部には駅が設置されていませんでした。この星越駅は近くに新設された選鉱場に合わせて大正14年に設置され、その後駅前に開発された住友鉱山社宅の玄関口として利用されました。

駅の裏手に見える新居浜選鉱場の跡。施設は取り壊され、土台のみが残されています。

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駅前に広がる社宅跡。かつては250戸が並んでいましたが徐々に取り壊されているようで殆どが空家となっています。

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# by sunshine-works | 2017-06-24 16:08 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)